十四朗亭の出納帳

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十四朗

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朱鷺のすみか 仲直り 前編

慧音と霖之助、多少なりとも意識していた二人が、
霖之助の独立と共に離れざるを得なくなる、と言うシュチュが大好きです。

内容がタイトル通りじゃ無くてごめんなさい。
それと長くなりそうなので今回は後編へと続きます。



『朱鷺のすみか 仲直り 前編』



霖之助、朱鷺子、慧音





懐かしい夢を見た。

夢の舞台は人里に有る寺子屋で、時間帯は夕暮れ時。
教室の中を夕日が赤く染め上げ、昼間の時とはまた違った表情を覗かせた。
残暑が尾を引くような夏の終わりは、こんな風に真っ赤な夕焼けが拝める。

寺子屋には慧音と霖之助しか居なかった。二人で何かを話している。
口元が動いているだけで声は聴こえてこない。
まるで音のない活動写真を見ているかの様に、現実味の無いその光景は静かに進んでゆく。

だが霖之助には自分が、慧音が何を言っているのか分かった。
それもそのはずだろう。

何せこの光景は数十年前、霖之助が慧音に独立の話を打ち明けた時の物なのだから。

あの日の光景は今もよく覚えている。
何を話したのか、寺子屋の空気も、その時の季節も、彼女がどんな表情をしたのかまで。
だから数十年経った今でもこんな夢を見るのだろう。

それ程までに、この寺子屋でのやり取りを霖之助は記憶していた。
記憶の底に深く窪地を作って、そいつは巣食っている。
それは切り立った渓谷を上から覗くみたいに、底が見えない。

夢の中の霖之助が慧音の瞳を真っ直ぐに見つめた。
慧音はそんな霖之助の行動に何も出来ずにただ固まる。

そして霖之助はゆっくりと、なおかつハッキリと口を動かして慧音に語りかけた。
そう、この時自分は彼女に言ったのだ。

「独立して自分の店を構えようと思う。場所は魔法の森の入り口に」

その言葉を聞いた瞬間、慧音は顔を俯け何も喋らなくなった。
この告白に慧音は大いに驚いた事だろう。
何せその時になるまで彼女には話どころか、そんな素振りもしていなかったのだから。

もっと段階を踏んで彼女に話すべきだったのかもしれない。
日常的に自分がそうする事を匂わせておいて、
ある日自然に伝える方が、賢いやり方だったのだ。

だがそうするにはあの時の自分は少し冷静では無かったし、
今よりも少しだけ、ほんの少しだけ青かった。

鈍器で打たれたように、黙り込んだ慧音に対して、霖之助は掛ける言葉が見つからず、
そっと彼女の肩に手を置こうとした。

だがその瞬間、彼女の細い腕が霖之助の手を叩いた。
驚いて霖之助が慧音の顔を見ると、彼女は………

彼女は泣いていた。









ビクン! と体を大きく震わせて目を覚ましてみると、
辺りはまだ薄暗く、夜明け前の静寂に支配されていた。

ぐっしょりと汗を含んだ寝間着が肌に吸い付いてとても不愉快だ。
霖之助は自らの顔に手を当て深く溜息をつく。

久しぶりにあの日の夢を見た。
寺子屋で独立の話を告げる自分と慧音の夢。

今では夢の中の出来事でしかないが、あの光景は確かに霖之助の過去に有ったものだ。
いや、霖之助と慧音の過去と言った方が正しいか。

随分と遠い日の出来事だと思っていたが、
少しでも気を抜けば大口を開けて、霖之助の背中を追ってくるらしい。

霖之助は自分の布団と朱鷺子の布団の間に置いてある手ぬぐいを、
仰向けに寝そべったまま掴むと、ゴシゴシと乱暴に顔に当て、汗を拭った。

それから静かに息を吸ったり吐いたりを繰り返す。
まだあの時へタイムスリップしたままの脳髄を、
今の時代へ引きずり戻すと、ようやく霖之助は落ち着くことが出来た。

頭が幾らか冷静になったところで、霖之助は上半身を起こして辺りを確認する。
隣ではまだ安らかに寝息を立てて、気持ちよさそうに寝ている朱鷺子が何時も通りそこに居た。
今霖之助が感じている事など知る由も無く、自分の幸せな夢の世界を堪能しているのだろう。

