十四朗亭の出納帳

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十四朗

Author:十四朗
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『四畳半慧霖-宇佐見蓮子の告白-中編-』

なんだろう、暴力こそないけどこのDV夫と嫁的な構図は。
今回は蓮子の話。次回でこのパートも終わりか。
最後にエピローグを差し込んでシリーズも終わりですかねぇ。
つか今回霖之助出てこない……。


『四畳半慧霖-宇佐見蓮子の告白-中編-』


蓮子、メリー











バッティングセンターで岡崎と出会い、アパートの近くまで送ってもらったあの一件から、
宇佐見蓮子は殆ど誰とも顔を合わせずに過ごした。
隣に住む親友のマエリベリー・ハーンとは食事の時に何度か顔を合わせるものの、
それ以外の知り合いらしい知り合いとは会わなかった。

時折、そんな蓮子を心配してか、大学の友人達がメールや電話を寄こす事があったが、
それの返事もおざなりだった。

電話には絶対に出なかった。
メールは見るだけで返さない時もあれば、今は少し込み入っているからまた今度と返事を返す時もある。

そして岡崎夢美と森近霖之助からはかならず毎日着信があった。
だがその他の着信と同じく、これらの電話も無視を決め込んで出ないようにした。
今は話したくない、アナタ達の言葉に触れたくない。
特に霖之助さん、アナタの言葉は今の私には辛すぎる。

そう自分に言い聞かせ、電話の呼び出しが収まるまで待つのが蓮子の日課だった。

この日、蓮子は昼前に起床した。
大学で受けるべき授業が無くなったので、ここ最近の蓮子は少し早い冬季休暇を過ごしている。
夜は遅くまで、朝も遅くまでという極めて不精な生活だが、一応の規則性はある。

まず眼が冷めたら洗面所へ行って顔を洗い、髪を整えた。
身を切るように冷たい水で顔を洗うと自分の中の古い部分が洗い流され、
新しい自分が古い自分の殻を捨て去り現れると考えていた。
だが毎日毎日冷たい水で顔を洗っているが、一向に新しい自分は現れない。

毎日鏡を覗き込んで今日の自分と昨日の自分に差異はあるかのかどうか確認するが、
鏡に映る蓮子は昨日の蓮子と何一つ変わっていなかった。
不機嫌そうに睨む二つの眼と、真一文字に結ばれた薄い唇。
冷水によって頬は赤く色付いているが、感情の起伏は皆無だ。

無愛想を絵に描いたような顔が、自分自身の顔が鏡の前の蓮子を睨んでいた
そして鏡の前の蓮子は毎日鏡の中の自分に「今のままでいいの?」と問いかける。
答えは返ってこない。だが蓮子はその答えを知っている。

毎日鏡の中の自分に今のままでいいのかと問い掛け、
その問い掛けを否定できなければそれは現状を変えなくてはいけないという事だ。
塞き止められた川の流れのように、現状が自分にとって如何に不自然なものか痛い程に分かった。

蓮子は溜息をついて洗面所を後にすると、冷蔵庫の中にあるもので朝食兼昼食を済ませると、
コートを羽織り、マフラーを首に巻いてコートのポケットに財布、携帯、煙草、ライターを押し込み部屋を後にした。

そのままアパートの階段を降り、ゆっくりとした足取りで蓮子は大通りへと向かう。
目指す場所は街外れにある小さな映画館。
延々と昔の映画をリバイバル上映しているような裏寂れた映画館だ。

客の数はまばらで、
その数少ない客も本当に映画を観ているのかどうかさっぱり分からないような、
そんな映画館だった。

その映画館に蓮子はかれこれ十日以上毎日足を運んでいる。
何もやる気が起きず、何も考えたくないと思っていた蓮子にとって古い映画は頭を真っ白にしてくれる都合のいい代物だった。

昼過ぎに映画館に入って、夕方までずっと映画を見続ける。

上映している映画は日替わりで飽きる事は無かった。
今まで古臭いからという理由で敬遠していた昔の映画も、
いざ観てみると中々奥が深く引き込まれるものがある。

技術と演出の試行錯誤によって生み出される特殊効果と、生々しさを際立たせる役者の演技。
そして今も昔も変わらない愛や死といったテーマを違った形で表現するオリジナリティ。
荒みきって擦り切れてしまった蓮子の心に、そういったものはとても心地よく染み込んだ。

