十四朗亭の出納帳

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十四朗

Author:十四朗
(じゅうしろう)と読みます
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趣味の守備範囲は日々拡大中
東方の霖之助SSが主流です
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四畳半慧霖-宇佐見蓮子の告白 前編-

今回は慧……蓮霖で。
相変わらず慧音の出番が脇役程度にしか無いのは、
もう問題ですら無いです。
さてこのシリーズもあと二回。


『四畳半慧霖-宇佐見蓮子の告白 前編-』



(霖之助、慧音、蓮子、岡崎)











『ここ最近はちゃんと大学の方に来て講義を受けていたわよ。
 まぁ、居眠りや内職が無かったとは言え、心ここにあらずって感じでぽけーっとしてたわ。
 熱心に勉強に励むというよりは、それしかやる事が無いって感じね』

手にした携帯電話から岡崎の声でそう告げられた時、
霖之助は胸をなで下ろして安心した。
とりあえず、蓮子が日常生活をほっぽり出して引き篭もっている様子ではないという事が少しだけ霖之助の気持ちを軽くする。

「そうか……分かった。忙しいのに時間を取らせて悪かったね。
 今度食事でも奢るよ」

『いいのよ、気にしなくて。丁度暇だったから。
 それにアナタとまた会ったら、私今度こそあの女に消されちゃうわ』

気楽そうに笑ってはいるが、本人曰く相当まいったらしい。
あの日、霖之助と別れた後、岡崎の車に『彼女』が出現した。
翌日になって岡崎から電話で知らされた事だったが、
これにはさすがに驚かずにはいられなかった。

どうせ現れるのならもっと早くに現れて欲しいものだが、
それ以上に自分の為に彼女が動くという行動がいまいち理解できなかった。

結局彼女は岡崎に警告とも歓迎とも取れない言葉を残して消えた。
その時何故か敦賀の浜辺で朝を迎えていた岡崎からそんな事を聞かされて、
霖之助は思わず掌で眼を覆ってしまった記憶がある。

『今のところは問題なさげだけど、年末は講義がないからその間に何かあるかもしれないわね。
 宇佐見のあんな顔、どの世界でだって見た事がないわ』

「違う世界で彼女と会った事が?」

幾つもの世界を渡ってきた岡崎が、
こことは違う別の世界で蓮子に会っていても不思議ではない。
だが、改めてそんな風に言われると、それが酷く現実味を欠いたでき事のように思えた。

こちらの世界に慣れすぎたせいか、いまいちそういった話題に頭が素早く切り替わらない。

『えぇ、何度も。いい子だったわよ、どの世界でも。
 何度か正体を明かした事も。それだけに、今のあの子を見ているのは辛いわね』

「君の口からそんな言葉が出るとはね」

『失礼しちゃうわ。私は人間よ。
 斬れば紅い血を流す人間なの』

「それは失礼した。君はいつまでこっちに?」

『宇佐見達が卒業するまではこっちに居るつもりよ。
 ここまで深く関わった訳だから、せめてちゃんと見届けないとね』

「そうか、じゃあ君とまた会えるのを楽しみにしているよ」

『私もよ、霖之助。向こうで会ったら一緒に御飯を食べに行きましょ』 

「その時は慧音も一緒だ。向こうで会う時は改めてよろしく、岡崎夢美」

『えぇ、よろしく。
 宇佐見の方は暇があれば今日中にでも接触してみるわ。
 一応私も教育者として勉学に身が入らない状況は見過ごせないし』

「頼む」

ピッ! という電子音と共に通話が終了した。
霖之助は携帯を耳元から離し、ちゃぶ台の上に置くと軽くため息をついた。
自分がしてしまった事によって蓮子がどれだけ傷ついたのかを思うと、
ため息の一つでもつかなければやっていられない。