それが一番良い。
植物のつるよりも複雑に絡み合い、
全て燃やし尽くさなければ解決策が見えない様な、厄介極まりない問題に頭を悩ませるよりは、
こうして幸せに自分の好きな夢を見ながら眠っていた方が、良いに決まっているからだ。

霖之助は彼女を起こさないように、ゆっくりとした手付きで彼女の額の寝汗を拭きとると、
音も立てずに寝床を抜け出し、台所へ向かった。

まだ起きるべき時間でない時に目が覚めた場合、霖之助は大体の場合夜空を見ながら酒を飲み、
また眠気がやってくるまで一言も喋らずに過ごす。

だが今日はその大体から外れるケースだ。
夜明けが近く、空は夜空の色を薄め、太陽を迎える準備を初めている。

気長に酒を飲みながら眠気が再び訪れるのを待っていては、完全に夜が明けてしまう。
朝方から酒の匂いがすると言うのは、余り格好の良い事ではないし。
何より今日は人と会う約束が有る。

今朝の夢に見た、霖之助の古い友人。上白沢慧音と会う約束が。










あの後、霖之助は再び布団に入ること無く夜明けを迎えた。
寝室前の縁側でどんどん明るくなる空をただ見つめ続けた。

雲が少ない気持ちの良い朝だ。
今日も一日カラリと晴れ渡るだろう。

ただ霖之助の心はそうもいかない。
目が覚めてからずっとあの日の彼女の表情が頭から離れない。

彼女からしてみれば自分のした事はほとんど裏切りに近い事だ。
里に住んでいる人外は慧音と霖之助しか居なかった。

時間の流れの違う者達と同じ場所で暮らすのは容易い事ではない。
どれだけ親しい人物を作っても、その人物は時間と共に変わり、そして去ってゆく。

それはとても辛い事だが、霖之助達と出逢まで慧音は一人でそれに耐えてきた。
霖之助や妹紅と出会って、その負担は大分軽減された。

特に霖之助は同じ場所に住む、同じ半人と言う事も有り、
目に見える支えになってやれるはずだった。
いや、なっていた。
彼は確かに慧音の支えになっていた、独立して自分の店を構えるまでは。

住む場所をほんの少し変えただけなのに、彼と彼女の間には埋め難い溝が出来たようで、
独立してから最初の数年は顔をあわせる事も無かった。

嫌っていたのではなく、負い目が有った。
彼女を見捨てたような自分が、どんな顔で彼女に会いに行けばいいのか、
それが分からなくて、最初の数年を彼女が居ないままに過ごしていた。

彼女と再会したのは、霖之助が独立してから丁度五年後。
霧雨の親父さんと、女将さんの間に娘、つまりは魔理沙が生まれた時に、
その祝の席で、彼女の席が霖之助の隣になったのが久しぶりの再会だった。

用意された先に向かうと、すでに正装の慧音が隣に座っていて、
霖之助の顔を見ると、たいそう驚いた表情をした。
多分霖之助も同じ様な表情をしていたのだろう。

そして周りの祝の言葉や、賑やかな笑い声を聞きながら、
二人はただ無言で酒と食事を口に運んでいた。

五年ぶりに再会した慧音は少しも変わっていなくて、
だけれど、五年前の様に気軽に口が聞けなくて、それが歯痒かった。

別れの悲しみや、不安は時間が洗い流してくれるものだと思っていたが、
どうやらそれは間違いだと言う事を実感した。

きっとどちらかが何かを言わない限り、この関係は永久にこのままなのだろう。
広い河の対岸からお互いを見つめ合う。
二人は何も言わずにただ互いを見つめているだけだ。
朝も昼も晩も、ずっとずっと。

祝いの席には似つかわしくない重い空気を割って、霖之助が先に口を開いた。

「久しぶりだね……変わってないようで安心したよ」

気の利いた言葉の一つでも言おうかと思ったが、そんな言葉の一つも思いつかない。
そうして変に気を利かせるよりも、無難な言葉から始めた方がいいと感じた霖之助は、
その言葉から慧音との会話を始めた。

「そうだな、私の方も安心したよ。お前もちっとも変わってない」

「もう、五年になるのかな?」

「あぁ、今年の夏で丁度五年になる」

二人は前を向いたまま、横目で時々互いを確認しながら話を続けた。

「店の方は?」

「繁盛しているとは言い難いけれど、生活には困ってない。
 上手くやっているよ。ただやはり自分の店を持つと言う事は楽しい事ばかりではないよ。
 難しくもあり、厳しくもある」