自宅ではメリーから映画を借りて鑑賞し、外では古い映画館でスクリーンに齧り付く。
暗く狭い部屋の中で字幕に齧り付くか、暗く広い映画館で字幕に齧り付くかの違いはあれど、
基本的に蓮子は外でも中でも構わず映画鑑賞に耽っていた。

寝て起きて食事をして時々シャワーを浴びて映画を観る。
蓮子の日常は殆どこれの繰り返しで完結している。
最初の内はメリーも咎めたが、こんな生活を一週間以上続けた結果、もう何も口出してこなくなった。
ただ毎日食事の時に二、三言葉を交わすだけで他は何も無い。

メリーの方はまだ大学で授業があるので、昼間は顔を合わせないし、
夜は夜でそんな風に蓮子が余り口を聞かないのでメリーの方も必然的に口数が減る。
毎日がお通夜みたいな夕食を二人で摂るのにももう慣れた。

沈黙という時間を乗り切るには少しの慣れと、多量の虚無感があれば事足りる。
そして蓮子はそのどちらも有していた。

吹きすさむ冬の風は相変わらず冷たく、それは鉛色の雲に頭を押さえつけられそうな程狭い。
クリスマスと年の瀬を間近に控えた街中はいつも以上に活気があり、
親子連れやカップル等で賑わっていた。

通りではサンタクロースの格好をしたケーキ屋の店員がケーキのチラシを配って宣伝をしている。
店員は蓮子にもチラシを渡そうとしたが、蓮子はそれを手振りだけで要らないと拒否し、
少し歩く速度を速めてあまり街の光景を視界に入れにようにして歩いた。

今まで気にならなかった街中の喧騒が、今の蓮子にとっては酷く耳障りだ。
何を言っているのかよく分からない。頭が理解しようとも飲み込もうともしない。
蓮子のすぐ側で起こっている出来事が、彼女にとってはまるで別世界の出来事に思える。
スクリーンやディスプレイに映しだされる映画のワンシーンのように、
蓮子と蓮子を取り囲む世界には隔たりがあるように感じられた。

大通りから細く水色のポリバケツが並べられた裏通りに入り、尚も進む。
生ごみの匂いと通風口から吹き出す悪臭をコートの襟で遮りながら、
蓮子は目的の映画館まで歩みを進めた。

映画館はそんな陰惨とした裏通りの中程にあり、
ビルや家屋の間に押し込められるようにして存在していた。

古ぼけて塗料が剥がれかけた看板と黄ばんで殆ど読めなくなったポスター。
入り口は手押し式の回転ドアで、ドアが回る度にチンチロリンと鈴の音がなった。

蓮子は無言で館内に入ると、窓口でチケットを購入した。
窓口で雑誌を読んでいた館長は気だるげにチケットを契ると、
礼も言わずにまた雑誌へ目をやり、特に楽しそうな様子も見せず活字を目で追った。

無愛想には慣れている。
そもそも今の蓮子が無愛想気極まりない状態なのに誰が蓮子に愛想を振りまいてくれるというのか。
蓮子はホールに設置された自販機に歩み寄り、そこでコーラを購入すると薄暗い劇場の中へと入った。

劇場の中は淀んだ空気が渦を巻いており、
スクリーンに映し出された映画の予告編が音声と共に流れていた。

予告編と言っても今から百年以上前の映画なので、
それらの映画は文字通りとっくの昔に終わっている。

運命のラブストーリーも、謎が謎を呼ぶサスペンスも、
全米が涙したヒューマンドラマも、車が空を走るサイエンスフィクションも、
全て過去のものだ。過去の人間が過去に思い描いた過去の作品でしかない。

世の中には運命の出会いが無いままに生涯を終える人間だって居るし、
現実の事件は科学捜査や特定可能な証拠によってすぐに解決する。

全米が泣くようなヒューマンドラマは誇張と嘘言に塗り固められたものだし、
車はしばらく空を走る予定もない。

だからこの世界も、自分の人生もおおよそ平凡で退屈だが、
温もりを伴った平穏が続くと信じていた。
蓮子は妻帯者である霖之助に恋をしてはいたものの、
略奪愛をする気は無くただその傍らで彼を見つめていられるのならそれでよかった。

