十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

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十四朗

Author:十四朗
(じゅうしろう)と読みます
ロボとか好き東方も好き
趣味の守備範囲は日々拡大中
東方の霖之助SSが主流です
一応現役の遊戯王プレイヤー
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どなたでもどうぞ
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大体マルチ対応ゲームやってると思います。

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四畳半慧霖-紅い巨塔編3-

いい加減、慧音を登場させたいので次回からは慧霖にしたいと思います。
蓮子と岡崎が目立ちすぎて困る。

補足しておくと、霖之助はメリーと蓮子の目についてまだ知りません。
過去の話でもそこには触れてませんし。
何か意図があって触れなかったのではなくて、
ただ単にわざわざやる事でもなーと思った結果だったり。



『四畳半慧霖-紅い巨塔編3-』



霖之助、蓮子、夢美









大学の敷地内というものはしっかりと標識を読み取り、
何処へ行きたいかがはっきりしていればそれほど迷うものでもない。
だと思っていたが、実際敷地内に踏み込んでみると、
あまりの人の多さと雑然とした標識の配置のせいか右往左往してしまう。
苦労の末、学生食堂に辿り着いたところでお客である岡崎夢美から電話が入った。

「もしもし、香霖堂さん? 今どちらですか?
 ひょっとしたら大学の敷地内で、迷子になってしまったのではと思いまして」

「恥ずかしながら、意外に迷うものですね。
 今は食堂に差し掛かったところです、ここから何処をどう行けば?」

「あら、そこまでいらしたのなら私が迎えにあがりますわ。
 食堂なら見つけやすいでしょうし、座って待っていてください」

「すいません、こちらの不手際で」

「構いませんよ、呼びつけたのは私ですから。
 呼んだのなら迎えにいくのが道理ですよ」

それから二、三言葉があって電話が切れた。
これでは建物に完敗したみたいで、どことなく悔しいが、
今は霖之助一人の気持ちがどうのこうのといった問題ではない。
取引でこの場所へ訪れている以上、優先するのはクライアントの都合だ。
そう、こちらの世界に来てからは強く思うようになった。

商売自体は、幻想郷に居た時よりもずっと儲かっている。
儲かってはいるが、中々商売を自分のペースで進められないのは難儀だ。
商売の繁盛と自分の道理、どちらも取ろうとすると中々上手くいかないものだな。
そう霖之助は思った。

霖之助の格好は、店の外で取引をする時には殆ど毎回着ている紺のスラックスに、
真っ白なカッターシャツと、その日の顧客に合わせて変えているネクタイ。
今日は真紅のネクタイが、綺麗に首元からぶら下がっていた。

小脇には、それ程大きくない小包を抱えており、それにあまり衝撃を加えないよう、
大切に持ち歩いているのが分かった。

霖之助は広い学生食堂をざっと見渡して、何処で座って待とうか考えた。
午後三時を過ぎた食堂に人の影は疎らで、何処にでも座ってよさそうに思えるが、
空いている方がかえって場所を選んでしまう。

どうせ腰を据えて物を食べる訳でもないからと
、霖之助が自分に言い聞かせて一番近い座席に座ろうとした時、
見覚えのある人物を視界に捉えた。

片方の房だけ白いリボンで結ばれた、黒曜石のような黒髪。
チョコレート色のスカートに黒いストッキングと、
上半身は夏の雲を思わせる白いブラウスで、
胸から腰に掛けてのラインがスレンダーな括れを描いている。

アイスコーヒーに刺したストローをつまらなさそうな眼で咥えている、
その女性は間違いなく霖之助の知っている人物だった。

「蓮子」

手を上げて、少ないとはいえ他の学生が居ることに配慮して声量を少し抑えて、
霖之助は宇佐見蓮子に呼び掛けた。
蓮子は霖之助の声にピクリと反応すると、咥えていたストローを口から離して、
キョロキョロと食堂内を見渡す。
遮蔽物の無い食堂では、霖之助の姿もすぐに補足できたらしく、
声の主を見つけた蓮子は霖之助へ軽く手を振った。

