十四朗亭の出納帳

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十四朗

Author:十四朗
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また会いましょう、何処かで2

『また会いましょう、何処かで』の続き。

結構長めになったので、読むのにちょい疲れるかなと。
早苗さんがグリグリと自由に動いてくれます。
常識なんてぶち破ろうぜ!


『また会いましょう、何処かで2』


早苗、霖之助、ルーミア、紫



香霖堂での出来事から二週間と少しが経った。

あれ程しつこく降り続けた六月の雨は、文字通り風が何処かへ攫って行った様に、
もう既に過去の事になりつつある。

代りに今度は強烈な日差しが地上に照りつけ、
じりじりと否応なしに肌を焼く。

毎年の事とは言え、一年中忙しなく表情を変えるこの国の四季には少し参ってしまう。

早苗は神社の縁側で一息つくと、思わず目を細めてしまいそうな程眩しい空を見上げて、
この間香霖堂で起こった出来事を思い出した。

あの日、香霖堂で早苗は自身にとって大切な道具と再び巡り会う事が出来た。
ずっと昔に失われてしまった物だと思っていたが、それは境界線を超えてこの地にやって来て、
薄暗く、埃が降り積もるあの道具屋の倉庫で早苗を待っていたのだ。

そして二週間前、雨宿りの為に香霖堂へ立ち寄った早苗と、
倉庫を整理する為、店の方へ出されていたその道具は出会った。

彼の、香霖堂店主森近霖之助の言葉を借りるなら「巡り会った」

彼が言うには、人は巡り会う道具や人物を探して生きているらしい。
そしてそうした巡り会いは、一度別れても繋がっている。

何時もの早苗なら「普段の態度に似合わずロマンチストなのですね」と皮肉の一つでも言ったのだが、
その時は自分がそれを経験したので妙に納得してしまった。

そして今の早苗は「巡り会い」を信じている。

あの一件から早苗の胸は憑物が落ちたみたいに軽くなり、
それは少なからず彼女の日常に正しく作用した。

以前よりも朝吸う空気が新鮮に感じる。
以前よりも目覚めがいい気がする。
以前よりも朝の気持ちが穏やかになった気がする。

目に見える形と目に見えない形で、その効力は早苗に現れ、
早苗はそれを享受していた。

早苗の心の中にあった大きくて重たい碇は引き上げられ、
彼女の胸を重くする物は何もなくなった。

水底は安寧の時代に入ったと言っていい。
たった一つ、彼の言った言葉を除いては。

彼の言う「巡り会い」を体感した早苗は、その言葉を提唱する霖之助にある事を質問してみた。

「店主さんも、そうした人と道具の、もしくは人と人の巡り合いを体験した事が有るのですか?」

その問に霖之助は「正直に言うなら、僕もそうした巡り会いと言うのは経験したことが有る。それも何度か、色々な形でね」と答えた。

当然といえば当然なのだろうが、早苗が引っかかったのは次の言葉だ。

「そして……今でもその巡り会いを探している」

今でも探している、その言葉の意味は分かる。
言葉のニュアンス的にそれは早苗と同じタイプの「巡り会い」を探している。

早苗が再び聞き返すと霖之助は「ある人物を探している」と言ったので、それが人なのは間違いない。
もっとも誰を探しているのか、そしてその人物が彼にとって一体何なのかまでは分からない。

彼はかなり暈した表現で早苗にそう告げた。
漠然とした形で、その人物は彼にとって大切な人物だと言う事だけは何となく理解できた。

その日はそれ以上を彼の口から聞く事は無かったが、
日増しにその事柄に関しての興味は膨らんでゆく。

本来興味本位で他人の過去に踏み入っていいものではない。
だがその事柄は早苗を惹きつけて離さないのだ。

彼とは二週間前の出来事以降会っていないが、
この二週間その事ばかりが気になって仕方がない。

今になって思えば、もっとあの場所で彼に質問すれば良かったのかもしれない。
ただそれをするには少しあの時の早苗は冷静さを欠いていた。
自分の身に起こった「巡り会い」に酔いしれていた。

繰り返すがこれは彼の探し求めている事であって、
早苗が興味本位で干渉すべき事柄ではない。

偏にこれは恩返しをしたいと言う感情から来る衝動だ。

間接的に、そして意図せずにだが、彼は道具と早苗を巡り会わせるきっかけとなった。
彼があの場所で店を開いていなければ、こうした巡り会いは起きなかった。

もっと他に要因はたくさん有ったが、それも全て彼に起因するものだ。
そういう意味で、彼は早苗の恩人と言っていい。

そして受けた恩は返さなくてはならない。
何時までも恩を受けたままというのは気持ちが悪いし、それは他人への負い目になる。

負い目は少ないほうがいい。
空を飛ぶ飛行機がなるべく接合部分を減らした構造をしているように、
そうした綻びの生まれる部分は、減らしていかなくてはならない。

早苗は立ち上がると大きく伸びをして、体の筋肉を伸ばす。
ポキポキと小気味の良い音を立てて、体がほぐされているのが分かった。

早苗は玄関に向かうと傘立てから、霖之助に借りた傘を手に取り、
再び外へ向かう。

境内の中頃まで来ると、焼けつくような太陽が、
まだその丸い顔を浮かべる空へ、思い切り飛び立った。

そしてすぐに高度を落とし、妖怪の山の木々の下を潜るようにして、山を降りていった。








雨の日も、晴れの日も、風の日も、雪の日も、
それ殆ど姿を変えない。
正確にはその印象を全くと言っていいほど変えない。

それは季節感の停滞と言うよりは、季節感の消失と言ってもいい。
この店の周りには確かに四季折々の表情を見つける事が出来るはずなのに、
店に目をやった瞬間、その表情は一転して無表情になってしまうのだ。

そしてその無表情な感じは、この店の店主によく似ている。
何時来ても、何時見ても、彼の一番初めの顔は無表情だ。

それについて早苗はもう何も言わない。
別に笑顔でもてなされる事を期待している訳ではないし、
外の世界で見慣れた感情の篭っていない笑顔を振りまかれるよりは気分がいい。
勿論全ての笑顔がそうだとは言わないが、
コンビニやスーパーで見る笑顔は大体がそうだった。