「そうか。だが、頑張っているならそれでいいじゃないか」

「君の方は?」

霖之助が聞き返す。

「私の他に寺子屋の教員が一人増えた。
 覚えているか? 昔本ばかり読んでいて、他の生徒と中々打ち解けない子が居ただろう?」

「あぁ、居たね」

「その子が新しく先生になったんだ」

「ほぅ、それはそれは。様子はどうだい?」

「まだまだ新米で日々子供達に振り回されているよ」

「いつの時代も君の生徒達は腕白だね」

「そうでないと教え甲斐がない」

「違いない」

慧音はとっくりから祝いの席で使われる赤い祝杯へ注ごうとしたが、
すでに彼女のとっくりの中は空になっていて、数滴雫が落ちるだけであった。

そんな慧音を見かねて、霖之助は自分のとっくりから慧音の杯へと酒を注ぐ。

「こうして、君に酒を注ぐのも五年ぶりだ。
 随分と長い間、僕達は顔を合わせないでいたね」

「……機会が無かったからな」

苦い顔の慧音をよそに霖之助は続ける。

「じゃあ僕も機会が無かった」

先程よりも重たい沈黙が二人に伸し掛る。
宴の賑やかな会話は、二人に対して別世界の様に、
線で区切られた場所で行われている様に思えた。

再び訪れた沈黙に、霖之助はしまったと顔をしかめた。

もっと他に掛ける言葉が有っただろうに、
あやまるべき事が有っただろうに。

謝るべき相手が親しい人物であれば有る程、
謝罪の言葉というものは出にくくなる。

そんな感情が憎らしい。
つまらない意地だとか、プライドだとか、
そんな物を全部投げ打って彼女に謝罪出来たら、どんなに楽な事か。

その時霖之助は痛い程痛感した。

「慧音」

「なんだ霖之助」

「気軽に会って、食事や飲みに行ける相手が居ないというのは辛いものだよ」

「……いきなり何を」

慧音の口調は、聞いている限りでは怪訝なものだったが、
表情には明らかな揺らぎが見て取れた。

「この五年間、僕は気軽に誘う事が出来る友人を失って寂しいよ。
 何処かへ食べに行きたいな、なんて思っても近くに誘える人物が居ない。
 だから結局、自宅で簡単な物を作ってそれで済ませてしまう。
 それすら無い時もある」

「店のお客と一緒行けばいいじゃないか」

「お客はお客だよ。気軽に誘えるものじゃない。
 僕が求めているのは、そうした堅苦しさじゃない、そう言ったはずだよ?」

「なら……私だったら気安く誘えるのか?」

「勿論、君だったら何気なしに誘う事が出来る」

「安い女に見られた気分だ」

「違う、かけがえのない人物として見ているんだ」

慧音の顔が一瞬で赤く色づいた。
口をパクパクさせて何か言いたそうにしているが、
周りが騒がしいのと、上手く発音出来ないのとで、まったく聞こえなかった。

「もう一度、前の様な僕達に戻れないものかな? 
 都合のいい事だと分かって入るけれど、どうやら僕にはそれが必要みたいだ。
 君の方はどうだい?」

「わ、わ、わた、私も……その……いい」

「ん?」

「その方が……いい」

慧音は真っ赤な顔で俯いてそう答えた。
それは霖之助の求めていた答えで、
その言葉を聞けて霖之助は心から嬉しいと思った。

本当に久しぶりに、久しぶりに自然に笑が溢れ、
それからは上機嫌に食事と進める事が出来た。

その後、霖之助は慧音と二人で親父さんと女将さんに挨拶をし。
夜遅くまで宴会に付き合った後、再び会う約束をしてその日は別れた。

それからは月に一度か二度の頻度で、彼女と顔を合わせている。
いや、正確に言うと今は違う。

彼女の寺子屋に朱鷺子が通うようになってからは、
週に一度か二度、朱鷺子を迎えに行くので、その分だけ会っている。

会う機会が多くなると、必然的に話す事も、一緒にどこかへ行く事も増える。
再会してからもう十五年程になるが、
ここ数カ月でそれ以降の二人の距離が、一気に縮んだ様に思える。

だから霖之助はあんな夢を見て、急に目が覚めたのだろう。
そして今はこうして慧音の事を考えている。

自分にとって上白沢慧音とは何者なのだろうか?