「どうしたの、霖之助さん? 
 本当に驚いたのだけど、どうして大学に?」

霖之助が向かいに座ると、蓮子は待ちかねていた様にまくし立てた。
確かに、そうするのが妥当だろう。
見知った人物とはいえ、自分の店と家庭を持った人間が大学の敷地内に居る事は、
一般的に考えると結びつかない事柄だ。

「岡崎夢美教授と商品の取引に。
 彼女はうちの店で取り扱っているアンティークナイフが気に入ったようでね、
 それを僕が届けに来たって訳さ。それから、いい忘れていたけど久しぶり。
 ここ最近は君と会っていなかったから、どうしたのかと思ったよ」

「あぁ、うん……大学の方が忙しくって。
 お店の方にも行こうとは思っていたんだけれど、中々空かなくって。
 それにしても岡崎教授か……あの人アンティークなんかに興味が有ったなんてねー」

「僕は知的で物腰の柔らかい人物だと思うけど」

「知的なのは否定しないけど、物腰が柔らかいってのは否定させてほしいわ」

「またどうして?」

「教え子を馬車馬の様に使う極悪教授よ。
 何考えてるか分からないし、妙ちくりんな格好してるし」

岡崎に対する蓮子なりの評価を語って、蓮子は残っているアイスコーヒーにを残らず飲み干した。
口調は以前と変わらず、蓮子らしい皮肉と鋭さが有って、少し安心した。
ここ最近、蓮子の姿を見ていなかったから、何か具合の悪い事でもあったのかと心配していたが、
どうやらそれも取り越し苦労だったようだ。

その時、霖之助の視界の端から赤い影が入り込んで、蓮子の背後で止まった。

「あら、私は提出の遅い駄目な教え子にチャンスを与えているだけだし、
 私の考えが分からないのは貴女が勉強不足だからでしょう?
 それに宇佐美はファッションのセンスも分からないようね」

「んぐっ!? ケッホ! ケッホ! きょ、教授?」

蓮子の方を掴んで、意地悪く肩を揉んでいる人物は間違いない、岡崎夢美だ。
以前会った時とは格好も違うし、態度も幾らか外見の年齢相応のものになっているが、
間違いなく目の前に居るのは、今回の取引先である岡崎夢美その人に違いない。

紅いケープに紅いスカート。
後ろで三つ編みにされた長い紅髪と吊り目気味の紅い瞳。
全身が紅で統一されたその格好は見間違えるはずもない。

初めて会った時の挑発的な格好とは違っても、紅という岡崎の個性は存分に発揮されている。
ここまで紅い人間も居ないだろう。
多分、お祭りなんかに行っても彼女は紅い浴衣を着るのだろうと、霖之助はぼんやり思った。

「まぁ、私の事を知的と述べた事に関しては評価してあげるわ。
 けれど知性を評価する言葉ってもっとあると思うわ。
 知的なんてたった二文字に私の知性を纏めないで欲しいの」

「わ、分かりました岡崎教授。
 今日帰ったら岡崎夢美教授のビューティフルでシャープな知性について、
 何かいい表現を考えておきます……」

「よろしいよろしい。さて、ハロー香霖堂さん。お待ちしました?」

蓮子の肩から手を離して、満面の笑みで霖之助に話しかける姿は、
ギャップからくる妙な感じがして応え難い。

「いいえ、それ程でも。蓮子とも会えましたし、待った気はしませんでしたよ」

「まぁ、それは良かった。 
 この娘でも誰かの役に立てるのですね」

「ちょっと、なんですかその言い方! まるで私が無能みたいじゃないですか。
 それに、教授なんか猫被って……」

「ないわよ。さて、行きましょうか香霖堂さん」

「えぇ、そうしましょうか。 
 悪いね、蓮子。久しぶりに会ったのにゆっくり話も出来ずに」

「ううん、いいのよ。霖之助さんはお仕事なんだし、
 それに私ならしばらくはここでゆっくりしてるから。
 お仕事が済んだらゆっくりお茶でもしましょうよ」

「そうだね、そうするか」

言葉を交わして蓮子と別れると、霖之助は先導する岡崎の後ろを歩いた。
コツリコツリと岡崎のブーツがリノリウムの床を叩く。
その音は霖之助を人気のない研究室が並ぶ一角へと導いて行った。








