十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

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十四朗

Author:十四朗
(じゅうしろう)と読みます
ロボとか好き東方も好き
趣味の守備範囲は日々拡大中
東方の霖之助SSが主流です
一応現役の遊戯王プレイヤー
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SkypeID『Brassp905』


リンクはフリーなので
どなたでもどうぞ
もしご連絡いただければ高所から
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自己定義のアルゴリズム

久々の更新です。いや、スカイリムとEXVSばっかしてた訳でじゃないです訳です。
とりあえず溜まってたコメの返信は冬コミ後にでもしようと思います。
スカイリムはマズイ……。

さて今回は上アリ霖。あんまカプってないですが上アリ霖です。
無機質な人形っ子ですよー。

selfdefinedalgorithm.jpg
メテオさんがイメージイラストを描いてくれました。
上海ちゃん、可愛い……。感謝です。


『自己定義のアルゴリズム』


上海、アリス、霖之助












ガラス玉の瞳が瞬きする事なく僕を見つめている。
曇りなく、生なく、感情なくそこに嵌め込まれただけのガラス玉だ。
碧いガラスを成型して作られた作り物の眼球。人間の眼球の模倣品。
本来ならばこの眼球が感覚器官として機能する事はない。

しかし彼女の場合は違った。
彼女の双眸に嵌め込まれたガラス玉は彼女の感覚器官として機能し、外部情報を脳内の処理装置へと送り込む。
送り込まれた情報は脳内で処理、その処理を元に行動を起こす。

物事を見るというアクションに続いて行動というリアクションを。
その逆も然り。リアクションによって何らかのアクションがある。

複雑な術式によって動作しているように見える彼女だが、
その実態はアクションとリアクションを交互に繰り返し、組み合わせただ機械的に行動しているだけでしかない。
そう思いたい。

「上海、君は自分をどう思っている?」

「質問の意味が不明瞭。より明確な質問と定義を求める」

「上海人形、己を定義せよ」

「上海人形。魔法使いアリス・マーガトロイドにより創造された人形の一体。
 現在自我についての学習を行なっている」

「自我とは何だ?」

「説明不可。現在私は自我について明確な定義を持たない。
 学術的に解説する事は可能だが、感情的に解説する事は不可」

「その事をどう思う? 解読出来ない事を悔しいと感じるか」

「質問文に乱れがある。質問者森近霖之助は質問を明確かつ意味を直接的に問う事を要求する」

「君に感情はあるか?」

「否定。現在私には感情と呼ばれるものは存在しない。
 自我の無い存在に感情は発生しない。
 私が感情を得るには自我の獲得が必要不可欠である」

「悠久の時を経た道具は時として自我を持ち姿を変え生命として命を得る事がある。
 学習などしなくともその時を待てば君も自我を持てるのではないか?」

「アリス・マーガトロイドの研究目的から外れる。
 アリス・マーガトロイドの研究目的は自立人形の創造。 
 人工による自我の再現である。自然的に発生した自我では研究目的を果たす事が出来ない」

「しかし君は他人の自我を理解する事が出来ない。感情が無いからだ」

「肯定。私の学習は感情を理解出来なければ遅々として進まないだろう」

「上海人形」

僕は少し言葉を強くする。

「感情と自我はどちらが先でも後でもない。感情と自我の発現はまったくの同時だ。
 生物は生まれ出ると同時に自我と感情を有している」

「否定」

無機質に、抑揚のない声で上海が否定した。

「資料によれば自我とは幼年期から青年期にかけて形成されるものである。
 自我とは芽生えるものではなく形成するものだと定義する」

「その否定と定義は本当に君の感情ではなく資料を元に自我を定義した場合の否定なんだな?」

「肯定」

「真に自分が我である事を望むのならその行為から否定する事だ」

「了解。今後の外部情報処理にパターンを追加。
 以後森近霖之助の定義する自我の発現に対しての定義を一部参照し自我の学習を続行する」

「アリス」

僕は心底疲れた様子でアリスに助け舟を求めた。
アリスはカウンターテーブル上海と僕を見てクスクスと笑っていた。
笑い事ではない。

「この子の相手は疲れる。もう止めにしよう」

「そういう訳にもいかないわ。この子には私以外の人物から学ぶ必要がある。
 思考を学び、人間性を学び、感情を学ぶ。 
 それら全てを記憶し外部出力のパターンを増やせば何らかの変化が起こるはずよ」