早苗は二週間ぶりに香霖堂の扉へ手を掛けると、そのまま優しく奥へ押した。
余り立て付けのよろしくない扉は何時も通り音を立てて開くと、
当然の様に早苗を受け入れた。

「ごめんください、東風谷です。東風谷早苗です。
 この間お借りした傘を返しに来ました」

「おや、それはどうも。そしていいタイミングだね」

特に普段と変わった様子もない霖之助は、早苗の挨拶を聞くと、
どのお客に対しても見せる、無感想な態度で返事を返した。

「いいタイミング? それはどう言う事でしょうか」

「これから出掛けるとこだったんだ。人里にね」

「お買い物ですか?」

「いいや、仕事さ」

「そうですか、繁盛していますね」

「ありがとう」

霖之助は特に有り難そうでもない。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
問題は借りた傘を返して、それから彼に話を聞くと言う事だけだ。

早苗はドア付近の傘立てに借りた傘を返すと、
彼の前に立ち、人差し指をピンと立ててこう言った。

「よろしければご一緒しても? 少しお話したい事があって」

「どんな内容だい?」

「ですからお話したい事です。
 内容も全部ひっくるめて、同行を許してくださるのならお話します」

訝しげに首を傾げる霖之助。
それもそうだろう、これは明らかに人を挑発した様な言い回しだ。

失礼な態度だと言われて、同行を断られても文句は言えない。
ただ彼の様な人物はそうしない。
彼の様に、何かを知る事を好ましく思っている人物はそういう謎めいた、
あるいは煙に巻く様な言い回しをされると必ず足を踏み入れるからだ。

ややあって霖之助は早苗の予想通り首を縦に振って了承した。
訝し気な表情は変わっていなかったが、同行を許可してくれたのならそれでいい。

早苗は許可を貰うと「ありがとうございます。貴方にも守谷のご加護があらん事を」
と笑顔で話しかけ、先程の挑発的なイメージを出来る限り払拭した。

もっとも、霖之助自身どう持っているか分からないし、
別にどう思ってもらおうと一向に構わない。

ただ付け加えておくならば、何も早苗は好き好んで嫌われたり、
煙たがられたりしたいと言う訳でも無いと言う事だ。

過程があり、結果の末にそうなるのならば致し方ない。
それがその道しか無いのなら、それは甘んじで受け入れるべき結果だ。

だが他に幾らか別の道が有るのなら、早苗は迷わずその道を選択する。
何故なら選択の権利とはそういう事だからだ。

「確認だけど邪魔はしないでくれよ?」

「する訳ありませんよ。私にとってもそれはよくない事です」

出来るだけ穏やかに、早苗は笑みを浮かべる。
笑顔、と言うより表情とは便利なものだ。
言葉よりも早く、そして言葉よりも手間がなく感情や、気持ちを相手に伝える事が出来る。

作業用の道具を纏めて、持ち運び用の道具箱に入れている彼から視線を変えて、
早苗は神社から出かけた時に見た空と同じ空を、今度は香霖堂から見上げた。

梅雨明けしてまだそんなに時間の開いて居ない空は、
泣き終えた後の目頭の腫れがまだ引いていない様で、何処か腫れぼったく感じた。

何かの拍子にまた泣き出しそうな空。
それはにわか雨だとか、通り雨になって地上に降り注ぐのだろう。

願わくは、今日は空の機嫌が少しでもよく有りますように。
文字通り、彼と自分の話に水を差されませんように。







早苗にとって一つ誤算だった事がある。
それは、彼が空を飛べないと言う事だった。

早苗が幻想郷来て初めに覚えた、空を飛ぶという事。
早苗以外にも霊力や妖力と言った物を持っているのならば、
大抵は覚えている空を飛ぶというスキル。

ただどうも、霖之助は自身の妖力をコントロールして術を使うと言う事が不得手らしい。
お札の制作や、妖力を込めた道具であるマジックアイテム等は作れるらしいが、
術や魔法に関しては本当にさっぱりなようだ。

不便な事だと早苗は思う。

これだけ太陽が強く照っている日でも、
空を飛んでいけば体を余り動かさなくてすむし、
何より体を必要以上に動かして無用な汗を流す必要もない。

そんな事を思うのは持っている者が、
持たざる者に抱く優越感かもしれないが、
早苗には彼のその体質が本当に不憫なものに思えた。

だが当の本人である霖之助はそんな事などまったく気にしていないようだ。

別に今更気にしても仕方のない事なのだろう。
欲しいと願ったところで狼は翼を持てないし、鷹は狼の脚力を持てない。

「配られたカードで勝負するしかない」と言ったのは何処の誰だっただろうか。
その言葉の通りならば早苗と霖之助の手元には、
まったく違うカードが配られているという事になる。

「早苗、早苗?」

霖之助の声によって、早苗の意識は深い水の底から浮上した。
ただまだ耳の中に入った水が抜けきっていないのか、
彼の言葉がぼんやりとしか頭に入ってこない。

「もう暑さで嫌になったかい?」

「そういう訳ではありませんよ。少し別の事を考えていただけです。
 夏の空を見ていたら……そう、この青い夏空を見ていたら意識がふらりと何処かへ行ってしまっただけです」

「吸い込まれそうな青い空か」

「私には落ちて来そうにも思えます」

「それは中々いい感性の持ち主のようで」

そう言いながら霖之助は竹で出来た水筒と真っ白な手ぬぐいを早苗に差し出した。
早苗は礼を言ってそれらを受け取ると、吹き出した汗を拭い、水筒の中の麦茶を喉へ流し込んだ。

冷蔵技術の発達していない幻想郷で、キンキンに冷やした麦茶、
と言うものには中々出会うことが出来ない。
この麦茶も例に漏れず、少し温いものだった。

だがそんな温い麦茶でも、今は早苗の乾いた細胞を潤し、
熱の篭った体内を冷やしてくれる。

「そんなに距離がないとは言え、やっぱりこの時期に人里まで歩くとなると大変ですね」

「そうだね。特に君はこういう機会が中々無いだろう?」

「えぇ、私は山に住んでいますが、
 こちらに来てから自分の足で山を登った記憶は数えるぐらいしか有りません」

「空を飛べるのはとても便利だと思うが、運動不足になりそうで怖いね」

「大丈夫ですよ。その分妖怪退治や他の事で動きますから」

「最近随分と妖怪退治に力を入れているようだね。
 霊夢からよくそんな話しを聞くよ」

「はい、神奈子様が信仰を集めるには人の役に立つ行いをするのが一番だと仰るので」

「それで妖怪退治ねぇ」

「やってみると案外楽しいものですよ」

早苗は再び礼を言うと、借りた手ぬぐいと水筒を返した。
霖之助は水筒を受け取ったが、
てぬぐいは「どうせまだまだ汗をかくのだろうから持っていたほうがいい」
と言って早苗に貸したままにした。

