十四朗亭の出納帳

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Author:十四朗
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新・霖雨と共に1

以前書いたSSの改訂版。
ホントは年末に一斉更新しようと思ったんですけど、
間に合いそうにないのでポツポツと公開することに。

今より昔。
霖之助がまだ霖之助で無かった頃の、そして稗田阿弥が居た時代の話。


『新・霖雨と共に』



霖之助、慧音、阿弥







男と女が古ぼけた墓石の前に佇んでいた。
男の方は背が高く、喪服をを着ていて髪は銀色。
女の方も女性にしては背は高かったが隣にいる男程ではない。
長い青と銀が混じった髪を後ろで纏めていて、服装は男と同じく喪服だ。

背筋は真っ直ぐに伸び、姿勢はいいがその背中は余り元気があるとは言い難い。
何も説明がなくとも二人にとって近しい者が亡くなったのだろうという事がわかる。

空は青いのに押しつぶされてしまいそうな閉塞感だけが辺りに充満していた。
時々カラスが乾いた鳴き声をあげたが、二人の耳には入っていないだろう。
この男女は故人を偲ぶ訳でもなく、墓石の前に泣き崩れる訳でもなく、
ただ不動のまま墓石の前に佇んでいる。

やがて女の方が静寂を弱々しく押しのけて話し始めた。
この墓の下に眠る人物についての話を。









今とは違う時代の幻想郷。
その頃、慧音は人里の名家である稗田家で、書物の整理や写本の制作を主な生業としていた。

稗田家は書物や資料の管理を主とする家だ。
当然家の者は皆、読み書きが人並み以上に出来る。
幻想郷に流れ着いた時、そんな稗田家に拾われたおかげで読み書きには困らなかった。
いや読み書きどころではない。衣食住、その全てにおいて不自由をしなかった。

慧音が幻想郷に流れ着いた時、慧音はまだ子供の姿だった。
傷だらけの素足に、体にはぼろきれ。

骨と皮だけの手足に、異類の者である事を証明する青味がかった銀髪。
酷い仕打ちを受けて来たのか周囲の人間に脅え、震えていた。

覚えているのは自身の名前である慧音と言う事だけ。
一目見て純粋な人間でないと分かるような慧音を稗田家は保護したのだった。

内部では混ざり者である慧音を保護する事に反対の意見もあったが、
慧音がハクタクとの半人半獣だと分かると、その意見も徐々に鳴りを潜めていった。

そして慧音が人に対する怯えを拭い去り、里の人間も慧音を里の一員として受け入れてからしばらくした頃。
稗田家八代目阿礼乙女、稗田阿弥が誕生した。

そしてその八代目阿礼乙女の教育係は、稗田家の保護と教育の結果、
里でも名が知れた知識人として活躍していた、慧音が抜擢される事となった。

御阿礼の子は普通の代継とは違い、生まれ落ちたその瞬間から稗田家の当主となる。

当然、まだ赤ん坊の阿弥に家の舵取りが出来るはずも無いので、
彼女がしっかりと成長するまでは前当主、つまりは阿弥の父親が家の舵取りを行う。

だがその期間は短く、阿弥が齢が九つを数える頃には、もう既に阿弥が家の舵取りをする事になった。

この稗田阿弥、これが一筋縄では行かない人物であった。
当主と言う物は常に家全体の事を考え、それらしい達振る舞いが要求される。
それだと言うのにこの阿弥は、家人への悪戯や、慧音の授業をサボると言った行為の常習犯であった。

慧音が勉学を教えようと阿弥の部屋を尋ねるとたいがい部屋はもぬけの殻になっている。
その度に慧音は屋敷内を探し回った。
阿弥は天井裏に隠れていたり、押し入れの中に隠れていたり、屋敷の屋根の上で日向ぼっこをしていたり。
とにかく落ち着きが無かった。

