十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

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十四朗

Author:十四朗
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ロボとか好き東方も好き
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東方の霖之助SSが主流です
一応現役の遊戯王プレイヤー
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四畳半慧霖-岡崎夢美の真相 後編-

後編だけ長すぎて笑った。
基本的に話の区切りと、自分で長さを決めて書くのが苦手です。
計画性ってなんだろうね! 冥王計画ゼオライマー!

今回は割とシリアスぽく。けれどもネタは忘れずに。



『四畳半慧霖-岡崎夢美の真相 後編-』




霖之助、岡崎、蓮子

等間隔で並んだ首都高速の道路照明の灯りが、
移動する車内を照らしては過ぎてを繰り返してゆく。

軽快だが腹に響くエンジン音にももう慣れた。
今時珍しい、合成燃料で走る岡崎の車で京都をぐるりと取り囲む首都高速に乗って、もう三十分になる。

どうせ車も紅いのだろうと予見はしていたが、
その予想は的中していて、やっぱり岡崎の車は紅かった。

岡崎の車は二人乗りの真っ赤なクーペで、
今ではどの車にも標準装備となった自動運転装置は付いておらず、
ちゃんと運転手がハンドルを握り、アクセルを踏んで動かす由緒正しき自動車と言っていい代物。

岡崎曰く、博物館に入っていてもおかしくない程古い原型を見つけてきて、
それをレストアしたらしい。

ご丁寧にギアチェンジは絶滅危惧種のトランスミッション式で、
シートも天然素材という拘りっぷりには、思わず感心してしまう。

けれど、感心はしても口には出さない。
車に乗り込んでから岡崎とは殆どろくに口を聞いていない。
車内のカーステレオだけが言葉らしい言葉を紡いでいてた。

「煙草、吸ってもいいかな岡崎」

カーステレオの曲が、
以前岡崎に売ったエアロスミスのCDに収録されていた、
『I Don't Want To Miss A Thing』に切り替わると同時に、
霖之助が尋ねる。

「どうぞ。灰皿はドリンクホルダーのすぐ側にあるから」

英語で『push』と印のついた部分を指で押して、灰皿を引き出す。
中には緑の蛍光色をした消臭剤が入っていたが、吸殻は見当たらない。
岡崎自身、頻繁に灰皿を利用している訳ではないようだ。

ドアに設置されたハンドルを二回転半程回して、窓を三センチ程開ける。
慣れた手つきでジーンズのポケットに忍ばせた煙草の箱とオイルライターを取り出して火をつける。

まずは深く一息。それから窓の外に向かってこれまた深く吐き出す。
次は軽く、けれども力強く。そんなペースで霖之助は煙草を吸った。

「岡崎。手っ取り早く終わらせないか」

「駄目よ、とっても大事な話なんだから。でなければ首都高なんかに乗らないわよ」

「僕は早く降りたい。君のもとから離れて、慧音達の所に行ってしまいたいよ」

「残念、これから私達は丘の上に向かう。
 高くて暗くて、とっても空に近い場所」

気休めに口にした言葉に対して、岡崎は端的に返す。
仕事の話をしようと言って、
車の中へと引きずりこんだ割には少しも仕事の話をする素振りを見せようとしない。

岡崎の言う仕事の話というものが、霖之助にとって、もっとも嫌な話なのは間違いないだろう。
その話を切り出されなければ切り出されないで愉快な気持ちにはなれない。

この場所に居る為の理由を、存在の証明を暗い海に投げ出してしまったようだ。

「考えがよく纏まるから走る車の中に居るのは落ち着くわ。
 私が走る事によって私は限りなく静止へと繋がってゆき、世界が動き始める。
 特に首都高は渋滞さえしなければ止まらなくていい。最高ね」

「移動する車の中だと尾行はされても、盗み聞かれる心配はないからってのも理由だろう」

「あの女に介入できない空間なんてあるのかしらね。
 今こうして私達が話している事さえ、彼女にはお見通しかもしれない」

岡崎の言う「あの女」や、「彼女」と呼ばれる人物の事は聞き返さなくても特定できた。
霖之助もよく知っている人物。
現状で厄介な人物の番付を作るなら、岡崎の一つ上に存在している女性。

思い出して思わず眉間を抑えた。
霖之助にとって自分達の正体が露見する事以上に、
彼女絡みの厄介事に巻き込まれるのはごめんだと思いたい。

「そろそろ仕事の話しないか?」

「まだよ。ほら見て、丁度防音壁が低い場所を走っているから夜景が見える」

岡崎の言葉に導かれるままに、霖之助は窓の外へ目をやった。

オレンジ、ブルー、グリーンにピンク。
瓶に詰められたフルーツキャンディをばらまいたような光が首都高から見えた。
一番手前に見える骨組みの先端部分だけ膨らみ、光っているのが文化遺産の京都タワー。
その一つ奥には霖之助にとっては未来的に、
この世界に人々にとってはレトロテイストに見える京都駅から、
内部照明を輝かせた電車が発着しているのが分かる。

