十四朗亭の出納帳

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十四朗

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『自動人形のデイジー・ベル』

上海シリーズ三本目。
Daisy Bellといえば『2001年宇宙の旅』ですね。
機械に似つかわしくない内容の歌詞ですが、
とても感傷深い曲だと思います。
コンピューターや自立AIといえばやっぱりこの曲ですね。


『自動人形のデイジー・ベル』


上海人形、アリス、霖之助











『体調を崩しました。どうやら水痘みたい。
 ここ最近熱っぽかったり倦怠感が抜けなかったりしていたけど、
 まさか水痘を発症するとは思いませんでした。
 全身が痒くて酷い丘疹まみれです。鏡を見てみたら蝦蟇みたいになっていたわ。
 男性のアナタにはこの気持が分からないと思うけどとてもショックです。
 暫くお店には顔を出せそうにありません。
 代わりに上海に手紙を持たせました。アナタが今読んでいる手紙です。
 私が居ない状況下で上海が与えられた命令を問題なくこなせるかというテストも兼ねていますが、
 本音を言うと少し心細いの。
 病気の時っていつもそう。
 自分一人だけがこの世界で苦しい思いをしているんだってネガティブに考えちゃって、駄目なの。
 煩わしくなければ手紙のお返事をください。良くなったら何かご馳走します』

僕はアリスから上海を介して渡された手紙を読み終えると、
手紙を畳んでカウンターの上に置きグッとガッツポーズをした。
ざまぁみろ。普段人を小馬鹿にしたような態度をとっているからバチが当たったんだ。そう思った。
上海人形は無言で僕を見つめている。

「上海、アリスの事は残念だったが気を落とすな」

「否定。アリス・マーガトロイドは死亡した訳ではない。森近霖之助の態度は不当であり、不謹慎である」

「君には皮肉が分からないのか」

「否定。皮肉という概念は学習している。
 概念だけでなくアリス・マーガトロイドと森近霖之助の会話から実用的使用方法も学習している」
 
「僕はいつも彼女に皮肉を言われる損な役回りだからな」

「否定。双方が述べた皮肉の数は等しい」

「君、アリスに記憶と記録を弄られてるんじゃないか? あの子程辛辣な皮肉を僕に投げつける娘は居ないぞ。
 もはや皮肉を通り越して謂れのない誹謗中傷だと言っていい」

「現在の森近霖之助がおこなった発言こそがアリス・マーガトロイドへの謂れのない誹謗中傷である」

「公平な審判員は居ないのか」

「私は公平な審判員である」

「誠に遺憾だ。遺憾の意を示す。こんな判断は間違っている」

「私は公平な判断を下した」

押しても引いても持ち上げても叩きつけても開かない扉を相手にしているようだった。
僕は仕方なく上海人形との会話を切り上げて紙と万年筆を取り出し、手紙を書いた。
社交辞令的にアリスをいたわる言葉と、上海人形が正しく行動している事を伝える内容だった。

「森近霖之助」

手紙の返事を書き終えたところで上海が僕に声を掛けた。
仰天とまではいかないが、少々驚いた。
なにせ彼女の方から他人に声を掛けるなど初めての事だったからだ。
記憶している限りだと、彼女はいつも僕やアリスからの言葉に対して返事をしているだけで、
それ以外は沈黙を守るだけの存在だった。

「何かな。珍しいな、君の方から僕に話しかけるなんて。いや、初めてか」

「アリス・マーガトロイドの事が心配か?」

「そりゃあ、まぁ、心配といえば心配かな。水痘は成長してから患うと大変だからね。
 それに彼女は女性だ。一時的とはいえ、自分の肌が醜い丘疹だらけになるのは辛いだろう。
 贔屓目に見ても彼女は――」

「美しい」

上海が僕の言葉を待たずに言った。

「そうだね。彼女は一応美人だ。残念なところも多々あるけど」

「知的有機生命体同士が感じる個体差が原因の不快感を感じているという事か?」

「もっと短くて便利な言葉を教えてやろう。そういうのを馬が合わないって言うんだ」

僕は上海人形に手紙を渡して、それから彼女と話をした。
どれも無機質だったが、以前と比べれば随分自然な会話を行うようになっているのが分かった。
しかしそれでも僕の中に生じる違和感は拭い去れない。まだ彼女は自我を獲得していなかった。










