十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

プロフィール

十四朗

Author:十四朗
(じゅうしろう)と読みます
ロボとか好き東方も好き
趣味の守備範囲は日々拡大中
東方の霖之助SSが主流です
一応現役の遊戯王プレイヤー
メッセ&スカイプは大歓迎です
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リンクはフリーなので
どなたでもどうぞ
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やさしさに包まれたなら

久々に魔理霖を書いてみました。
やっぱり魔理霖過去話って一度は書いてみたい題材ですもんね。
私の霖之助と魔理沙の関係に対する回答は叔父さんと姪っ子かな。

タイトルは勿論某魔女が宅配屋をする映画の主題歌から。


『やさしさに包まれたなら』


魔理沙、霖之助、親父さん


多くの人が祝福の中で生まれてくるように、
彼女の誕生もまた盛大な祝福の中にあった。

誰もが祝福の言葉や品物を贈ったし、
それらを贈る者達は皆笑顔であった。

僕も例外ではなかった。
満面の笑みとまではいかないが、
口元に普段よりずっと感じのいい笑顔を浮かべて「良くやったな、おめでとう」
と声を掛けてこの日の為に注文しておいた上物の酒を手渡した。

父親は僕が師事していた時にお世話になった霧雨道具店の現大将。
修行時代、何人か居る弟子の中で一番上の兄弟子だった男だ。

既に隠居した元大将の息子で風貌が元大将に似ていて、
跳ねっ返りが強く、気が短いところもそっくりだった。

弟子達の中で一番厳しく指導された男。
そして一番元大将と衝突し、しょっちゅう口喧嘩をしていた男。

僕が記憶している限りで元大将は彼の事を一度も名前で呼ばなかった。
いつも『馬鹿息子』や『せがれ』と呼び、理不尽な理由で彼の頭を殴りつけた。

他の弟子達にも鉄拳制裁は日常茶飯事だったが、
そのスコアは彼が一番多いだろう。

周囲に親父嫌いを公言していた彼が、
今目の前でその親父と涙を流しながら抱き合っているのを見ると苦笑せずには居られなかった。

彼の子供は女の子で、生まれた時は母子共に健康だった。
出産の際に命を落とすと言うのも珍しくないので、
その事を心配していたようだが、事は思ったよりも潤滑に運んだ。

霧雨も女将さんも結婚してから長い間子宝に恵まれず、
年を取ってからの子供だったので不安だったが、その不安も何処かへ行ってしまった。

むしろ赤ん坊が生まれる前の方がずっと慌ただしかった。
僕が久しぶりに霧雨道具店を訪ねて、
後輩の弟弟子や霧雨と世間話をしていると、
青い顔をした番台が飛び込んできて「女将さんの陣痛が始まった」と言い出した。
 
その時は全員大層驚いて、
霧雨なんかは「産婆を呼んでくる!」と震える声で叫び、
素足のままで土間から外へ行こうとしていた。

幾ら何でもそんな状態の霧雨には任せられないと、
僕は産婆を呼びに行く仕事を引き受け、代わりに外へと飛び出した。

八月の太陽が容赦なく降り注ぐ暑い日だったと記憶している。
大通りを走りだして一つめの角を曲がる頃には既に全身から汗が吹き出していた。
途中寺子屋の前を通ると、井戸から水を汲んでいる慧音を見つけたので、
頭から井戸水をかけてもらい再び走りだした。

最後に全力疾走したのはいつだったのか思い出せないくらい走っていなかったので、
鼓動は苦しいくらい早くなるわ、脚は言う事を聞かないわで大変だった。
道具の運搬など力仕事は日常的に行なっているものの、
こうした瞬発力を求められる動作とは無縁の生活を送っていた代償だろう。

とにかく僕は産婆を連れて店まで戻った。
来た時よりは落ち着いた速度だったけど、
それでも随分速い早歩きには違いなかっただろう。

そして彼女が生まれた。

霧雨は女だったら魔理沙と名付ける予定だったらしい。
男の方の名前は考えていなかったようだ。
正確に言うと最後まで纏まらなかったらしい。

結果的に赤ん坊は既に名前の決まっていた女の子だったので、
名前は滞り無く決定した。

赤ん坊を連れて現れた女将さんはニコニコと笑っていたが、
親父さんの方はモゴモゴと口の中で「魔理沙」と繰り返し、
名前の響きを確認しているようで全くと言っていい程落ち着きがみられなった。

強面の男がぼーっとした顔でそんな事をしているんだから気味が悪くて仕方ないね。
実際その時僕も「気味が悪いよ霧雨」と言ってやったし。
僕が肩を揺すると霧雨はやっと我に帰り我が子の誕生を喜んだ。

夕方には宴会が開かれるとの事なので、
僕は急いで自宅に戻り、祝いの品やご祝儀、それから子供用の晴れ着なんかを引っ張り出した。
生まれたばかりの子供に晴れ着は少し気が早いかもしれないが、
子供に何を贈ればいいのか思いつかなかったので、
成長してから使うであろう衣服を選んで出産予定の時期よりもずっと前に仕立て上げた。

宴会の席での一番人気は勿論魔理沙だったが、
男性は霧雨の方へ、女性は女将さんの方へ集まって輪を作っていた。

僕はそこに立ち入らずそれを遠目で眺めると自分で酒を注ぎ、
出された料理を楽しんだ。
これと言って掛ける言葉が見つからなかったし、
祝の輪の中に自分が割って入ってゆくのが不自然に思えたからだ。

赤ん坊の事も考えて宴会は早い時間にお開きとなったが、
霧雨は帰ろうとする僕を呼び止めて二人だけで飲まないかと二次会に誘った。
見事な枯山水のある庭に面した広い縁側で、
ゆっくりと霧雨は僕が贈った酒の封を切った。