あの頃の稗田家では慧音と阿弥の追いかけっこは日常茶飯事的に行われた。

おまけに阿弥は性格が男勝りで、我が強く、
自分の事を女でありながら「俺」等と言ったりして、常に慧音と家人の頭を悩ませ続けた。

そしてそんな阿弥が当主としての座を継いでから一年余りした、梅雨時のあの時期。
稗田阿弥と上白沢慧音を語る上で、無くてはならない人物と出会う事になる。










その日は幾日も降り続く雨にいい加減うんざりしていた日だった。

慧音が私用で、傘をさして門の外へ出た時、彼女は稗田家の門の前で倒れているある人物を発見した。

その男は傘を持たずに、泥だらけの状態で門の前にうつ伏せの倒れていて。
長いボサボサの白髪を後ろで束ね、ボロボロでツギハギだらけの服を着た身なりの汚い男だ。

行き倒れるくらいの境遇の者だ。身なりなんてそんなものだろう。

それよりも気になるのはその髪の色だった。
慧音とは違う、白味がかった銀髪。
汚れと、水分で輝きを失ってはいるが、それでもこの色は目立つ。

慧音と同じ、人とは違う者。
異類の証。

慧音は一瞬、判断に迷った。
このまま彼を稗田家の敷地に入れても良いのかと。

もしかしたらこの男は山賊か何かで、仕事に失敗して山から逃げ延びてきたのかもしれない。
だとしたらそんな人物を家に上げる等もってのほかだ。

だが、慧音にはこの男がそんな風には見えなかった。
仕事に失敗して逃げ延びた山賊なら、もっと怪我や血の汚れがある筈だ。
それに何かしらの武器も持っているだろう。

見たところこの男にはその様な得物は見当たらないし、
服はボロボロだが、武器による外傷も無かった。

そしてなにより、この男の背中は何処か寂しかった。
今まで生きてきて、辛い事や悲しい事しか背負って来なかった様な背中だ。

酷く小さく、酷く痩せた悲しい背中。

きっとここに流れ着いた時の自分も、他人から見ればそうだったに違いない。
そう慧音は思った。

慧音は手に持った傘を男の傍らへ置くと、駆け足で屋敷の方へ戻った。
慧音一人で大人の男を運ぶのは少々骨が折れる。
誰か家人の者に手伝って貰うのが、現実的な解決方法だ。









家人に男の着替と体を拭くように頼むと、慧音は雨の中医者を呼ぶために里の中を走った。
明らかに異類の物である男を見て、家人の表情は曇ったが、
慧音が「私と同じだ、怪しまなくていい」と言って彼らを説得した。

男に害がないと言う論理的な保証は何処にもない。
慧音の勘だけに頼って、あの男を家に入れるのは少々危険かもしれないが、
あんな痩せ細った男に何が出来ると言うのか。

それに稗田家には屋敷を警護する為の者も居る。
彼の身体については問題ないだろう。

だがどうも気持ちが急いて、足速になってしまう。
医者を連れて屋敷へ戻ると家人の者に男が運ばれた部屋を訪ね、まっすぐそこへ向かった。

慧音は教えられた部屋の襖を開け、部屋の真中に敷かれた布団で男が寝ているのを確認する。
固く閉じられた瞼はまだ開きそうも無いが、
一定の規則に従って胸が上下している辺り、落ち着いた状態ではあるのだろう。

慧音は医者に「彼が患者です」と伝えると、医者は黙って頷き、診察を開始した。

男を診察する医者を視界に収めながら、慧音は無言を貫きながら男の事を考えた。
泥や体の汚れは綺麗に拭き取られているが、ボサボサの髪の毛と無精髭により、正確な年齢がよく分からない。

外見的にも、年齢的にも、慧音とそう変わらなさそうだが、
髭と髪のせいで少なくとも五歳は老けて見えた。

恐らくはこの幻想郷の者では無いだろう。

最近、幻想郷が外界から完全に遮断され、
外部との行き来が出来なくなると言う噂のせいで、
あわててこの地へ移住してくる妖怪も少なくないと聞く。

もしかしたらこの男もその一人なのかもしれない。

そんな事を考えている内に医者の診察が終わったらしい。
医者はこちらを向いて、話を始めた。

「上白沢さん。この男性は人間じゃありませんね?
 彼は半妖だ、流石に何の妖怪かまでは測りかねますが」

「えぇ、そうです。申し訳ありません、彼が人間でないと言う事を黙っていて」

「いえ、私は特に気にしないので問題はありませんよ。
 これ程までに弱った半妖に何が出来る訳でも有りませんから」

医者は言葉通り、特に気にする訳でもなくそう言った。

「問題はもっと別の場所にあります。
 ハッキリと言うなら、彼に合う薬が無いと言う事です」

医者は心底困った、と言う風に頬を人差し指でポリポリと掻いた。

「症状は体力の消耗と長い間雨に打たれた影響による、
 非常に衰弱した状態にあるのと、それによって体の免疫が弱った事による風邪ですな。
 本来半人半妖は人と妖怪が患う病気になりにくいものです。
 それはご自身の事なので良くお分かりでしょう?」