碁盤状の道路にも車のヘッドライトやテールライトが洪水のように溢れ、
上空には企業の広告や気象情報等を映し出す完全無公害、低音の飛行船が旋回起動をとっていた。

眩しい。
幻想郷で一番活気があるのは、人間が住んでいる人里だが、
それを何百倍してもこの光景には及ばないだろう。

所々に見える保護された神社や寺が神秘主義の残骸として横たわる街。
文明の力が完全に夜の闇を消し去った姿。

「夜景をまじまじと見つめた事は?」

「無い。まったくという訳ではないけど、ほんの少しだけだから数に入れなくていいだろう。
 これ程まじまじと見つめたのは……見せつけられたのは初めてだ」

「そう。ねぇ、霖之助。これは夢みたいに思えない?」

「できればそう思いたい。
 気が付いたら自分は布団の上で、
 隣には慧音が居て店には蓮子がいつものようにやってくる。
 それでもって、君が時々やって来る」

「そうじゃないわよ。そうでないのよ霖之助」

二人を乗せた車が緩いカーブに差し掛かった。
岡崎は軽くブレーキを踏み、ギアを一段階だけシフトダウンさせる。
減速感が温い雨のように体を包み、カーブの出口で加速感が感覚を呼び戻す。

「私達の見ている夢ではなく、あの街が見ている夢がアレなのよ。
 夜景は夢。朝になれば何もなくなってしまうから。
 そのまま街ごと消え失せてしまったみたいに」

「いつでも街はそこにある。君の言うそれは退廃的な思想だ」

「世界が五分前に始まったと否定できるの?
 もしくは自分が水槽に浮かんだ脳味噌で、
 そこに電極が取り付けられただけの存在でないと証明できる?
 これが生命維持装置につながれた老人の妄想でないとアナタは言い切れるのかしら」

「誰かと親しくなり、誰かと恋をして、誰かと結婚しても、
 結局人の思考は他者と完全な意味で繋がる事はない。
 個体という単位で生物が存在する以上、精神はスタンドアローンだ。
 だから他人と精神を共有し、世界のあり方を照らし合わせない限り、その問に答えは出せない」

「それがアナタの回答かしら」

「答えにはなっていないけどね。一応はそうなる」

カーブを曲がり切ると街の夜景は先程とは角度を変えて、緩やかに流れてゆく。
それから暫く窓から夜景を見つめていたが、やがて背の高い防音壁が視線を遮ってしまった。
口を真一文字に結んで門の前で構える無口な守衛のように、この防音壁というやつは気が利かない。

「その昔、私がまだ子供の頃の話しよ。
 私、昔は思考実験が好きだったの。
 不思議で、少し怖いのに妙に好奇心を擽られて、
 人の倫理や善悪に関係なく、無慈悲なまでに結果を求めようとした研究者が行き着く先。
 気が付けばずっと思考実験に関する資料を読んでいて、
 知識欲の幅が段々と物理学や心理学、哲学にも広がっていった。
 それで……まぁ、この後の話は目的地に到着してからにしましょ」

岡崎は一貫して前だけを見つめていた。
自分で車を運転するドライバーなら誰でも必ずそうするように、視線は常に進行方向を捉えている。

カチカチと進路変更を周囲に知らせる為のウィンカーが鳴った。
この時岡崎は、霖之助が視認していた中では初めて進行方向以外をに眼を向けていた。
僅かな時間、ほんの一秒程。

高速を降りる為にハンドルを軽く切って車線を変更し、
そのままインターチェンジが描く螺旋状の軌道を二人を乗せた車は降りて行った。
闇の底へ、自らを贄として捧げるように。










高速道路を降りてからはしばらく、
緩やかな斜面に住宅街がへばり付いたような名も知らない町を走り、
住宅街が見えなくなってからは文明の灯が消えた森の中を進んだ。

余り交通量は多くないらしく、
道路の白線は掠れて殆ど消えかかっているのに、手直しされた様子はない。

時々急なカーブを曲がる時に、
黒いタイアの跡と『事故多発。スピード注意』とかろうじて読める標識がある以外に気になるものはない。

比較的幻想郷に近い雰囲気がこの辺り一帯に漂っていて、どこかしら懐かしい感じがする。
とても落ち着くのだ。香霖堂で煙管を片手に天窓から夜空を眺めているみたいに。

やがて二人を乗せた車は、少しだけ開けた場所に出た。
車が十台程駐車できそうなスペースに、丸太小屋風の公衆トイレ。
その脇には塗装の剥げた自販機が一人虚しく灯りを灯している。

岡崎は車を自販機に程近いスペースに駐車して、「降りましょう。着いたわ」と言った。
言われた通りにドアのロックを解除し、車の外へと出る。

不純物の混じっていないここの空気は冷たく、肌を突き刺す。
ろくな準備もしてこなかったので、今の霖之助は深いモスグリーンのセーターに、
ジーンズだけというこの季節の屋外にしては少々頼りない格好だ。

一瞬だけぶるりと震えた霖之助に、
岡崎はケープをかしてやろうかと申し出たが、それを断った。

少しは認識を改めたとはいえ、
霖之助と岡崎がまだ敵対関係にあるのは否定の出来ない事実。

敵の施しは受けない。
もはや完全に岡崎の手の内にあると言っていい霖之助にとって、
それだけが最後の抵抗だった。

「しかし、君は丘の上と言ったね」

「言ったわね」

「これが丘の上かい? 僕には峠道の山頂付近に思えるけど」

「同じ様なものよ。どちらも高いから。
 あんまり違いはないと思うわ。上白糖とグラニュー糖ぐらいの違いね。
 それに峠か丘かの違いなんて、今はどうでもいい事でしょう?」