「物事の学習だけでは感情も自我も芽生えないよ。ただ入力と出力を繰り返すだけだ」

「えぇ、そうなるわね」

「では何故続ける?」

「人の言葉はクリアじゃない。感情、思想、趣味、趣向、あらゆる雑音が入ってくる。
 そういう意味ではアナタの言葉も私の言葉も雑音だらけよ。
 けれどその雑音は何故生まれるのか? 答えは簡単、私達は自我を持っているからよ。
 自分が我である事を理解しているから雑音は生まれる」

「つまり何か。君は僕の言葉の意味よりも僕の言葉に含まれる雑音を上海に教えたいと?」

「その通りです」

「なら尚更この行為は虚しい」

僕は子供をあやすように上海の頭を撫でてみたが、上海からは何も反応がなかった。
嫌がるわでけも、喜ぶわけでもなく、ただその無機質な視線を僕に向けるだけで何も反応はない。
まだまだ学習が足りないとはいえ、この様子ではアリスの納得する段階まで成長するのはまだまだ先の事に思えた。
そもそも、感情のないこの人形は成長するのだろうか。些か疑問ではある。
髪ぐらいは伸びるかもしれないが。










およそ三ヶ月ぶりにアリス・マーガトロイドは僕の店に訪れた。
別段いつもと変わった様子はなく、涼し気な表情で店にやってくると「こんにちは」と僕に挨拶した。
僕も儀礼的に「こんにちは」とアリスに挨拶を返す。
アリスの隣には件の上海人形が許しており、その碧眼が黙って僕を見つめていた。

「新しい実験をしているの」

とりあえずマグカップに甘いココアを用意して彼女の話を聞く事にした。
アリスはマグカップを包み込むように両手で持ち上げ、音も立てずに啜る。
吐き出した吐息が少し曇っていた。

「予め人形の中に能動的行動と受動的行動。
 それから能動的思考と受動的思考を組み込む事により自律状態で人形を動かす事が出来ないか? という実験よ」

「それをこの上海人形に?」

「そうよ。この子は私が作った人形の中で最も基本的な形をしている。
 縮尺された幼い少女の身体を持った存在だと言ってもいい。
 基本に忠実な設計の方が人体の行動パターンというものは再現しやすいのよ」

「具体的にはどんな具合に彼女は変わったのかな?」

「考えるようになりました」

左手でマグカップを持ったまま、アリスは人差し指を立ててそう語った。
口元は真一文字に結ばれているが、溢れ出る自信を隠そうともしていない。

「まず外部的要因に対して受動的に思考する。
 次に外部的要因に対しての動きを能動的に思考。
 最終的に外部的要因に対しての行動を決定、実行。
 他にも組み合わせはあるけれどこれが代表的な行動パターンね」

「生物的思考という高度な処理を実行できるようになったのか?」

「私は生物的思考を高度な処理だとは思ってない。
 再現するのが難しい情報処理方法だとは思っているけど」

「それでどうなんだ?」

「答えはノーよ。この子は機械的情報処理しか出来ない。
 けれど処理のパターンを何千通りも組み込んであるから、
 それらを複合的に用いて情報を処理する事が出来るの。
 これによってただの自動人形よりも高度な思考と行動パターンを獲得したわ」