「えぇ、おかげでここに来てから六十年。病気一つした事がありません」

「人とは体の仕組みが違うからでしょうな。当然妖怪とも。
 ですがその結果、薬も作用し辛いのです。
 幸い半妖は生きる為に食事を摂取しなくともよい生物です。
 これが人間だったらとっくの昔に亡くなっているでしょう」

短い沈黙。
慧音は医者から目を話して、男の方を見た。
心なしか、先程よりもその呼吸が危うく感じられる。

「ではどうすれば? 自然に回復するのを待てとおっしゃるのでしょうか」

「残念ながら。有効な手が無い以上そうするより他にありません。
 恥ずかしい事ですが、半妖に有効な薬も医学の知識も、今の私は持ち合わせて居ないのです」

先程よりも長い沈黙が両者の間を流れた。
助けはしたが、こちらからしてやれる医術的は何もしてやれない。
どうにも歯がゆいこの状況が、沈黙を長くさせるのだった。

やがて慧音が「わざわざ雨の中呼び出した挙句に、厄介な事を頼んで申し訳ない」
と謝ると医者も「いえ、何も出来ずに申し訳ない」と謝った。

医者は「気休め程度にはなるだろう」と幾つかの薬を処方した後、屋敷を後にした。
慧音は医者を屋敷の門前まで送り届け、別れ際に深く頭を下げて礼を言う。

そして医者を門前まで送り届けた慧音が、再び部屋へ戻って来ると、部屋の中に誰かが居るのを感じ取った。
大まかな大体の予想は付けつつも、寝ている男性を気遣って襖を静かに開ける。

「お、慧音先生。やっと戻って来たな」

「阿弥。来ていたのか」

案の定、部屋の中には阿弥が居た。
紫がかったおかっぱ頭に、蝶の柄が描かれた振袖を着ていて、
頭には振袖の柄と同じ、蝶の髪飾りを刺している。

ニカッ! と笑ったその顔は腕白そのもので、男口調がその印象に拍車を掛けていた。

「半妖なんだって?」

「あぁ、屋敷の前に倒れていた。すまないな、この屋敷の主はお前なのに、何の相談も無くて」

「いや別に。俺は構わないよ。屋敷の前に人が倒れていたら誰でも助ける、先生はそれをやったまでだ」

子供らしくない口調と態度。
赤ん坊の頃から彼女の事を知っているが、相変わらず阿弥の姿と、
その知識のギャップに対する違和感を拭えない。

「なぁ、先生。こいつ目を覚ますかな?」

「どうかな。酷い熱だし、衰弱しきっている。
 保護したとは言え、目が覚めるのは何時になることやら」

慧音は肩をすくめて応えた。

「どうして拾ったんだ」

「行き倒れの人物を見捨てるほど私は冷たくなれないからだよ。
 もっとも、お前がこの男を外に放り出せっと言うのならばそれも仕方ないが」

「いや、このままでいいさ。
 俺だってそこまで薄情じゃない。
 目を覚まして害が無いかどうか分かるまで置いてやってもいい」

「そうか、ならその方向で頼む」










男が目を覚ましたのは慧音が彼を拾ってから三日経っての事だった。
家の者が額に乗せた濡れ手ぬぐいを交換している時にふと目を覚ましたらしい。
男は朧気な目付きで周囲を見渡した後「ここは?」と静かに尋ねたそうだ。