「違いない。さて、今度こそ仕事の話をしようか」

霖之助は落下防止様に設けられた柵にもたれかかり、
随分と遠くなった京都の街を見下ろした。

さっきまで詳細に捉えられていた建物の形や、行き交う車の光は、
今となっては散りばめられた色とりどりのビーズにしか見えない。

こうして見ていると、あの街で数百万以上の人々が暮らしているという事が、
酷く現実味を欠いた出来事に思えてくる。
それと同時に、慧音や蓮子、マエリベリーでさえあの光の一部でしか無いという現実が胸に突き刺さった。

それが嫌になって、今度は柵に背中を預け岡崎と岡崎の車の方を向く。

岡崎は愛車のボンネットに腰掛け、気楽そうに座っていた。
紅い服と車の紅いカラーリングが妙にマッチしている。
巧妙な擬態のように、疑う余地が無い。

女性として美しい体のラインをした岡崎と、
同じく高貴な貴婦人を思い起こさせるボンネットから、
シートを内包したボディに掛けての緩やかで優美な曲線を描いた車との調和もそれを手伝った。

「何から話す?」

「君の事」

「もっと知りたい? 私の事。
 いいわよ、全部教えてあげる」

ニコッと晴れやかに笑って、岡崎は胸の前で指を組んだ。
敬虔なクリスチャンが協会で祈りを捧げる格好にも似ているが、
霖之助の中で岡崎夢美と神という二つの物事が上手く結びつかない。

「私はこことは違う別の世界からやって来た。ちゆりも同じく」

「そうか」

「驚かないのね。予想通りだけど」

「その事については半分くらい君が語っていたようなものだし、
 僕自身そうじゃないかと思っていた。だから驚かない」

「アナタもこの世界の人間ではないから?」

肯くべきか、そうしないべきか、迷ったのは一瞬だけだった。
瞬きの為に瞼を閉じて、次に開いた頃には答えが出ていた。

「そう、僕もこの世界の住人ではないから」

隠せていない事を隠し通そうとしても無駄だ。
それは愚か者のやることで、少なくとも霖之助はまだ自分で自分を愚か者と認めたくはない。

「アナタとその妻は幻想郷から来た。それで間違いなわいね?」

「だとしたら君の方はどこから来たんだい」

否定も肯定もしないといった風な返答に、岡崎と同じ意味の質問を乗せて投げ返す。

「科学が魔法を否定する世界。そして宗教は信じても魔法は信じない世界から。
 つまりは数多くある科学崇拝的な世界から私はやって来た。
 似たような世界がありすぎて正確に伝えるのは難しいわ。
 ここと同じといえば同じかもしれないけど、それだと正確性に欠けてしまう。
 有り体に言えば平行世界ってやつね」

多世界解釈、パラレルワールド、もしもの世界。
解釈や呼称に違いはあれど、それは複数の世界が並行して存在しているという理論。
ある地点で世界は分岐を続け、無数の枝となって異なる世界を構築し続ける。

異なる世界があるのでは? と考える人間は居ても、実際に認識して異なる世界に跳躍できるものは居ない。
世界が違うのだから異なる世界を観測するすべがない。
思考に認識が追いつかず、結局はサイエンスフィクションにおける恰好の題材となって今日に至る。

それが一般的な認知。
だがこうして実際に世界の壁を超えているものが、少なくともこの場には二人。
霖之助と岡崎が存在し、こうして互いに打ち明け話をしながら、
分岐した世界の一つで呼吸をし、鼓動を刻んでいる事に壮大さばかりが先行して、中々実感を持てない。

「君は世界に代わりがあると言った。
 つまりは、いくつも似たような世界があるから一つの世界ぐらい無くなっても問題はないという意味か」

「そうね、その解釈は概ね正解よ。
 世界は似たような世界同士が樹の枝みたいに寄り集まって存在している。
 一つの枝が折れてしまったのなら、また別の枝に飛び移ればいいだけよ」

「消えてしまった世界の人間はどうなる」

「世界がそっくりそのまま消えるなんて事はありえないけど、そうね。
 人類の終焉を持って世界が終わったと定義するなら、人間は死に絶える事になるわね」

「到底許容される事じゃない。それは」

「勘違いしないでね、霖之助。私は世界を潰して回る事が目的じゃないの。
 そんな事して何になるのよ。やるだけ無駄、労力の無駄遣い」

「じゃあ、君の目的は」

「幻想郷への到達。正確には、再び幻想郷へ辿り着く事。 
 私が追い求めた魔法が不思議でも何でもない世界へ行く事」

改めて岡崎の口から『幻想郷』という単語が紡がれた。
霖之助にとっては帰るべき場所。岡崎にとっては到達すべき場所。

終点か到達点に違いはあれど、辿り着くべき場所は同じ。
幾つかの支流に別れた大河が再び合流するように、結果は同じだ。

「君は自由に世界を行き交う事ができるんだろう? 
 だったら、何故こんな回りくどい事をする。
 どうしてストレートに幻想郷へ跳ばない」

「問題はそこなのよ。私だってストレートに跳べれば苦労しないわ。
 けど駄目ね。幻想郷は枝分かれした世界線の内の一つではなく、
 ある特定の世界の中に内包される形で存在している」

彼女の言うところの世界線という言葉は、
アインシュタインが提唱した相対性理論でよく使われる言葉ではなく、
路線や線路という意味での線だろう。

「その世界線がここだと?」

「イエスと答えかねるけど、一応イエス。
 けどイコールこの世界に存在している訳ではない。
 ノットイコールでもないし、ニアイコールってとこね。
 限りなく幻想郷に近い場所だけど、
 今度は時間という壁が邪魔をしているからイコールではない」