触れられなくても、自分のものにならなくてもいい、
自分が一番でなくてもいいからただ側に置いて欲しかった、それだけだ。

しかしそれすらも叶わない。
蓮子が恋した男は妻と共に何処かへ行ってしまうらしい。
ここではない何処か。遠い遠い、彼曰く普通では絶対に辿りつけない場所。
彼とその妻の故郷。

そんな話を蓮子は二週間と少し前に突然告げられた。
前触れはあったといえばあったが、それはあまりにも呆気ない告白で、
初めの内はその事実を信じる事が出来なかった。

そしてその後には悲しみと怒りが入り交じった感情でいっぱいになり、彼の肩を揺さぶって追求した。
追求というよりは彼に縋ったと表現した方が正しいのかもしれない。

「冗談はよしてよ、そんな意地の悪い冗談は止めて。
 私だって怒るわよ。ねぇ、冗談なんでしょう?」

必死に蓮子は尋ねた。
何度も何度も、それが冗談である事を願いながら尋ねた。
だが彼は静かに首を横に振りながら否定するばかりで、
その度蓮子の中に言い表し難い絶望感が蓄積していった。

何故彼が居なくならなければいけないのだろうか?
彼以外に居なくなっても困らない人物は山ほどいる、この国にはそうした人間が星の数ほど存在している。
それなのに彼は蓮子の前から居なくなり、二度と会えなくなるような場所へ行かなければならないのか。

理不尽を通り越してそれはもはや絶望以外の何ものでもなかった。
生きているのに、彼に会えない。それももう二度と。

蓮子はいつの間にか涙を流していた。
涙を流しながらも彼への追求は止めなかった。
半ば怒鳴るように彼を責め立て、その理由を聞き出そうと躍起になっていた。
すると彼は重々しい口調で蓮子にこう告げたのだった。

「ここは、この場所は、僕と慧音が居ていい場所ではない。
 僕達は帰らなければいけないんだ、そういう約束だから」

居てもいいわよと蓮子は無意識の内に叫んでいた。
蓮子が居てメリーが居て岡崎とちゆりが居て、笑い合って時々喧嘩して。
そんな理想の人間関係を体現したような場所に霖之助と慧音が居て不都合な理由なんてある訳がない。

それとも彼は自分達と過ごした時間をなんとも思っていないのだろうか?
蓮子が今観ている映画のように、画面越しの出来事ぐらいにしか考えていないのだろうか?

だとしたら、それはあんまりだ。
霖之助の笑顔も、蓮子に投げかけられた言葉も、
あの日酔い潰れた蓮子を背負ってくれたのも、全部が全部嘘だったという事になる。

愛してくれとは言わない。だがそうやって過ごした時間が嘘で出来た作り物だったとは言わないで欲しい。
確かなものが何もないというのは悲しすぎる。どうして自分がその人物を愛したのか分からなくなるから。

一本目の映画が終わると、続けて二本目の映画が始まった。
一本目の映画は円盤に乗った宇宙人が地球に侵略戦争を仕掛けるという典型的な侵略物映画で、
複雑な設定や凝った伏線はないものの頭を空っぽにして楽しむことが出来た。
ラストに戦闘機が宇宙人の円盤へと突っ込むシーンは印象深い。

二本目は一本目と同じSFだが、
侵略物の映画ではなくどちらかと言えばホラーに分類される地味で暗い映画だった。
南極の探査基地で人間に擬態するエイリアンに基地の隊員が次々と殺されてゆくというシナリオだ。
英雄的なカタルシスは皆無に等しく、終始疑心暗鬼の陰惨とした雰囲気やセリフが続いてゆく。
ラストシーンもハッピーエンドとは言えず、見方によっては何一つ解決しないままに映画は幕を下ろす。

蓮子は二本目が終わった後しばらくぼんやりとした面持ちで席に座っていたが、
三本目が始まる少し前に席を立って映画館を後にした。
もう今日はこの辺にしておこう。映画館で映画を見るのは楽しいが、客席の固い椅子は少々疲れる。
映画を二本も見た後では腰の辺りが痛い。