誰しも心の中で大きな面積を占める人物と言う者は存在する。
親兄弟、友人、師匠、恋人。

一体霖之助の中で彼女は何に当て嵌るのだろうか。
ずっと彼女を見て来たせいか、こんな時にまっすぐな判断が出来ない。
自分の事なのに、自分が分からない

霖之助は今日も青々と澄み渡る空を見上げて自嘲気味に笑った。
空のカラーリングは慧音に似ていた。









朱鷺子が起きてくる頃になると、霖之助はすっかり平静を取り戻したようで、
何時もと変わらず、彼女に朝の挨拶をして、洗面所で顔を洗うのを薦めた。

毎朝の例によって彼女は眠たそうな顔をしていたし、寝癖も酷かった。
「ふぁい」と眠さと気怠さが入り交じった声を出すと、
彼女はそのまま廊下を歩いて洗面所へと向かった。

朝食は既に出来上がっている。

元々早く目が覚めたせいで手持ち無沙汰だったせいで、
今日は早めに朝食を作ったのが原因だ。

再び眠たそうな顔をして戻ってきた朱鷺子を座らせると、
二人でいただきますをした。

「ねぇねぇ、霖之助」

「何だい朱鷺子」

「今日は慧音とデートだね!」

「だから違うと言っているだろう」

朱鷺子の口から今週に入って何度目かの「デート」発言が飛び出した。
何度霖之助が違うと訂正しても、一向にそう言うのを止めようとしない。

それどころか霖之助がそうして訂正すると余計に面白がるのだ。
まるでボールを壁に向かって投げて、それがバウンドして返ってくるのを楽しむ子供みたいだ。

「でも一緒にお芝居を観て、ご飯食べるんでしょ? それをデートだって妹紅は言ってたよ」

「……何故君が妹紅を知っているんだ」

妹紅、正式には藤原妹紅と言うのは霖之助と慧音の古い知り合いで、友人でもある。
まだ霖之助が里にいた頃は慧音と共にとよく会って、いろんな事をしたものだ。

里を出てからは慧音以上に疎遠になってしまったが、
まさか朱鷺子と接触していたとは思わなかった。

「えっとね、この前寺子屋の帰りに知り合ったの。
 お嬢ちゃん、お菓子あげるからこっちへおいでって。
 ついて行ったら本当にお菓子くれたのよ!」

「次からは絶対について行くんじゃないよ。
 まったく、彼女は子供の誘い方も知らないのか……」

「良い人だったよ?」

「良くない、とんだ不審人物だ」

霖之助は不機嫌そうに味噌汁を啜ると。
きゅうりの浅漬を口へ運ぶ。

彼女が何をしたいのかは不明だが、どうせよからぬ事だろう。
霖之助を通さず、直接朱鷺子と接触したのが何よりの証拠だ。

長生きで退屈なのは分かるが、
こうして朱鷺子や自分を暇つぶしの相手にするのは遠慮してもらいたい。

「そう言えば本当に君は来なくていいのかい?」

「うん、別にいいんだよ。だって私が居ると二人とも私の事しか話さないじゃない」

「それは……今後の寺子屋での学習について……」

「そう言うのはいいの。二人ともたまには私の事以外で盛り上がってよ」

呆れたように、朱鷺子がそう呟く。

「大人になるとそう言うのが難しくなるんだよ」

「楽しいだけの会話をするのが?」

「素直になる事がさ」

「霖之助は慧音の前で素直じゃないの?」

「少なくとも自分のすべてを彼女に伝えてはいないよ。
 言わなくちゃいけない事が有るんだけどね、まだ言えてないんだ」

「大切な事なの?」

「あぁ、とっても大切な事だよ。
 僕と彼女にとってのこれからを決める大切な事さ」

霖之助の言う通り、彼はまだハッキリとした謝罪の言葉を慧音に伝えられていない。
本当の意味での「仲直り」と言うものが出来ていないのだ。

彼女が聞いたら「何をそんな事」と言って笑うかもしれない。
「まだ気にしていたのか」と言って呆れられるかもしれない。
もしくは「今更なんだ」と怒られるのかもしれない。

霖之助には彼女の正確な反応が分からない。

けれども、そんな彼にも一つだけ彼女の事が分かる。
それはあの時、霖之助が慧音に独立の話を打ち明けた時、
彼女は本当に悲しくて泣いていたと言う事だけだ。

彼女の悲痛に満ちた表情が今でも忘れられない。
頬を伝う涙の色を未だに覚えている。
そして彼女が霖之助の手を拒絶した時の痛みはまだ引いていない。

他の誰かが「気にするなと」霖之助を慰めても、
慧音から許しの言葉を聞けない限り、この胸のわだかまりは消えないのだろう。

二十年以上経った今でも、その事をあれこれ思案しているのがその証拠だ。
未練がましい男だと思う。
過去の事だとスッパリ割り切れればいいのかもしれないが、
生憎霖之助には、そうして自分の中の大切な何かだけを切り落とす器用さは持ち合わせていなかった。