正直汗が拭いても吹き出してくるので、ずっと手ぬぐいを持っていたいと思っていたところだ。

「そう言えば店主さん」

「何だい」

「今日は里の方へ仕事の方で向かわれるそうですが、
 何か道具の取引でもあるのですか?」

「取引と言えば取引だが、別に道具の取引と言う訳ではないんだ」

「あら、物好きさんが店主さんのコレクションを是非買いたいと言う訳ではないのですね」

「君、すごく失礼じゃないかい」

「申し訳ありません。中々気の利いた言い回しが見つからなくて」

ペコリと軽く頭を下げて早苗は謝った。
何だか信用していなさそうな目線を送る霖之助に早苗はこう続けた。

「では道具の製作か何かでしょうか?」

「そうだよ。里に入ってすぐの大通りに小さな和菓子屋が有るだろう?」

里の門から中に入ってすぐの光景を、早苗は思い出した。
まず真ん中に里の動脈とも言える大通りがあり、
その中心を人や荷車が絶えず行き交いしている。

そしてその左右には多くが居住区と兼用されている商家が立ち並ぶ。
そんな中、一番初めに目に付く小さな和菓子屋。

そこには純粋に店としてのスペースしか無く、大きな建物の立ち並ぶ大通りの中で、
埋もれてしまいそうな雰囲気を漂わせながら、そこに存在している。

「春夏秋冬」と書かれた白地の暖簾。
表には日除け用の大きな傘が差された、長椅子が置かれている。

思い出した、あの店だ。
小さくて埋もれてしまいそうだけれど、中々良いお茶と茶菓子を提供するあの店だ。

早苗はポン! と拳を叩いて思い出した事を霖之助にアピールした。

「有りますね、はい確かに有ります。
 小さなお店ですけど、とってもお茶とお菓子が美味しいあのお店ですね」

「そうそう。そのお店から、気の利いたデザインの長椅子を作ってくれないかと頼まれてね」

「あら? でもそんな事ならわざわざ店主さんに頼まなくともよいのでは?
 里には家具職人さんが居ますよね」

「そうなんだけれど、店の方から出してきた条件が少し面白くてね」

「どんな条件なのです?」

早苗は興味を持って質問した。

「出来るだけ古い素材を使って、年季の入ったような椅子にして欲しい。
 と言うのが依頼内容でね」

「年季の入った」

「そう、何でも年季の入った家具や店はくつろぎやすいらしいんだ。
 あのお店は出来てそう長い訳では無いからね。
 そういった年季を少しでも取り込みたいと言っていたよ。
 だから材料は近い内に解体する古民家の梁なんかを使ってみようと思う」

「なるほど。年季の塊みたいな店主さんには丁度いいお仕事ですね」

「……君には全くと言っていいほど合わない仕事だよ」

最近良く彼に呆れられるなと早苗は感じている。
幻想郷では会話を面白くする為に日常的に皮肉を交えたほうが良い、
とこちらに来てすぐに知り合った烏天狗の新聞記者は言っていたのだが、
もしかしたら早苗はその新聞記者に誂われたのかもしれない。