「随分と早いね。もっと後になって飲むものだと思った」

「後って何時だよ」

「もっとずっと後だよ。例えば魔理沙の誕生日とか」

「いいんだよ、今日も誕生日だ」

「まぁ、確かに」

八月の夜空には夏の大三角形と天の河が輝き、小さな縮れた雲が浮かんでいた。
純粋な人間より酒に強い僕はまだまだ余裕があったが、
霧雨の方は既にほろ酔いで一升瓶を持つ手が揺れていた。
何時もなら制止していたが今日は祝の日なのでそれをせずにただ黙って霧雨に付き合った。

「親だよ俺が。ガキの頃から親父にひっぱたかれて、
 何時か親父なんてぶちのめしてやるって思ってた俺が親だよ。
 親父の奴こんな日に限って笑いながら俺によくやった! よくやった! なんて言うんだ。
 俺が店を継いだ時にはそんな事言わなかったくせによ」

「それは君がご隠居と同じになったからだよ。
 大人になっただけでも違う。
 店を継いだだけでも違う。
 君が人の親になって初めて君はご隠居と同じになれた」

「じゃあ俺も娘をひっぱたいて罵声をあげながら育てなきゃいけないのか?
 可愛い可愛い俺の娘を。目の中に入れても痛くない俺の娘を」

「女の子の顔をひっぱたくものじゃないよ。
 昔女遊びが過ぎて夜になっても君が帰らなかった時、親父さんは君の事を……」

「言うな、それ以上は言うな」

霧雨が苦い顔で言葉を遮った。
相当あの時の事は堪えているらしい。

あの時朝帰りをした霧雨を待っていたのはご隠居(その時は大将だった)の握りこぶしだった。
随分といい音がした。

空の桶を石畳の上に落としたみたいなよく響く音だ。
朝起きて井戸で顔を洗っていた僕は思わず自分が桶を落としたのかと錯覚したぐらいだ。
それからご隠居の罵声が途切れなく続き、先程と同じ音が何度も響いた。

罵声と鉄拳制裁は日常茶飯事だったがその日は特別凄かったので慌てて音がした方へ向かった。
そこには馬乗りになって霧雨を殴り続けるご隠居が居た。

もう既に老齢と言っていい年齢の男が働き盛りの男を殴り続けている様子は見ていて異様な物だった。
他の家人もその様子を見つめていたが誰も声を掛けようとはしない。
当然だろう。こんな状態のご隠居に話し掛けられる人物なんて居ない。
少なくとも人間の里には。

ひとしきりその制裁が済んだらご隠居は霧雨を開放して店の者に開店の指示を出し始めた。
僕はというとその時点でやっと霧雨に声を掛けて、
自分で立つのもままならない彼に肩を貸して井戸の方へと向かった。
唇や瞼がが切れて血が出ていたし、口の中もいくつか切り傷が有ったようだ。
霧雨が口に含んだ水を吐き出すと真っ赤に染まっていた。

顔中がブクブクに膨れ上がりもう誰だか分からない状態で、言葉も弱々しかった。
ただ小さな声でご隠居に対する悪態をついていたのは覚えている。

予想だが霧雨は殴られている間もずっとご隠居への悪態をついていたに違いない。
そう思った僕は心底呆れ返った。
頑固だ。この親子はとんでもなく似ていてそのどちらも筋金入りの頑固者だ。

「ひっぱたかないさ。俺は魔理沙をひっぱたかない。
 女の子だぞ? 顔に傷がついたらどうするんだ。
 嫁に……俺は行かせたくないけど行けなくなる」

「そうだね。けれども何時かはこの家を出て行くさ」

「いや婿養子を取るね。そんでもってみっちり鍛えてやる。
 それでも魔理沙を抱く腕を緩めないような奴だったら……俺の義理息子だ」

霧雨は豪快に笑って並々と注がれた酒を煽った。

「僕は誰かと子を成したことは無いし、これからも人の親になるつもりはない。
 だけどこれがとてもおめでたいことだって言うのは分かる。
 多分僕の短くはない人生の中で他人の幸福がこれ程までに嬉しいと感じた事はない。
 霧雨、おめでとう」

思えば面と向かって祝いの言葉を掛けたのは初めてだったかもしれない。
宴会の最中はずっと遠巻きに見ていただけだから。

「あぁ、ありがとう。何か言葉を返したいが……頭の中がこんがらがって言葉が見つからない。
 幸せってよ、こういうことなんだろうな」

違いないと僕は首を縦に振って同意した。
それから二人で腹の底から笑いあった。

二人だけの二次会は家人に咎められるまで続いた。
翌日酷い二日酔い状態で目覚めた霧雨は女将さんとご隠居にこっぴどく叱られたらしい。
多分僕がその場に居たら僕も一緒に叱られていただろう。
その場に居なくてよかったという安堵感と、
ほっぽり出して帰ってしまった事に対するほのかな罪悪感が生まれた。

魔理沙が生まれてからというもの、僕は時間を作っては霧雨のお店へ行くことにした。
霧雨も女将さんがそうして欲しいと言っていたし、僕も魔理沙に会うのが楽しみだった。

魔理沙は少ししたら乳離れをして、次はお粥のような離乳食が彼女の主食になった。
その次は大人とお同じお膳に大人よりもずっと少ない量のご飯とおかずを食べるようになった。

僕はこの感に魔理沙の衣服や玩具を作ってはプレゼントしたり。
赤ん坊の成長は早いので作る物には困らなかった。

こんな事を言いたくはないけどあの頃の霧雨家が一番幸せだったのかもしれない。
誰一人欠けることなくそこに居て当たり前の日常を享受できる。
あの頃は霧雨家に霧雨と女将さんとご隠居と魔理沙と時々僕が居た。

静かに時間が進む中で魔理沙は自分で立ち上がって歩くようになり、
たどたどしいながらも言葉を発するようになった。
確か「お父さん」と言う言葉より「こーりん」と言う言葉を覚える方が早かったのを記憶している。