あの日、岡崎の車を後霖之助はもうすぐ自分が故郷に帰る事を蓮子に告げた。
岡崎の時とは違い、自分の正体は明かさずに、ただ「遠くへ行ってしまうからもう会えない」とだけ。
勿論、蓮子はその事で霖之助を問いただした。
何度も何度ももう会えなくなる理由を尋ねた。

けれども霖之助はその事を全て語る訳にもいかず、
ただ曖昧な答えを返すしかできずに、蓮子と向き合うことができなかった。

語る事が許されるのなら全て語ってしまった方が楽なのに。
こんな誤解と過ちだけで彼女との関係を悪化させずに済んだ事だったのに。
それでも語る訳にはいかなかった。
岡崎夢美と違い、ただこの世界の住人であるだけの蓮子を、
こちらの世界に引きずり込む訳にはいかなかった。

誰もが耳を疑うお伽話のような存在でも、
宇佐見蓮子は確かに信じてそこに至る事ができる。
森近霖之助としてなら彼女に全てを打ち明けるのも悪くはないが、
彼は森近霖之助であると同時に幻想郷の住人だ。

だから幻想郷の事を聞かれても、ただ口を噤んで静かな存在になるしかない。

「霖之助」

頭上から声がした。
程よく高く、透き通るように耳へと入ってくる声。

「お昼ごはんできたぞ」

「あぁ、分かった。今日の昼食は何かな?」

「サラダと中華風わかめスープ。それから炒飯だ」

「炒飯か、いいね。炊きたての炒飯か……」

「炒飯は炒め物だぞ? 炊くのはピラフ」

「そうだった、うん。炒飯は炒め物だ、焼き立ての炒飯は美味しいね」

「参ってるんだな」

「相当ね」

誤魔化し笑いを自嘲混じりの苦笑いにして答えた。
やはり慧音に嘘はつけない。ついたところですぐに見破られてしまう。
慧音の澄んだ琥珀色をした瞳に見つめられると、つい本心を吐露していしまう。

別に心の全てを見透かされている訳ではない。
彼女のように全てを見透かす不愉快な眼で訴えかけるのではなく、
もっと優しい、母親が子供にするような優しい目線で慧音は本心を探ってくる。

こういう慧音の眼を見るたびに、霖之助は勝てないなと思う。
子供の頃は慧音の事を守っていたと自負しているが、
今となっては守り守られで、立場がよく変わる。

「蓮子の事は仕方がないさ」

「でも仕方ないでは済まない。
 別れは告げた、けどこんな不完全な形での別れなんて誰も望んでいないはずだ。
 それは勿論蓮子も」

「だったら?」

「もう一度蓮子と会って話がしたい。けど、電話もメールも音沙汰なしでね。
 あまりしつこくてもと思って、日に何度も連絡を入れてはいないが……」

「のれんに腕押し。何も返ってはこない」

「やまびこみたいにはいかないな」

「昔っから僕はいつもそうだ。
 他人との関係に関しては不器用で、言葉を選び間違える。
 だから誤解や反発が生まれて、他人と距離を置いてしまう。
 こんな事なら、こっちの世界へ来なかった方が良かったのかもしれない」

「そんな事はない」

慧音の白く細い手が霖之助の頬にそっと触れる。
手の温もりがじんわりと伝わって、今の霖之助を優しく受け止めた。

「そんな事はないよ霖之助。例えお前が蓮子にとった行動が間違いだったとしても、
 お前と私がこの世界に来た事が間違いである訳がない。
 誰かが指をさししてそれを間違いだと言っても、私はそれを認めない。
 だって、お前が私をこの世界へ誘ってくれなければ、私とお前は一緒になれなかったのだから。
 だから私はこの世界に来た事を誰にも無かった事にさせはしない」

それから霖之助の頭はそのまま慧音の胸にゆっくりと抱き寄せられた。
全身に血が通う音と、そこに存在する生の温もり。

確かに慧音の言う通り、この世界に慧音と一緒に来なければ、
慧音とこうして今までよりももう一歩先の関係に至る事はできなかった。
そしてその関係の功労者には間違いなく蓮子とマエリベリーの名が刻まれている。