蓮子は映画館を出るとそのまま早足で裏路地を抜け、商店街を突っ切り、
駅の近くにある公園に辿り着くと、噴水の前のベンチに座ってゆっくり煙草を吸った。

駅前の景観維持の為に敷設されたこの公園は植林が行き届いていて、周囲が塀の代わりに木々で囲まれている。
大量の税金を運用費として投入されているおかげか、
管理している職員の数も多くお役所仕事にしてはやけにちゃんとした管理が行われいる場所だった。

ゴミは捨てられていないし、遊具を根城にするホームレスもいない。
花壇は季節の植物で彩られ、それを鑑賞するための遊歩道まである。

そこで蓮子は朝起きた時にする深呼吸のように深く一服をして、
大都会の真ん中に切り開かれた公園を見渡した。
正確にはこの公園に居る人々を見渡した。

現在の時刻は五時過ぎ、公園の遊歩道には犬の散歩や軽いウォーキングをする人々が目についた。
ジョギングコースから一転して、遊具やベンチのあるスペースに眼をやると、
寒いというのに元気に遊び回る子どもや、それを見守る保護者達が居た。

信じられないぐらいこの世界には色々な人々が居るものだなと蓮子は改めて思った。
相変わらず現実味は希薄だが、それでもこの世界に存在する多種多様な人々の存在には感心する。
それぞれが何を想い、何を願っているのかなんて蓮子にはさっぱり分からないが、
ここにいる人々は概ね幸せでも不幸せでもない程度の暮らしをしているのだろう。

そんな事を思いながら一本目の煙草を吸い終えると、
ネズミ色のツナギ姿の男が噴水の前にやって来て、噴水の前に座った。
そして胸元に付いたポケットから古びたダイアトニック・ハーモニカを取り出して演奏を始めた。
男は四十代半ばぐらいの中年で、背が高くひょろりとしている。
頭は禿げ始めていて、顔には染みと皺が目立ったが、それよりも目立ったのはその眼だった。

眼窩から目玉が飛び出ているのかと錯覚するぐらいその男の眼は大きく、ギョロリとしていた。
縁日の金魚すくいで見かける出目金のような風貌をしている。

着ているツナギは汚く、裾や袖は泥まみれで、至る所に黒や茶色い染みが目立った。
この男を見かけるのは今日が初めてではなく、
この場所で一服していると時々現れてハーモニカを演奏してゆく。

時間は決まって五時過ぎで、雨が降っている時にはやってこない。
だがそれ以外の日ならば毎日律儀に噴水の前にやって来てはハーモニカを演奏してゆく。

男が何の為にハーモニカを吹いているのは知らない。特に興味がある話でもない。
ほぼ毎日顔を合わせているものの話をした事はない。
男の演奏は上手くもなく下手でもなく、正当な評価を下すなら平凡なものだと言えるが、
どこか侮れない年季のようなものを感じさせた。
きっと何十年もハーモニカを吹く事を趣味に生きてきた人間なのだろう。

蓮子は男が演奏するハーモニカを聴き終えると、そのまま無言で立ち上がって帰路へついた。
後は家に帰ってメリーから借りた映画でも見て眠くなるまで過ごそうか。そんな事を無言で考える。
そうして何も考えず、何も感じず、画面越しの世界に思いを馳せながら毎日を過ごそう。

そうすれば、少なくとも何かに大きく傷付けられる事もない。








まるで閉じた輪の中をグルグルと廻っているような気分だった。
出口がなく。閉じた世界をぐるりと廻る。
蓮子は帰宅した後も部屋にあるテレビでメリーから借りた映画を観ていた。

誘蛾灯めいた字幕に齧り付き、観ていた映画が終わればまた別の映画を再生する。
延々と、眠りという安息が訪れるまでそんな事を繰り返し続けるのだ。
生産性の有無や有意義かという疑問は挟まない。
ただこうしているのが今の自分にはもっとも心地の良いことだからそうしている。
それだけに過ぎない。

不意にインターホンが鳴ってその後に女性の声が続いた。
聞き覚えのある声。真鍮を打ち鳴らしたような澄んだ声色。
蓮子の友人、マエリベリー・ハーンことメリーのものであった。

蓮子は鍵は掛かっていないから入ってくればと力なく告げつつも、視線は映画の字幕から離さなかった。
背後でドアが開く音がしてメリーが部屋の中へと入ってくる。
散らばった煙草の箱やビールやチューハイの空き缶でいっぱいの空間を抜けて、メリーは蓮子の隣までやって来た。