「ちなみにその処理パターンはどうやって覚えさせたんだ?」

「一つ一つ式を組み、上海の頭に内蔵した記憶装置に埋め込んだだけよ」

「さらりと言える手間ではないな。成程、なかなかどうしてやるものだな君は」

「確かに手間と時間は掛かったわ。
 起動したとしても不具合があればすぐに機能停止してしまうし、
 機械的に言葉を処理するから定義も私達の感覚とは違う。
 知識だけで言えば子供より賢いけど、子供程柔軟じゃないわよ」

「石頭か」

「確かに頭は固いわね、人形だから」

マグカップの中のココアを飲み干し、再び上海を見つめる。

「話しかけてみたら?」

「口がきけるのか?」

「楽しいお喋りをします」

「嘘だろう?」

「嘘だけど。でも会話が出来るのは本当」

「高度な人形遊びだな」

「遊びといえる程不真面目じゃないわ」

アリスもマグカップをカウンターの上へと置いた。中身は空っぽだった。
僕はアリスに構わず黙って上海人形を見つめ続けた。

「上海人形」

「こちら上海人形、言語によるコミニュケーションを開始。
 コミュニケーション対象を古道具屋香霖堂店主森近霖之助と判断。
 対象に間違いはないか?」

驚く程無機質で抑揚のない声だった。
鈴の音によく似た声色は少女のものと形容して差し支えないものの、その機械的な口調には違和感を覚える。

「そうだ、僕は森近霖之助だ」

「了解。声紋のパターン、輪郭の形状、虹彩パターンを記録。以後対象を森近霖之助と定義する」

顔色が変わる訳でも表情に変化がある訳でもない。
人形だから当たり前と言ってしまえばそれまでかもしれない事だが。
それでも人の形をしていて、言葉を解する存在が瞬き一つせず、淡々と状況を述べている姿というものは異様な光景に映る。

正確に表現するのならば動かさないのではなく動かせないと言うべきだろう。
この違いは大きい。選択肢の有無は重要だ。
この子には初めから瞬きをするなどという選択肢は存在していない。
彼女の眼窩に収められたガラス玉の眼球は決して乾く事などないのだから。
そもそも人の感覚器官としての眼球とは基本的な構造そのものが違うのだろう。

戸惑った。上海人形という知性と自律行動を与えられた作り物の存在に。

「何か喋りかけてみたら?」

アリスのその言葉は間接的に「怖いの?」と僕に尋ねているようだった。

「そうだな。そう言われても何といって話しかければいいのか迷ってしまってね」


「年頃の男の子が片思いの女の子にどうやって声を掛けようか迷っているみたいな口ぶり」

「そんな風に聞こえたか?」

「そんな風に聞こえました」

冷たくアリスに斬り捨てられる。
意地の悪い女だと彼女を詰るつもりはない。
しかし彼女には僕が感じている違和感は一生掛かっても分からないだろう。
そしてその逆も然り。僕は一生掛かっても彼女の事を分かってやる事は出来ない。

彼女は生粋の人形師だ。そして僕は生粋の商人。
互いに健康な男性と女性であり、同じ言語を解する者同士でも、僕と彼女の根底は異なるものだ。
僕は物を売り買いする事が生業であり、楽しみでもある。
趣味と実益を兼ねて商売をしている。

しかしアリスはと言えば、彼女の研究は趣味と言うには些か遊びが無く、実益というには益が無さすぎる。
求道、求め歩む己の道。僕はよく世捨て人のような生活をしていると言われるけれど、彼女には及ばない。
真の世捨て人とは彼女のように、この世全てを些末事と割り切り、唯一自らの研究を真理に近づける事に腐心する輩の事をいうのだろう。

「相手の事を知りたいのならまず相手が何者かを尋ねればいいのよ。
 名前を尋ねるのではなく、何者かを尋ねるの。
 何者か? という問は名を告げるだけでは不十分な答えよ。
 文字通り自分が何者かを答えなくてはいけない。名前というラベルを読み上げるだけでは足りないの」

「名前とは個体に貼りつけられたラベルであり記号。
 群の中で個を特定する為のものである。
 名前があるという事はその個体が唯一無二ではない事の証明だと君は言いたい訳だ」