『お手紙の返事ありがとう。
 なんだか少し気持ちが楽になりました。体の方は相変わらずだけど。
 上海が正常に動作しているようで何よりです。この調子で実験を続けていこうと思います。
 アナタさえ良ければ私が居ない間に上海に色んな事を教えてあげて欲しいの。
 あの子には知識や、知識を使う人物との触れ合いが必要だから。
 なんだって良いわ。本を読み聞かせても、絵を一緒に描くのもいいかもしれない。
 少しの間だけあの子の保護者になってあげて。お願いします』

翌日。早朝から上海が昨日の返事を持って店にやって来た。
僕は本を読んでいた。いつものようにカウンターで客を待っていると上海が店にやってきて、手紙を僕に渡す。
僕は手紙の文面を読み、まずあのアリス・マーガトロイドが皮肉一つなく僕に感謝の意を示している事に驚愕した。
何かとてもよくない事の前触れのように感じられる。用心しなければ。

「アリスの具合はどうだい?」

「昨日と変わらず。発熱、丘疹などの症状が酷く、外出不可」

「馬鹿者と皮肉屋は病気をしないはずなんだがな。まして彼女は魔法使いだ、
 そうそう病気になる体でもない。
 これは日頃の僕に対する行い……もとい、日頃の無理が祟ったか」

「アリスは苦しんでいる?」

「そうだな。あのアリスがこんな手紙をよこすんだ、心細くて堪らなくなるぐらいには苦しいんだろう」

「私には苦痛を理解する事が出来ても、苦痛を忌避し、苦しいものだと感じる事ができない。
 アリスの苦痛を理解できても感じる事はできない」

「それが悔しいのか? 悲しいのか?」

「判断不可。悔しさや悲しさもまた、私には理解可能でも感じる事のできない感情である」

「君はよく物を知っているが感受性は皆無だな」

「学習中である」

上海人形との無機質な会話にももう慣れた。
しかし、この場にアリス・マーガトロイドが居ないだけでどうにも調子が狂うような気がする。
いつもならここでアリスが「上海はクールなのよ」と横槍を入れてくるものだが。

「仕方がない、では僕が君の貧相な感受性を補ってやるとしよう。
 まぁ、君に人間の感受性を獲得できるとは思わないけどね」

上海人形をこちらに招き寄せ、一緒に本を広げる。
今回僕が読んでいた本は外の世界でも有名な哲学書だ。
哲学という人間の精神に深く関わる書物の知識を与えれば良し悪しはともかく何か影響があるかもしれない。

「これより感受性の学習を始める」

「学ぼうと思って学べればいいけどね」

「現在私の有する学習機能を最大限に利用して学習を行う。人間で言うところの努力である」

「いつの間に人間の努力というものはそんなデジタルな定義になったんだ」

「人間の定義ではない。私の定義である」












『ようやくまともな食事を食べる気力が湧いて来ました。
 チキンブロスがこんなに美味しいものだなんて思わなかったわ。
 上海が作ってくれたけど、腕前は私譲りで悪くないわね。
 まぁ、当然かしら。何せ私が作った自立人形ですもの。
 そうそう、霖之助さんあの子に哲学を教えましたね?
 上海が帰るなりいきなり「神は死んだ」と私に言ったので驚きました。
 なんだか私が居なくても上手くやってるみたいで複雑な心境。
 でもこれは新たな上海の反応として記録しておくわ。ありがとう』

日課となったアリスからの手紙を読み終え、軽く一息。
上海にホットココアを作るように頼んで僕はレコードの棚を漁った。
先日上海人形が帰宅した後、彼女に丁度いい曲があるのを思い出したのだ。

確かそう、外の世界でコンピューターが始めて歌った曲。
田舎の若者が不器用な愛を綴った曲だったはずだ。

僕はレコードの棚を半ばひっくり返す勢いで探り、ようやく見つけた。
色褪せたジャケットに掠れた筆記体で『Daisy Bell』のタイトル。
後ろを振り向くといつもと同じように無表情の上海がカウンターの上に立っており、
彼女が用意してくれたココアはとっくの昔に冷め切っていた。

「上海人形。君に丁度いい曲がある」

「曲。音楽の事か?」

「そうだ。今より少し前、外の世界で初めてコンピューターが歌った曲だよ」

「興味深い。是非学習の対象としたい」

「君も段々、僕やアリスの言葉遣いを学習してきたな」

「最も長期に渡って接触した知性体はアリス・マーガトロイドと森近霖之助の両名。至極当然な結果である」

「彼女の皮肉っぽいところは学習しなくてもいいと思うよ」

「アリスは森近霖之助の理屈的なところを積極的に学べと言っていた」

「それが皮肉だ」

レコードプレーヤーにレコード盤をセット。回転させ、針を乗せる。
ノイズ混じりの音楽。そこから聞こえてくる単調な演奏と機械的な歌声。

――デイジー、デイジー、答えておくれよ

不器用な田舎者の青年が口にする愛の言葉。
泥臭く、どこか垢抜けないこの歌をコンピューターが歌うというのは些か不釣り合いにも思える。
僕はこの歌を聴く度にそう思った。初めて耳にした時から変わらぬ印象。
けれどこの歌を非生命体であるコンピューターが歌うというところが、
少し人間味を感じさせ、哀愁すら誘う何とも言えない感想をもたらす。