もしそうだったとしたら、今度会った時に退治しておかないと。

「また良く無いことでも考えているのかい?」

「いえ、そんな事は。ただ人を誂う不届きな妖怪を退治しようと思っていただけですよ」

「まったく君は……まぁ、元気だと言う捉え方もあるかな」

「はい! 私はいつでも元気ハツラ……ん?」

「どうしたんだい」

突然早苗は空を見上げたままの体勢で立ち止まってしまった。
それを不思議に思ったのか霖之助も立ち止まり早苗を見つめる。

一瞬の内に、精巧な蝋人形が虚空を見上げるのと同じポーズで固まってしまった早苗は、
誰の目から見ても不自然だった。

そして早苗は、そんな視線など気にせず、
一瞬で硬化を解くと、素早く地面を蹴って空へと飛び上がった。

「待て早苗、何処へ行くんだ」

「妖怪退治ですよ、今空を飛んでいる妖怪を見つけたのです。
 店主さんは先に行っていて構いませんよ、後ですぐに追いますから」

それだけ言うと、何かを言っている霖之助を無視して一気に高度を上げる。
温い夏の空気を切り裂いて、早苗は先程見つけた妖怪を追った。

その妖怪は黒い靄々とした霧のようなものに包まれていて、
ふよふよと空を飛んでいたはずだ。

速度はそれ程速いものでは無いので、すぐに追い付けるだろう。

問題は速度よりもその軌道だ。
その妖怪の飛び方はまるでガスが抜け始めた風船の様だった。

自分の出した黒い霧で前が見よく見えていないのだろうか?
だとしたら……何だかとても残念な気分になる。

早苗は上空だけでなく、
下方に広がる森の木々の間にも視線を送ってくまなく探す。

すると周りの木から少し間隔を取った大木の根元付近を飛行している黒い物体を見つけた。
あれだ、あれが先程の妖怪に違いない。

妖怪は樹の根元に発生した木陰で涼しげに休息を取っている。
先程まで纏っていた黒い霧は周辺に少量が漂うだけで、今はその妖怪の本体を覆い隠していない。

妖怪は金色の髪と黒い服装の幼い少女だ。
紅い髪飾りのようなものが頭に付けてある。
早苗の方向には背を向けているので、まだ自分を狙う者の接近には気付いていない。

自然とお祓い棒を握る手に力が篭る。
だが早苗はそんな自分を落ち着かせる為にあえて一呼吸置き、
肩から腕にかけての力を抜いた。

そしてもう一度先程の妖怪を見据えると、その妖怪に向かって一気に急降下した。
それは急降下というよりは自由落下と行った方がいいのかもしれない。

下手に背後から近づく場合、下手にこそこそと飛んで近付くよりも、
こうして重力に、世界の理に身を任せて動いた方が案外気付かれないものだ。

その妖怪と同じ高度、樹の根元地面スレスレまで落下したところで、
早苗は重力に反発して静止した。

妖怪はこちらにはまだ気付いてないようだ。
行ける。この距離ならば。

早苗はお祓い棒を頭頂まで振り上げると、そのまま一気に振り下ろした。
丁度先程の早苗が地面スレスレまで落下した時の様に、重力に抗うこと無く。

振り下ろしたお祓い棒の軌跡から、赤い六芒星型の弾幕が一直線に妖怪へと向かう。
が、ここで早苗にとって好ましくない自体が発生した。

早苗が腕を振り上げた時に発生した衣擦れの音に気が付いたのか、
その妖怪が突然早苗の方を振り向いたのだ。

振り向いた頃には既に弾幕は発射されていたが、
今早苗が放った弾幕はお世辞にも弾速が速いとは言えない。
それに伴い発射の体勢と隙も大ぶりで大きい。

威力のみを重視したその弾幕は、他の弾幕を防いだり、弾いたりする事や、
背後からの奇襲に向いているのだが、正面切っての打ち合いには向いていない。

発射の瞬間を平常の状態で見られていたのならば、あっさりとかわされるような弾幕なのだ。

現状でこの一撃を回避される確率は五分と五分。
気付かれたのが、発射と同じタイミングなので、反応がよければ余裕を持ってかわされる。

もしもこの妖怪が余り反応の良くない、行ってしまえばノロマな妖怪ならば、
この一撃が命中してそれで終わりなのだが。

一瞬の内に絡み合い、増幅してゆく自分の思考に、早苗は瞬きもせずに付き合った。

そして妖怪と弾幕の距離が消滅した時、妖怪が後方へと吹き飛ばされた。
命中した、だが早苗は何処か確かな手応えを感じられない。

命中した時の角度が少し浅かった様に思える。
体を捻って致命打になるのだけは避けたのだろうか。

勝利を確信出来ないでいる早苗は、一歩、また一歩、と地面に転がる妖怪へと近付く。

その時だった。
不意に妖怪の腕が地面を捉え、その他の部位もそれに呼応する様に、
彼女の体を支え始めたのだ。

やはり命中が浅かった。
早苗は心のなかで舌打ちをして、自分の選択の誤りを悔いた。
確実性に劣る一撃よりも、確実性に勝る連撃で決めたほうが良かったと。

「痛い……痛いじゃないの! いきなり何よ!」

「どうも初めまして、守矢神社の風祝、東風谷早苗です」

「え、あぁ、どうも。ルーミアよ。って違う! いきなり何するのよって話!」

「妖怪退治です」

早苗はしれっと言った。

「な、何よそれ! 私まだ何もしてないじゃないの!」

「あ、今まだって言いましたね? 今まだって言いましたね?
 じゃあこれからなさる予定なのですね」

「言いがかりよ! 屁理屈じゃない!」

「問答無用です。 貴女は妖怪、私は人間。それも妖怪退治を生業とする者。
 対峙しない理由が見当たりません。退治だけに」

「うぁ……面白くない」

そう言ったルーミアの頬をお札が掠めた。
見ると先程まで空いていた早苗の左手には、数枚のお札が握られている。

臨戦態勢、と言う言葉が相応しい早苗を見て、ルーミアは何も言わなくなった。
代りに彼女も、両手を広げて彼女なりの戦闘態勢に入った。

それにしても奇妙なポーズだ。
異教徒の教祖は磔にされました、とでも言っているのだろうか。

妖怪なのに人間の宗教を持ち出すなんて、ますます奇妙だ。

張り切りそうな程の緊迫感の中、先に動き出したのはルーミアの方だった。
軽く上方へステップを踏んで飛び上がり、
くるりくるりと体を風車の様に回しながら弾幕をばらまき始めた。

この弾幕は最初から狙うと言う事をしていない。
数を出して早苗の行動を制限するのが目的だろう。

早苗は上空へと飛び上がらずに、地面を蹴って前後左右に動いてその弾幕をかわす。
綺羅びやかな弾幕が視線を流れ、星の海で舞っているかの様な錯覚を生み出す。

そしてルーミアの回転が弱まる頃、早苗は攻勢に転じた。

まずは手に持った札を全てルーミアに投げつける。
だがまだ足りない、更に早苗は袖に仕込んだ分の札も全てルーミアに投げつける。

早苗の反撃に対してルーミアは横飛びでかわそうとするが、
早苗が放った札はそれに合わせて、ルーミアを追従する。

この隙だらけの状況、畳み掛けるにはもってこいだ。

懐に手を入れて、確認もせずにスペルカードを手に取ると、
早苗は思い切り上空へと放り投げる。

投げられたカードは回転しながら、頂点でガラスが砕けるように粉々に弾けた。
発動スペルカード名は開海「モーゼの奇跡」

カードが砕けると同時に、怒涛の様に弾幕の波がルーミアへと迫る。
早苗の札の追尾から逃れたルーミアは、その弾幕の量に驚愕の表情を浮かべたが、
すぐに回避行動へ移る。