「私に言わせてくれないのね」

「これは意趣返しのようなものだよ」

「私何かしました?」

非難の意志を込めてアリスの碧眼が僕を見つめる。
先程彼女がとった冷淡な態度を皮肉で返しただけで睨まれるとは。
存外彼女も人間臭いところがある。確かに、人間臭くなければ人形など作れはしない。
だが人間が好きでも人形は作れない。アリス・マーガトロイドはあまり人間が好きな方ではない。
正確には、他人というものがあまり好きではない。僕の事も嫌いではないだけで好きだと思っていないだろう。
贔屓目に見ても行きつけの古道具屋店主で、もっと好意的に解釈するならば話がそれなりに合う友人が関の山だ。

彼女は生命を愛さない。美しい醜いの問題でも、異性同性の問題ではない。
ただ彼女は生命を愛さないだけなのだ。生命の魂といったものを愛していないから。
それでも彼女が時折人間臭い仕草や言動を見せるのは、彼女の愛していない生命に自分自身も含まれているからなのだろう。
平生の彼女は自らを御し、人形的な人物であろうとしている。

つまるところ、彼女は人形が好きなだけであって人の魂そのものにはなんら興味を抱いていない。
魂のない人形こそ人形としての雛形であり、魂のない自律行動を行う人形はアリスにとっての愛すべき人形なのだろう。

「意地悪は嫌いよ。意地悪するのは好きだけど」

「僕はどちらも嫌いだな」

「するのもされるのも?」

「するのもされるのも嫌いだ。コミュニケーションなんてものは真っ直ぐ目を見つめて話しあえば大体上手くいく」

「じゃあ上海の目を見て話してください」

「そもそも上海人形との会話はコミュニケーションなのか?」

「コミュニケーションよ。
 その為に態々言語という人間にとって最も理解しやすいけれど、
 それ以外には理解し難いコミュニケーションツールを搭載したんだから」

「人の言葉は複雑怪奇だ。大嫌いという言葉一つを取ってみてもそれは嫌悪にも好意にもなる」

「私の事はどう思う?」

「君はそんな事気にしないだろう」

「気にしないわね。けど確認までに聞いておこうと思って。ちなみに私は霖之助さんの事好きよ?」

「行きつけの店の店主としてかな? 良き友人としてかな?」

「良き実験対象として」

「僕で遊んでくれるなよ」

彼女は正直だ。正直過ぎて頭を抱える程に。
思えば彼女が僕に嘘をついた事など今まで無かった。
何時何時でも彼女は正直であり、善良な人間性と好意を持って僕に接していた気がする。

そうだ、アリス・マーガトロイドの人間性は善だ。
清廉潔白で汚れなど無い純真無垢なる魔術の求道者。
素直で器量がよく深い知識と教養もある。
時々口にする皮肉な言葉は魔理沙や霊夢との付き合いで覚えたもので、彼女本来の言葉ではない。

驚くべき事にアリス・マーガトロイドは汚れ等全く知らない少女なのだ。
この表現では少々語弊があるので訂正をすると、アリス・マーガトロイドは汚れや悪意と言うものを嫌悪する、
やや否定的な言い方をすれば、それは潔癖症を患った人物だと言えるだろう。

嘘をつかず、悪意を持たず、常に潔白な心で行動する存在。
聞こえはいいがそれは決して人間的な人物ではない。ましてや妖怪でもない。
生物かどうかすら怪しい、悪党らしい悪党よりもよっぽど恐ろしい存在だろう。
そんな存在の事を考えるだけで総毛立つ思いだ。

善も悪も正も負もプラスもマイナスも。
全てがアンバランスに咬み合って出来るのが生物の感情だ。
一極に傾いていても、機械的に判断するだけでもない。
全ては測る事の出来ない不確定要素の噛み合いによって生まれる。