大きく膨らんだ胸から下に伸びる細く括れた腰に手を回して、霖之助も慧音を抱き寄せた。
まだ蓮子との関係に対する不安感は拭いきれない。
けれども、こうしている事で不安な気持ちを癒す事はできる。

そして慧音の胸に視界を埋め、温かさの中で呟く。

「きっと上手くやってみせる。蓮子は自分にとってかけがえのない友だ。
 だからきっと最高の形での別れを掴んでみせる。
 この一年を最高の形で締めくくろう」








ピッチャーマウンドに写し出された黒と黄色のユニフォーム姿をした投手の立体映像が、
手に持った白球をおおきく振りかぶって投げると、
本物の白球がバッターボックスに立っている蓮子へと飛んできた。

蓮子は少し肩を引き、打球を自身の目前まで引き寄せ、
ベストだと思ったタイミングで勢い良く振り抜く。

金属バットに白球が当たる鈍い感触と白球が弾む甲高い音。
感触と音からしてジャストミートとは言いがたい。

事実打ち返した白球は十数メートル程先に掲げられた『ホームラン』という看板から大きく逸れて、
ファールゾーンへと飛んでいった。

ムスッとした顔で白球の軌跡を眺めていた蓮子だったが、
投入したクレジットが尽きた事を察して、精算機に自身の携帯をかざし再びクレジットをチャージした。

「呆れた、午前の講義が終わって姿を消したと思ったらこんな場所で油売ってたのね」

聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
別に高低差のある場所から呼びかけられた訳でもないのに、
他人を上から見たような態度を含んだ声。

妙に聞き取りやすいイントネーションや声質が蓮子の知る人物と一致した。

「教授……何か用ですか?」

精算機のコントロールパネルに設置された『一時停止』ボタンを押して投球を停止させる。
振り向くと隣のバッターボックスにはバットを片手に、
左手用のバッターボックスに立つ岡崎夢美の姿があった。

髪も服も瞳の色も紅一色という特徴的な姿は相変わらずだが、
今日は紅いパンツルックで紅いケープにスカートではない。
こちらの方が活動的な印象を受けるが、
今の蓮子にとって岡崎が活動的か否かなど些事な問題だ。

極端な話、岡崎が研究室で研究に没頭していようが、
週末にジムで汗を流していようが蓮子には関係ない。
もう世界のどんな出来事も全て自身には関係がない。
そんな気分だ。

「午後の講義をサボった不良学生への注意ってとこかしら」

「今日は午後に講義を入れてませんよ。
 講義をサボったのは教授の方でしょう」

「まぁいいじゃないの。
 連休前の講義なんて真面目に聞く輩なんて居ないんだし。
 みんなクリスマスの過ごし方を考えるか、
 年末と正月をどう過ごすかしか考えていないわよ」

蓮子がそうしたように岡崎も携帯を精算機にかざしクレジットをチャージした。
それから球速を百三十キロにのストレートに設定し、左利側のバッターボックスでバットを構える。

「彼との事だったら余計なお世話ですよ。
 教授には関係ない事ですし、私が自分で解決しますから」

「忘れる事で解決しようっていうのね。
 愚直なまでに真っ直ぐなアナタらしいわ」

白と赤のユニフォームを見に纏った投手から時速百三十キロの速球が放たれる。
岡崎はそれをしっかりと見据え、無駄のないフォームで捉えた。

頭の天辺から足の裏に掛けて突き抜けるような高い音。
真芯で捉えた時特有のよく響く音が鳴り響き、
白球はそのままホームランと書かれた看板へぐんぐんと伸びる弾道を描き直撃した。