胸に手を当てなくとも、心臓が物凄い早さで鼓動しているのが分かる。
吐息が熱く、全身の血液が顔に集中しているのではないかと思うぐらい顔が紅い。
蓮子としては霖之助の目の前で、こんな事にならなくて済んだ自分を褒めてやりたいが、
今の火照りきった頭ではそれも無理だろう。

本当に驚いた。
メリーの言っていたお菓子作りを明日に控え、
一体どんな顔をして霖之助と会おうか思案していた最中、当の本人である霖之助が現れたのだから。

けれど実際は思ったよりも冷静に対処できた。とりあえずは及第点だ。
蓮子は自分を落ち着かせる為に、一服しようと懐に入れた煙草に手をやったが、
食堂が禁煙なのを思い出して、近くを通りかかった給仕ロボットにアイスコーヒーのお代わりと、エクレアを注文した。
とにかく、何かを胃に流し込まないと落ち着いていられない。

小さなドラム缶の様な本体に、一つ目と移動用ローラーが付いた給仕ロボットは、
機会音で「分かりました」と返事をして、無人の厨房へと向かっていった。
この時代、流石に全ての厨房が無人となっている訳ではないが、一部の教育施設や公共機関では、
厨房の無人化が試験的に採用されている。

早くて、人件費も掛からないが、
初期投資とロボットが調理をするという事を味気なく思う人々には不評だが、
正直蓮子としては食べ物が出てくればそれでいい。

アイスコーヒーとエクレアの分は今夜、アパートの近くを走って帳消しにするとしても、
問題はつい軽はずみに「仕事が終わったらお茶をしましょう」なんて言ってしまった事だ。
この点で、宇佐見蓮子は先程の自分を、褒めてやりたくもあるし、叱ってやりたくもある。

天使と悪魔が同居しているような約束を、宇佐見蓮子はしてしまった。

給仕ロボットが運んできたエクレアとアイスコーヒーを受け取って、
もそもそとそれを口の中に入れても、その煩悶は消えてくれない。
眼鏡の奥にある、知的で冷静な瞳がこちらを見つめて、笑っている姿が悩ましい。

やり場のない感情が蓮子の中で渦巻いて、どうしようもなく胸がざわめく。
いっそこの感情に身を任せられたのなら、これ程楽な事はないのだが、
それは蓮子の理性が許さない。

強い感情の流れに曝されて、ガタガタと音を立てて、
今にも決壊しそうな蓮子の理性は既の所で踏ん張っている。
けれどそれもいつまで持つか。

だだっ広いだけの食堂の隅々まで視界をやって、落ち着こうと必死に何かを探す。
だが、探しているものは既に蓮子の心の中で分かっているから、それも無駄な行為だ。
無駄だと分かっていても、そうしなければ落ち着けない。

妻帯者に恋をしたから、それを前向きに考えよう。
等と思える程、宇佐見蓮子の精神はマイナスに出来ていないのだから。









案内された岡崎夢美の事務室は広く、
中央に来客用のテーブルとテーブルを挟む様に設置されたソファーが置かれ、
窓際にはデスクが三つ繋げて置かれていた。

それ以外には、簡易流し台とその側に置かれたコーヒーメーカーが目立つぐらいで、
特に変わったものは置かれていない。
岡崎の事だから部屋の中も一面紅尽くしなのかと思っていたが、さすがにそれはないらしい。
もっとも、仮にそうだったとしたら眼にも精神にも良くない。

霖之助はひとまず安心して、勧められるがままにソファーへと着席した。

「珈琲にお砂糖は何個入れます? ミルクも必要かしら」

「お構い無く。別にそこまで気を使っていただかなくとも」

「私珈琲を淹れるのが趣味なんです。
 この部屋に来た方にはみんな珈琲を出しているの」

「そう言うのなら仕方がありませんね。
 ですが、敬語を使うのは趣味ではありませんよね?
 どうか楽な言葉遣いでいてはくれませんか」

「ふぅむ、そうですか……そうね、そうしましょ。
 あーなんだかそう言われると気持ちが楽。ありがと香霖堂さん。
 それで、お砂糖とミルクどうする?」

「どちらも無しで」

「はいはいー了解したわ。
 ついでにアナタも敬語は無しで」

「そうもいきませんよ」

「不平等じゃない。そんな傾いたままのシーソーみたいな関係まっぴらだわ。
 私が敬語を使わないのなら、アナタも使わないべきよ」

忙しなく珈琲の準備を進める岡崎の申し出を飲むべきか、飲まざるべきか迷って、
結局飲む事にした。
この手の人物は自分の意見に頑固で、断れば商売に響く。
今後も継続して店を利用してもらう為にも、彼女の言う通りフランクに接した方が無難だろう。