彼女の意図するところは分かる。
第三者とのコミュニケーションにより学習を重ね、反応のパターンを増加させる。
創造主であるアリス以外の人物と話をすれば予想外のデータも収集する事が出来るだろうし、より普遍的な価値観を植えつける事が出来る。
理にかなっている。一応は。

理にかなってはいるが、果たして彼女にはそれが机上の空論であるという事に気付くのだろうか。
人の心など分かりはしない。しかし、だからといって無闇矢鱈に覗き見ていいものではない。
人は他者の胸の内にある迷宮のようなその内面を、知ろうとはするが、
その実、知ろうとしているのは極めて表面的な部分でしか無い。

言語によるコミュニケーションとはつまり適性距離を測る為の牽制であり、言葉は物差しでしかない。
そんなものを使って彼女は人形に自我を与えようとしている。

自我とは与えるものではない。
生み出すものだ。神様か、あるいは自分自身で。
そして魂のない人形は自分で何かを生み出す等という事は出来ない。
そもそも、上海人形には己を意識する事が可能なのだろうか。

まずはその点が問題だ。








甘いココアの温かさに満足しながら、アリスは無言でマグカップの中を覗き込んでいる。
僕が「お代りは必要か」と尋ねると彼女は遠慮する様子もなく「お願い」と頷いたので新しいココアを用意してやった。

彼女は実に美味そうなココアの飲み方をする。
『ココアの美味しい飲み方』なんて題名の本があったら例として取り上げられそうな程だ。
ココアに限らず、彼女は物を口にする時は大抵行儀よく、かつ美味そうに味わうのだが、
甘いココアを飲んでいる時の彼女はお世辞でも気遣いでもなく心底美味そうな飲み方をする。

まずマグカップを両手で包み込むように手に取り、香りを楽しみながら息を吹きかけて適温まで冷ます。
その時の彼女は目を閉じ、瞑想する僧侶のように悟った顔をしており、僕はよくそんな彼女の顔を見つめていた。

彼女が甘いココアを味わう時、周囲の時間は停滞し、空間は色あせてセピア色になっていくような感覚を僕は覚える。
時の流れが停滞したセピアな空間の中で彼女だけが流れる時間とカラーな景色を持ち、
ボリュームのある金髪が揺れる様子を事細かに観察する事が出来た。

それから適温になったココアを、アリスは時間を掛けてゆっくりと味わう。
一口の半分よりも少ない程度の量を音を立てずに口入へと運び、静かに飲み込むのだ。
その間、彼女は周囲を見渡す等という行為はせず、ただマグカップに注がれた温かいココアにのみ関心を向け、
自分と周囲の世界を隔絶した状態でココアを楽しむ。

以前、一番好きな飲物は紅茶で、ココアは二番目ぐらいに好きな飲物だと以前僕に語ってくれた事がある。
けれど僕には彼女が一番上手な飲み方をするのは温かく甘いココアであると確信している。
確信しているからといってどうという事はない。
もし他人にアリスの事を紹介する時に「彼女は上手なココアの飲み方をするんだ」と紹介するのは何だか間の抜けた感じだ。

これは何か有益な情報という訳ではない。
ただアリス・マーガトロイドという少女について僕ぐらいしか知りえない情報である事は確かだ。
アリス・マーガトロイドは素敵なココアの飲み方をする。
そういう特性を僕は知っているだけだ。彼女の有機的な癖を知っているだけに過ぎない。

「今日はいい経験になったわ。上海のだけれど」

「経験ね……」

「帰宅したらレポートに纏めてファイリングしておくわ。
 やはり彼女の成長に第三者の存在は必要不可欠よ」

「アリス、上海は自我を獲得出来ると思うかい?」

「さぁ、でも結果が教えてくれるわよ」

「何を持って結果とするかはよく分からないけどね」

「霖之助さん、今回の実験に懐疑的ね。ひょっとして懐疑主義?」

「いや、存外ロマンのある人物なだけだよ」

「本当に存外ね」

「君は思ったよりもロマンのない女性だ」

「酷い事言いますね。上海、アナタの意見を聞きたいわ」

カウンターの上に座った上海は僕とアリスの両方を見比べた。

「アリスは私に議論での加勢を要請しているのか?」

「違うわ。私はアナタに公平な判断を下せと言っているのよ。
 霖之助さんは私を血も涙もない女だって言ったけど、私はそれを否定する。
 アナタはどちらの味方をするの?」