この時一週間ぐらい霧雨は口を聞いてくれなかった。本当に大人気ないと思う。
とにかくそんな事がある程に霧雨は自分の娘を愛していた。
多分離れて暮らすようになった今でも愛していると思う。

彼にとって魔理沙は死んでも娘だし。
魔理沙にとっても霧雨は死んでも父親だ。
悲しい事にそれだけは絶対に切れることのない縁だし、
血統として現実に存在している繋がりだ。

とにかく魔理沙と霧雨の間には問題が起こった。
それは順を追って説明する。
それまでは平穏だった頃の話をしよう。

時々魔理沙は霧雨にやご隠居に連れられて香霖堂にやって来た。
その頃にはもう支えがなくても歩けるぐらいに成長していたが、
よく走りまわって転んだりしていた。

思えば魔理沙は転んでも泣かない子だった。
転んでも何食わぬ顔で起き上がってまた走りだす。
むしろ慌てていたのは霧雨やご隠居の方で、
魔理沙が転ぶたびに血相を変えて近寄って「大丈夫か? 痛くないか?」と聞いた。

強面の二人が猫なで声になって魔理沙をあやす姿に何の感情も抱かなかったと言えば嘘になるが、
あえて何も言わないでおこう。
僕も二人の愛情を無闇に否定したくないし、それは決して悪いことでもない。

魔理沙が香霖堂にやって来ると彼女は、
僕が製作したマジックアイテム何かに興味を示した。

店の中に置いてある品物はそんなに強力なマジックアイテムではないが、
(例えばずっと温かい湯たんぽとか魔力に反応して書いたものが浮かび上がるインクだとか)
幼い魔理沙の興味はそれらに釘付けになった。

霧雨の家ではマジックアイテムをご法度にしている事が大きかったのだろう。
今思えばあの時彼女がそれらの道具に興味を持たなければ今はもっと違う形をしていただろうね。

霧雨達は気味が悪いから止めておけと言っていたが、
本気で魔理沙からマジックアイテムを取り上げるつもりはなく口先で注意するだけだった。

霧雨の家がマジックアイテムを取り扱わないのには訳がある。
それはマジックアイテムが人の、少なくとも一般的な「人間」の作った道具ではないからだ

僕のように魔力を術として行使するのが苦手な者でもマジックアイテムは作れるが、
魔術も何も齧っていない人間にはまず無理だ。
魔術の基本と道具制作の技術さえ有れば簡単なものなら作れる。
だが人間が魔術を学ぶというのは容易いことではない。

人間が魔術の世界に踏み込むというのはそれまでの世界と決別するということなのだ。
幻想郷には怪異が当然のように存在している。
幻想郷に住む人間は怪異と隣合わせに暮らしていかなくてはならない。

だからこそ向こう側とこっち側の区別はしっかりしている。
人間が人間で居られるように、人が住む場所に人間による怪異が有ってはならない。

そう考えると僕の様な存在は本当に異物だったのかもしれない。
よく霧雨の家は僕なんかを受け入れたと思うけど、
その辺りは里の守護者で有る上白沢慧音と同じ待遇だと考えた方が妥当か。

とにかく、霧雨も魔理沙がマジックアイテムに興味を抱くことに関して内心いい顔はしてなかっただろうけど、
どうせ一過性のものだと思って楽観視していたに違いない。
幼い頃の体験は存外深く根を張ると言うのに。

最初の頃こそ魔理沙は大人と一緒に店に来ていたが、
彼女が一人の女の子としてしっかりしだした頃、
七歳ぐらいの時にはもう一人で香霖堂に来るようになっていた。

万が一に備えて妖怪避けの護符を持たせたりしていたけど、
彼女は何時も昼間に来たし、魔法の森の入り口から人里までの道程ならそんなに危ない妖怪も出ない。
せいぜい散歩中の風見幽香に出会うぐらいか。

彼女はとても力の強い妖怪だが余程の事が無い限り人を襲わない。
正直僕自身にもその余程の事と言うのがなんなのか分からないが、
強い者は常に弱者へ紳士的だと言う事だろう。

寺子屋のない日は朝から店に来て、日が傾く少し前には帰っていった。
安全な道とは言え暗くなれば危険なのには変りない。
遅くなってしまった日は霧雨の家まで手紙を持たせた鳩を飛ばして連絡を入れ、
魔理沙を家に泊めた。

二人分の食事を用意して、お風呂を沸かして二人で入る。
それが終わったら少しだけ話をしたりして布団の中に入った。

騒がしいけれど心地のよい時間。
独り身の僕にはそういうのが新鮮に感じられた。

魔理沙とは大抵魔法の話をした。
もう少し彼女が幼かった頃は魔法使いが出てくる物語の話をしたんだけれど、
彼女が本格的に魔法に興味を持ってからは魔法の成り立ち何かを教えた

一つ言っておきたいが僕はこの時彼女に魔法を教えていたわけではない。
今彼女が使っている魔法は全て独学で学んだものだ。

だが僕がこんな事を言ったところで彼女が魔法に興味をもった原因を作った事実は変わらない。
あの家族の団欒をお前が壊したんだと言われても仕方がない。
それは甘んじて受け入れる。

魔理沙が香霖堂に一人で来るようになって丁度一年たった夏の日。
そう彼女の八歳の誕生日に僕は彼女に一冊の本を贈った。

本と言うか手帳かなあれは。
あの頃の魔理沙は魔道書(グリモワール)と言うものに憧れていたから、
黒い皮製の表紙に白いページが連なった立派な手帳をプレゼントした。

手帳を受け取った魔理沙はしばらく歓喜の声と共に掲げたり、
表紙を撫でたりしていたが、
僕にお礼を言っていないのに気づくと満面の笑みで「ありがとう香霖!」と言った。

