十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

プロフィール

十四朗

Author:十四朗
(じゅうしろう)と読みます
ロボとか好き東方も好き
趣味の守備範囲は日々拡大中
東方の霖之助SSが主流です
一応現役の遊戯王プレイヤー
メッセ&スカイプは大歓迎です
SkypeID『Brassp905』


リンクはフリーなので
どなたでもどうぞ
もしご連絡いただければ高所から
イヤッホォォォォ!!します


PS3アカウント『auscam』
大体マルチ対応ゲームやってると思います。

バナー

Web拍手

Twitter

 

入店者

検索フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

四畳半慧霖-紅い巨塔編2-

最近岡崎教授株の上がり方が突き抜けてる。
一時期のライブドア株価ぐらい突き抜けてる。
教授ホント可愛いですね。多分旧作の中で一番好き。

書いてて思ったんだけど慧音の出番ってこれからしばらく無い気がする。




『四畳半慧霖-紅い巨塔編2-』


霖之助、蓮子、メリー、岡崎、ちゆり












日差しの下を無表情な人々が行き交う。
人々はそれぞれが皆忙しそうだったが、
霖之助には何について忙しいのかまでは分からない。
そもそも、分かりようがない。

袖すら摺りあった事のない人物の事情なんて霖之助には分かりっこない。
そして人々はそれぞれの都合に疑問を抱かずに、日々暮らしている。
そういう風に出来ているのだ、この世界の人々は。

だから多分、長身で銀髪をした男が昔懐かしのコピー用紙に印刷された書類に目を通していても、
少し気に掛けるだけで、数歩歩いた後にはそんな光景を見た事さえ忘れている。

繋がりを求めないのであればなんとも生き易い世界だ。

この日霖之助は仕入れ先に仕入れの確認と新しい商品の注文を行う為に出歩いていた。
その帰りに、
店の商品をカタログ形式に纏めた書類とにらめっこしながらカフェでコーヒーを飲んでいる。

カフェというものは難儀なもので、
昼時を過ぎても客足が途絶えることはない。
強い日差しや、歩く事に疲れた人々がひっきりなしに訪れるおかげか、
いつでもこの店は繁盛している。

初めてこの店を訪れたのは蓮子と旅行先で撮影した写真の受け渡しをした時だった。
あの時も確かこんな風に客席は混雑していて、渋々表のオープン席に通された。
あれから二週間少し経つが、
この店は外回りをした時等に立地がいいので休憩などによく利用している。

特別美味い訳でもない珈琲も、合成食材だけで作られたサンドウィッチも羽休めには丁度いい。
人の三大欲求だけあって、こんな物でも口にできるだけありがたいのは確かだ。

「失礼ミスター」

店のロゴ入り紙コップに半分ほど残ったアイスコーヒーを口に運ぼうとして背後から声を掛けられた。
高く、澄んだ声の印象は慧音によく似ている。
何かを人の前で話すことに物怖じしないような、よく通る声。
その混雑しているカフェのオープン席でも明瞭に聞き取れた。

霖之助はゆっくり後ろを振り向いて声の主を確認する。

「席がどこも空いていなくて。よろしければ相席を許可していただいて構いませんか?」

振り向いた視線の先には、濃いサングラスを掛けた赤毛の女性が、
サンドウィッチとアイスコーヒーを乗せたトレーを持って佇んでいた。

背丈は慧音と同じぐらいで、女性にしてはそれなりに高い。
背筋は地面に対して垂直に伸びていて、身長も相まってよく目立った。
だが彼女の一番目立つ印象は何といってもその色だろう。

何せ彼女は頭の頂上から爪先まで殆ど赤で統一していた。
髪は鮮血よりも紅い紅で、それを三つ編みにして纏めている。
紅いジャケットは、丈が腰の辺りまでしかなく、
括れた腰回りと白い肌を無防備に露出させているのが涼しげだ。
この白い肌と濃いサングラスが、数少ない彼女にとって紅くない部分と言えるだろう。