早苗はその隙にルーミアよりも高度を上げ、先程の位置関係を逆転した。

弾幕の並はルーミアの事などお構いなしに左右へと動き、
彼女はそれに合わせて動くのがやっとのようだ。

早苗は誰に隠す訳でもなく、ほくそ笑むと、そんなルーミアに向かって弾幕を放つ。
先程ルーミアが早苗に放ったのと同じような、ただばらまくだけの弾幕達。

だがそんな物でも、今のルーミアには致命傷となりうる。
自分を飲み込もうとする弾幕の並に加えて、
狙っている訳ではないにしろ、確実に自分を追い詰める弾幕。

その二つから逃れようと、ルーミアは必死で動いていた。

早苗はルーミアを視界の隅に捉えつつも、
既に次の一手の準備を手の内で練っていた。
そしてそれを仕掛けるのならば、このスペルカードが終わってすぐ。

「六、五、四……一!」

早苗のカウントダウンと共にルーミアを左右に揺さぶっていた波は掻き消え、
辺りには先程と変わらぬ夏の森が広がっていた。

突然左右への自由が与えられたルーミアは少々面食らった様な顔をしたが、
すぐに「やった!」と歓喜の声を上げた。

そんなところに気の緩みが発生してしまったのだろう。

「ルーミアさん、パスですよ」

「えっ、パス」

早苗が投げつけた物をルーミアは思わず受け取ってしまった。
本来交戦中の敵である早苗から物を受け取ってしまった。

手に取ったそれをルーミアが見つめると、そこには大きな文字で「大吉」と書かれていた。

「だい……きち?」

「あら、おめでとうございます。大吉だなんて滅多にありませんよ」

ニコリと笑った早苗の笑顔と同時に、大吉と書かれたおみくじ爆弾は炸裂した。
花火に似た色鮮やかな光がルーミアを包みこみ、そして彼女を地面へと叩きつけ、
彼女は気絶したのか、地面にうつ伏せのまま動かなくなった。








早苗が人里へと続く林道を霖之助と別れた地点から合流し、
少し上空を飛びながら人里へ向かうと、霖之助はすぐに見つかった。

一撃で仕留められなかっとは言え、退治するのにかかった時間はそれ程でもない。
あの後気を失っているルーミアを木陰に移動させるまでの時間を入れるにしても、
たかが知れている。

霖之助は強烈に日が照り付ける林道を彼は相も変らぬペースで歩いていて、
その姿に早苗は「あの人は暑さを感じ無いのかしら」と心の隅で思った。

そんな霖之助を早苗は後ろから追い抜くと、彼の五歩前方に着地し、
ゆっくりと振り向いて無事に妖怪退治が終わった事を伝えた。

「早かったね」

「はい、余り手強い妖怪ではありませんでした。
 あれなら元気だったところで人を捕まえるのは難しいでしょうね」

「君はそんな妖怪を問答無用で退治したのかい?」

「はい、だって手強いかそうでないかは退治してみないと分かりませんから」

霖之助が掛けた二つの言葉に対して早苗は、両方共満面の笑みで答えた。
霖之助は何も言わずに肩を竦めて溜息をつくと、先程の手ぬぐいを取り出して、
早苗の頬を伝う汗を拭った。

「ん、ありがとうございます。 
 私ったらいつの間にかこんなに動いていたのですね」

「まったく、君は僕の話を無視して飛んでいって。
 君といい、霊夢といい、巫女と言うものは人の話を聞かない事が前提条件らしいね」

「良い巫女の条件の間違いではないのでしょうか?」

「言っているといいさ。ほらお茶」

「ありがとうございます」

やはり動いた後は温い麦茶と言えど馬鹿には出来ない。
乾いた大地が貪欲なまでに水を求める様に、
早苗の体も少しでも多くの水分を求めていた。

少し行儀が悪いが、喉を大きく前後させて、
水筒の中にある麦茶をありったけ体に流しこんだ。

「遠慮無く全部か……」

「あ、すみません、つい」

「まぁ、いいけれど、そんなに疲れるのなら無理に妖怪退治なんてしなくていいじゃないか」

「全ては信仰と人々の安寧の為。神奈子様は何時もこう仰っております。
 平穏の繋ぎ目にある綻びの元はどんなに小さくとも摘み取りなさい、と」

早苗は両手を大きく広げ仰々しくそう言った。
霖之助は中指で眼鏡を上に押し上げ、軽くため息をつくと早苗に何も返さずに、
無言で歩くのを再開した。

少し空いてしまった距離を早苗は駆け足で詰めると、
彼に空となった水筒を返し、その隣を並んで歩いた。

夏空の元、再開した二人の歩みを遮るものは何もなく。
かえってそれが不自然にさえ感じる。

「ねぇ、店主さん」

「なんだい」

「店主さんは、妖怪退治に関して何か特別な感情を抱いたりしないのですか?
 大抵人は私が妖怪は見つけ次第退治していると聞くと驚いたり、妖怪が可哀相だと言ったりします。
 私はそんな事を言われるのはちょっぴり、ほんのちょっぴりですが辛いです」

「それを言われるのが辛いと聞いて僕が君の行動を咎めると思うかい」

「どうでしょう。店主さんは決していただの良い人と言う訳では有りませんから」

「まぁいい、話を戻そう。そうだね、僕は別に構わないと思う」

「おや、それまたどうして?」

「巫女が妖怪退治を生業に、もっと言うなら、
 巫女の役割が妖怪退治ならばそれは積極的に行われて然る行為だ。
 それに今はスペルカードルールという良心を傷めない、
 非効率だけれど合理的なルールがある」

「つまりは命を賭けていないから戦っても構わないと」

「端的に言うならそうなるね。
 命のやり取りが行われない決闘を決闘と言っていいか、
 それはまた別の問題だとして、現状での僕の回答はそういう事かな」

「なるほど」と早苗は頷き、彼の意見を肯定した。
生命の失われない闘争に憎悪は生まれない。
命を奪わなければ、心に負い目を抱える心配もない。

誰の心にも影を落とさない、クリーンな決闘システム。
それは人と妖怪、二極に位置する者同士が上手く付き合ってゆく為に必要な潤滑油なのかもしれない。







人里に辿り着き、依頼主である和菓子屋「春夏秋冬」の女将に、
霖之助が商談を始めて早半刻程。

出されたお茶を飲み終え、更に自腹で頼んだわらび餅を食べ終えた早苗は、
本格的に手持ち無沙汰になった今の状況を面白くない目で眺めていた。

彼は仕事で里に行くと言っていたから、こうなる事は予測出来ていたが、
理解していても実際そうなったらなったで退屈だ。

早苗はしばらく人里の往来を眺めて、それに飽きたら今度は手に持った湯呑みへと視線を落とす。
またそれに飽きたら往来へと視線を移す。

どちらを見渡しても特に何か面白い事が有る訳でもない。
強いて言えば、里の大通りを行き交う人々には様々な種類があり、
その違いを事細かに観察するのは少し面白いかもしれない。

だけれどそれも「少し面白い」と言う程度のものだ。
外の世界にいた頃、バス停でバスを待つ間に同じ様な事をしていた記憶がある。
その時は目の前の景色はアスファルト舗装された道路で、
行き交うのは車だったと言う違いがあるが、状況としては同じ様なものだ。