「はぁ……分かったよ。君がそう言うのならそうさせてもらう」

「うんうん、大分自然になったわね。
 堅苦しい男は嫌いなのよ。自分を偽っているみたいで」

偽るという岡崎の言葉が妙に刺さった。
まぁ、今の霖之助の経歴はすべてが嘘、嘘だらけだ。
だが真実を話しても誰も信じようとはしないだろうし、そもそも話す事を禁じられている。
外の世界に幻想郷の存在を知られる訳にはいかない。

あの場所は人々から忘れられた、もっとも哀れで美しい土地でなくてはならないのだから。

「早速見せてもらっても?」

「どうぞ」

熱いコーヒーを淹れて、戻ってきた岡崎がソファーに腰掛けると早速、商品に関しての話を始めた。
霖之助は淹れたての珈琲が並々と注がれたカップを手に取って、軽く一口だけ飲み込む。
茹だるような暑さの中でも、熱い珈琲が美味しく飲めるのは、冷房器具というものがあるおかげだろう。
人工的な居心地の悪い冷気が、余り好かなかったが、こうした恩恵が受けられるのはありがたい。

「美味しいかしら?」

「とっても」

膝の上に箱を乗せた岡崎が霖之助に珈琲の味を尋ねると、
霖之助は思ったままの感想を口にした。美味しい。

熱さと苦さの中に、豆をローストした際に生まれた香ばしさが確かに根付いており、
強い苦味を押しのけて珈琲本来の旨味が濃く舌に広がる。
ひょっとすると、この珈琲は合成食料ではなく、本物の珈琲豆なのかもしれない。
合成珈琲特有の水っぽいさや、安っぽい香りがなく、
全てがしっかりと色濃く刻まれている事が、霖之助にそう思わせる。

「珈琲といえば、フランスの名外交家、
 シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールは美味しい珈琲の事をなんて言ったか知ってる?」

「悪魔の様に黒く、地獄の様に熱く、天使の様に純で、恋の様に甘い。
 ターレランは個人的に興味を惹かれる人物だよ。
 彼の言葉や生き方はいろんな事を教えてくれる。
 例えば、才ある者同士は認め合いはするけれど、親しくなれるとは限らないとかね」

「交渉の才を引き合いに出そうとしたのだけれど、
 まさかそんな方へ話題を持っていくなんて思わなかったわ」

「失敬。自覚はないが、他人によく話が飛躍すると言われる」

「いいのよ、面白いから」

岡崎は丁寧に小包の包装紙を剥がすと、
包装紙の中から木箱を取り出し、テーブルの上へと置いた。
鍵は掛かっていない。普通の木箱だ。

紅いマニキュアを塗った岡崎の指先が、そっとそれに触れて蓋を開ける。
中には鞘に収められた大ぶりのナイフが安置されていた。
岡崎は柄と鞘を持ち、目の高さまで持ち上げると、鞘から僅かに刃を抜いた。

部屋の照明の光を受けてナイフの刃がギラリと光る。
背の部分がギザギザとした形攻撃な形をしたそのナイフは、獰猛な人食いサメの牙にも見えた。

「確かに。改めて見ると本当に良い品ね」

口元を緩めて岡崎は鞘にナイフを収めると、木箱に戻してテーブルの中央へ木箱をやった。

「そう言ってもらえると、道具屋冥利に尽きるよ」

「何かに特化した道具は美しいものね。
 その中でもナイフは二重の意味で用途の為に特性を尖らせているから好きよ」

「アンティークナイフはその殆どが儀礼用の物だけど、これは少し趣向が違うね。
 物騒な用途だとは思うけど、そう作られたのなら仕方がない。
 どう使うかは人の権利だ。どう使ったかという責任も人間のものだけどね」