目を覚ましてから朝食を済ませ、一通りの身支度を済ませた後の慧音は、
何だか落ち着かない素振りで寺子屋の黒板と長机の間を行ったり来たりしていた。

たまに、立ち止まって深呼吸をすると、また机と黒板の間を行ったり来たりする。
トクントクンと胸が高鳴り、落ち着かないはずなのに、それが心地いい。

霖之助と二人きりで、出掛ける。

この事柄が、慧音の胸を高鳴らせ、落ち着かせなくするのと同時に、
堪らなく彼女を嬉しい気持ちにさせてくれる。

ここ最近は霖之助としょっちゅう会うようになったが、
その時は大体朱鷺子が一緒に居て、彼女の教育についての話ばかりしている。

別に朱鷺子を邪魔者扱いしたり、除け者にしたりしたい訳ではない。
彼女は慧音の大切な生徒であり、霖之助はその父兄だ。
教師という立場上、いや慧音の場合それを抜きにしても朱鷺子は大切な存在だ。

実際彼女にはたくさんの借りがある。
彼女が居なければ、今の慧音と霖之助の関係はもっと遠いものだっただろう。

あの娘のおかげで、二人は更に近づく事が出来た、手を伸ばせば届く距離へと。
そしてその繋ぎ目に、朱鷺子は居る。

二人の手と手を繋ぎ止めて、そして笑っているのだ。
それだけでもう十分だ。

代わりに今度は二人で彼女の手を引いてやろう。
霖之助と慧音の二人で。

そこまで考えて、慧音は自分の頬が紅くなっている事に気づいた。
ぽぉっとして何だかいい気持ちなのだが、少し呆けすぎたなと反省する。

こんなみっともない姿、霖之助には見せられたものではない。

慧音はブンブンと首を左右に振ると、顔の熱を追い払った。

そしてポケットから懐中時計を取り出すと、現在の時間を確認する。
懐中時計は銀色のハンターケース型で、上蓋には盾をあしらった、デザインが施されている。

これはまだ霖之助が里に居る時に彼から贈られたもので、
タイムスケジュールの管理が大変だと漏らした慧音の為に、霖之助が贈ってくれたものだ。

後にも先にも、彼が慧音に贈物をしたのはこれが最後で、
妹紅はそんな彼に「もっと指輪だとかネックレスだとか、洒落たものはないの?」
と呆れていたが慧音はこれで十分だった。