岡崎が立ち上がり、柵にもたれかかった霖之助の隣へと移動した。
霖之助も特に反応せずに、岡崎を受け入れた。

怒りが冷え切ってしまった訳ではないが、
山火事のように轟々と燃え盛る怒りは残っていない。
敵意らしい敵意をさっぱり向けてこない岡崎にすっかり牙を抜かれてしまった。

「かつて幻想郷に居た時、あの女に警告されちゃったの。
 アナタのその力は幻想郷にとって毒だって言われて。
 それででたらめな世界に飛ばされた挙句、
 平行世界の移動に使う機材に記録しておいた座標も消されちゃった。
 おまけに入り口を見つけたら見つけたで、雁字搦めの防壁。
 認めたくないけどお手上げね。
 悔しいけどあの女が本気で作った防壁は私でも突破できない」

「それで僕を利用しようとした。
 彼女のご好意で外に出てきている僕を利用すれば、彼女が何らかのアクションを起こすと思った」

「完璧よ、森近霖之助。私の教え子だったら文句なしにAよ」

「けど彼女は何のアクションも起こしていない。
 これでは骨折り損のくたびれ儲けだったね」

「もっと危険な事をしなければいけないのかもね。
 例えばアナタをこの柵から突き落としてみたり」

クスリとまるで天気の話でもするみたいに岡崎が笑った。

「やめてくれよ。僕はまだ死にたくない、死ねない」

「妻がいるから?」

「そうでもあるけど、やっぱり蓮子とマエリベリーが居るからね。
 自分が誰とも関わりのない男だったら死んでも良かったけど、
 そうして関わりがある以上、独りでは死ねないよ」

「私も死んであげるって言ったらどうするのかしら」

「ちょっと君とは死ねないな」

「どうして? 独りではないわよ」

「何事にも代わりがあると言った君には、きっと自分の代わりもあるんだろう?
 今ここで死んでも、また明日違う君が目覚める。
 いつもと同じ様に朝食を食べて、講義をして、事務をこなし
 、適当な店でお菓子でも買って帰る。
 そんなのは一緒に死んだとは言えないよ。抜け駆けだ」

「大丈夫、私は私だけよ。二人の岡崎夢美は存在していない。
 以前そういう事をやって懲りたから。
 でもまぁ、それに近い事はしているかもね」

柵に足を掛け、闇の底を覗こうと岡崎が身を乗り出す。
そのまま音もなく身を投げ出してしまいそうな振る舞いに、思わず腕を掴んで止めさせた。

「心配しなくても身を投げ出したりしないわよ。
 それにもしもここから落っこちたとしても、
 壊れた部分を別のに交換すればいいんだから」

「人間ではないのか?」

「いいえ人間よ。正真正銘、混じりっ気無しに人間をやってるわ。
 手首や喉元を切り裂けば赤い血が出る。痛いとも感じる。
 時が経てば体も老いるし、そのまま死んでゆく。
 これが人間でないと思う?」

「人間だ。ただの人間だ」

岡崎が霖之助に掴まれた腕を起点に、
すぅっと自らの身体を霖之助へと引き寄せる。

自然に、違和感なく、
熟したリンゴが引力に惹かれて地面へと落下するように、
当然が導きだした動きだった。

出っ張った岡崎の胸が霖之助の腹に当たり、
細い腰や、膨らみのある太ももは、それぞれ霖之助の腰と膝に当たった。

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抱きしめるというよりは身を寄せ合うという言葉が一番近い。
鼓動と生命が発する熱が、岡崎もまたオーガニックな生命体であると感じさせてくれた。
外套の用意も無しにほっぽり出された冬空の下では、この温かさのなんと心地良い事か。

「私の腕も、私の足も、私の胴体も、私の目も、口も、鼻も、耳も、脳も、
 全て私のオリジナルではない。人間のパーツという定義には外れないけど、
 私そのものの、私が生まれた時から持っている体ではない。
 生物としての寿命が来る度に、あるいは外見を偽る為に、私は常に体を乗り換え続けてきた」

「それは、一般的に言うところのクローンというやつかな?」

「部分的なクローン。再生医学の終着点と言うべきかしら。
 そうしなければ、次元と時間を超えて世界を渡り歩く事はできない。
 これが世界を渡る為に、魔法という奇跡を見つける為に私が支払った対価よ。
 老いる度に体を取っ換え引っ換え」

「けど君は人間を辞めていない。
 もっと効率よくするのならサイボーグにでもなった方がよっぽどましだ。
 どうしてそこまで結果を求める君が、生身の体という不完全で非合理的なものに拘る」

「魔法を観測するのはいつだって人間でなくてはならない。
 この世に存在する不思議の犠牲者はいつだって人間なのよ。
 それは現実の犠牲者が常に不思議の国の住人であるのと同じく」

胸の中の岡崎がぱっと身を引き、温もりが残滓となって残った。

「最後まで手を回してくれなかったのね」

「慧音を裏切れない」

「普通、男だったら女が身を寄せたら抱きしめるものよ?
 化学反応みたいに」

「愛情はロジカルなものではないよ。
 ましてや化学反応でもない」

「この世界は、その他にある数多くの世界では、
 希望や神々といったものは科学的なものでしかないのよ。
 だとしたら、愛情もまた科学的であってはいけないのかしら?」