下半身も上半身と同じ様に、紅いパンツスタイルに紅い靴で統一されていた。
とにかく派手だ。だが不思議と悪趣味な感じがしない。

着こなしから、外見、雰囲気、仕草に到るまで、全てが自然体だった。
まるでそう有るのが当然と言わんばかりに。
この女性が紅を身につける為に生きているかのようだ。

「ご迷惑?」

強烈なインパクトに気圧されて思わず黙ってしまった霖之助に催促する様に女性が尋ねた。
その言葉で霖之助は我に返り「構いませんよ」と女性に着席を勧める。

幻想郷に居た頃は風変わりな服装をした連中なんて珍しくもなんとも無かったが、
こちらの世界でこうした服装の人物を見たのは初めてだ。
メリーや蓮子と言った『変わり者』な知り合いがいるとはいえ、
ここまで奇抜な人物が目の前に突然現れれば面食らいもする。

「ありがとうミスター。注文をしたのはいいけれど予想以上に席が混んでいて。
 貴方が相席を許可してくれなければ立ってサンドウィッチを食べ、
 そのままコーヒーを飲まなければいけないところでした」

サングラスを取って、笑ってみせた女性の眼はやはり紅かった。
年の頃は霖之助と同じぐらい。
顔のパーツはどれも形とバランスが良く、数学的に計算されてデザインされたような正確さを感じる。
つまりは整った顔立ちだという事だ。
些か整い過ぎている気はするが、その笑顔はちゃんと血が通った人間のものだと思える。

「そんな大層なことをしたつもりありませんよ。
 ただ僕は席が空いていなくて困っている人の申し出を了承しただけです。
 それだけだと言うと冷淡に聞こえるかもしれませんが、
 親切心なんてものはそう有るべきだと僕は考えています」

「いいお考えですよ。
 そうした事をもっと当たり前に考えられる人が、
 人口の三割ぐらい居たらもっと世の中は住みやすそうですね」

「大げさですよ」

霖之助は改めて半分だけ残ったアイスコーヒー全て飲み込むと、
書類をテーブルの上へ広げた。

店に帰って店での営業を再開するには時間が遅すぎる。
かといって自宅に帰ってゆっくりするにはまだ早い。
あまり早く帰ると、慧音が店の経営を心配するので、あまり早く帰りたくはない。
仕事の事で心配させたくないという意地ぐらい霖之助にもある。

「あら、それってアンティークのカタログかしら?」

向かいに座った女性が興味津々といった様子で、
テーブルの上に置かれた書類を見つめて言った。

「えぇ、僕の仕事で取り扱っている商品をカタログ形式で纏めているんです。
 紙に印刷するなんて古風なやり方ですが、その方がアンティークらしくていいでしょう?」

「とっても。よろしければ見せていただいても?
 私アンティークナイフを集めるのが好きで、よく購入しているんです。
 ひょっとしたらいい物が有るかもしれません」

「どうぞ。アンティークナイフは余り載せていないかもしれませんが、
 言っていただければ市場に流れている物を取り寄せられるかもしれません」

「ふふ、商売人ですね」

先程と打って変わって弾んだ声で商品に関する説明をしている姿が可笑しかったのか、
女性は口元を押さえて上品に笑った。
真っ赤なガーベラを思わせるその笑顔に、
霖之助は柔らかく笑みを返しながら「失礼。ちょっとした病気のようなものですよ」と言った。

「今時珍しい商人的なお方ですわ」

「時代遅れですよ。僕の様な人物は。
 だから古い物を取り扱うんです」

「でもそうした人が居ないと私みたいな人間は趣味を広げられません」

「そう言っていただけると、こちらとしても商売のしがいがあります」

女性は丁度アンティークナイフの画像が載せられたコピー用紙を手に取り、
真剣な目付きで写真を見つめた。
豊富な数が揃っているとは言い難いが、それなりに珍しい物を集めたつもりではある。
といっても自己評価なので、コレクターから見ればどうなのかは分からない。

「あ、このナイフ……」

「どうかしましたか?」

「この写真に写っているナイフ……探していたものです」

女性が指差した写真には銀の刀身に、
背の部分が鮫の牙を思わせる鋭利な形をしており、
どちらかと言えば儀礼的な印象のアンティークナイフの中でも異彩を放つ代物だった。