そしてその時も早苗は与えられた現状に辟易していた気がする。

先程から続く女将と霖之助の話はまだまだ終わりそうにない。
早苗は店の者を呼び止めるとお茶のおかわりと、新たに水羊羹を頼んでもう暫く忍耐を続ける事にした。

客は早苗と霖之助しか居なかったので、お茶と水羊羹はすぐに出てきた。

ここの和菓子は確かに美味しい。
甘さがスッキリとしていて気分が軽くなるようだ。
疲れた日や、今日みたいに暑い日には丁度いいのかもしれない。

平たい皿の上に青々とした笹を敷き、その上に本命である水羊羹が乗っている。
透明感のある餡子の色をした水羊羹はこんな日だと、見ているだけで涼しく感じる。

「お隣よろしいかしら?」

早苗が水羊羹を目で見て楽しんでいると、突然通りの方から声を掛けられた。
声のした方へ顔を上げ、早苗は声の主を一瞥した。

「貴女は……」

「こんにちは、東風谷早苗さん」

早苗に声を掛けた人物は、フリルで派手に装飾された日傘に、
同じくフリルで派手に装飾された紫色のドレスを着ていて。
腰まで有る長い金髪を幾つかに分けて纏め、その先には紅いリボンで留めてある。

目鼻立ちの整った顔をしていて、瞳の色は紅。
肌が白い分その色が余計に際立って見える。

そこに佇んでいるだけで、どこか怪異なものを感じさせるその出で立ちは、
この人里において、いや人里で無くとも、強烈に彼女の印象を高めるものだった。

『八雲紫』それがこの異質の塊の様な女性の名前だ。

「紫さん……」

「あら、そんなに残念そうな、もしくは嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないの」

「いえ、そんなつもりは。ただ何となく珍しいなと思いまして」

本当に珍しい。
少なくとも早苗にはその様に感じられる。

それは単に紫が人里に居るから珍しいのではなく、
彼女自体の存在が、彼女が何処に居ても珍しくさせるような在り方をしているからだ。

それが例え、森の中でも、山の中でも、湖のほとりでも、空の上でも、
彼女は何処に居ても珍しいし、何処にいても不思議ではない。

この乾も坤も、目に映るすべての範囲に彼女はたやすく手を掛けてきそうだ。

「いやだわ、私にだって夏の暑い日にうんざりして、
 季節の和菓子を食べたくなる時だって有るのよ」

「境界の管理の方は大丈夫なのですか?
 随分とお忙しいようだと聞いていますが」

「貴女の食べているのは水羊羹?
 いいわね、涼しくって。私もそれにしましょう」

早苗の質問に紫は興味さえ示さずに無視すると、
先程の自分がした事等無かったかの様にそう続けた。

まるで手応えのない会話に、早苗は眉間に皺を寄せて、
怪訝な表情で紫に訴えかけたが、紫はそれを見ようともしなかった。

ただそうしている間に、日傘をたたみ、
拳二つ分程の隙間を開けて早苗の隣に腰掛けると、その日傘を自身の隣へと置いた。

そしてすぐに店の者を呼び「隣の方と同じ物をくださいな」と言った。

「良い天気ね。吸い込まれてしまいそうだわ」

「私には落ちてきそうに感じられます」

「いい感性ね」

早苗の時と同様に、すぐに出てきたお茶と水羊羹を手にした紫は、
まず一口お茶を口に含んで、ほっと一息だけつく。

掻き乱された自分のペースがとても不愉快だ。
風の通り道に不自然な遮蔽物が有るのと同じ様に、それは自由を奪い、
窒息してしまいそうな閉塞感をもたらす。

そんな態度ほぼ万人にとるせいか、この幻想郷で八雲紫を好意的に思っている人物は少ない。
霖之助だってそうだろうし、守矢神社の二柱も恐らくそうだろう。

「やっぱり美味しいわね、このお店のお菓子は」

「はい。とても素朴で飾りっけのない味ですが、その分味が深く染み込みます」

「夏は自然と食欲が落ちるものだけれど、こう言った物は何故か食べたくなるわね」

「私もです。特にこちらへ来てからは」

外の世界に居た時は余り和菓子というものが好きではなかった。
古臭く、どこか野暮ったいイメージが有ったし、
わざわざそんな物を買わなくともアイスクリーム屋へ行けば、
冷たく種類の豊富なアイスクリームが安価で手に入った。

勿論幻想郷にそんな物はない。
最初は仕方無しに和菓子を口にしていたが、最近では進んで口にするようになっている。

良い変化だ。
幻想郷にある物は、文明的に言えば古いものばかりだが、
それらは何時も早苗に新しい事を教えてくれる。

「霖之助さんのお仕事へ付いて来たけれど、暇をしているみたいね」

「はい、ですが付いて行くと言ったのは私です。
 これぐらい我慢しないと失礼にあたりますから」

「我慢をしなければいけない程、彼から聞きたい事が有ったのかしら?」

ドキリと早苗の胸が脈打つ。
この女性は早苗の心が読めているのだろうか?

早苗はまだ何も言っていないのに、この場所にいる理由を全て言われてしまった。
じっとりと、嫌な汗が早苗の背中に染み出す。
不愉快だ、本当に不愉快だ。

「確かに私は聞きたい事が有って、私は店主さんに着いて来ました。
 ですがそれは私と店主さんのお話です。
 こう言っては失礼ですが、貴女には関係の無い話では?」

「訂正があるわ。貴女と霖之助さんと、それから彼の待ち人に関係するお話ね」

瞬間、早苗は地面の思い切り蹴って立ち上った。
そして出来る限りの気迫を込めた目で紫を睨んだ。

睨まれた紫はそれに対してまったく動じる様子もなく、
ただ涼しい顔で最後の一口となった水羊羹を口に運び、
じっくりと時間を掛けて咀嚼した後に、音もなく飲み込んだ。

いっそこのまま紫にお祓い棒を突き付けて、
宣戦布告をしたいと言う強烈な衝動に駆られる。

先程から紫は何度も何度も自分の内面を覗いて、
それを気味の悪い笑みと共に呟く彼女に、我慢が出来なくなっていた。

だが寸前で思い留まり、力を込めて睨んでいた目線を体ごと紫から逸らし、
紫が店に来るまで見つめていた里の大通りへ向けた。

まずここでは場所が悪い。
今早苗達が居る場所は人里だ。
こんな場所で決闘を始めれば、ここに住む多数の人々を巻き込む事になるし、
今この状況を見てどちらが決闘を始めたかと聞かれれば、十人中十人が早苗と答えるだろう。