白球が看板に直撃した瞬間、
安っぽい電子音でのファンファーレが鳴り響き、
バッターボックスに設置された電飾が輝いた。

「運動力学のちょっとした応用ね。
 言ってみたかっただけだけど。
 これって何か景品あるの?」

「ホームランの数だけ菓子パンかジュースをもらえます」

「素敵! じゃあ今のはアンパン」

続いて第二球が放たれる。
先程と同じように岡崎は無駄のないフォームで白球を真芯に捉えると、
再び白球はホームランの看板に直撃した。

「これはコーラ。次はジンジャーエール、
 その次はジャムパン、その次の次はドクターペッパー。
 めんどくさいからそれから先は全部ドクターペッパーでいいわ」

「京都にはあんまり置いてませんよ、ドクターペッパー」

「あらそう? じゃあメッコール」

「なおさら置いてありません」

「好きなのよねーメッコールとドクターペッパー」

「私は嫌いですよ、ドクターペッパー。
 メッコールは飲んだ事がありません」

「不味くて美味しいわよ」

「どっちですか」

蓮子と会話を挟みつつも、岡崎は次々とホームランを量産してゆく。
これ以上話をしても無駄と悟った蓮子は岡崎に背を向ける形で、
自分のレーンに設置されたピッチングマシーンの投球を再開させた。

背中合わせでバッティングをする蓮子と岡崎。
だが岡崎の打球が全てホームランなのに対して、
蓮子の打球は全てファールか良くて二塁打。

いつもはもっと上手くやるはずなのに、こんな日に限って芯で球を捉えられない。
気が付けばホームラン無しで投入したクレジットが尽きていた。
蓮子は無感想に深く息を吐き出して、バットを元あった場所に戻してバッターボックスから出た。

安っぽいリノリウムの上にベンチと自販機が置かれ、
いつも暇そうにスポーツ新聞の競馬欄とにらめっこしている店主(もっとも今は岡崎の連続ホームランに唖然としているが)が居るホールで、
蓮子が飲み物を買おうと自販機に近づいたところでまた岡崎から声を掛けられた。

「もうお終いなのかしら?」

「お終いですいよ。調子が悪いから今日はもう帰ります」

「なら私も帰るわ」

「いいんですよ、教授はまだここにいても。
 調子がいいみたいですし、そのまま景品を空にしたらいいじゃないですか。
 何でもできる教授はそうやって好きに何でもやっていたらいいんですよ」

「だから好きな時に帰るのよ。
 お昼まだよね? だったら景品の菓子パンあげるわ」

悪戯っぽく微笑む岡崎に蓮子は勝手にしろと言う意味のため息をついた。
どうして自分に付き纏うのだろうか?。
蓮子が少々ナイーブになっているから、この親切な大学教授は蓮子に付き纏うのだろうか。
その程度の事で、あの岡崎夢美が蓮子に付き纏うのだろうか。

訳が分からない。
確かに蓮子は今胸の中に問題という重石を抱えているが、
それは蓮子自信が自分でケリを付けるべき問題だ。
正しくは蓮子とその問題に関係する男性が片付けるべき問題。

なのに第三者でしか無い岡崎の介入は蓮子にとって邪魔にしか映らない。

「おまたせーたくさんもらえたわ。
 ドクターペッパーとメッコールが無かったのが残念だけど、
 マウンテンデューならたくさんあったわよ」

両手に菓子パンと缶ジュースの山を抱えた岡崎は、
彼女にしては珍しい混じりっ気のない笑顔でそう言った。
何故だかいつもの不遜な態度よりも、こうして純粋に笑っている方が不気味に思える。

そう例えば、例えば森近霖之助が満面の笑みで接客しているように……。

不意に霖之助の事が思い浮かんで、蓮子は苦い面持ちで表情を歪めた。
何故ここで霖之助が出てくる。もうあの男は自分と関係ない所へ行ってしまうはずなのに。

「どうしたの宇佐見? 送って行くから早く付いてきなさいな。
 表に車を停めてあるのよ」

無言で頷いて岡崎の後に続く。
一旦霖之助の事を考え始めると、思考の中は霖之助の事だけで埋め尽くされていった。

初めて会った時の事。
写真を渡した時の事。
酔い潰れて彼の背中に揺られていた時の事。
アルバイトとして雇ってくれた時の事。
みんなで鍋を囲んだ時の事。

そして別れを告げられた時のこと。

様々な記憶が走馬灯のように駆け巡り、最終的にはその記憶に帰結した。
問いただしてもはっきりとした理由を語らず、もう会えないとだけ言われたあの日。
泣いても叫んでも、彼はちっとも蓮子の言葉に答えてはくれなかった。