「これレプリカですか?」

「いえ、鑑定書付きの本物ですよ。鑑定士の目も通っています。
 もっとも、両方がペテンである可能性が無きにしも非ずですが」

「この時代アンティークの偽装なんてやっても巻きあげられるお金なんて知れています。
 このナイフが本物だという事を私は信じましょう。すぐにでも買い取れますか?」

「えぇ、お客様がお望みであればすぐにでも代金と引換でお渡し出来ます。
 ですがよろしいのですか? 決して安い買い物ではありませんよ」

「ご心配なく。アンティークナイフの収集を趣味にしているぐらいですもの。
 蓄えは有りますわ。この言葉、あまり使うのは好きでないけれど」

「無礼な詮索でしたね。申し遅れましたが僕は古道具屋香霖堂の店主森近霖之助。
 この度は当店の商品をお買い上げいただき誠にありがとうございます」

「香霖堂? あら、なんて偶然なの。
 私は岡崎夢美と申します。そう、貴方が香霖堂の森近さん。
 古道具屋って聞いた時にもしやとは思いましたが……本当に偶然」

岡崎夢美と名乗った女性はやや興奮気味にまくし立てると、霖之助に両手で握手を求めた。
霖之助は岡崎が興奮している理由がよく分からずに、怪訝な面持ちで握手に応じた。
奇抜だとは初めの印象から思っていたが、急に人の名前を聞いて興奮するだなんて少し変だ。

だがその前に霖之助には一つ気掛かりな事があった。
『岡崎』という彼女の苗字、どこかで聞いたことがある気がする。
そう遠くない昔に、近しい誰かから聞いた覚えが……

「宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、北白河ちゆり。
 このどれかに聞き覚えは有りませんか?」

親しい人物に名の名前と、
それほど親しくないが記憶に新しい人物の名前が岡崎の口から出てきた事に驚いたが、
そこまで聞いて霖之助はようやく『岡崎』という苗字をどこで聞いたのかを思い出した。

確かあの夜の飲み会で酔っ払った蓮子が口にした『岡崎教授』という人物。
それに先日店へ訪れた北白河ちゆりが助手をしている教授という人物。
どうやらその人物が彼女らしい。

「岡崎教授? 蓮子から名前を聞いたことが有りますが、ひょっとして貴女が?」

「はい、私が岡崎教授。比較的よく物理学を教えている大学教授です。
 ハーンや宇佐美が最近面白い古道具屋さんの話をしていて私も気になっていて、
 近い内にお店を覗いてみようかななんて考えていたところで。
 私は大学の方が忙しくて中々自由な時間が取れないんです。
 だからこの間は助手のちゆりにお店を見てきてもらうように頼んで、
 ハーンと一緒に行動してもらったんです」
 
「やはりあの女性は貴女の助手なんですね」

「そうですよ。あんまりにも外見が若いから疑いました?
 確かに、大学教授なんてものは少々年を重ねている印象がありますから。
 実の所私もよく学生と間違えられるんです。もうそんなに若いつもりもないのに」

「十分お若いですよ。僕には蓮子やマエリベリーの先輩ぐらいにしか見えません」

「女性に対する冗談がお上手なようで。
 いいお嫁さんを貰えますよ。店主さんはハンサムですし」

妻ならもういますよ。と言いそうになって、蛇足になるので止めた。
岡崎はウィンクをすると立ち上がって、一礼をした。

「もう少しお話をしたいところですが、今日は夕方から大学の方で会議がありまして。
 あの、もしよろしければの話ですが後日商品の引き渡しついでに、またお会いできませんか?
 私も多忙な身なので中々大学を離れられないので、
 大学にある私のデスクへお越しいただくことになると思いますが」

「蓮子やマエリベリーの大学でしたら僕の店からも近いので構いません。
 それに出向くのは僕の商売において基本的なスタイルですからお構い無く」

岡崎は自身の携帯を懐から取り出すと、霖之助の携帯へと個人情報を転送した。
霖之助も同じ様に自身の個人情報を岡崎の携帯端末へと転送する。

「では、詳しい日時は追って連絡します。
 今日はとても有意義な時間でした。探していたものも見つかりましたし」

岡崎は初めて霖之助と出会った時と同じくサングラスを掛けると、
手を振って人ごみの中へと紛れて行った。
紅い人影は人ごみの中でも否応なしに目立ったが、
それもすぐに見えなくなった。