「どういたしまして。そんな物でよろしければね」

「ううん嬉しいよ香霖! とっても素敵! だからね、ありがとう」

また彼女はお礼を言って、今度は僕に抱きついた。
僕は魔理沙を抱き抱えると膝の上に乗せて頭を数回くしゃくしゃと撫でてやった。

「何を書き記すかは君次第だけど、一体何を書くのかな?」

「うんとね。薬草の事とかー魔方陣の事とかー」

「ほぉう、僕が考えてたよりもずっと本格的だな」

「当たり前だよ。だってこれが私の初めての魔道書なんだから」

ゆさゆさと体を揺らして喜ぶ魔理沙を体で受け止めて、
この少し後ろめたいプレゼントの受けが思いのほか良かった事を喜んだ。

後で聞いた話だが、この頃になると霧雨の方も魔理沙が魔法に対して興味を抱く事を危惧していたらしい。
でももう遅かったんだろう。
もうこの時には魔理沙にとって魔法とは頭の中だけの夢物語なく。
自分の進むべき道にある自分にとってのアイディンティティとなっていた。

魔理沙が八歳から十歳になるまでの間に大きな出来事が二つ起こった。
一つはご隠居の訃報。
あれは確か魔理沙が九歳の冬だった。

何時になっても寝床から出てこないご隠居を家の者が心配して様子を見に行ったら、
既にご隠居は布団の中で冷たくなっていた。
ただちに医者が呼ばれたが、それはご隠居が亡くなったと言う事実を裏付けるだけだった。

すぐに僕にも知らせが届き、それを受け取った僕はしばらく何も考えられないまま俯いて黙った。
正直な話覚悟はしていた。
ご隠居ももう歳だった。先が長くないのは誰もが予想していた事だ。
自身もよく自分が居なくなった後の事を冗談めかして話していた。

けれどもご隠居の訃報は余りにも唐突すぎて、
飲み込むまでにえらく時間のかかるものだった。
つい一週間前に一緒に酒を飲みながら会話を交わしていたはずなのに。

あんまりにも呆気無さ過ぎる。
別れの言葉一つなくあの人は向こうへ行ってしまったのだ。
葬儀の後に遺品の整理が行われたが、
ごく短い遺言状と生前愛用していた家具や日用品、衣服だけしか残らなかった。
里一番の道具屋霧雨店の元大将にしては少ない遺品だった。

葬儀の最中魔理沙はずっと泣いていた。
彼女にとってご隠居は厳しい師匠ではなく、優しい祖父だった。

両親に内緒でお菓子をくれたり、
店の事で忙しい二人に代わって遊び相手になってやったりもしていた。
魔法の事に関しては周囲の者と同じ様に肯定はしなかったが、
霧雨程強く否定もしなかった。

子供用の黒い喪服を着て女将さんの隣に座った魔理沙はずっと女将さんの腕に抱かれていて、
時々大きく泣きじゃくった。

霧雨の方はというと。
真一文字に結んだ口を誰かと喋る時以外は動かさず、拳を固く握って膝の上に置いていた。
葬儀の打ち合わせ以外で自分から誰かに話しかける事はなく、
ご隠居の遺体を墓場まで運んだ時も無言だった。

何かが僕達の中で音を立てて変わった。
それは鈍い音だけどはっきりと聴こえる音。
古い大きな時計の歯車が動く音。

ご隠居を埋葬が済んで各々が帰路に着く中、魔理沙が霖之助の裾を引っ張った。
その時の魔理沙の目は赤く、頬も同じ色をしていた。
表情は今にも泣き出しそうだったが、もう流す涙も無いのだろう。
時々流れていない涙を拭うように、手の甲で目元を擦った。

「香霖」

「魔理沙。ご隠居の事は……」

こんな時肝心の言葉が出てこない。
相手が大人ならもっと言葉の掛けようが有ったのかもしないが、
子供が相手となると途端に言葉が見つからなくなる。
僕が何を言おうか決めあぐねていると魔理沙の方から口を開いた。

「香霖。教えて欲しいんだ」

「何をだい?」

「死んだ人を生き返らせる魔法」

その言葉を聞いた瞬間自分の中で抑えていたものが溢れそうになった。
彼女が信じる魔法という夢が持たせた残酷な希望が心に刺さった。

僕は無言の内に魔理沙を抱き抱えると、
彼女の頭を強く胸へと押し付けて優しく撫でた。

「駄目だ魔理沙。駄目なんだ魔理沙。
 君の夢を汚しちゃいけない。
 君にとってご隠居が亡くなったことは重く苦しい事だろうけど、
 それでもそんな事を言っちゃいけない」

「どうして香霖? 魔法は何でも叶えてくれるんだよね?
 空を飛んだり、水をジュースにしたり。
 だったら、だったらお爺ちゃんも……」

「君が今口にしているのは禁忌の領域だ。
 誰がどんな事情を抱えていても決して踏み入れては行けない領域。
 超えてはいけない境界線」

そう死者の魂を使った魔法は外法のやる事。
魔理沙が夢と希望を抱いて見ていた魔法の裏側。
霖之助の知る限りそれに手を出して成功した者は一人も居ない。

この子をそんなものに向かわせる訳にはいかなかった。
彼女をその道へ進ませたら自分は本当に魔理沙を破滅させたも同然だ。

僕はその日霧雨の家に到着するまでずっと彼女にそれを言い聞かせた。
魔法でご隠居を蘇らせようとしても、それは別の全く違うものが出来上がる事も教えた。
例え悪魔と契約しても死者は元には戻らない。

魔理沙は声に出して返答をしなかったが、しっかりと頷いて返事を返した。
ちゃんと僕の話を理解したようだった。

霧雨の家に帰ってからは魔理沙と別れ、今度は霧雨と話をした。
その日初めての会話だった。

「確かにここ数日体調がよくないとは言ってたさ。
 昨日の夜も早めに布団に入ると行って、自分の部屋に入っていった。
 そん時俺は何をしてたと思う?」

僕は分からないと短く答えた。

「その日の帳簿を付けてたんだ。昨日は若干の赤字でな。
 親父のその言葉にも余り耳を貸さずに短くあぁ、とだけ返しただけだった。
 顔すら上げなかった。馬鹿だよな……最後の会話で最後の顔だってのに」