「夕食?」

「うん、お夕飯」

「いらない」

自らの隣に座ったメリーに、蓮子は拒否の態度を表した。
多くは語らない。だが一人にして欲しいという思いだけは素直に伝えた。

「最近ろくにご飯食べてないじゃない。少し痩せたわよ蓮子」

「食べたくないから食べない。お腹が空いてないの、空腹になったら何か食べるわ」

「またそう言って食べないんでしょう。
 そんな事ばっかりされてると私も料理を作る気が無くなっちゃうわ」

「じゃあ明日から私の分はいらない。それでいいでしょ」

真っ直ぐメリーの瞳を見つめた。金髪碧眼という言葉が相応しい碧色の瞳にウェーブのかかった金髪。
慣れ親しんだ友人の外見だが、蓮子はこの容姿を目にする度不思議な感想を抱かずにはいられなかった。

どうして彼女はこうも人の内心を見透かすような眼をしているのだろうか。

蓮子はメリーの眼について一応の事は知っている。
同じくメリーも蓮子の眼についておおよその事は把握している。

知識量的な立場で比べるなら、お互いが知っている知識の量はイコールで片付けられるのだが、
どうもイコールで片付けられないもう一つ深い段階の謎をメリーは抱えているような気がする。

心の外面と内面を一緒くたにして見られているというのが素直な感想。
生温かい腕を胸の中に突っ込み、心臓やら肺やら肋骨やらをドロドロに溶かして掻き回されている気分だ。
そしてそうやって蓮子の中身を掻き混ぜている生温かい腕はメリーのものではなく、
もっと他の名伏しがたい不快感を伴った誰かの腕のような気がした。

メリー以外の誰かの眼が蓮子を見つめ、生温かい腕は胸の中を掻き回す。
お前は一体誰なのか? 何者で何処に居るのか? メリーとはどういった関係なのか? 
その問いに対する答えが全て明らかになったなら、
友人に対してこんな不快感を覚えなくてもいいのかもしれない。

「そういう訳にはいかないわよ。ご飯食べないで何食べるつもりよ?
 食べなきゃ死んじゃうのよ。死ぬは大げさかもしれないけど、若い内から不健康な生活をしてると更年期が大変なんだから」

しかめっ面で説教をしているメリーに、蓮子が感じた不快な影はもう存在していない。
いつものマエリベリー・ハーンで。宇佐見蓮子の友人であるマエリベリー・ハーンだ。

「それはまた先を見据えた人生設計で。
 でも大丈夫、更年期に悲鳴をあげる覚悟はしてるから。
 そういう覚悟をしてまで今はこうして字幕だらけのテレビにかじりついていたいの。
 殻の中に篭った蛹みたいに、今の私には一人で閉じ篭る時間が欲しい」

「いつ殻を破って出てきてくれるのかしら?」

「分からない。しばらく先かもしれないし、明日かもしれない。
 んーやっぱり明日は無理かな。もっと時間がかかりそう」

「一ついいかしら蓮子」

「どうぞ」

「アナタがいつ自分の殻を破って出てくるのかは知らないけど、確実にこれだけは分かるわ。
 蓮子が殻を破って外へ出てくる頃、霖之助さんはもうこっちには居ないわよ。 
 手の届かない場所へ行ってしまっている。悠長に部屋に引き篭って映画を観るだけの生活をしていていのかしら?」

母親が幼い子供に言い聞かせるような柔らかな口調だったが、その内容自体は酷く辛辣なものだった。
少なくとも今の蓮子には言葉の一つ一つが鋭い棘として胸に刺さるような気分だ。

「いいわよ、別に。もう私には関係ないから」

「本当に?」

「本当。確かにあの人が居なくなるのは悲しいわ。
 急にもう会えないだなんて言われたらびっくりもするわよ。
 でもね、それは仕方のない事じゃない。彼にだって都合があるんだから、
 そうやって何処かへ行ってしまうのは仕方のない事よ」

「蓮子はもう割り切ったのかしら」

「そうよ、綺麗さっぱり割り切った。
 それで今は心の中の後片付けをしているの。
 嫌な事から目を逸らして、全てが終わった後にいつもの自分に戻る。それでおしまいよ」