「偶然か……」

そういうものもあるものだな、と霖之助は思う。
幻想郷と違ってこの世界には科学的な物事の枠組みしか存在しない。
そこに偶然なんてものが転がり込む余地があったとは。

この世界は霖之助が思っているよりもまだ確率の神様が居座るスペースが有るのかもしれない。
きっと、それはとても小さいが、一人分ぐらいなら問題ないのだろう。









「れーんこ」

「んぐっ!? メリー!」

メリーの来訪は、
雅覧堂の学生食堂で安いサンドウィッチをアイスコーヒーで流し込んでいる最中の出来事だったので、
思わずサンドウィッチが喉に詰まりかけた。
メリーは時々どこからともなく現れるので、少々驚く。

そんなミステリアスな部分も含めての友人関係なので、
その事を滅多に咎めないが、流石に食事時ぐらいは遠慮して欲しい。

「大丈夫?」

「大丈夫、ちょっと苦しいけど。
 もう、止めてよね。突然現れて驚かせるの」

「ごめんなさい。でも私としては普通に声を掛けただけなのよ?」

「何で普通に声を掛けてる筈なのに気配どころか足音すら感じられないの……」

「さぁ、私にもよく分からない」

蓮子が肩を竦めて溜息をつくのと、メリーが蓮子の隣りに座るのはまったくの同時だった。
横目でメリーの方を見るとメリーは何やら紙袋を抱えているようだ。

「どうしたのそれ?」

「ちゆりさんから貰ったの。
 蓮子を迎えに行こうと思って、
 教授の事務室へ向かったら入れ違いになっちゃったみたいで。
 その時にちゆりさんがくれたのよ。この間のお礼だって。
 正確には岡崎教授かららしいけど」

「ふーん、中身は何?」

「林檎よ。本物のね」

そう言ってメリーは紙袋の中から真っ赤に熟れた林檎を取り出して、蓮子に手渡した。
見かけよりも中身が詰まっているのかずっしりと思い。
それにどことなく甘い香りがする。

「袋を見る限り結構あるわよね、コレ」

「数えてみたけど十五個あったわ」

「十五ぉ!? 私の部屋の家賃二ヶ月ちょと……」

このご時世、本物の食材と言うものは恐ろしく値が張る物だ。
とても学生の身である蓮子に手が届く代物ではない。
それを纏めて十五個もプレゼントする辺り、
岡崎夢美という人物は気前がいいのか、単純に物の価値に囚われないのかよく分からない。

「私が三つ食べて、蓮子が一つ手に取ったから残りは十一個ね。
 区切りが悪いからもう一個食べましょう、そうしましょう」

うんうん、と自分で言った言葉に自分で頷いてメリーは紙袋から林檎を取り出して小さな口で齧り始めた。
蓮子はメリーの様にすぐ食べる気に離れず手に取った林檎を注意深くじっと見つめる。
そうしているとどんどん今の自分を取り巻く現状が頭の中を流れて言った。

今時分は留守にしている岡崎の代わりに、
ちゆりへレポートを渡して少し遅い食事をとっている途中で、
親友であるメリーが隣に居て、林檎を齧っていて、
美味しそうだとは思うけど今の自分はそんなに食欲がなくて。

どうして食欲が無いのだろう?
気掛かりになっていることがある? 
何が?

森近霖之助の事が。

分かりきった答えに軟着陸してしまった自分の考えに軽く失望しながらも、
蓮子はその事実を粛々と受け止めた。
これは問題だ。まさか自分がここまで弱ってしまうとは思っていなかった。

あの日はっきりしなかった感情は日を追うごとに鮮明になってきている。
蓮子にとって最悪の形で。
蓮子は今霖之助に抱いてはいけない感情を抱いている。
必死に抗って、それを忘れようとしたが、
そんな努力を嘲笑うかのようにどんどん感情ばかりが膨れ上がって、
理性と自身の奥底から湧き出る感情に胃が塞がってしまった。

「ハロー、ハーンに宇佐美。どうしたのかしら、こんなお昼を外れた時間に食堂で」

「あ、岡崎教授」

真っ赤な林檎に負けないぐらい、全身を紅く染めた人影。
歩く度に揺れる赤毛が夕焼けを浴びても色褪せることのない色を主張していた。

「林檎気に入ってもらえたかしら?」

「えぇ、とっても美味しいです。
 でも何だか悪い気がします、こんな高価な物頂いて」

「そう思うのだったら普通食べないと思うけど。
 まぁ、こんな事をハーンに言っても無駄ね。
 美味しく食べてくれれば私も本望だから、それでいいわよ」

「はい、美味しく食べさせていただきますね」

「……ところで教授どうして大学に? 今日はオフだったんじゃないんですか?」

あくまでマイペースなメリーを遮って、蓮子が続けた。
いつもの紅いケープに紅いスカート姿ではなく、
紅く丈が臍のあたりまでしか無いジャケットと、
同じく紅いパンツスタイルの岡崎は普段大学で教鞭を取っている岡崎の格好ではない。