「止すんだ霧雨」

耐え切れなくなって僕は彼の言葉を遮った。
今にも霧雨は泣き出しそうな顔をしていて、その言葉はどこか助けを求めているようだった。
それから霧雨は。

「もう霧雨と呼ぶのはやめてくれ。これからは俺がこの店の親父だ。
 俺の呼び名はせがれでも馬鹿息子でもない。そう呼ぶ奴はもう逝っちまった」

僕は静かに了承の意を示して、
これからは『親父さん』と呼ぶことを約束した。
修行時代僕がご隠居の事を呼ぶ時に使っていた呼び名だ。

この一件の後僕は彼の事をずっと親父さんと呼んでいる。
だからここでの呼称も親父さんに改めさせてもらう。

ご隠居が亡くなってから親父さんは少し変わった。
以前よりも商売に打ち込むようになったのはもちろんの事、
魔理沙の魔法に関する趣味を一切禁止してしまったのだ。

ご隠居が亡くなってから僕は余り霧雨の家に近づかなくなった。
単純に事後処理が忙しそうだというのもあったし、
何より以前より門の狭まった霧雨家に、
よそ者である僕が入り込める隙間なんて無いと思えたからだ。
変わってしまった親父さんを見るのも辛かったしね。

けれども魔理沙は以前より香霖堂へ来ることが多くなった。
親父さんが本格的に魔法を禁止した時、
彼女が集めていた魔法に関する道具はほぼ全て捨てられてしまったが、
僕がプレゼントした魔道書だけは運良く捨てられなかったらしい。

どうも彼女はあの魔道書を日記に偽装して書き込んでいたらしい。
九歳の女の子にしては恐ろしく知恵の回る事だ。

魔理沙は香霖堂へ来ると裏の森に入り、
調合に使えそうな茸を採集したりして香霖堂での時間を過ごした。
その頃には店にある本格的な魔道書なんかにも手を出したりしていて、
随分と専門的な知識を身に付けていたと思う。

確か魔理沙が初めて茸や薬草の反応による魔法を使ったのを見せてくれた時、
彼女は十歳に成り立ての頃だった。

以前から女の子らしくない中性的な喋り方をする子だったが、
その頃にはもう完全に男口調で喋る男勝りな女の子になっていて、
よく親父さん達に咎められたらしい。

彼女は僕を「香霖! 見てくれ魔法が完成したんだぜ!」と言って店の外に呼び出した。
店の外に出ると、魔理沙は僕から大分離れた場所に立ち、懐からコルクで封をした瓶を取り出した。
中には乾燥させ粉末状にした薬草と同じ様に乾燥させ細かく砕いた茸が入っていた。

地面には既に石灰の粉を使って小さな魔方陣が描かれており、
魔理沙はその後方に立っていた。

「見てろよ。いっくぞー!」

魔理沙はアンダースローで薬品の入った瓶を魔方陣の中へと投げ込む。
くるくると回転しながら放物線を描いて瓶は魔方陣の中心へと落ちていった。
地面に接触すると瓶は音を立てて割れ、内容物をぶち撒ける。

その時、炎が急に燃え上がるよ様な轟音と共に雷の様な閃光が発生した。
閃光は魔方陣よりも少し大きく広がり、一番大きな光が止んだ後も火花のような小さな光を暫く残した。

その時の感想はというと、正直驚いた。
彼女の魔法に対する行動は知識だけだと思っていたから。
確かに魔方陣の意味について教えはしたが、
薬草や魔力を含んだ菌による反応や魔方陣による魔法の始動を教えた事はない。

思えば彼女はあの頃から独学の才能を表していた。
魔理沙は人より魔法を使う事に秀でてるとか、
魔力が特別高いとかそういう訳じゃない。

魔力も使う力も平凡だ。
だが彼女は自分で何かを求め勝ち取ることに秀でている。
この魔法だって彼女が自分で茸や薬草の効果を調べ上げ、
魔方陣の組み方を研究した結果のものだ。

身近に魔法の師は居ない。
人間が魔法の師匠無しに独学で魔法を学ぶのはとても困難だ。
それでも彼女は魔法を使うという行為に自分の力だけで辿り着いた。

正直な話彼女の可能性に身震いしていたのは事実だ。
純粋な人間が魔法使いとして何処まで行けるのか、見てみたくなった。

けれどそれは同時に友の娘を今よりずっと遠くへやってしまう事だった。
僕からではなく、彼女の父親から。

もしも魔理沙が僕の娘だったらこんな想いは生まれなかったのかもしれない。
でも彼女は僕の娘ではなく僕の友人の、それも一番近しいと言っていい友人の娘だ。
そしてその友人は魔理沙に魔法と関わるのを止めて欲しいと思っている。

一言では片付けられない話だった。
押していいのか引いていいのか分からない。
分かるのは押しても引いても誰かが傷付くということだった。

その頃の僕は四六時中そんな事ばかり考えていた。
そう遠くない将来、彼女は家業を継ぐ為に里の男と結婚して霧雨家の女将になるか、
家を出て魔法使いとして生きるかの二択を迫られる。

頭の中でずっとそのを煮詰めていた。
もしその時が来たら僕は一番近い位置で二人の仲を取り持つ覚悟を決めていた。
だけどやっぱり予想なんてものは上手くいかない場合が殆どだ。
この場合もそうだった。

結果から言うと魔理沙は親父さんと道を違えた。
僕が予想していたよりもずっと早く、あれは確か魔理沙が十歳の時の梅雨時。
彼女が僕に初めて魔法を見せてくれた時から大体半年程してからだった。