「僕はそんな言い方をしていない」

「現状でどちらか一方に加勢するには判断材料が不足している。
 心理的な面での判断を行うには現状の私には不可能。
 人間心理に対する情報が不足、判断材料の基準を満たしていない」

「心が分からないから判断は出来ない。そういう事ね上海?」

「肯定。人間心理の理解は現状の自分にとって不可能に近い問題である。
 これは人間心理というものが大まかに区分する事が可能でも、
 実際の心理は細かく区分され類似するパターンを形成し、
 全ての類似パターンに対して同じ方法で解決する事が出来ないからである」

「そうね、同じ考えでも人は細部で違うものだから。
 今のアナタには難しい問題かもしれないわ。
 引き続き私と霖之助さんの会話を聞きながら学習をしなさい」

「了解」

再び上海は沈黙した。
背筋を伸ばし、目を見開いたまま身じろぎ一つせず沈黙する様子は人のそれとは明らかに違った。
無機質で冷たい沈黙だと言える。

「霖之助さんは哲学的ゾンビという言葉とその意味を知ってる?」

「人並み程度には」

「あまり人並な言葉ではないと思うけど?」

「うむ、一般教養ではないな」

「まぁいいけど。知っているのならそれでいいわ」

哲学的ゾンビ。
これは生ける屍人の事を表す言葉ではなく、
内面に感覚質を持たないものが物理的要因によって事象を観測し、音を聞き取り、温度の変化や物質の硬軟を感じ、
多様な言語を操って、外部から観測するとまるで生きているかのように見える存在の事だ。

哲学的ゾンビは笑いもするし、怒りもする。
涙を流す事もあれば、憐れみを見せる事もある。
しかしそれは人の持つ感情、感覚質からくる行動ではなく、
決まりきったパターンにより行動を行なっているだけで、意志のある行動ではない。
全ては数式による反応でしかないのだから。

「君は上海人形が哲学的ゾンビだと言いたいのか?」

「そう。正確には近い存在であると定義しているわ」

「確かに、彼女には自我も感情も感覚質も無い。
 それでも彼女は人の言葉に耳を傾け、それに対し答えを返す事が出来る。
 素晴らしい人形だ。行動や言動のパターンを構成するのはさぞ大変だっただろうに」

「しかし哲学的ゾンビとは決定的に違う所がある。何か分かります?」

「生きているようには見えない。この子は一目見るだけで魂のない機械人形だと分かる」

哲学的ゾンビは人としての内面性を伴わないだけであり、
外観や言動は普通の人間と何ら変わらない存在であると定義されている。
哲学的ゾンビと表現すると知性を欠いた、ないし人間性の感じられない冷徹な存在であると想像する者は多い。
しかしそれは間違いだ。

先程も述べたように哲学的ゾンビは泣きもするし笑いもする。
感情的といえる反応を返すし、一般的に非常識であるとされる行動を目の当たりにした場合、
苦言を発したり咎める等の行動を起こすだろう。

人間らしいモラルは持っている。持っていないのは価値観だ。
正確には自分が自分で設けた価値観というハードルを哲学的ゾンビは持ち合わせていない。
だがそういった内部に他者は踏み込めないし、
そもそも自分以外の誰かが哲学的ゾンビであると疑うという事さえないだろう。

そういった点で、上海人形は哲学的ゾンビとは違う存在だと断言出来る。
この子は人形だ、アリス・マーガトロイドが創造し、自律する為のプログラムを与えられたただの人形だ。