「君が神を語るとは意外だ」

煙草を一服しようと思ってポケットに手をやったが、
どうやら肝心要の煙草を車の中に置き忘れてしまったらしい。

「私って無神論者じゃないのよ」

「ますます意外だ」

「だって、世界は神様が作ったものだから。
 神の行いに不完全なものがあってはならない。
 でも神様はどうしても世界を完全に創る事はできなかった。
 だから神様は世界を分けた。
 可能性という、自らに等しい存在によって導かれる世界を」

「信じられるのは幸福か……
 すまないね、君が幻想郷へ行くのを手伝ってやれなくって」

「気にしなくていいのよ。
 アナタに接触して、彼女が動かなかった時点で私の負けなんだから。
 仕方がないから地道に防壁を破る手立てを考えるわ」

「努力している人間は嫌いじゃないよ」

「止めてよ、努力なんて私に一番に合わない言葉なんだから」

それから二人は特に意味もなく星を見上げたり、
故郷の事を語らってから車に乗り込んだ。

行きと同じく帰りは無口だったが、
険悪というよりは、吐き出すものを全て吐き出した後の徒労感と言うべきだろうか。

再び車内に『I Don't Want To Miss A Thing』が流れる。
英語を喋れる訳ではないが、聞き取るぐらいならある程度はできる。
そしてそれをある程度自分の頭の中で翻訳する事も。

眼を閉じたくない。
眠りに落ちてしまいたくない。
何故なら君が恋しくなるから。
何一つ見逃したくない。
たとえ君を夢に見たとしても、
どんなに甘い夢を見たとしても、それでも君が恋しい。
何も逃したくはない。

サビの部分は大体そんな風に聞き取れた。

「何一つ見逃さないように」以前、岡崎にこんな事を言われた気がする。
きっとそれは自分に対する言葉でもなく、絶え間なく変化を続ける世界の事でもなく。
明確な形を持たない、それぞれの心の中にある一番大切なものを見失うなという警告なのだろう。

見失いやしないさ。

そう、頬杖を突きながら助手席の窓にもたれかかりながら霖之助は思う。
自分が自分の意志で連れてきた一番大切な人なんだ。
何があっても、誰が立ち塞がっても、そう簡単に見失いやしない。

そうでなければ、彼女を連れてきた意味が無いのだから。









車に乗り込んだ駐車場まで来ると、
簡単に別れの言葉を済まして岡崎の車から降りた。

紅い車体がテールライトの灯りを発して曲がり角を曲がると、
もう見えなくなりようやく霖之助は一人になった。

時計に目をやると時間は九時過ぎ。
随分と長い間話をしていたようだ。
これでは待っていると言った蓮子もまだ店にいるかどうか怪しい。
居なければ、それはそれでいい。

早足で歩みを進めると程なく店へと到着した。
灯りはまだついている。どうやら蓮子は帰宅していないようだ。
自分の言った事をきっちり守る。
律儀で頑固者な蓮子らしいと言えば蓮子らしい選択だといえる。

扉の取っ手に手を掛け、そのままゆっくりと押す。
静かにカウベルがカラロコと音を立てて鳴った。

出てきた時と同じ姿で存在する店内。
まず第一に目についたのは、カウンターで突っ伏して寝ている蓮子だった。
背中が規則的に上下し、僅かに寝息が漏れている。

「蓮子、戻ったよ。そんな体制で寝ていたら腰を悪くする」

「……うぅー、生命は、この宇宙を支えているものなのよぉ……。
 それを、それを……こうも簡単に失っていくのは、それは、それは、酷いことなのよ……」

「蓮子、いい加減起きてくれ。寝言をぼやいてる場合か」

「あふぅ……ん、りんのすけさん?」

「そうだ、僕だ。まったく、律儀に待っているとはね」

「えへへ、だって待ってるって言ったんだもの。
 お腹減っちゃったけど、そこは我慢我慢」

寝ぼけ眼でにへらと笑う蓮子を見ていると安心する。
ようやく自分が日常に戻ってこれたという安堵が溢れ出す。

「時間は九時十五分丁度。結構長引いたのねー」

「あぁ、近くの峠道まで引っ張り回された」

「回された?」

「そこだけ抜き出すんじゃない」

「抜き?」

「蓮子」

やや語感を強めて注意する。
これではまるっきり中年の発想だ。
よくマエリベリーにおやじ臭いと注意されている姿を見るが、
今ならマエリベリーの気持ちがよく分かる。

「ごめん、ごめん。
 私をほっぽりだして教授にホイホイついて行った霖之助さんに意地悪してみただけよ。
 でも私を待ちぼうけさせて何様のつもり?」

「ひょっとして怒ってるのかい」

「怒ってないわよ。ものすごーく不機嫌だけど」

「仕方が無いだろ、彼女は上客なんだから」

「女の色気に拐かされて」

「拐かされてない」

「何よ! おっぱいが大きい女の方が好きだって言うの!?
 あんなの脂肪の塊よ! 幻想よ!」

「言ってないだろう。何を勝手に話を進めているんだ」

まったく、一人でも姦しい娘だ。
と呆れながらも、やはりこの騒がしさは安心する。

霊夢や魔理沙が香霖堂に遊びに来た時は、いつもこんな騒がしさに満ちていた。

「さて、帰ってきたなら早く霖之助さんの家に行きましょ。
 メリーも慧音さんも、食事は先に済ませるけちゃんと残しておくって言ってたから」

「そうか、じゃあ行こう」

カウンターから飛び出して、
レッツゴーのポーズで蓮子が合図をする。

そんな蓮子の姿を見て、ずっしりと胸が重たくなった。
やはり言わなければいけないのだろうか。
自分達がやがて蓮子とマエリベリーの元から消えてしまう事を。

岡崎との対話を経て、霖之助の胸中には一種の『区切り』と言っていい感情が芽生えた。
綺麗サッパリと物事を片付けて、消える準備をするという区切りが。
末期の病気を医師から告げられた患者が、家族に別れを告げ、
仕事や身の回りの私物、自身の財産を整理するのに似ている。

きっかけは訪れるものではなく、自ら作り出すものだ。
岡崎夢美はその事を霖之助に教えてくれた。
だったら、ここで霖之助が取るべき行動は一つしかないのではないだろうか?