「まるで道具の声が聞こえるみたいに言うのね。
 道具を擬人化しているとかそんなんじゃなくって、
 もっと直接的に見たり聞いたり出来るみたい」

「まさか。この世界中のどこを探したってそんな人間は居ないよ。
 勿論、比喩的な意味でなら居るかも知れないけど」

霖之助が知っている限りでは、まだこちらの世界で能力を持った人物と出会った事がない。
いや、ひょっとしたら霖之助が自覚していないだけで、
そうした能力者と既に出会っているのかもしれない。

霖之助の『道具の名前と用途が判る程度の能力』
慧音の『歴史を隠す程度の能力』及び『歴史を創る程度の能力』は、
この世界にやって来る際、半妖の力共々封印されてしまった。

曰く、科学に由来しない力は外の世界にとって毒でしかないらしい。
だから、ひょっとしたら居るかも知れないこの世界の能力者は、
能力をおおっぴらにせずにひっそりと生きているに違いない。

それに能力者といっても、幻想郷のそれに比べればずっと微弱で、
世界の道理をねじ曲げてしまうような能力者は存在しないのだろう。
そうでなければ、科学なんてものが発展するはずがない。

誰もが指を鳴らすだけで明かりを灯すことが出来るなら、
エジソンは電球を発明しなかった。そういう事だ。

「お代の方だけど、小切手でよかったかしら?」

「構わないよ。随分古風な手段を使うんだね」

「アナタに合わせようと思って。はい、小切手」

この世界では一般的に通貨が形ある物として流通していないのに、
霖之助のスタイルに合わせて小切手で支払うとは、中々遊び心のある支払い方だ。
差し出された小切手に記された金額と、
ナイフの金額に差がない事を確認して、霖之助は小切手を懐にしまった。

「にしても、取引だけだと味気ないわね」

「商売ってこんなものじゃないか」

「お話ししましょうよ、香霖堂さん」

「構わないけど、僕には一応約束があるよ」

「宇佐美の事?」

「蓮子の事」

「なぁーに、香霖堂さんは蓮子が好きなの?」

「好きではあるよ、親愛だけど。
 約束したんだから待たせられない」

「一見クールなようで紳士的ね。
 熱く馴れ馴れしい人よりもずっと好感が持てるわ」

「僕自身、熱弁を振るって相手を押し切るタイプの商人は好きじゃない。
 そういうのって、片方の意志しかないんだ。
 僕に商売を教えてくれた先生は、少なくとも心からの合意がない商売はしなかった。
 そういう商人としての魂みたいなものが、いつも芯にあった。
 彼の心構えを尊敬しているから、模倣とはいえそれを優先しているだけだよ」

ティーカップの上に空になったコーヒーカップを置いて一息ついた。
随分と踏み込んでくる女性だ。
幻想郷でこういった女性には慣れているが、
こちらにも同じようなタイプが居る事に内心驚いた。

「そうだ、香霖堂さんはここじゃない何処かって信じます?」

「ここじゃない何処か?」

言葉の意味が上手く飲み込めず、そのまま聞き返す。
どういう事だろうか。比喩的な意味か、それともそのままの意味か。
天国や地獄、霊界なんかの事を彼女は言っているのかもしれない。

一番最初に思い浮かんだ『幻想郷』という三文字を振り払って、霖之助はそう考えた。

「そう、この世界とは別に、また違う世界が存在している。
 なんて言われたら香霖堂さんは信じる?」

「信じない。僕は信じないよ。眼に見えないものは信用しないから。
 もしあるんだったら、世界地図にでも載せてほしいね」

「ロマンチストのようでリアリストなのね。
 それ本音かしら?」

「本音も何も、科学的じゃないだろう。
 君がこの大学で教えている物理学的に考えても、
 そんな世界が存在しているなんて認められないはずだ?」

先程までにこやかに話をしていたはずの、岡崎から途端に笑みが消えた気がした。
実際はまだその表情に笑みを浮かべてはいるが、
それは貼りつけているだけで、掲示板に張り出された誠意のない標語となんら変りない。

何を考えているのか、急に分からなくなった。
一体岡崎夢美は森近霖之助から何を引き出そうとしているのか。

「言葉だけなら夢見がちな少年少女の妄想ね。
 確かにこのご時世、人類未踏の地なんてものは地球に無くなってしまったわ。
 もう深海も高山も衛星軌道上も、みんな人類のエリアだもの。
 けどそれとは別に、人が科学的に踏み入れることの出来ない場所がまだある、そう考えているの」