精一杯の強がりを捻り出すように吐き捨てる。
もうやめてくれとメリーに懇願してしまいたい気持ちだった。
これ以上こんなやりとりを続けていては否応なしに彼の事を考えてしまう。
考えれば考える程、蓮子の意識は自己嫌悪の渦に飲まれて行き彷徨い続ける事になるだろう。

そんなのは嫌だ。
彼も失い、自分の心も失う事というのは酷い話に違いない。

「戻れない。きっといつもの自分になんて戻れないわ。
 そんな事をしているあいだは決していつもの自分になんて戻れない。
 見たくないから見ない、聞きたくないから聞かない、会いたくないから会わない。
 そんな道理がまかり通って上手く行くはずないもの。それは蓮子が一番良く知ってるでしょう?」

「それでも……そうだったとしても! 私はこうするしかないのよ!
 私はあの人の事を……霖之助さんの事を!」

もうこれ以上傷口を抉るなと蓮子は拒絶の意志を示してメリーの言葉を払い退けた。
メリーの優しさも、再起を促す言葉も、蓮子には余計なもの、あるいは遠いものに思える。
燻ぶれば燻る程、焦げ付くのは自分の心だという事を蓮子は知っている。
だから拒否する。友の好意と優しさを拒絶するのだ。

この思いを地に埋めて忘却の彼方へと置き去りにする為にはこうするしか方法がない。

「蓮子……」

メリーは悲しそうな目で蓮子を見つめると、それ以上この話題について何かを切り出そうとはしなかった。

「ごめんなさい。割り切ったって言ったけど、まだ心の整理ができてないの。
 落ち着いたら夕飯食べるから、冷蔵庫にでも入れておいて。今は頭を冷やしたい」

言い過ぎてしまった事を後悔しつつも、蓮子はメリーの目を直視する事なく、俯いたままでそう告げた。

「分かったわ。部屋の鍵開けておくからいつでも取りに来てね。レンジも使っていいから」

「うん、そうさせてもらう」

メリーは申し訳無さそうにそれだけ告げると蓮子の部屋を後にした。
蓮子はメリーを見送る事なくベッドに倒れこむと自らの言動に対する憤りと情けなさを感じて、
暫くの間自己嫌悪の波に押し潰されそうになった。

メリーに八つ当たりしている自分が情けなくて情けなくて仕方がない。彼女は何も悪くない。
それどころかこんな退廃した生活を送っている自分を支えてくれているたった一人の存在なのに。
なのに自分は彼の話題を出されただけでメリーにお門違いな怒りをぶつけ、
挙げ句の果てには自己嫌悪に浸ってしまう。

「最低じゃない私……嫌になるぐらいなら最初からメリーに何も言わなければよかったのに。
 最初から……そう最初から……」

言葉の最後は押しつぶされるような嗚咽に紛れて明瞭には聞き取れなかった。
代わりに涙が溢れて止まらなかった。涙を流すのはあの日、彼から離別を告げられた日以来だった。

欺瞞で多い隠した心の中を曝け出してみれば、その内面はあの日からちっとも変わっていない。
変わる事なく彼を想い続け、離別の運命を受け入れられない蓮子がそこに居る。
何度諦めろと言い聞かせても変わらない自分の本心がそこにあった。

彼が気付かせてくれたこの恋心が彼の居ないところで日々大きくなってゆく。
それが歪な喜劇になるとしても、蓮子には止める事が出来ない。

全てを無かった事にするにはあまりにも遅すぎた。
もっと早くにこの恋を摘む事が出来たのならば、蓮子はもっと違った形で彼と別れる事が出来たに違いない。
今のように出会った事さえ間違いだと思わずに済んだのだろう。

蓮子はひとしきり泣いた後、泣きつかれて眠りについた。
深い深い、夢のない眠りだった。
眠っているだけでは何一つ問題は解決しないが、
それでも幸いな事に深い眠りの中では何も考える必要がなかった。

それが蓮子に許された唯一の救いなのだろう。

Comment

#No title
久しぶりに来てみたらこの未読SSの量…
このペースでこのクオリティは正直羨ましい限りですw

蓮子の生活と心の心境がリアルに表現されてて辛い…!
最後にはHappyEndになるのを祈るばかりです
  • by:赤
  •  | 2012/02/21/23:17:33
  •  | URL
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#No title
続きを、あなたの素晴らしいssを読みながら待ってます。
  • by:
  •  | 2012/03/09/07:33:53
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