離別が仕方ないのなら、多少の動揺はあってもそれを受け入れる自信がある。
もしもそれが今生の別れでも、理由が有れば涙と共に受け入れる。

蓮子はただ理由が欲しかった。
霖之助と慧音が蓮子の前から去らねばならない理由を。
もう二度と会えない理由を。

その事について霖之助は答えなかった。
理由を話さない代わりに、涙を流す蓮子の頭を大きな掌でそっと撫でただけだった。

彼が時折見せる優しさは好きだ。
蓮子自身、その優しさに惹かれていると言われれば否定出来ない。
不器用な彼が時折見せる誠実な優しさ。
雄大で落ち着いていて、不安な気持ちを投げ出してしまってもいいと思える。

けれども秘密を抱えたままの彼に、そうやって自分の心を預ける気にはならない。
もう二度と会えないくらい遠くへ行ってしまうのなら、せめて最後ぐらいは嘘はやめて欲しい。
例えそれが蓮子を傷つけない為の、あるいは蓮子を守る為のものであっても、最後に嘘だけはつかないで欲しい。

最後の言葉が偽りなのは余りにも寂しすぎる。









岡崎の車はクラッシックな紅いスポーツタイプの外見通り内装もクラッシクなものだった。
今となっては趣味程度の需要しかないCDタイプのカーステレオ。
デジタル表記ではなく、アナログ表記のスピードメーターやタコメーターが並び、
古いエンジン特有の動作音と揺れが蓮子の意識を揺らした。
マニュアルトランスミッションのギアチェンジの度に一旦エンジンの音が遠のく感じがそれに拍車を掛ける。

車自体は結構な速度で動いているにも関わらず、意識だけが静止していくようだ。
マウンテンデューを飲みながらアンパンを齧る蓮子はそんな事を思った。

「車で走るってのはやっぱりいいわ。
 数十億もの命が脈動する世界でマシンと自分の鼓動だけを小さく切り取られた空間で感じる事ができる。
 私に言わせればオープンタイプのスポーツカーなんて邪道ね。
 やっぱり車には屋根と窓が付いていないと。
 宇佐見もそう思わない?」

「私は昔観た古い外国のホームドラマのオープニングが印象的なのでその意見には同意しかねます」

「あぁ、そのドラマなら私も知っているわ。
 ゴールデンゲートブリッジをオープンカーで渡るシーンでしょ?
 あのドラマの主題歌って素敵よね。ドライブする時よく流すわ」

ご機嫌な様子で鼻歌を歌い始めた岡崎から視線を逸らし、頬杖をついて窓の外へと視線をやる。

視線の先には見上げんばかりの高層ビル街。そしてその高層ビル街を縫うように通るモノレールや鉄道に首都高速。
まず眼に付くのはそんな人工物の創りだした密林。
こうして自らが創り出した自身よりも遥かに大きい建築物にへばりついて人間は生活している。

眼に見えない所だと、アスファルトの下にある地下鉄に地下通路、そこに空気を送る為のエアダクト。
その他に上下水道、放水路、地下電線、通信回線等々。

繊細だがまさに生命線と呼ぶべきものがこの狭い街の中にところ狭しと張り巡らされている。
需要の大小は有れ、どれも人々の生活には欠かせない。
困った事にどれか一つの線が切れていると人は満足な暮らしを送れないのだ。
ギターの弦が六本揃っていないと満足に演奏できないように、
この線もまた全て揃っていなくてはいけない。