少なくとも指輪やネックレスよりも、こちらの方が実用性は有るし、
何より彼がくれたものと言うのが大きかった。

彼が居なくなって、自分の気持ちを理解してからは、
この時計を見るたびに霖之助の事を思い出す。

霖之助と慧音の時を刻む大切な、大切な時計だから。
それは慧音にとって替えようのない宝物なのだ。

「こんにちは、慧音」

掌の中にある懐中時計を見つめていた慧音の意識と視界の外から、彼女を呼ぶ声がした。
間違いない、慧音の待ち人の声。
すっとすっと待っている、大事な人の声。

慧音は少し肩を震わせたが、それを気取られないように深呼吸をして、
心を落ち着ける。

そして手の中の懐中時計の蓋を閉じ、顔を上げて、霖之助と向き合った。

「こんにちは、霖之助。
 今日はいい日だな、とても気持ちが良い晴れだよ」

「まったくね、おかげでここに来る間に随分と汗をかいたよ」

「何か飲み物でも飲みに行くか?
 茶屋なら手ぬぐいも用意してくれると思うが」

「そうしよう。こんな日は……ん、それは」

慧音の手に握られた物に、霖之助が気づいたらしく、
指をさしてそう問いかけた。

その問に慧音は掌を広げて、懐中時計を見せると霖之助は
「また懐かしいものを……」と少し苦そうな顔で言った。

「どうしてそんな顔をするんだ? お前が私にくれた物だぞ?」

「そうだけど……もう何年も昔の話じゃないか。
 確か僕が霧雨の家で働いて居た頃のだろう?」

「あぁ、そうだ。今でもちゃんと動いているんだぞ」

蓋を開けた時計を霖之助の目の前に差し出して、慧音はそう言った。

「結構したからね。まぁ、大部分は君が大切にしてくれているからだろうけど」

「む、そんなにしたのか?」

「あの頃の僕の給料三ヶ月分」

「なっ! さ、三ヶ月!?」

思わず慧音は素っ頓狂な声を上げてしまった。
まさかそんなにする物だとは今まで思っていなかった。

「な、何で今まで言わなかったんだ!」

「言えば君は遠慮して受け取らなかっただろう? 
 それに贈物の価値をひけらかすのは、余り格好の良い事ではないしね」

「だ、だからといって……」

「今更返さないでくれよ?」

「か、返しません!」

思わず敬語になってしまった。
自分でもそうとう焦っている事が分かる。

自分にそこまで高価な贈物を霖之助がしてくれていたと言う事が、
照れくさかったり、嬉しかったりがごっちゃになってよく分からない。

「でもどうしてそんなに高価な物を私に?」

「そうだね……しいて言えばデザインかな」

「デザイン?」

「ほら、その時計の蓋に盾のデザインが施されているだろう?」

確かに慧音の懐中時計の蓋には盾のデザインが施されている。

「それが?」

「君はこの人里の守護者。そんな君に盾のデザインはピッタリだと思ってね」

「それでわざわざ私なんかの為にこんな高価な物を」

「おいおい、そんな言い方はよしてくれよ。
 案外本気でそう思っていたんだよ?」

「そうか、すまない……その、今まで気付きもしなくて」

霖之助がそんな気持ちで贈ってくれたと言うのに、
そんな事を欠片も考えた事の無かった自分が、恥ずかしくて、情けなくて、
ついつい慧音は伏し目がちに霖之助に謝ってしまった。

二十数年間を共にしてきた道具の筈なのに、
慧音は「霖之助から贈られた」と言う意味以外でこの道具を見た事がなかった。

きっと霖之助も呆れている事だろう。
だがそう思っている慧音に返って来たのは、霖之助の意外な行動だった。

霖之助は慧音の懐中時計を持った方の手を取ると、そのまま優しく握りしめた。
彼の手の温もりと感触を、慧音の頭がやや遅れて認識する。
そしてその状況を飲み込むのに、慧音の頭はもっと遅れた。

「え、り、霖之助? な、な、何を」

「ありがとう、大切にしてくれて。
 僕は意味を理解する、していないよりも、そっちの方が嬉しい。
 道具屋として、自分の関わった道具が何年も使い続けて貰える事程、嬉しい事はないんだ」

慧音は言葉を返せなかった。
ただ黙って霖之助の言葉を聞き、彼の手の温もりを感じる。

先程追い払った熱がまた戻ってきたようで、
じわじわと顔が熱くなっていくのが分かった。

「お前との……絆だったから。
 その、贈物なんて後にも先にもこれだけだったし……
 そ、それにこの時計が凄く便利だから……だ、だから」

やっと出た声でたどたどしく霖之助にそう告げる。
今までの慧音からすれば、驚くほどストレートに自分の気持ちを告げられた方だ。
きっとこの近さと、最近の二人の関係がそうさせたのだろう。

何時までもこの距離でこうして居たかったが、今日はまだ他に予定がある。
二人の距離をもっと縮める楽しい予定が。

やがてどちらからとも無く離れると、二人は寺子屋を出て、茶屋へと向かった。
歩幅を合わせて、手は握っていなかったが、
肩が触れ合う程度の近さで、互いを気遣いながら。

Comment

#No title
慧音先生かわいい!
霖之助と朱鷺子と慧音が一緒にいると家族にしか見えないw
慧霖増えろ!←
  • by:榊
  •  | 2010/06/24/21:39:28
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#No title
慧霖はいいモノだ。
大人の恋愛と少女の恋を兼ね合わせている。
素直になれない大人の二人が子供である朱鷺子が
いるおかげで素直になれる素晴らしい家族関係ですね。

誤字報告 ×この告白に慧音は多いに驚いた事だろう。
     ○この告白に慧音は大いに驚いた事だろう。 
  • by:saq
  •  | 2010/06/30/19:07:43
  •  | URL
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#妹紅のくだりw
妹紅のくだりに思わず噴き出した。

真面目な中に数行コミカルさがあると、引き立ちますね。
  • by:弾幕小会
  •  | 2010/11/19/09:23:01
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