早苗にはそれなりの立場と、それに伴う信頼や責任と言うものがある。

人里で早苗が暴れたとなれば守矢神社に対する信仰心は当然薄れる。
外の世界で信仰を得られないから結界を越えてこの地に来たと言うのに、
その地でまた信仰を失えば今度はもう行く場所が無くなる。

待っているのは緩やかな守矢の消滅だ。

守矢神社の風祝としてそれだけは絶対に避けなければならない。

そしてもう一つ、早苗が踏みとどまった理由がある。
それは早苗も紫と同じ事をしようとしていたという事だ。

早苗も他人の、霖之助の心の中に踏み行って、彼の秘密を知ろうとしている。
まだ実行に移していないとは言え、そこに紫とどんな違いが見つけられると言うのだろうか。

違うのは実際に踏み込んでいるか否かぐらいだ。
そこにハッキリと分かる形での違いを見つける事は出来無い。
河原に転がる石ころの様に、人目でわかる差異等無いと言える。

「正直な話、貴女の抱いている興味に、私は興味を抱いていないわ」

「ならどうして? 私を焚き付ける様な事を言うのですか」

「一つ例でも見せて、人の心に踏み入ると言う事がどう言う事だか教えてあげようと思って。
 人の心は連続する過去の投映。心に踏み入るという事は過去に踏み入ると言う事なのよ」

「……心得ています」

「いいえ分かっていないわ。私が言っているのは彼の問題じゃないの」

「では誰の?」

先程までの不愉快な感情を押し殺して、早苗は背後に居るはずの紫に振り向いた。
だが振り返った先にはもう紫の姿など何処にもなく、
食べ終えた水羊羹の皿と、飲み終えたお茶の湯のみ。
そしてお茶と水羊羹の代金だけが置かれていた。

紫がそこに居たという証拠はそれだけしか無く、
むしろ彼女がいた事自体が幻だったのかとさえ思える。

先程の感情がまだ心の奥底で燻っていて、
早苗はしばらく立ったままで紫が座っていた場所を見つめた。

やがて皿を下げに来た店の者に「どうかされましたか?」と聞かれて、
早苗は初めて我に返る事が出来た。

固く握った拳を解いて、ゆっくりと元居た場所に腰掛け、
自分の中に残った感情の燃えかすを手に取ってみた。

まだほんのり紅く、熱を帯びている。
彼女の言う事に早苗は「心得ている」と言った。
だが彼女は「分かっていない」とそれを否定した。

何が分かっていないと言うのだろうか。
自分の彼に聞こうとしている事が、
彼の心に土足で踏み入る事だと言う事ぐらい分かっているはずなのに。

「待たせたね、早苗」

「あ……店主さん」

紫との会話が思った以上に長かったらしい。
気づけば霖之助は商談を終えていて、早苗の隣に腰掛けていた。

「使用する材料や予算についてはすぐに決まったのだけれど、
 どうにもデザイン面で話が纏まらなくてね。
 思った以上に話が長引いてしまったよ」

どうやら話に集中していたせいか紫が来ていた事に気付いていない様だ。
早苗としてもその方がいい。
何だか彼に知られると都合が悪いような気がしてならない。

「随分と浮かない顔をしているね。やはり待たせすぎたかな?」

「いえ、そういう意味では。
 私が好きで着いて来た様なものですから、待つ事に関しては苦ではありませんよ。
 本当に私は何でも無いです、本当に」

「ふむ」とうなずいた彼は余り納得がいかないようだった。
居心地の悪い沈黙が二人の間を流れる。

「あのー香霖堂さん」

「ん、あぁ、女将さん」

両者の間に流れる沈黙を破ったのは、早苗でも霖之助でなかった。
この停滞した空気を破ったのは先程まで霖之助と商談をしていた、この店の女将だった。

霖之助と同時に早苗も振り返りその姿を視界に捉えると、
彼女が手にお盆を持っていて、その上に湯のみと水饅頭を乗せているのが分かった。

「お疲れ様です、香霖堂さん。これお茶と、お茶請けの水饅頭。
 この時期には丁度いいでしょう?」

「えぇ、とっても」

「巫女さんもごめんなさい。長々とお待たせしちゃって」

「いえ、元々待っている予定でしたから」

口元に穏やかな笑みを浮かべた女将の言葉に釣られて、
早苗もぎこちないながら口元が緩んで笑が浮かんだ。

この停滞した空気をどうしようと悩んでいた早苗にとって、
この笑顔はいい助け舟になってくれた。

二人は湯のみと水饅頭の乗った皿を受け取ると、
女将に礼を言って湯のみのお茶を啜った。

「そう言えば早苗。僕に話したい事が有ると言っていたが?」

「そう言えばまだお話していませんでしたね」

「落ち着いたところだし、聞こうじゃないか。
 君は僕に何を話したかったのかな?」

早苗の脳裏を先程の紫の言葉が掠めた。

「人の心は連続する過去の投映。心に踏み入るという事は過去に踏み入ると言う事なのよ」

分かっている、彼の待ち人を聞くという行為の意味も。
それが彼の心に土足で踏み入ることだというのも。

だがこの事は聞かなくてはいけない。
そしてすべてを知った後に、彼の巡り会いの手伝いをする。

それが早苗に出来る唯一の恩返しなのだから。

「あの日……二週間前のあの日、店主さんは私に巡り会う事を教えてくれました」

「あぁ、確かにあの日君にその話をしたね」

「そしてその後、店主さんは私の質問にこう答えました。
 今でも僕はそうした巡り会いを探している、と。
 店主さんは個人的な事に首を突っ込むなと思うかもしれません。
 ですが、私はそれが気になるのです。
 一体店主さんが何を待っているのか。……誰を待っているのか。
 そして、私に何かお手伝い出来る事はないのか。そう考えています」