「またナイーブな眼をしている。アナタの心はガラスの十代ね」

「もう十代じゃありませんよ」

「なら恋する乙女って顔してる」

「恋なんてしてません……多分。
 恋をしていたと言った方が正しいかも」

「その言い方が恋してるのよ。アナタの嘘の付き方好きよ」

全てを悟って上からものを言う岡崎の言動が気に入らず、
反論してやろうと口を開きかけたが、
寸前で岡崎と蓮子を乗せた車が少し早い速度で無理やり右折し、
左斜め前につんのめった。

「教授! 運転荒いです!」

「あ、やっと怒った。やっぱり宇佐見はこうでないと。
 宇佐見はそうやって青いところがないとね」

「……私ここで降ります。車止めてください」

「嫌よ。私はアナタを送ると決めたもの」

「本人がいいって言ってるのになんですかそれ!
 前から思ってましたけど教授ってとことん変人ですね」

「褒めてもらって嬉しいわ」

のほほんと笑いながら岡崎はアクセルを緩めて平常運転へと戻った。
自分だけがのった車で事故を起こすのは一向に構わないが、
蓮子まで巻き込むのは勘弁して欲しい。
 
いや、むしろ現状では好都合かもしないな。
ぼんやりと今度は視線をフロントの方へやって、そんな事を考える。

ここで岡崎が自動車事故を起こして、
意識不明の重体にでもなればしばらくは何も考えなくて済む。

暗い暗い、文字通り無明の闇の中で昏々と眠り続けるのだ。
目が覚めた時には全てが終わっていて、彼は蓮子の目の前から姿を消している。
いっそ蓮子の記憶からも消えていた方がいいのかもしれない。
事故のショックで記憶喪失。
土砂崩れのように、記憶の層を削りとってくれれば文句はない。

「それで、私に聞かせて。このところ宇佐見がご機嫌斜めの理由」

少し距離をおいた場所から一気に距離を詰められた気がした。
まいったなと内心で思いつつも、
もう自分は岡崎のペースに乗せられたなという諦観とも呆れとも取れぬ感情がこみ上げた。

「悔しいから……」

嗚咽のように漏れ出したのはたった一言、蓮子の心を表現するシンプルな単語だった。
彼に、自分に、慧音に、霖之助が何処かへ行かねばならない理由に、自分達を取り巻く環境に。
その全てに悔しいと感じる。

「何それ、さっぱり伝わってこないわ。  
 ねぇ宇佐見。私を六歳の子供だと思って分かりやすく話してみて」

停止を指示する赤信号に応じて岡崎の車が緩やかに静止へと近づく。
加速感が体から抜け落ちて完全に静止したのを感じて、蓮子は口を開いた。

「何も教えてくれないのが、話してくれないのが悔しいんです。
 確かに彼と出会ってからまだ一年も経ってないけど、
 それでも……それでも私は彼にとって近しい人間だと思ってた。
 理由があるなら説明してくれてもいいし、
 悩みがあるのなら相談してくれればいい。
 もし……もし故郷に帰りたくないのなら協力を求めてくれてもいい。
 私を必要だって言って欲しいんです。どんな意味でも、求めてくれれば私はそれで……」

「満足……なのね」

「はい」

霖之助の事とはあえて口にしなかった。
口にしなくても岡崎には伝わる。

霖之助との事がなければ、蓮子は岡崎に好意的な感情を抱いている節がある。
知識や物分りの良さは勿論の事。
ユーモアのセンスやライフスタイルについても、
洗礼されていてスタイリッシュだと思う。
好意というよりは、憧れと言い直した方がいいかもしれない。

そんな相手に対してだからこうして縋りつくように胸中を明かすことができる。
ここ二週間程胸の中で煮詰め続けた感情を吐露しても構わないと思える。
対等な親友であるが故に、弱さや惰弱な部分を見せたくないマエリベリー・ハーンと違って、
岡崎夢美という敬服の念を抱く相手だからこその発言だった。