曲が終わり、カウンターの上に立ったままの上海人形に訪ねてみた。

「どうだった? 何か感じられたかな」

「現状では判断しかねる。感情を持たない私には音楽や絵画に対する感想を述べる事はできない」

「まぁ、そうだろうね」

「しかし学習は行った」

そう言うと上海人形は僕の方を向いて先程の『Daisy Bell』を歌い出した。
率直な感想を述べるならば下手だった。音程やリズムが噛み合っていない。
声は変声前の少女のように澄み渡っているというのに、勿体無い。
僕は上海人形に歌うのを止めるよう命じ、ココアのおかわりを求めた。

――デイジー、デイジー、答えておくれよ

台所に向かう間、上海人形はずっと歌っていた。
そういえばアリスが言っていた、
上海人形に命令の優先権は設定してあっても強制権は設定していないと。
という事はこの行動は上海人形の意思で行われたものなのか。興味深い。
その日の手紙にこの事を書き記すと、僕は下手な『Daisy Bell』を聴きながらココアを啜った。









『あの子が歌を覚えて帰ってくるなんて驚いたわ。
 それにとっても上手に歌うの。革新的ね。アナタの教え方が上手いのかしら?
 何にせよ実験はまずまずの成果ね。何かご馳走するついでにご褒美のケーキも焼いてあげるわ。
 まぁ、私の水痘が治ってからだけれど。でも具合はずっと良くなったの。
 顔に痕は殆ど無いわ。少し手足に残っている丘疹が気になるけど、熱は引いていい気分よ。
 でも霖之助さんにうつすと悪いから、もう少しの間はお店に行くのを我慢するわ。
 それにしてもデイジー、デイジー、答えておくれだなんて。霖之助さんも意外にロマンチストね。
 むしろやっぱりロマンチストってところかしら』

手紙を受け取り始めて四日目。随分と彼女らしい皮肉や軽口が見受けられるようになっていた。
少し心配したものの、どうやら元気にしているようだ。そろそろ顔ぐらい見に行くべきか。
しかし上海の歌が上手いと感じるとは。意外と彼女は音楽の才に乏しいのかもしれない。

「さて、上海。態々店まで出向いてもらってなんだが、今日はアリスの所へ見舞いに行こうと思う」

「現時点でアリス・マーガトロイドの自宅へ出向く行為は推奨されない」

否定。少々面食らった。

「何故だ? 手紙を読んでいる限りでは元気そうだが」

「完治には至っていない」

「もう残りかすみたいなものだろう。
 彼女の事だ、今頃自宅で編み物でもしながら気ままに過ごしている事だろう」

「アリス・マーガトロイドは女性である」

「ふむ、そうだな」

「女性が自分の醜い姿を見られるのは恥辱である。森近霖之助の発言より学習した」

「確かに、僕はそう言ったが」

眉一つ動かさずに上海が僕をじっと見つめる。ガラス玉で作られた瞳と目線が合う。
なんだか後ろめたくなって興が削がれた。今日は止めにしておこう。

「あぁ、分かった分かった。いいだろう。そこまで言うのなら僕も引き下がってやろう。
 僕が紳士な事に感謝するんだな。まったく、調子が狂う」

「懸命な判断に感謝する」

「君に人間らしさを真似されると調子が狂う。僕は君の否定者だというのに、まったく」

「お詫びに歌を一曲贈る事とする」

上海人形が息を吸い込む真似をしてゆっくりと歌い出した。

――デイジー、デイジー、答えておくれよ
――僕は気が狂いそうな程君に夢中なんだ
――洒落た結婚式にはしてやれないかもしれない
――馬車を雇うお金もない
――でもきっと君は素敵だろう
――僕と二人で自転車に乗る君の姿は