「蓮子、少しいいかな」

「長話になりそうだから嫌」

「いいから聞くんだ。大切な事なんだ。
 君に聞いて欲しい、とっても大切な事なんだよ」

「な、なによぅ、改まってこの銀髪白髪眼鏡は……」

霖之助の意味深な目付きに、何を思ったか蓮子は紅くなって目を背ける。
深く息を吸込み、それからまっすぐに蓮子を見つめた。

「蓮子。僕と慧音は近い内に引っ越す。
 遠い遠い場所だ。僕達の故郷、帰るべき場所に帰る時が来たんだ。
 多分、もう会えなくなるかもしれない。色々事情があって、とっても複雑な事情なんだ。
 それについて、僕は上手く説明できない。蓮子、僕は……」









碁盤目状に区画分けされた京都の道路は、
一見走りやすそうでいて、その実とても走りにくい。
交差点ばかりですぐに車を止められるし、首都だから交通量も多い。

今現在も網の目に張り巡らされた鉄道の踏切に足止めされて辟易しているぐらいだ。
仕方なくラジオをチューニングして、どうでもいいニュースなんかを耳に入れる。

車で走る事が人並み以上に好きだと自覚している岡崎夢美にとって、
この土地はもっとも走りにくい場所だ。
正確にはこの世界の京都は、と付け加えた方がいいだろうか。

岡崎自身、途方も無い数の世界を見て回ってきただけに、つい他の世界と比べてしまう。

人類が既に絶滅した世界。
海が全体の九十八パーセントを占める世界。
人類が地球を捨てた世界。
核戦争後の荒廃した世界で逞しくも人々が生きている世界。
植物が生態系の頂点に君臨する世界。
一人の男のクローンが人類として存在している世界。

例を上げればキリがない。
非常に似通った世界はあっても、一つとして同じ世界は存在せず、
そこに住む人々はその違いを違いとも思わず暮らしている。

それだけの数の世界を巡っていれば、違う世界の同一人物とも当然出会う事になる。

例えば宇佐見蓮子。
彼女と出会うのはこれで十四回目だ。
いずれも現在岡崎が教授として赴任している大学の生徒として出会った。

行動力があり、鋭い洞察力とキレのある頭脳。
だが日常ではその本質をまったく見せず、
ただの脳天気でオカルト好きな大学生を装っている。

生い立ちは岡崎にしてみれば平々凡々。
東京の田舎町で生まれ育ち、小中と公立の学校に通い、
高校は有名私立進学校で上位の成績を収め、
浪人することなく、この世界におけるこの国の最高教育機関に入学。

どの世界にも居る普通の優等生。
とはいえ岡崎自身その性格を気に入ってはいる。
人懐っこい笑顔に、表裏のない性格と目上の者にも物怖じせず意見を言える豪胆さ。
馬鹿ではないから岡崎の話にもちゃんとついてくる。

何度か助手に任命した事もあるし、気紛れで正体を明かした事もある。
流石に私も連れていってくれと泣いて頼まれた時は狼狽したが、
それでも連れてはいけなかった。

旅の仲間は補充しない。
一度自分の故郷である世界に戻り、
魔法の存在を立証する論文を発表したところ、
くだらない理由でそれが認められず、故郷に失望し、
自分は再び幻想郷を目指すと決めた時に心に決めた事。

他人はいつ裏切るか分からない。
旅先で見つけた仲間など、一過性の感情に任せてついてくるだけの存在だ。
だからそんな感情だけで行動する仲間は要らない。

自分には北白河ちゆりという、時には感情を殺して自分の手足になって働く助手がいる。
それだけで十分だ。

人物の事で言うならば、岡崎には一人だけ気になる人物がいる。
マエリベリー・ハーン。岡崎はこの世界に来た時から彼女の存在が気になっている。

宇佐見蓮子に比べれば裕福な家庭に生まれ育ち、小中高と一貫の名門私立校を卒業。
その後、母校の付属大学へは進学せず、態々一般入試で蓮子と同じ大学を受験。
蓮子に比べれば余裕のラインで入試をパスしている。

それまではいい。ただそれだけなら彼女も蓮子と同じ平々凡々な人物だ。
岡崎が興味を抱いているのはその存在自体。
マエリベリー・ハーンという存在自体が気になって仕方がない。

これまで十四回宇佐見蓮子と出会ってきたが、
そのいずれの世界においてもマエリベリー・ハーンは存在しなかった。
単にこちらの大学へ進学してこなかったのが別の世界にとっての普通で、
この世界がマエリベリー・ハーンがこちらの大学へ進学してきた世界なのかもしれないが、
岡崎にはそうは思えない。