その日は朝から雨が降る嫌な日だった。
もう四日も曇天しか見ていない僕は外を見るのが嫌になって、
店の中に置いてある物にばかり目をやっていたのを覚えている。

雨が降るとお客は望めない。
雨が降っていなくてもお客は少ないが、それ以上に雨の日はお客が来る確率が低い。
案の定その日も朝から夕方までお客が来ることは無かった。

夕食も終わり早めに風呂にでも入ろうかと思っていた矢先、彼女が来た。
店の方の扉は閉めきっていたから、縁側の方から静かに入ってきた。

泥だらけの脚と雨と涙に濡れた顔。
よく見ると右の頬が涙以外の理由で腫れているのが分かった。
半円形に膨らんでいて中心が青紫に染まっている。
それは殴られた痕だった。

手には僕が八歳の誕生日にプレゼントした魔道書が握られていたが、
元々一つの本だったそれは真ん中から破れて今や二つの本になっていた。

魔理沙はずっと黙ったままで僕を見ていたが、
僕はついにいたたまれなくなり急いでタオルを持ってくると彼女の足や体を拭いた。
素足でここまで来たせいか足は泥だらけで所々切れていた。

彼女の体をひとしきり拭き終えると僕は彼女を強く胸に抱いた。
それから頭を撫でて「大丈夫だ」と言った。
魔理沙もそこで安心したのかおんおんと声を上げて泣き出した。

たどたどしい声で彼女は何があったのかを僕に伝え、
最後にただ一言もう家には帰れない、帰りたくないと言った。

彼女の話によるとついに親父さんに魔道書の存在が発覚したらしい。
まだ魔法に関する興味を失っていなかった事に親父さんは激怒し、
魔道書を引き裂くと魔理沙を握りこぶしで殴った。
それから女将さんの制止も聞かずに門の外へ魔理沙を放り出すとそのまま門に鍵を掛た。

大切な魔道書を破かれ、
自身の夢も否定された魔理沙はどうしていいか分からず、
僕なら自分を助けてくれると思って香霖堂まで走って来たとの事だ。

魔理沙を風呂に行かせ、用意した布団に寝かせた後、
僕は破れた魔道書の切れ端を手に取ってみた。
雨でぐしょぐしょになったせいか文字はもう読める状態ではなく、
修復も無理そうだ。

僕はその日長いこと布団に入らずに縁側で雨音と過ごした。
手には魔道書の切れ端と煙管。
彼女が生まれてから今までのことを考えて、そしてあの時の言葉を思い出した。

親父さんと二人っきりで酒を飲み交わしながら魔理沙について語ったあの日。
魔理沙の生まれた日、親父さんはこう言っていた。

「ひっぱたかないさ。俺は魔理沙をひっぱたかない」

既に嘘になってしまった言葉を僕は噛み締め、
そして今の現実を見つめ直す。

あれは加減して殴った痕じゃない。
大人の力で殆ど遠慮無く殴った痕だ。
大の大人が子供に対してする事ではない。

彼はあの時の言葉を自分で破った。
親と子の事に僕が何かを言っていいものではないと誰もが言うかもしれないが、
それが静かな火種となって僕の中で燻り始めた。

明日は霧雨の家に行こう。そしてそこで彼と話をしよう。
予想よりも随分と早い時期だが、
それが現実に起こっていることだ向き合わなければならない。
当事者である魔理沙や親父さんだけでなく、
こうなる原因を作ってしまった僕も。

翌朝、僕は少し遅目に起床した魔理沙と共に朝食をとった。
腫れている右頬には塗り薬とカーゼを貼ったので処置は万全だが、
明るくなってから改めて見るとより痛々しく感じられた。
どうも右奥歯がぐらついてよく食事が噛めないらしい。

朝食が終わると僕は彼女に霧雨の家に行くと伝えた。
家の名前を出した時彼女は暗い顔をしたが、
僕が問題を全部片付けるから大丈夫だと言うと弱々しいながらも笑顔を見せた。

その日は昨日と打って変わって快晴だった。
梅雨時には珍しい空だ。
だが気分は全くと言っていい程晴れない。

昼前には霧雨の家に到着した。
家に着くと丁稚の者に「親父さんを呼んできてもらえるかい?」
と言って店先で待った。

「香霖堂さん」

親父さんを待っていると、親父さんよりも先に女将さんから声を掛けられた。
女将さんの顔色は青く、表情は気弱なものが見え隠れしている。
恐らく魔理沙のことだろう。

昨日は色々有って手紙を持たせた鳩を飛ばすことが出来なかった。
冷静に考えて見れば自分の娘が一晩帰らなければ不安になるのも仕方ない事だ。
僕はまず女将さんに魔理沙は家に居る事や、元気で居るという事を知らせた。

「良かった、本当に良かった……」

「ですが状況は芳しくありませんよ女将さん」

「分かっています。けれども自分の娘が無事だと分かって安心しない親が何処にいるの」

「その点では彼も、親父さんも心配しているでしょうね。
 女将さん……僕はこの家にとんでもない事をしてしまったようだ」

「いいえ、そんな事はないわ。だってあれはあの子の、あの子が自分で持った夢だもの」

「そう言われると僕は尚更辛いんですよ。幼い彼女に責任が有るなんて考えたくない」

「そう……でもこれだけは言わせて。
 あの子に夢を持たせてくれた事に感謝す事は有れど、非難する事なんかない。
 私はそう思っているわ」
 
女将さんの優しい笑顔が僕の安心を誘った。
本当はひっぱたかれる事ぐらい覚悟していたから、
女将さんのこの言葉は身に染みたね。

それからしばらくして親父さんが僕の前に姿を現した。
ご隠居が亡くなったときと同じ様に口を真一文字に結び、拳は固く握られていた。
険しい目付きで僕を睨んで「ここでは話しづらい。縁側まで行こう」と言った。
女将さんもついて行くと言ったが、僕の方から断った。

二人で縁側まで出ると先に喋りだしたのは親父さんだった。

「魔理沙がそっちに居るみたいだな」

「あぁ、昨日の晩から」

「すぐに帰るように伝えてくれ。お前には迷惑を掛けたな」

こっちを向かずに彼は後ろ姿だけでそう告げた。
僕は昨夜から胸の中で燻っていた火種が大きくなるのを直に感じた。
ただそれだけなのか? この出来事をただそれだけで片付けようとしているのか?