「彼が教えてくれたらアナタは満足なのかしら。
 それで悔しく無くなるのかしら」

「それは……」

「きっと宇佐見の事だから理由を聞いたら直ぐに行動するに違いないわ。
 馬鹿みたいに真っ直ぐ行動して、馬鹿みたいに失敗して。
 でも馬鹿みたいに何度も何度もやり直す」

「人を馬鹿馬鹿ってあんまりじゃないですか」

「本当の事よ。アナタはいつでも、何処に居たって馬鹿だった。
 物分りはいい癖に、分かった上でチャレンジする。馬鹿の極みね」

岡崎の言葉が蓮子にはよく分からなかった。
まるで何度も何度も宇佐見蓮子という人間を見てきたようなそんな口ぶり。
それ程長い時間を過ごしてきたつもりはないが、
岡崎の口調からは膨大な時の流れを感じ取る事が出来た。

「教授は知ってるんですか……霖之助さんの事を全部」

今度ははっきり『霖之助』と口にした。
思えばこうして口に出すのも随分久々だった。

「なんて答えて欲しい?」

「できれば知らないと言って欲しいです。
 私が知らなくて、教授が知っているのはやっぱり悔しいですから」

長い赤信号から久々の青信号へと切り替わり、ゆっくりと車が動き出す。
蓮子は緩やかな加速に身を預け、深いバケットシートに背中を預けた。
だが背中を預けても頭はしっかりと岡崎の方に向け、
二つの目は岡崎の唇が動き出すのを待っている。

「私も知らないわよ。ある日突然電話で引っ越すって事だけ聞かされたの。
 それなりにショックだったけど、まぁ彼の都合だし仕方ないかなって。
 お得意様特権で気に入ったアンティークを安く売ってくれるそうだから、
 それでイーブンよ」

「そうですか」

岡崎の返答を受け取って、蓮子は目線をまた窓の外へやった。
窓の外には先程のビル街とはうって変わって、
人々が生活する色の滲み出た住宅街が広がっている。
そろそろ蓮子のアパートが近い。

「教授、この辺りでいいですよ。
 私のアパートの前って結構狭いから車だと入れませんし」

「そう、分かったわ。
 今度は強がり言ってるみたいじゃなさそうだし、今日はここでお別れね」

ウィンカーを出して人通りの少ない歩道へ車が停止する。
住宅街に横付けされたスポーツカーだなんて、
昔の洋楽CDにありがちなジャケットの写真みたいだと蓮子は思った。

「えぇ、ありがとうございました。
 態々送っていただいて」

「いいのよ。可愛い教え子が悩んでいるんだからこれぐらいしても」

ドアを開けて、そのまま外へと出る。
相変わらず十二月の風は冷たく蓮子を迎え入れたが、それも部屋に帰るまでの辛抱だ。

「あ、そうだ教授」

「何かしら?」

ドアを閉める前に蓮子は岡崎に声を掛ける。
最後に一言、言っておかなくてはいけない事がある。

「教授って嘘の付き方下手ですね」

皮肉っぽく笑って、岡崎が何かを言おうとする前にドアを閉めた。
何も知らないなんて嘘だ。
全てとまではいかなくとも、岡崎夢美は霖之助の件について何かを知っている。

あの夜のドライブから帰ってきた後に霖之助は蓮子に別れを告げたのだから、
そう考えるのが妥当だろう。

岡崎はしばらく車の窓越しに蓮子を見つめていたが、
蓮子が自宅に向けて歩き出したところで、
自身も車を発進させ住宅街の影に消えていった。

やはり岡崎でも駄目だった。
幾らか胸の内はすっきりし、吐き出したいものも吐き出せたが、それでもまだ足りない。
岡崎も全てを話してくれないのなら、それは蓮子にとって欺瞞でしかないのだ。

師走の枯れた風に押されて蓮子が行く。
軋む心と溢れそうになる胸の内を抑えながら。

Comment

このあとメリーさんの登場か…
  • by:すかいはい
  •  | 2011/05/28/23:31:28
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