誰かが存在しなかった世界、というのは数多く存在している。
キリスト、ナポレオン、信長、ヒトラー、ケネディ。
彼等のような歴史的人物が存在しなかった世界だって当然有った。

けれども、その世界線において、
少なくともその世界と比較的近い位置にある世界線には彼等の代役がその役目を果たしていた。

岡崎が蓮子と出会ったのは、その他の蓮子と出会った世界線に比較的近い場所。
それなのにマエリベリー・ハーンの代わりであった人物は一人として存在せず、
逆に今まで宇佐見蓮子の周囲に居た人物達の代わりをマエリベリー・ハーンが務めている。

まるで穴を、マエリベリー・ハーンが存在しているが為に空いてしまった穴を、
彼女自身が埋めている。そういう風に思える。

今回霖之助を怪しいと思ったのも、元を辿ればマエリベリー・ハーンに行き着く。
彼女の知り合いに謎めいた古道具屋が居る。
どこからともなく現れて、誰の出資か分からない金で店を開いた、
いかにも調べてくださいと言わんばかりの存在。

それだけでなく、事の渦中には遠かれ近かれかならずマエリベリー・ハーンの姿がある。
霖之助は慧音の写真を見て、
岡崎がいつでも慧音に危害を加えられると思っていたようだが、
岡崎自身マエリベリー・ハーンと一緒に居る慧音を襲うのは、
実行するのも実行を指示するのも遠慮したい。

あんな得体の知れない女に関わり合いになりたくない。

そんな事を考えていると踏切の遮断機が上がり、列車の通過を知らせる警笛が鳴り止んだ。
岡崎はアクセルを踏んで車をまっすぐ直進させる。

景観維持の為に、時代遅れとなっても未だに京都内を走りまわる旧式の鉄道にはいい加減うんざりだ。
旧式の車を所有する岡崎に旧式の電車をなじる権利があるかどうかは、さておき。
とりあえずこの街の面白くないリストを作るなら、岡崎は真っ先に電車を入れるだろう。

岡崎の車が踏切に乗り上げ、前輪が踏切を跨ぎ、後輪もそれに追従する。
その時、急に車のパワーが落ちてゆくのが感じられた。
逞しいエンジン音が、臆病な飼い犬の鳴き声みたいに情けないものなり、
やがてぷすりとも言わなくなった。

エンストだ。何が原因だろうか。
無理なギアチェンジは行っていないし、そこまでエンジンに負荷を掛けたつもりもない。
メンテナンス不足? ありえない。この車はついこの間車検を通したばかりだ。

だが、今の岡崎には車がエンストしてしまった事よりも気になる事がある。
それは、この静けさだ。

先程まで多くの車と、歩道を行き交う人々、
歓楽街が発する雑音によって満ちていたはずの街が急に静かになっていた。

それだけではない。
人々の姿形もそっくりそのまま消失している。
遠くに見えるビルには灯りが確認できたが、
きっとそこにも人は存在していないのだろう。

「なによこれ……どういうのかしら」

言い知れぬ不安感から思わず独り言が漏れた。
岡崎だけを残して、世界の全てが表情を変えてしまったような不安感。
ひんやりとした汗が背中を伝って、流れる。

先程まで聴いていたラジオからはノイズしか聴こえてこない。
いや、大きくなっている?
岡崎が耳を澄ませば澄ます程、疑えば疑う程、ラジオのノイズが大きくなっている。

不可視の砂嵐がありったけ吐き出され、
時々砂嵐の強弱が激しくなり、風向きを変えて砂嵐は蠢いていた。

日常的な物事に例えるのなら、それは足音だろうか。
ゆっくり、ゆっくりと何かが近づいてくる予兆に聴こえる。

誰が、いったい誰が何の目的で岡崎に近付いているのだろうか?
そしてこの状況は一体何なのだろうか?

岡崎の中に一つだけ心当たりがあった。
彼女だろうか。岡崎夢美が動くの待っていた女。
動きを待っては居たが、本心では二度と出会いたくないと思っている女。

だとしたら、最高の僥倖であり、最悪の厄介事だ。

「こんばんは、岡崎夢美」

少女の純粋さ、女性の狡猾さ、老人の傲慢さ。
それらが全て混じり合った年齢不詳の声が車内に響いた。

すぐにむせ返る程の香水の匂いが、車内に充満し思わず窓を開けたくなる。
だがそれどころではなかった。
そんな事をしている余裕も理性も岡崎夢美には残されていなかった。

「こんばんは、久しいわね。や……」

「この土地で名前を呼ばないでもらえるかしら?」

いつの間にか助手席に座っていた人物が、刺すような雰囲気で発言した。
黙れと一括して、名前を声高らかに呼んでやりたい気分だ。
岡崎も幻想郷へ行く事は好きでやっている事だが、
この女と話をするのは好きでやっている事ではない。

幼い子供に施す予防注射のように、嫌々やっているだけの事だ。

「それで、何かしら。私に何か用?」

「用があるのは貴女の方でしょう?
 その為に霖之助さんまで利用して。
 話があるのなら、直接言ってくれればいいのに」

「直接って、どこに直接なのよ」

「それが分からない内は貴方も不器用な人間よ。
 ずっと貴女を見ていたのに、貴方は気付きもしないなんて」

「ずっとってどこから?」

「失礼ミスターから」

「最初からじゃないの。まったく、本当に食えない女ね」

「人間に食べられる趣味は無いの。人間を食べる趣味はあるけれど。
 よく人を喰ったような態度って言われるわ」

親しい隣人に話しかけるみたいな口調で彼女は言った。
何が親しい隣人だ。そう岡崎は内心毒づく。
だが彼女にとって、世界を超えていようが何処に存在しようが隣人みたいなものなのだろう。
そういう能力が彼女にはある。