「夢物語だよ。妄言だよ。空想だよ。
 大学教授の考えを根こそぎ否定できる程、自分が偉くなったとは思えないけど、
 君の言う事はひどく現実味を欠いている。それこそ……」

「幻想かしら?」

舌先に残った珈琲の後味がいやに苦く感じる。
ひょっとしたら、岡崎夢美は知っているのかもしれない。
幻想郷の存在を。そこに住む幻想の住人達を。

だがそこではいそうですと、幻想郷の事を喋ってしまう訳にもいかない。
もし仮に岡崎が全てを知っていて、その上でこんな事を霖之助に話したのなら。
それは霖之助からの自白を誘っての、あるいは明確な揺さぶりの意思があっての事だ。

どちらにせよ、岡崎は外の世界の住人だ。
幻想郷の存在を喋ってしまう訳にはいかない。

「珈琲のお代わりいかが?」

相変わらず笑顔で尋ねてくる岡崎に、もう含みのない好感は抱けない。
このままここにいてズルズルと相手のペースに乗せられるぐらいなら、
早々とここを後にした方が得策だろう。

明確に相手が自分を揺さぶっている確証なんて何処にもなかったが、
岡崎の言葉は霖之助の心の中にある真相へ肉薄している気がして仕方がなかった。

「いや、せっかくだが遠慮しておこう。
 長居すると悪いし、僕はこの辺りで」

「あら、私はいいのに……そういえば宇佐美との約束があったわね。
 まったく、教え子の癖に私の邪魔をするんだから」

わざとらしく肩を竦めて皮肉る岡崎に合わせて、霖之助もとりあえずは形だけ笑った。

「そういう訳だからおいとまさせてもらうよ。
 今日はいい取引だった。面白い話も聞けたしね」

岡崎には、無理に引き止めてお茶を濁す気はないらしい。
あくまで自然に、霖之助の方からの行動を忍耐強く待とうとする辺り食えないものがある。
もっとも、それすら霖之助の思い過ごしかもしれないが、自分がまずいと判断した以上、
立ち去る以外の上策がない。

「えぇ、私の方もとても有意義な買い物でした。
 また、お願いしますわ」

「他意がないのなら是非」と、皮肉の一つでもいいそうになったが、
そこは客と店主である関係を思い出して止めた。
岡崎が霖之助の行動を待っているように、
霖之助も岡崎の行動がなければ攻勢に慣れない。
少なくとも、岡崎に刺々しく接する理由は今のところない。

立ち上がって、お互いに一礼すると、何事もなかったかのように事務室の扉まで歩き、
ドアノブを捻って扉をくぐると、廊下へ出た。
「送って行こうか?」と、いう岡崎の申し出をやんわりと断って、
霖之助は蓮子が待つ食堂へと歩みを進める。

冷房の効いた部屋に居たせいか、
温い空気の充満した大学の廊下は倦怠感に似たものを感じさせる。

だが冷房というものが嫌いな霖之助にとって、この生温さは歓迎すべきものだった。
これが本来の空気だ。この季節の空気はいつもこんな感じだ。
湿気をたっぷりと含んだ空気を吸って、霖之助は振り返ることなく廊下を歩き続けた。









二つ目のエクレアと三杯目のアイスコーヒーを飲み終えて、
膨れきった胃を抱えながらも、宇佐見蓮子はまだ悩んでいた。
あれから三十分程時間が経ったが、蓮子の中では何一つ進展していない。

霖之助が戻ってくるのを待っているのに、戻ってくるのが怖いだなんて、
親友であるマエリベリー・ハーンが聞いたら、腹を抱えて大笑いするだろう。
けれど当の本人である蓮子にとっては笑いどころではない。

家庭のある人間に恋をしてしまっただなんて、他の誰にも教えられないし、
恋をした相手である霖之助にも勿論打ち明けられない。

これが独り身の相手だったら、同じように照れたり、悩んだりしながらも、
自分から積極的に誘えたものを。
横から他人の幸せを掻っ攫う、泥棒みたいな行為を蓮子は容認できない。