僕は親父さんの方を掴むと強引に引っ張りこっちを向かせた。

「悪いが今のこの家には、いや君の元には返せない」

「どういうつもりだ? あれは家の子供だぞ。
 他人であるお前が返す返さないの問題じゃない。
 親である俺が返せと言ってるんだ」

「子供の夢を根こそぎ絶って、宝物を奪うのが親のする事か」

その時僕は半分叫んでいた。
昔の彼はここまで魔理沙の好きな事を否定する人間じゃなかった。
確かに魔法に関していい顔はしていなかったが、
それでも魔理沙の魔法に関する趣味にここまで否定的ではなかった。

店で扱う商品にさえしなければ魔理沙の魔法の研究にも目を瞑るぐらいの寛大さは有ったはずだ。
僕はそれを霧雨に伝えようとした。

だが次の瞬間僕は後ろに吹っ飛んでいた。
霧雨に右頬を殴られて後ろに吹っ飛ばされたんだ。
板張りの縁側に背中が当たって大きな音が響き、衝撃が体を走った。

「魔理沙をああしたのは誰だと思ってる。お前だろう。
 お前が、お前があの子の道を歪めたんだ!」

僕は立ち上がって激高する親父さんを見た。
肩を震わせて、敵意を顕にした目で僕を見ている。

「とにかくアイツをすぐ家に帰せ。魔理沙にはこの店での未来がある。
 魔法なんて、真っ当な人間が触れるものじゃない」

唇の中が切れているのが分かった。
血の味が下に広がって、鼻から血の匂いが通り抜ける。
僕は親父さんの言葉を言葉で返さなかった。

代わりに素早く一歩踏み込んでそのまま左手で親父さんの右頬を殴った。
僕の時と同じ様に後ろへ倒れこんだ親父さんに、僕は馬乗りになって抑えつける。

「君は言ったな! 魔理沙が生まれたあの日!
 魔理沙は決して殴らないと。そう言ったな!
 だがどうだ、君は……君は魔理沙を殴った!
 それだけじゃない、君は魔理沙の宝物を全部奪った。
 全部だ! あの子が生きてきた中で必死に集めてきた物全部だ!
 そして君は魔理沙の生き方も否定した。違うか?」

叫びながらも僕は固く握った右手を振り上げ、もう一度打ちおろそうとした。
だが、親父さんの表情を見てぴたりと振り下ろすのを止めてしまった。

僕の言葉に対する彼の反応はない。
それどころか反撃もない。

ただ今にも泣きそうな表情で僕を見ていた。
口は動いていなかったが、その目が「やれよ」と語っているようだった。

急激に頭の中と胸の内が冷えていくのを感じた。
固めた握り拳を解いて、僕は親父さんの上から退いて近くの柱にもたれかかった。

親父さんは起き上がらずに大の字になって寝転がっていたが、
やがてポツリポツリと小さな声で話を始めた。

「今までずっと魔理沙が魔法を研究する事に反対してきた。
 今でも霧雨道具店の店主としては反対している。
 もしもあの子に兄弟が居たのなら。もし魔理沙に兄が居たのなら。
 俺だって笑顔で魔理沙の夢を応援したさ。
 けどよ、駄目なんだよ。あの子は俺達にとって唯一の子供だ。
 もう俺も家内も歳だ。次の子供は絶望的だろう。
 だからあの子には惜しみのない愛情を注いで育ててきたつもりだった」

「あぁ、君が魔理沙を何よりも愛しているのは知ってる」

「魔理沙に霧雨の人間としての道を歩まるのなら、俺は魔理沙の夢を絶たなくちゃならん。
 そして夢を追わせるのなら霧雨の人間としてここには置いておけない」

難しい問題だった。
彼は父親としての自分を全うすべきなのか、霧雨としての自分を全うすべきなのか。
そのどちらかで揺れ動いていたのだろう。

「俺はどうすればいい? 香霖堂」

「僕に答えを出せと言うのなら、それは難しい話だ」

「……違いない」

「だがね霧雨」

この時僕は随分と久しぶりに彼の事を霧雨と呼んだ気がする。
僕はゆっくりと続ける。もうさっきまでの感情は無かった。
あの日、この縁側で酒を飲み交わした時と同じ口調で、出来るだけ昔と同じ様に。

「僕は君の選んだ答えを手伝ってあげることは出来るよ。
 魔理沙が夢を追うのも僕が手伝ってやれる。
 簡単な事だったんだよ。もっと早くに僕に言ってくれれば、僕は君を手伝ってやれた。
 君が僕に相談してくれれば答えはもっとシンプルだったんだ」

「そうか……そうだな。
 気付かずにずっと背負い込んでたが、改めて考えてみると」

親父さんはようやく上半身を起こして僕に顔を合わせた。
親父さんの表情は笑顔だった。随分と久しぶりに見た気がする。

「馬鹿みたいだ」

笑顔のまま親父さんは涙を流した。
もう中年も後半に入った男が涙する姿を僕は情け無いとは思わない。
散々苦悩してきたんだ、そんな涙ぐらい許してやってもバチは当たらないだろう。

それから僕と親父さんは魔理沙の今後について話し合った。
魔理沙は話の上では霧雨家からの勘当として、当面の間は霖之助が面倒をみる事になった。

親父さんの方から生活費に関して援助すると言う話があったが、すっぱり断った。
それは家を出た魔理沙のプライドを傷つける行為だ。
それに僕としても自分で彼女を自立させたかったしね。