歌い終わると小さくお辞儀をした。
僕は半分呆けた顔で彼女を見つめる。

上達している。
僅か一日で。彼女にこの曲を学習させてからまだ一日しか経っていないというのに。
オリジナルのレコードよりもずっと自然に、まるで良家の少女が庭先で口ずさむような気品と優雅な歌声。
学習した情報を内部で再構築し進歩させたという事か。
それにしても驚きだ、この上達の早さは驚異的だと言っていい。

「上海人形」

「何か?」

「君は良いジュークボックスになれるよ。酒場に置いてあればチップの山で大儲けだ」

その後僕は店にあるレコードを手当たり次第に彼女に学習させた。
ここで再びの驚愕だが、なんと彼女の上達速度は昨日よりも遥かに進歩していた。
曲を一度聴かせればオリジナルに匹敵する歌唱力で歌った。
それだけでなく、なんとレコードに刻まれた溝を解析し、
再生していない曲まで覚えるようになっていたのだ。
これは酒場に連れていけば本当に儲かるかもしれない。うず高く積まれたチップの山も夢ではない。









『ちょっと、アナタでしょ? 上海をジュークボックスにしたのは。
 お店から帰った後、あの子はずっと歌いっぱなしよ。
 昨日よりも妙に歌が上手くなっている事が気になるけど、あんまり偏った知識ばかり教えないで。
 まったく、一度物事が上手くいくとやれるところまでやろうとするのがアナタの悪い癖ね。
 一体柳の下で何匹の泥鰌を捕まえる気なのかしら。
 まったく、病み上がりだけど御礼と文句を言いに明日お店に行くから。覚悟しなさいよ」

手紙を読み終えカウンターの上に。もう慣れきった動作。
僕は軽く溜息をこぼした後に「とうとう完治してしまったか。面倒だ」と呟いた。

「上海。いくら君の歌が上手いからと言って、やたらめったら歌うものではないよ」

「学習した知識の再構築と進歩には必要な作業であった」

「だからそういう事が……いや、もういい。過ぎた事はいいだろう。
 彼女は怒り心頭のようだが随分被害を被ったようだ。いい気味だ、失礼。いい薬だ」

「薬ならばアリス・マーガトロイドは毎日服用している」

「そっちの意味じゃない。まぁ、馬鹿者と皮肉屋につける薬が見つかった事は僥倖だったな。
 さてさて、問題は明日か……うーむ」

この文面を読み取る限り、アリスは店のドアを蹴破って押し入るという強行手段も辞さないように思える。
面倒だ。主に機銃掃射もかくやといわんばかりの皮肉とドアの修理が非常に面倒だ。

「森近霖之助が不安視するような出来事は起こらないだろう」

「ほう、何故言い切れる?」

上海が僕の表情を読み取って発言した。

「現時点では明かせない。明日になれば全てが判明する」

「君はいつの間にそんな含んだ言い回しをするようになったのかな」

「学習の成果である」

「ドアを蹴破り皮肉の機銃掃射の代わりに、熱々のミートパイでも顔に投げつけられるのか?
 そっちの方が嫌だぞ、僕は」

「身体的危害を被るという可能性はない。
 明日、アリス・マーガトロイドは笑顔で香霖堂へと現れる」

「笑顔……だと?」

あのアリス・マーガトロイドが笑顔で香霖堂に。
不慮の事故で僕の命が儚く散ってしまうのか。それとも幻想郷に滅びが訪れるのか。
どちらにせよ、あまり良い気持ちはしない。

「それは信じていいんだろうな。上海人形」

「無論である」

「ふーむ。まぁ、心の片隅に留めておく程度には信じておこうか」

「店主、信ずる者が居るという事は幸福です。幸福を感じられる店主は完璧です」

「そのお世辞は過ぎたものだと思うぞ」

そう言いつつ、上海の頭を撫でてやった。
意外と毛並みが滑らかで、手触りが良い。アリスらしい拘りだと思った。










「実験成功おーめーでーとー!」

店内に鳴り響くクラッカーの音。乾いた破裂音、火薬の匂い。舞い散る紙吹雪。
上海人形の予告通りアリス・マーガトロイドはこれ以上に無い程満面の笑みで香霖堂に訪れた。
アリスの肩に座った上海人形が小さく拍手をした。感情が篭っていない。