最初から最後まで彼の言葉を挟まずに、自分の言いたい事だけを凝縮して言葉にした。
嘘偽りなく、これは早苗の心からの言葉だ。

霖之助があの日の一件をどう思っているのかは知らない。
それた大したウェイトを占めるものでもないだろう。

だが早苗にとっては違う。
あの日以降、早苗は無くしていた自分の一部を取り戻すことが出来た。

そうして自分を取り戻す事によって、早苗の目に映る世界はクリアな物になったし、
早苗の体は噛み合わせのいい歯車みたいに調子が良くなった。

それはお金でも、ましてや何かしらの対価を支払っても得られるものではない。
そしてそれをもたらしてくれた霖之助には多大な借りが出来た。

それならば、早苗の取る行動は自ずと決まってくる。

「店主さん。話していただけませんか? 私は……きっとお役に立ってみせます」

しっかりと霖之助の目を見て、早苗は訴えかける。
彼の瞳は余り感情を移さない。
そして今も、その例に漏れず一切の感情というものが伝わってこない。

だが、それでも早苗はその瞳を見て、訴えかけるのを止めなかった。
硬くて重たい鉄の意志が、そこにある。

やがてたっぷりの沈黙を含んだ霖之助が、
ぴったりと閉じられた水門を開ける様に口を開いた。

「君の言いたい事は大体理解した。
 だがね、すまない事だとは思うけれど、今全てを話す気にはなれないんだ」

「それは、私に気が置けないと言う事でしょうか?」

「いや、そう意味じゃない。もっと違うものだよ。
 きっと僕は誰が相手でも現状では全てを話す気にはなれない」

霖之助は顎のあたりを左手で摩りながらそう言った。
声のトーンが普段の彼より少しだけ穏やかに思える。

だが、やはり残念だ。
聞けば簡単に全てを話してくれるとは思っていなかったが、
こうして面と向かって言われるのは少しこたえる。

「でも君はこんな言葉じゃ納得しないだろう?」

「はい。貴方にとって、私の行動はいい迷惑かもしれませんが、
 私にはそう言われて諦める事は到底出来ません」

「だから少しだけ君にヒントを与えようと思う。
 三つだけ質問していい、可能な限り僕はそれに答えよう」

「三つ……」

恐らく直接的に核心へと触れる質問に霖之助は答えてくれないだろう。
もっと回りくどく、外堀から埋めて行くような質問でなければならない。

巡り会う相手は人間、もしくは妖怪だと言う事は何となくだが分かっている。
彼も「待ち人」と言う言葉を殆ど認めているようなものだ。

だとすると……

「では一つ目。よろしいでしょうか?」

「あぁ」

「その方は生きていますか? それとも既に亡くなった方ですか?」

「生きている。今もしっかりね」

彼の待ち人は生きている。
当然か。死人を待つ者は大抵、視線を前に向けていない者だ。

とりあえずは確認の為、初めはこの様な質問をしてみた。

「では次。その方は妖怪ですか? それとも人間ですか?」

「その人物は人間だ。正真正銘のね」

これには少し驚いた。
彼の言う「巡り会い」は長い年月を経て成就されるものだ。
そしてそれに耐えうるには妖怪の様に寿命の長いもので無くてはならない。

もし相手が妖怪だったとしたら、
早苗は幻想郷中の妖怪を霖之助の元へ引っ張って連れて行くつもりをしていた。

だが彼が人間だといったので、この計画が実行される事はないだろう。

「では最後。その方は……女性ですか?」

「あぁ、そうだよ。その人物は女性だ」

相手が女性だと言うことは多少なりとも理解していたことだが、
やはりそうだったと分かると、心の中に小さな波紋がいくつも生まれる。

昔の恋人だろうか、それとも想い人か。
だがいずれにせよ、彼の待ち人はまだ生きていて、人間で、女性。
早苗の手元にそれぞれの事実が記された三つのカードが配られた。

謎を解き明かすにはまだ少し足りないが、それでもこの三つは無駄にできない。
少なからず、この先が見えない謎を照らし出す光になってくれるはずだ。

「ありがとうございました」

「いいや、僕は断片的な答えを君に与えただけだよ。
 それは君を真実に導いてくれるかもしれないし、君を道に迷わせるのかもしれない」

「大丈夫ですよ。こう見えて何かを探すのは得意ですから」

「では最後に二つ、君に言っておくことがある」

「はい」

「まず一つ。常識にとらわれない事。
 そして二つ目。僕の過去を知っている人物は意外と多い。
 迷ったらすぐに誰かに聞くことだね」

コクリと早苗は無言で頷いた。
そして声には出さず、口の中で彼の言葉を復唱する。

「鮮明に見える現状だけが、複雑に絡み合う過去の投映とは限らない。
 事実というものは常に霧の中にあるものだよ」

彼は自分の分の水饅頭を早苗に差し出し、そう付け加えると、
後にはもうその事柄に関して何も付け加えなかった。

彼の水門はもうピッタリと閉じられていて、水の一滴も通さない。
話を始めるに戻っただけだというのに、早苗にはとても不思議な事に思えた。

霖之助が差し出した水饅頭を一口で頬張ると、早苗は立ち上がり空を見上げる。
太陽は二人が店を出た時よりも幾分傾いてはいたが、
まだその強い輝きをもって地上を照らしていた。

彼の待ち人も同じ様にこの空を見ているのだろうか?

それが何処で、どんな気分で空を見ているのかは分からない。
あるいは空の事なんて、その人物にとってはどうでもいい事なのかもしれない。

早苗は霖之助に一言お礼を言って頭を下げると、その場で別れた。

その後早苗は当てもなくふらりと人里を歩き回り、
今日の事をもう一度頭で整理した。

だがどうにも思考が纏まらない。
今日起こった出来事の一つ一つがどれも独立した形で早苗の中にあり、
上手い具合に結びつかないのだ。

だが、焦る必要もない。
彼の待ち人探す為の行動はいま始めたばかりだ。

この幻想郷の何処かに居るその人物を見付け出して、必ず彼に引き合わせる。
大の大人の男をずっと待たせている罪作りなその女性を、早苗は必ず見つけ出す。

何処に居ても、どんな空を見ていても。

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