霖之助と一緒に居たい自分を止めている自分もまた霖之助に恋をしている自分なのだと思うと、
その薄っぺらな正義感に怒りすら感じる。
誰かが傷つかなくては、誰かが失わなければ解決しそうにもない問題。
それを何一つ失わずに、何一つ傷つけずに解決しようだなんて、
安っぽいアクション映画みたいだ。

もしこれが安っぽいアクション映画だったら、
この事態も大きな爆発一つで解決してしまうのに。

「爆発しちゃえ……」

「何が爆発して欲しいのかな?」

「うぇあ!? り、り、りん、りん、霖之助さん!」

「待たせたかな?」

爆発したのは蓮子の思考の方だった。
一瞬で天と地がひっくり返って、暴風と暴雨がせめぎ合い、
そこにあったものをめちゃくちゃにして、まだ余波がぐらぐらと頭を揺さぶる。

先程と同じく突然だ。
しかも独り言を聞かれていただけに尚更質が悪い。

「えっと……試験! そう! 試験が爆発してほしいの!」

「もし試験が爆発したら大学が大変な事になりそうだけどね」

「そういう意味じゃなくて、例えみたいなものよ。
 それよりお仕事はいいの? 教授とお話したにしては短い気もするけど」

あの変人と名高い岡崎と、
蓮子の主観的に言って変人に違いない霖之助が話をしていたのだから、
もっと長引くと思っていた二人の話は、意外な程短時間で終わった。
一時間以上は覚悟していただけに拍子抜けだ。

「まっ、お互い物分りがいいから早く終わっただけさ」

「俺達は頭がいいぞー! とでも言いたい訳?
 でも、お仕事お疲れ様。何か食堂で食べる?
 珈琲の味なら教授に負けるけど、色々あるわよ。なにせ食堂だから」

無人の厨房を目線を向けて、なるべく霖之助を視界に入れないようにして話をした。
こうすれば表面上は落ち着いて話が出来る。

「いや、出よう。蓮子はもう大学に用事はないのかい?」

「うん、ないけど。でもこれからどこかに行くのもちょっと……」

時刻はもう午後四時過ぎ。
正直な話、元気に何処かへ行こうという時間でもない。
適当にお茶をして、何かを話をするぐらいなら大学の食堂でも事足りる。
とはいえ、和気あいあいとお喋りが出来る程、蓮子の精神は安定していない。

「ダメかな? 大学を出るのは」

「いや、ダメって訳でもないのよ。
 うん、確かに大学の食堂でお茶っていうのも味気ないわね」

「よし、なら行こう」

不意に蓮子の左手首が霖之助に握られた。
蓮子は引かれるがままに座席から立ち上がって、霖之助へとついて行く。
あまりに予測していなかった行動のおかげで、
体は面白い程に霖之助の言う事を聞いて、前に進む。

「あの……霖之助さん……」

「なんだい?」

「うんとね、あの、うん……やっぱりなんでもない……です」

俯いて、やはり霖之助を見ないようにしても、今度ばかりは平常を保てない。
自分でも分かるぐらい顔が赤くなっていて、
思考がちっとも一つに結びつかず、空中で四散してゆく。

彼にこうして手を引いてもらえるのは嬉しい。
それこそ今日一番嬉しい出来事だ。
けれど、そう感じれば感じる程、慧音の顔が思い浮かんで後ろめたい気持ちになる。

初めは蓮子をからかっているのかと思った。
だが、どちらかと言えば女性の気持ちに鈍感な霖之助が、
蓮子の気持ちに気付いてこんな事をする訳がないし、
そもそも人の気持ちを弄ぶような冗談を霖之助は好まない。

本当に、蓮子を急かそうとして偶然このような形になってしまったのだろう。 
西日が差し込む渡り廊下を抜けて、さらに歩くと校舎の外へと出た。
遠くでは蝉の鳴き声と野球部やアメフト部の掛け声が聞こえる。
それは蓮子にとって別世界で繰り広げられる、遠い遠い出来事の様に感じられた。

Comment

道草さんとはまた一味違うストーリー。

奥さんがいる霖之助に恋する蓮子すげーなー。
  • by:すかいはい
  •  | 2011/03/09/22:00:00
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