急いで慧音が呼ばれ、男と面会する事となった。

慧音が部屋に入ると男は上半身を布団から出し、暴れる様子もなく鎮座していた。
前髪に半分程隠れた金の目が慧音を捉える。

「目が覚めたか。まだ横になっていた方がいい、
 ここで寝かせていたとは言え私達も貴方に対する治療法が分からずにただ寝かせていただけだから。
 体の調子は倒れていた時と左程変わらないと思う」

「ここは?」

家の者に発した内容と同じ言葉を男は口にした。

「ここは稗田家の客室だ」

「そうじゃない。もっと大まかな……この地はなんと呼ばれる場所なんだい?」

「ここは幻想郷。そうやってこの地の名前に拘ると言う事は貴方はこの地を目指していたんだな」

「あぁ、もう外の世界にのどこにも僕のような者が住む場所はないと思ったから。
 と言っても元から僕の住む場所なんて無かったけど。
 住む場所と言うよりは存在してはいけなくなったと言うべきかな」

「ちょっと待った、長い話は後にしよう。
 今食事を持ってこさせる。体を回復させるのに人の薬が効かなくとも、食事は有効だろう」

男は無言で了承した。
長いボサボサの髪に阻まれて男の表情はよく分からなかったが、とりあえず安堵しているのは確かだった。

一緒に居た家の者に食事の準備を頼むと慧音は監視も兼ねてこの部屋に残った。

「そう言えばまだ名前を聞いていなかった。
 何時までも貴方では少々呼びづらい。
 名前を教えてはくれないだろうか?」

「ない、僕には名前がない。
 その時々に適当な名前を名乗ることはあったけど、僕は本名と呼べるものを持っていない。
 だから好きに呼んでくれて構わない。僕もその方が楽だから」

「そうか……私は上白沢慧音、この屋敷で資料の管理や写本の制作をしている」

「君は半妖……いや半獣だね」

特にその事を話したわけでもないのに男は慧音が半獣であることを言い当てた。
だが男が慧音を半獣と見抜いたことに慧音は特別な感情を抱かない。
慧音だって初見でこの男が純粋な人間でないと分かったのだ、逆も当然だろう

慧音の髪色も普通の人間とはかけ離れているものだし、
歳若い外見でここまで落ち着いた態度を取っていれば嫌でも何かあると分かるはずだ。

「いかにも、私は白澤と人間の混じりものだ」

「白澤か……白澤の混じりものはお目にかかったことがないな。
 僕達みたいなのは大抵親の顔も知らないから自分の人間以外の部分がなんなのか知らないんだ。
 半妖は肉体に妖怪の特徴が出にくいから尚更だよ。
 けれども君みたいに上等な妖怪との混じりものには会ったことがない」

「色々有ってね。幼い頃にこの体になってそれっきりだよ。
 昔は元に戻る方法を模索してみたりもしたが……結局のところ戻れずじまいさ」

しばらくすると食事が運ばれてきて、お膳に一人分の食事が並んだ。
お粥が主体の消化によく、栄養価の料理ばかりだ。

男はがつく様子もなく静かに料理を口に運んだ。
半妖は腹は減らないからか、久方ぶりであろう食事を落ち着いて喉に通していた。

「目が覚めたって聞いて飛んできたぜ。おぉ、結構元気そう」

男の食事が一段落着いた後、部屋の中に嬉しそうな顔をした阿弥が入って来た。
この時間は幻想郷縁起の資料を纏めているはずだが、おそらくそれを中断してこの部屋に来たのだろう。

「慧音先生も酷いなぁ、当主である俺に何も知らせないなんて」

「私が面倒を見ると決めていたからな。
 それにこの時間、お前は作業をしているし」

「作業なんて何時でも出来るって。
 あぁ、初めまして半妖のお兄さん。
 俺は稗田阿弥。この稗田家の当主だ」

気さくな挨拶で男の警戒心を解こうという魂胆だろう。
それは多少なりとも友好的に働いたようで。
男の方もよろしくと返して、食事のお礼を言った後は警戒する素振りを見せなかった。