「この子がもし、感情豊かに笑い、与えられた言葉ではなく、自分自身の言葉で話をするのなら、
 僕は一時とはいえ、彼女が人形である事を忘れて彼女に接する事が出来ただろう」

「倫理的な考えね。論理的ではないけれど」

「論理的さ。無機物で構成された物体を非生物だと定義しただけなのだから」

「什麼生、生物の定義とは何かしら?」

「これ以上哲学を僕に問うのかい?」

「これが最後よ。哲学を熱心に語り合うのは自分の中の哲学が未熟だからよ。
 私は自分の哲学が未熟だと思わないし、アナタの哲学が未熟だとも思っていない。
 確認までに聞いておくけれど、自分の哲学は十全だと思う?」

「十全だと思う程自分を過信していない。だが十分だとは思う」

「よろしい。ではさっきの質問に答えて。什麼生、生物の定義とは何か?」

「生物学的に答えるのは君も納得しないだろうからよしておこう。
 一般的な見解として答えるのも君の求める答えとは違うな。
 君は僕の中にある生物の定義を聞きたい。簡単に難しい事を聞いてくれる。
 幸い君が与えてくれた時間は僕にその問の答えを考えさせるのに十分な時間だった」

「感謝してます?」

「無論。君は僕に有益な時間を与えてくれた。
 今までも、そしてこれからもそうしてくれると信じているよ。
 さて、前置きが長くなったが君の質問に答えるとしようか。
 什麼生、生物とは何か? 深い問だ、良い問でもある。
 普遍的で陳腐だと思われる哲学だがそれだけに答えは千差万別だ。
 しかし明確な答えと言えるものは存在しない。
 一応大多数の人間が納得する模範的な解は存在する、けれどそうではなく僕の言葉で言い表すのなら」

僕はアリスの瞳を見つめた。
彼女の碧眼は天鵞絨のように北方の夜空にたなびくオーロラに似ていた。
冬の夜空がよく似合う。僕はアリス・マーガトロイドという少女を冬の夜空というイメージから切り離して考える事が出来ない。
透き通っていて、冷たく感じるが、時々感情を見せると僅かに視線が揺れる。

上海は人形だ。彼女は魔法使いだ、血の通った生物だ。
しかし彼女は人形を愛する。血の温もりが嫌なのか、人間の非合理的な思考が嫌なのか。
何がそこまで彼女を人形に倒錯させるのか。まだ僕は知らない。
僕は彼女の根本的な部分を何一つ知らないのだ、そういった部分は自己という名の城壁で厳重に守られている。
だが根本を知らなくとも、僕は彼女と良き客と店主であり、良き友人同士という円満な交友関係を築き上げているのは確かだ。

アリスの瞳が「早く」と答えを急かす。
質問の答を口にしなくてはならない。

「美味そうなココアの飲み方が出来る事かな」

「もう一度言ってもらえる? 今なんて?」

「美味そうなココアの飲み方が出来る事」

「比喩や隠喩の類よね? じゃなきゃ私アナタの頭の中を疑うわ」

「勿論比喩や隠喩の類だ。だから僕の頭の中を疑わなくていい。もし心配してくれたのなら礼を述べたいね」

「いえ、心配してないわ」

「結構。話を続けよう。
 意味としては己を理解しているという意味だ」

「随分論理が飛躍している気がするけど」

「今から説明する。
 さっきは飛躍した比喩で答えたが、つまるところ僕の中での生命の定義は己の理解だ。
 知っているではなく、理解という言葉を強調させてもらう。
 知っていると理解では意味がまるで違うからね。
 理解は知るよりも難しい事だ。他人を知る事が出来ても理解する事は難しい。
 だがこれが自己理解だった場合はどうだろうか?」

「自分の事は自分が一番深く理解している」

「その通り。自己理解は容易い事なんだよ。
 人によっては自己理解は一生掛かっても不可能だという人物もいるかもしれない。
 だが僕はそう思わない。自己理解とは考える必要すらない――」