最後に女将さんと親父さんが僕に深々と頭を下げて「魔理沙をよろしく」と言った。
僕は頭を下げる二人に頭を上げるように言うと、今度は僕の方が頭を下げた。

これまで何度か謝罪はしたが、それの統括を込めての一礼。
相手が何と言おうとけじめだけはきっちり付けておかなくてはいけない。

帰宅すると魔理沙が一番に僕の元へやって来て、足元に抱きついてきた。
親父さんは何と言っていたのか? 香霖は大丈夫だったのか? 等々。
僕はそれに対して概ね親父さんとした打ち合わせ通りの言葉を返すと、
少し遅いお昼ごはんを二人でとった。

昼食後は改まった態度で魔理沙に話を切りだして、
今後の事を伝えた。

君はもう霧雨の家に帰れないという事。
代わりに今日からここに住む事。
ここでは好きなだけ魔法の研究をしていい事。

魔理沙はその全てにコクコクと頷いて了承した。
香霖堂には使っていない部屋が幾つかあったし、
女の子用の服も何着か商品として取っておいた物が有った。

魔理沙が香霖堂で暮らし始めると僕の静かな生活は途端に賑やかなものになった。
まず朝は魔理沙におはようを言って一緒に顔を洗い歯を磨いて朝食をとる。
それから魔理沙は魔法の勉強や、読み書き、計算等の勉強をする。

魔法の方は最初の方こそ僕が教えていたが、
彼女の目指す魔法が分かってくるとそれもしなくなった。
一日中実験や本に齧り付いていた事もざらだし、
しっかりと知識を身につけるにはそれが必要なことだった。

夕方になると二人で夕食をとって、お風呂に入り今日一日の疲れを流す。
霧雨の家よりも香霖堂のお風呂は狭いらしく、
最初は不満を言っていたが香霖と一緒にくっついて入れるからいいやと言って段々気にしなくなった。

風呂が終われば髪を梳かしてやったり、耳掃除をしてやったり。
夏場は冗談半分で怪談なんかを聞かせてやった事もある。
一度本気で怖い話をした事があったが、その時は一週間程口を聞いてくれなくなった。

反応が親父さんと瓜二つだなと感心したが、
食事の時も風呂の時も一緒に寝る時も口を聞いてくれないので過ごしにくい事極まりなかった。

魔理沙が香霖堂で暮らした年月はおよそ三年程。
その間にいろいろな事。
例えば彼女の師匠に当たる人物との出会いとか、初めて空を飛んだ時の事とか、
新しい魔道書を作ったりとか、博麗霊夢との出会いだとか、一緒に流星を見た事とか。

出来事としては色々有ったけど、それは余りこのお話、
つまりは霧雨の親父さんと魔理沙の話には関係の無い事だから割合させてもらう。
このお話はまた別の機会にでもしよう。

三年経って魔理沙は僕の元から独立した。
先程言った魔理沙の師匠とも呼べる存在によって、
魔理沙は魔法に関する基本的な事は一通りマスターしていたのでその点で問題はなかった。

独立した後の魔理沙は以前魔法使いが住んでいた(と言っても僕が幻想郷に来た頃には既に誰も住んで居なかった)
とされる魔法の森の中にある家を改築して住む事になった。
僕と魔理沙と霊夢の三人で改築を進めたが、力仕事は全部僕が受け持った気がする。
と言うより屋根の修復やら壁の修復やらは全部僕が受け持った。

それから今日に至るまで彼女はずっとその場所に住んでいる。
香霖堂から魔法の森に入って少し行った場所に存在する少しくたびれた小さな家。
ドアには『霧雨魔法店』と言う看板が掛けられているが、
彼女に魔法関連の依頼をして真っ当にこなしてくれるかどうかは疑問だ。

今や霧雨魔理沙の名は幻想郷中に知れ渡っている。
紅白の巫女と共に異変を解決する白黒の魔法使い。
既に彼女は幾つかの大きな異変を解決しているし、
この前稗田阿求によって纏められた求聞史紀には英雄として名を連ねている。

少しずつだが彼女は魔法使いとして成功を収めている。
だが誰も彼女の豪快な性格の裏にこんな過去がのを知らないだろう。
彼女自身も自分の過去の中で大人達がどんな取り決めをしたのかも知らないしね。

それに自分の父親が自身の事をどれだけ愛しているのかも。

物心が付いてからの事は覚えているだろうがそれ以前の事。
例えば魔理沙が生まれた日の事なんかは知らないはずだ。

多くの人が祝福の中で生まれてくるように、
自身の誕生もまた盛大な祝福の中にあった事を。

それを今日僕は彼女に伝えようと思う。
魔理沙が生まれた時に親父さんが何を想い、何を感じたのか。
そして今でも君の事を愛しているという事実を。

これは僕の予想なんだけれども、
彼女はこの話を聞いても実家には帰らないだろう。
僕もそんなつもりでこの話をする訳じゃない。
本当にただ知っていてもらいたいからこの打ち明け話をするんだ。
多分この事は僕の口から話さないと永遠に彼女に知れ渡る機会を失ってしまいそうだからね。

それでどうして今日その話をするのかと言う事だけれど。
今日は彼女の十七回目の誕生日だからだ。

この日の為にとっておきのお酒を用意してあるし、
料理もキチンと用意した。
夕食の時間になれば魔理沙は香霖堂にやって来ると思う。

とりあえず彼女が来たらそっと迎え入れて、
誕生日を祝いながら食事をとりしばらくはゆっくりと過ごそう。

そして食事も終わり、一息ついたところで僕は話を切り出す。
話の初めはこうだ。

昔話をしよう。昔話と言ってもそんなに古くない。
今から十七年前のこの日、君が生まれた日の話だ。

Comment

十四朗さんのssにはいい話が多いから困る(誉め言葉
ご隠居の存在は個人的には新鮮でした。ご隠居の奥さん、つまり魔理沙のお祖母さんの話とか親父さんと女将さんの馴れ初めとか妄想(?)が広がりますね。
魔理沙は親父さんとは仲違いしてるけど、女将さんや店員とは密かに手紙とかで交流があったりするパターンもありだと思いm(ry
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  •  | 2010/11/21/14:55:00
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  •  | 2011/03/23/16:20:42
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