「お兄さん、そんなに悪い半妖には見えないね」

「どうかな。もっと見ず知らずの者には警戒した方がいい。
 ひょっとすると元気になった後君達を襲うかもしれない」

「そんな人間は態々元気のない時に犯行予告なんてしないね。
 見たところお兄さんはそんな間抜けでもないし大丈夫だろ」

「僕を信じると?」

「信じるね。最初ぐらい信用してもバチは当たらないさ」








それから数日で男は歩き回れる程度には回復していった。
男は体が自由に動くようになるとまずヒゲを剃り、ボサボサの髪の毛を短くした。
すっかり小奇麗な格好になった男は最初に慧音が発見した時よりもずっと若く見えた。

人間の年齢に換算するなら二十歳とそこそこ。慧音と同じぐらいだ。
冷ややかな目付きをしている事を除けば割りに整った顔立ちだ。

初めて話した時の印象から利発そうな感じはしなかったが、
案の定その通りで、外見年齢に似合わず血の気は少ない。
その代わり道具に関する知識と技術があり、稗田家の傷んだ家財道具などの修理を恩返しと称して行っていた。

阿弥は見知らぬ男、それも今まで出会ったこと無いタイプの彼にすっかり懐いているようで、
自分の仕事の時以外は大体彼と一緒に行動しているようだった。
そういう好奇心はその辺りの子供となんら変りないと思える。

自分の部屋の家具を直してもらったり、肩車をしてもらったり。
意外なことだが読み書きは一応出来るようで、手の空いたときは慧音の所に来て本を借りていった。

彼が稗田家にやってきてもう一週間以上になるが、
いまだに彼の個人的な部分については知らないことだらけだ。

出身地、実年齢、どうして放浪の生活をしていたのに読み書きが出来るのか。
少なくともこれらの事を彼が自分の口から語った事はない。
だが慧音自身それらの物事をそんなに深く考えてはいなかった。

別に聞いたところで何が変わるわけでもない。
彼の出身、年齢、読み書きが出来る理由。
そんなものが分かっても何ら今の生活には影響しない。

彼に着いて差し迫った問題をあえてひとつ挙げるとするならば、彼に名前が無いという事だろうか。
慧音は彼が初めて目を覚ました時から変わらずに「貴方」と言う呼び名で呼んでいる。
その他の者も同様だ。
阿弥は「お兄さん」と呼んでいるようだが、意味としては慧音達と同じだろう。

彼は別に困っているような様子は見せなかったが、
こちら側としては要件があって彼を探している時に名前を呼んで探せないと言う点で不便だ。
好きに呼んでいいとは言われたが、渾名のようなものを付けようにもぱっといい名前が思い浮かばない。
阿弥にも相談したが、彼女は「慧音先生に任せるよ」と言って真面目に考えようとはしなかった。

慧音は自分の仕事が暇になると墨を磨り、真っ白い半紙に向かって首を捻る。
色んな名前が浮かんではすぐに消えていった。
稀に納得の行きそうな名前が浮かぶが、
それを半紙に書いて見つめていると何だかその名前も違うように思えてくる。

赤子の名付けを依頼された事が何度もあるので、
彼の名前もすぐに決まるだろうと楽観視していたが、何故か決まらない。

赤子の名前はこれから生まれてくる子供、
あるいは生まれたばかりの子に親の意志を組んだ字で名前を付ければいいが、
彼は既に一個の個人として存在している。

赤子の名前は指定された色を真っ白のキャンパスに塗るようなものだが、
この場合は既に色の置かれたキャンパスに新しい色を塗るようなものだ。
バランスを崩さないようにしながらも、目立つ色を置かなければいけない。

「慧音さん、いいかな」

襖の向こうから声がした。
声の主は今慧音が名前を考えている名もない男だった。

「あぁ、構わないぞ」

慧音の返事を待って麩がゆっくりと開く。

「この前借りた本を返しに来たよ。
 ついでにまた何か本を貸してくれるとありがたい。
 ん、もしかして作業中だったのかい?」

墨の磨られた硯と墨がたっぷり染み込んだ筆。
そして今まさに何かを書こうとしていた半紙を見て男が言った。

「邪魔をしたかな」

「いや、仕事の方ではないから大丈夫だよ。
 むしろ貴方が居た方がいいかもしれない」

「僕が?」

「そうだ。実は私はお前の名前を考えていたんだ。
 何時までも名前が無いのは不便だろう?
 だから名前くらいは有ったほうがいいと思って。
 まぁ、渾名みたいなものだな」