「自分が我である事」

僕の言葉を遮ってアリスが続けた。
暫し沈黙が店内を支配した。
アリスはカウンターの上に視線を落とし、上海人形の頭を愛おしげに撫でた。
僕はバツの悪そうな顔で手を組んで、その光景をただ見つめていた。

「アナタの言葉よ。この子に言い聞かせてた」

「そうだな。確かにそうだった」

「それでその言葉とココアの飲み方に何の関係があるのかしら?」

「自分の事を理解していなければ美味そうにココアを飲む事は出来ないよ。
 喜びも怒りも哀しみも楽しみも自己理解がなくては成立しない。
 美味そうにココアが飲める人物は自分の楽しみを理解している証拠だ」

「私はまだアナタの理論を理解する事は出来ない」

「僕も君の思想を理解する事は出来ない」

「でも」

アリスが空になったマグカップを僕に差し出す。
お代わりの合図だ。また甘いココアを美味そうに飲むアリスが見られる。

「自分の事は理解出来る」

「僕もだ」

受け取ったマグカップを手のひらに乗せ、肩を竦めて小さく笑う。
アリスもそれに合わせて小さく笑った。

「さて、ここで一つ上海を試してみようじゃないか」

「上海にココアを淹れさせるの?」

「自信がないのかい」

「あります。けど意外だと思っただけよ」

「僕は親切心から上海の学習を手伝っているだけだよ。
 実験の休憩中に彼女が台所から温かく甘いココアを持ってきてくれたらどう思う?」

「素敵だと思うわ。とても」

「じゃあ今のうちに学習させておくといい。きっと役に立つ。上海」

上海の瞳が無感情に僕を見た。
アリスと同じ碧眼。しかし彼女には感情がない。従って彼女の瞳は感情で揺れ動かない。

「甘いココアを淹れてくれ。アリスは甘くて温かいココアが好きなんだ」

「了解」

「上海人形」

「何か?」

名前を呼ばれれば応える。一見すると人間と同じ自然な反応。
だが違う。人の反応と上海の反応ではやはり違いがある。
人はアルゴリズムで反応しない。

「君は美味そうなココアの飲み方を知っているか?」

「質問の意図不明。明瞭かつ意義のある質問を求める」

「質問の意味すら理解出来ないか。上海、君の目的は何だったかな?」

「自我の獲得である」

「だったら美味そうなココアの飲み方ぐらい理解する事だね」

「学習保留。判断をアリス・マーガトロイドに一任する」

「そうね、憶えておいて損はないわよ。
 ただしアナタはココアを飲む事が出来ないけど。
 味覚と人工消化器官の実装を視野に入れないといけないわね」

上海人形は抑揚のない声で「了解」と呟くと店の奥へと消えていった。
台所の場所も知らない彼女にこの命令がこなせるかどうか、少々不安ではある。
けれども極力彼女の事は考えない事にした。己を知らないが馬鹿ではない。
命令には忠実に従うだろう。

僕とアリスは言葉を交わす事もなく、ただ上海が戻ってくるのを待った。
僕もアリスも元より多弁な方ではない。多くを語らず、多くを望まない。
林の中の像のように、僕達は孤独かつ寡黙に生きているのだ。

それでも僕達は知っている。
自分が何者であるかを。自分が我である事を知っている。
組み込まれたアルゴリズムではなく、持って生まれたものとして知っているのだ。

Comment

#No title
攻略スレで読ませて頂きました。やり取りが実にそれらしく、面白かったです。
  • by:WTN
  •  | 2011/12/28/21:06:28
  •  | URL
  •  | Edit
なんだろう……、教科書で見たことがある表現がちらほらとw
  • by:すかいはい
  •  | 2012/01/01/23:21:49
  •  | URL
  •  | Edit
#No title
これは、色々考えさせられた。自我とは一体・・・うごごごご
出来れば上海の今後が読みたいですね
  • by:さときち
  •  | 2012/01/12/00:40:14
  •  | URL
  •  | Edit

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