およそ一週間ぶりにアリスの顔を見た。姿形は変わらず。
手紙であれほど嘆いていた水痘の痕も見当たらなかった。

「気味が悪い」

反射的に拒絶の言葉が飛び出た。そもそも何がおめでとうなのか、何故満面の笑みなのか。
自分の完治祝いか? いや、これはひょっとして、ひょっとするともしかして――

「アリス、永遠亭に行こう。今ならまだ間に合う。君の頭は治るんだ」

「私を頭の病人扱いするの止めてもらえますか?」

「違うのか。驚いたぞ。いや、狂人という者は自分が狂人だと気付いていないから狂人なのであり」

「霖之助さん御黙りなさい」

ピシャリと言い切られた。仕方なく黙る。

「ふふーん、でもいいわ。まずは霖之助さんに感謝しないと。
 アナタのおかげで上海がまた一歩次の段階へと進む事ができたわ」

「あぁ、歌の事かい? いや、礼ならいいよ。僕も楽しんでいたし」

「違いますけど」

「なん……だと?」

「うんうん、やっぱり気付いていなかったみたいね。霖之助さんは本当に鈍感なんだから。
 まぁ、そうじゃないと実験対象にならないもの」

自分一人で話を進める。一体何の事やら。
アリスはひとしきり納得した後、いつものように落ち着き払った態度を取り繕って僕と向かい合った。
だがあくまで取り繕っただけなので、瞳の奥は笑っている。薄気味悪い。

「チューリングテストはご存知ですか?」

チューリングテスト。一応触り程度ならば僕も知っている。
簡単に説明してしまえば、ある機械が知的であるか否か。
もっと分かりやすく述べると、会話や文章のやり取りを行なっている相手が人間か機械かを判断する為のテスト。

文章や会話でのやり取りを行なっている相手が人間か機械。
文章でやり取りを行なっている相手が人間か機械。
手紙の相手が人間か……機械。

僕は無言でカウンターを叩いた。拳で。

「ねぇ、今どんな気分ですか? ねぇ、今どんな気分です? ねぇ、霖之助さん」

「不愉快だ。とても」

「まぁまぁ、そう怒らないで。これも上海が高度な知性体に見えるか否か、
 引いては上海が高度な知性体かどうかを診断する為の実験だったんだから。
 私だって悪いと思って御礼のご馳走とご褒美のケーキを用意するつもりなんですよ?」

「いらない」

「怒らないでよ、本当に。でも手紙の相手が上海だって事には気付いてなかったでしょう?」

「気づいてた。最初から気づいていたぞ僕は」

「嘘おっしゃい。いったい何時から気づいていたって言うのよ? 
 何時何分幻想郷の暦が何回巡った時ですか?」

「最初からだ。最初から君の手紙は上海が書いていた」

「残念、不正解。本当は四日目から上海が書いていたのよ」

「どうせ君が横で文章の指示を出していたんだろう?」

「いいえ、知らないわ。公平性を重視する為に私は文章の添削どころか、
 上海が書いた手紙には眼を通してすらいないのよ」

「どうだか」

僕は彼女の実験に乗せられていた事が面白くなく、そっぽを向いて不快感を示した。
事前に詳細を教えられていてはチューリングテストにならない事ぐらい百も承知だが、
それでもこの扱いには腹が立つ。ぐうの音も出ずに騙された事がその事実を更に煽った。

「でもまぁ、何事も無くて良かったよ」

「何がですか?」

「君の体調」

悔しい。悔しいけれど――心の何処かで安堵した。
蝦蟇のように丘疹だらけの姿になったアリスが存在していなかったという事実に。

「その調子だと体調を崩したというのも実験の為の嘘なんだろう」

「心配してくれたの?」

「君は良客だし、気に入らない点は多々あるけど、心配するって事は正常な反応だろう?」

「うーん、そうね。確かに、ナンセンスな嘘だったかしら」

「だからもう二度とこんな真似をしないでくれ。その他の実験なら付き合うのも吝かではない」

「素直じゃないわね」

「いや、素直な意見を言ったまでだ」

アリスは肩を竦めて笑った。
子供が悪戯をした後に反省するような、少し幼い動作。

「じゃあお詫びに精一杯のご馳走と、ご褒美のケーキを豪華に私特製の具沢山チキンブロスもおまけするから許して?」

「僕が食事で釣れると思うなよ」

「ケーキはレアチーズケーキタルト。好きよね、確か」

「甘さ控えめで頼む」

剣呑な雰囲気が和らぎ、僕もアリスも肩の力を抜いてくすりと笑った。
このタイミングを待っていたのか、上海人形は息を吸い込む動作をして歌い始めた。
僕が教えた、初めての歌。『Daisy Bell』

――デイジー、デイジー、答えておくれよ
――僕は気が狂いそうな程君に夢中なんだ
――洒落た結婚式にはしてやれないかもしれない
――馬車を雇うお金もない
――でもきっと君は素敵だろう
――僕と二人で自転車に乗る君の姿は

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