「そうか、それはありがたいことだ。
 すまないね、何から何まで。
 僕なんてただこの家に厄介になっているだけだというのに」

「それは違うよ。貴方はこの家でしっかりと役割をもって生活している。
 生活用品の修理、その他の雑務、阿弥の遊び相手。
 それだけ働いていればお礼をするのは私達の方だ。
 だから最初の贈り物として名前を贈らせて欲しい」

「……そこまで言うのなら」

男はぎこちなく笑った。
慧音も含めてこの男の笑顔を見た者は殆どいない。
阿弥はよく笑顔を見ていると言うが、
少なくとも慧音が知る限りでは何時も冷ややかな目付きが印象的な仏頂面をしている。

「そうだ、今返してくれた本の方はどうだった?」
 
「あぁ、この土地の歴史を纏めた本だね。
 とても分り易かったよ。この土地に初めて来た僕が大体の出来事を理解できる程度には詳しいものだった」

 
「そうか、気に入ってもらえて何よりだ。
 次に読みたい分野の本はあるか?」

「特には。貸してもらえるのならそれでいいよ」

「分かった、今から適当に見繕うよ」

慧音は立ち上がって本棚まで歩み寄ると、数冊の歴史小説を手に取った。
彼の本を読むペースは早い。
今までは一冊ずつ貸していたが彼のペースを考えると纏め貸しが妥当だろう。

この一週間、彼の行動にある程度注意を払いながら監視をしているが、特に目立った行動は無い。
少し物静かで、目付きが鋭いこともあり家の者とかぎこちない会話しかしていないが、
それでもこの環境には少しずつ馴染んでいる。

三日三晩に渡る長雨が降り続くあの日、同情混じりの感情で拾った事は過ちでは無かったようだ。

「長雨……」

ふと『長雨』と言う単語が慧音の思考に引っ掛かった。
途端に慧音の頭の中が騒がしくなって色々な意見が駆け巡る。

『長雨』の中で状況で彼を拾った。
それが由来。
安直過ぎはしないか。
字を変える。
長雨……霖雨……字を一つ取って……



考えが一つに纏まってから慧音はすぐ行動に移した。
墨がたっぷり染み込んだ筆で勢い良く半紙に『霖」と言う文字を書き込む。
生真面目な彼女らしい達筆で力強い文字がすぐ半紙に画かれた。

「ながめ……霖」

「どうしたんだい慧音さん」

「霖と言う名前はどうだろうか?
 あの日、貴方が稗田家の門の前に倒れていた時に降り続いていた霖雨から取った」

やや興奮気味に慧音が男へと訴えかける。
長い間工夫を凝らした名前を考えていたが、かえってこの名前のようにシンプルな方が良いように思える。

「気に入らないか?」

「いやそんな事は。ただ少しその名前で呼ばれている光景を考えていただけだよ。
 悪くない、それどころかとても気に入ったよ。
 僕はこれから霖と名乗る。君達もそう呼んでくれるよね?」

「勿論、貴方が許す限り私達はその名前で貴方の事を呼ぶよ」

自分の新たな名前について男改め霖は落ち着いて受け入れているようだった。
こういう時感情の起伏が少ない彼は喜んでいるのか起こっているのかいまいちわかり辛いが、
その名前を認めたということは一応は気に入っているという事だろう。

慧音から三冊の娯楽小説を借りて部屋を出て行く霖を見送ると大きく伸びをした。
これから霖は家の者に呼ばれた時「すまないがこれからは霖と名乗ることになったんだ。よければ君もその名前で呼んで欲しい」
と言う事になるだろう。

少しおかしな光景だがすぐにその光景は見られなくなり、家の者全てが彼を霖と呼ぶ。
傷んだ干物の様な状態でこの地に流れ着いた彼は少しずつだが潤いを取り戻している。
勿論彼の深い場所まで熟知している訳ではないが、それは時間と共に分かってくることだろう。

ああして流れ着いたものには身の回りに親しくしてくれる人々と穏やかに過ごせる時間がたっぷり必要だ。
かつて慧音がそうして立ち直ったように、彼もそうして立ち直ってくれるだろう。
ここは幻想郷。全てを受け入れる土地なのだから。

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