普段も派手だが、こうも挑発的なスタイルで講義をすることはないし、
その辺りの線引きは一応岡崎も心得ているのだろう。

「要件ができたのよ。ちゆりにちょっと報告を兼ねた話をね。
 ちゆりは私のデスクに居るの?」

「えぇ、居ますよ。
 私がさっきレポートを提出しに行ったら、教授の代わりに資料を纏めていました。
 愚痴りながらですけど」

「まぁ、助手の癖に愚痴だなんて。これは再教育ね」

「教授は助手をなんだと思っているんですか……」

「助手は助手よ。教授の手足になって働くのが助手」

「絶対違います」

ケラケラと岡崎は笑っていたが、蓮子にはちゆりが不憫でならない。
よくこんな教授の下から逃げ出さないものだ。
子供っぽい外見に反して、ちゆりは結構我慢強いのかもしれない。

「それじゃ、私は行くわ。今度からレポートは期限内に提出するように」

「はい、留意します」

岡崎は笑顔のまま手を振って事務室へと続く廊下へ消えていった。

再び二人だけになった食堂で蓮子は手に取った林檎を一口齧っり、ゆっくりと咀嚼した。
果汁を含んだ瑞々しさが噛んだ瞬間口いっぱいに広がって、
酸っぱさと甘さが味覚を刺激する。
果肉の締りが良く、安物の合成林檎にありがちなざらついた感触や、
どろりとした感触はまるでなく、歯を通して伝わる食感には確かに食べているという感触があった。

「そう言えばあれから霖之助さんに会った?」

「会ってないけど」

「なにそれ、駄目じゃない。色々お世話になったのにお礼もしないでいるなんて。
 特に蓮子は飲み会の帰りにおんぶまでしてもらったんでしょ」

大きな背中と彼の匂いや温もり。
想い出せば引きこまれてしまいそうな感覚が辛い。
分別の付いた大人である自信は有ったはずだが、これではその自信もあてにならない。

妻帯者に恋をするなんて安っぽいテレビドラマの中だけだと思っていた。
現実はその人の社会的地位や環境も含めて好きになるのだから、
そうなる事はないと、そう考えていた。
なのに今の自分ははっきりと彼を好いている。

底なし沼に足を取られた気分だ。
もがけばもがく程、拒否すれば拒否する程体はどんどん沈んでゆく。
そして次第に心までその状況を諦めた感情で認めるようになって。

だが彼はどこまで行っても蓮子の気持ちには答えてくれないだろう。
彼の心は慧音と強く結びついている。
それを引き離して蓮子の方へ好意を向けさせるのは容易な事ではないし、
仮にもしそうなったとしたら、不幸になるのは慧音だ。

霖之助と一緒に居る時に見せる慧音の笑顔は忘れられない。
心の底から楽しそうで、
世界が終わる事と同じぐらい霖之助と離れる事なんてありっこないと考えている。

あそこまで純粋でまっすぐな好意を蓮子は知らない。
人はああも他人を好きになれるものなのだろうか。
心から愛しあうなんて口にしても陳腐なだけだが、
慧音と霖之助はそれを行動や態度で示している。

だから蓮子には二つの意味で無理だ。
慧音から霖之助を奪うのも、霖之助を自分に振り向かせるのも。

「そうだ、お菓子作ってそれでお礼にしましょうよ」

「お菓子? でも私、料理苦手よ」

「手伝いぐらいするわよ。いい林檎も手に入ったし、アップルパイなんてどうかしら」

「うわ、難しそう」

「下準備ぐらいはしてあげるから。
 とりあえず蓮子はお礼のアップルパイを持って香霖堂へ行くこと。分かった?」

「分かったわよ……私にだってそれぐらいできるし……」

もう一度霖之助に会うのが怖い。
この感情に歯止めが掛からない所まで行ってしまいそうで怖い。
けれどいつまでも霖之助と会わないでいるという事は出来ないのだろう。
そうするにはもう遅すぎる。
もう日常的に顔を合わせないようにするには、
遅すぎる段階まで自分は霖之助と親しくなってしまった。