「単刀直入に言うわ。私とちゆりを幻想郷に入れなさい」

「それは命令かしら?」

「とんでもない。アナタに命令だなんて恐れ多い。
 これはお願いよ。しがない唯の人間から妖怪への」

「これ頂いてもいいかしら?」

岡崎の返答を待たず、彼女は霖之助が車内に忘れていった煙草の箱を手に取った。

「どうぞ。ライターは車のシガーライターがあるからそれを使って」

カチンと音が鳴るまで彼女の白い手袋に覆われた腕はシガーライターを押しこむ。
それから沈黙。ただ長いだけの沈黙が舞い降りた。

時間にして一分もない。
二十秒か三十秒程度。しかし岡崎には無限に感じられた。
こんな時に限ってシガーライターの温まりが遅い。

痺れを切らして岡崎が再び話題を切り出そうとした時、
シガーライターが再びカチンと音を立てて、今度は手前に押し出た。

ライターを細い指が摘まんで、顔が存在するであろう方向に持って行く。
岡崎は彼女の顔を見なかった。
きっと直視すれば決壊寸前の理性が、濁流のように決壊してしまうに違いない。
 
紫煙を吐き出す音、白い靄で煙る車内。
岡崎が待っているのは彼女からの返答であって、怠惰な紫煙ではない。

「それで答えは?」

痺れを切らして岡崎の方から質問した。

「幻想郷は全てを受け入れる。その理念を私は掲げています。
 来たいのならば来てもらって結構。
 けれど私が以前言ったように、
 貴女のその技術は幻想郷にとって毒でしか有りません。
 お気の毒な事に」

「だったら?」

「それを何処か他所へ置いてくるのならば、私は両手を上げて貴女を歓迎しましょう」

「本当にそれだけ? 対価は必要ないのかしら」

「無論必要ありません。幻想郷は高い関税を要求する場所ではありませんから。
 結界も、貴女が技術を持っていないと判断すれば自ら開いてくれるでしょう」

「そう……」

何度目かの紫煙を吐き出した後、彼女は煙草を灰皿に押し付けて、火を揉み消した。
ややあって、今度は彼女の方から切り出す。

「素敵な船でいらっしゃいな、岡崎夢美。
 幻想郷は貴女が思い描く通りの姿で今も確かにそこに存在しているのだから」

「是非そうさせてもらうわ。
 それと、もう一つ質問なのだけど」

「まだなにか?」

「マエリベリー・ハーンとアナタの関係について聞かせて」

ずっと岡崎はマエリベリー・ハーンと彼女に何らかの関係があると疑っていた。
容姿、ハーンという姓、言動、存在そのもの。
ひょっとするとマエリベリー・ハーンと彼女は同一の存在なのかもしれない。
マエリベリー・ハーンの眼で、彼女はずっと自分達を見ていた。
そういう仮説が自然と成り立つ。

「イエスと答えかねるけど、一応イエス。
 けどイコールこの世界に存在している訳でもない。
 ノットイコールでもなく、ニアイコールというのが正解かしら」

「私の言葉を借りないで。
 そう……分かったわ、そう言うのならそうなのね。
 アナタとマエリベリー・ハーンは同一ではない。
 それが分かっただけで十分よ」

「もう質問はないわね。それじゃあ、私は行くわ。
 そう遠くない内にまた会いましょう」

「私はごめんよ」

ふと隣に存在していた気配が掻き消えるのを感じた。
がくりと肩の力が抜けてゆくのが自分でも分かる。

とりあえずは終わった。
一番したくなかった、彼女との交渉が終わった。

交渉の結果は完璧とは言えないが、悪くはない。
悪くはないはずだが、この気分悪さはどうしようもない。

先程までうんともすんとも言わなかった車のエンジンは再び逞しい起動音を響かせていて、
岡崎はそのままアクセルを踏んだ。

多くの車と歩道を行き交う人々。
遠くに見えるビルには確かに人が存在している。
よし、自分はここに居る。
この場所には他人と同じように自分も存在している。

霖之助が忘れていった煙草の箱から一本だけ煙草を取り出して、
彼女と同じくシガーライターをカチリというまで押しこむ。
彼女の時とは違いシガーライターはすぐに温まり、
かちりという小気味の良い音と共に手前に押し出された。

それを煙草の切先に押し当てて、軽く一服。
久しぶりにタールとニコチンを摂取した時特有の浮遊感が体を駆け巡り、
すぐに重力が岡崎の体を抑えつけた。

大丈夫、何処へも飛んでは行かない。
そこまで軽い女ではない。
自身に言い聞かせて、郊外へと続く道路を曲がる。

今日は自宅に帰らず夜が明けるまでずっとこうしていよう。
当てもなく車を走らせて、どこか知らない場所で朝日を拝みたい。

この広大な世界の何処かで。

Comment

#No title
うまいなぁ、一つのドラマを見ているような気分になりました。もしドラマ化したら毎週見ますよ、実写は勘弁ですが。

物語の終わりをヒシヒシ感じてきました、教授にそんな設定があったとは・・・ラストスパートですね、次回を楽しみにしています。有意義な時間でした
  • by:バンバンG
  •  | 2011/04/30/23:12:02
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