どうすればいいのか。
その問いかけには誰も答えてくれない。
当然だ、それは声に出した呼びかけではないのだから。









夢美は自身の事務室へ戻ると、
資料整理をほっぽり出して夢美が蓄えていたお菓子を食い漁るちゆりの頭をひっぱたき、
応接用ソファーに座らせた。

食い荒らされたお菓子の代金は大学側から支給されるちゆりの給料から天引きするとして、
まずはちゆりと相談すべき事柄がある。

「痛いのぜご主人」

「アンタは鼠か何かなの? まったく、よりにもよって高いクッキーばっかり食べて。
 まぁいいわ、不問にはしないけどとりあえずこの話題は後回し。
 ちゆり、アンタこの前香霖堂って道具屋さんに行ったでしょう?」

「行ったぜ」

「そこの店主に今日会ってきたわ。
 カフェで偶然相席したの、偶然ね」

「嘘臭いぜ」

「実際嘘よ、偶然なんてこの世には存在しないもの。
 全ての事象はなるべくしてなる。起こるべくして起こるものよ。
 とりあえず偶然を装って、接触したけど……アンタの見立て通り彼この世界の人間じゃないわね」

「だから言ったぜ。あの店の店主はこの世界とはまた別の世界から来た可能性大だって」

「自分で見聞きした事しか信用しないの。私は体験主義者だから。
 まぁ、アンタの意見も参考程度にはなったわ」

霖之助と会話していた時とは打って変わって、冷たい表情だった。
いや、冷たいというよりは物事に素直と言った方が正しいのかもしれない。

今の夢美には感情を覆い隠す仮面はない。
冷えた頭で冷静に考えている今だから夢美の表情は冷たく感じるのだろう。
元々岡崎夢美とはそういう女性だ。

助手である北白河ちゆりの前以外では仮面を被って教授を演じる。
だが仮面の裏で自らの研究や目的遂行を成す為に手を回す。
『あの世界』の学会で感情のままに魔法の存在を提唱し、
学会から追放されてからそうする事が岡崎夢美にとっての普通となった。

「それでどうするんだぜご主人?」

「どうってどう?」

「あの店主を揺すっても幻想郷には行けそうにないと思うぜ。
 というよりも幻想郷へ行けないことは無いけど、
 私達は幻想郷の賢者からブロックされてるから幻想郷に入れないんだぜ。
 なのにこっちへ出てきた幻想郷の住人と接触して何か意味があるのか?」

「そうね、言われなくてもその辺りは分かっているわ。
 あの店主、見たところ境界を超えられる力を持った程の大妖怪って訳でもなさそうだし」

「ならどうして?」

「賢者の力でこちらの世界に来たという事は、賢者に近しい者だからよ。
 それを握れば賢者は私達の前に姿を表す。交渉の為にね」

「ただ単に追放されただけかもしれないぜ?」

「追放するぐらいなら殺すわよ、あの賢者なら。
 追放される程の禁を犯した妖怪を外へ放り出すなんて無責任な真似、あの賢者はやらないわ」

夢美の紅い唇が三日月状に歪んで、釣り上がった。
魔法や妖怪は信じるが偶然なんてものを岡崎夢美は信じない。

魔法は科学とは別系統の学問で、
妖怪は既存の生物体系とはまったく異なる体系の生物に過ぎない。
ただそれだけだ。だから岡崎は魔法も妖怪も信じる。

だがこの世に偶然なんてものは存在しない。
全てが法則に基づいた動きをする世の中に偶然なんてものは不要だ。

「さて、もう一度幻想の土地へ行ってやろうじゃない。
 巫女が空を飛び、妖怪が夜を支配するあの土地へ」

ここに、岡崎夢美の静かな必然が幕を開けた。





Comment

#No title
あっさりと正体見破られちゃってますね。どうなる霖之助


それはそうと、deskはデスクと発音させた方がよろしいかと。
ディスクだとdisc(disk)になっちゃいますよね
  • by:
  •  | 2011/03/03/10:57:59
  •  | URL
  •  | Edit

管理者にだけメッセージを送る

Pagetop ]

Copyright (C) 十四朗亭の出納帳 All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。