十四朗亭の出納帳

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十四朗

Author:十四朗
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また会いましょう、何処かで

不思議ちゃん的な印象を抑えた早苗さんと、
何時も通りの霖之助さんのお話。

何だろう、説明する事柄があんましない……
今回は会話文を書いてて楽しかった。


『また会いましょう、何処かで』

早苗、霖之助









その店は、早苗が遠い遠い、もう永久に交わる事のない場所に置いて来た物ばかりある店だった。

携帯電話。
パソコン。
携帯音楽プレーヤー。
テレビ。
ゲーム機。

例を上げればキリがないが、大体その店にはそんな感じの物がうず高く積まれている。
魔法や妖怪と言った幻想が闊歩するこの幻想郷で、それらの機器は殆どガラクタ同然の扱いを受けるが、
その店、正確にはその店の店主だけは外の世界の道具達を大切に扱った。

汚れを取り、ピカピカとはいかないまでも、見栄えが良くなる程度には磨き、きちんと陳列する。
残念ながら店主には、それらの道具を修理する事は出来なかったが、
代わりに道具達の使用方法を考察し、ひたすらに道具に対する理解を深めようとしていた。

店の名前は香霖堂で、店主の名前は森近霖之助と言う。
まだ若いと言うのに、白に近い銀髪をしているので、遠くから見ると老人の様にも見える。
ただ、老人と違って背筋がピンとしていて、体の締りはいい。

商人にしては鋭すぎる瞳を、フレームの細い眼鏡で覆い、大抵は感情の起伏が余り感じられない平坦な口調で喋った。
それは、早苗が今まで接して来たどのタイプの人物にも当て嵌らなかった。

霖之助はこの幻想郷にでも珍しい人間と妖怪のハーフらしいが、
それを抜きにしても彼は随分と変わった人間なのだろうと早苗は思う。

客商売をしていると言うのに、売上に関しては特に気にしていないようだし、
店を開いている時でも、大抵は自分の好きなことをしている。

風に乗って、何処かへふらふらと行ってしまうような奔放さは無いが、
捕らえ所のない様な自由さが、彼には有った。

そんな彼は時々早苗にこんな事を言う。

「生き物が、ただ生きて死ぬ為だけに存在しているのではない様に、
 彼らもただ作られて朽ちてゆく為だけに作られた訳ではないんだよ」

彼は幼い子供に語りかける様に、早苗にその言葉を何度も聞かせた。
そして早苗にある出来事を思い出させる。

昔、一度だけつまらない事で癇癪を起こして近くにあった目覚まし時計を床に叩きつけて壊してしまった事がある。
その時何が有って、どんな理由で癇癪を起こしたのか、今となってはもう深い霧の向こうに霞んでしまった内容だが、
今でもその目覚まし時計の事はハッキリと思えている。

文字盤のガラスが割れて長針と短針がそれぞれあらぬ方向を向いて飛び出し、
ベルの部分は、ひしゃげて折れ曲がっていた。
文字盤に描かれた、カエルのマスコットキャラクターは、相変わらず愛らしい顔をしていたが、
目覚まし時計の痛々しい外見と余りにもミスマッチで、何だか余計にその凄惨さを引き立てる様だった。

何年も使っていた目覚まし時計だったが、その幕切れは余りにもあっけなく、
そしてその後に早苗に到来したのは、雨雲によく似た灰色の感情だった。

確かあの目覚まし時計は早苗が小さかった頃に、両親へねだって買って貰った物だ。
以降、小学校の入学式の日や中学校の入学式、修学旅行や運動会の朝に、
早苗を寝坊させない為せっせと働いてくれた長年の相棒を、早苗はつまらない感情の捌け口にして、結果壊してしまった。

その目覚まし時計が時を刻む事は二度とない。
澄んだ朝の空気に、その騒がしい音色を響かせる事も、もう無いのだ。

早苗は幾らか気分が落ち着いた後、文字盤を覆っていた、ガラスの破片を拾って集めた。
その際に小さな破片が早苗の人差し指に刺さって、痛みと共に真っ赤な血が流れた。

じわりじわりと流れ出る血液を見ながら早苗は「これはきっと仕返しなのだろう。自分を粗末に扱った私への」
と胸の中で思い、そのまま無言で片付けを終えた。

片付けた後の残骸は、しばらく何処かへ置いていたのだが、
両親が捨てたのか、いつの間にかその残骸も何処かへ消えていた。

これでもう何処にも目覚まし時計の存在は無くなってしまった。

何処かの工場で大量生産された物だったかもしれないが、
それは早苗にとって他に換えようない程大切な物だった。

以来早苗は目覚まし時計と言う物を使用していない。
目覚ましが無くとも自分の体内時計で起きられるようにした。

早苗は他の目覚まし時計を使う気になれなかったし、
きっと他の目覚まし時計を買ったとしても、それは朝せっせと働く早苗の相棒にはなってくれないだろう。

機能的な意味ではなく、心情的な意味で。

そんな風に、道具の最後について踏み入った体験をしている早苗にとって、
その言葉は何処か感じるものが有る。

この出来事は彼には話していない。
余り愉快な話題でもないし、道具を大切に扱う彼に話せば、
きっと軽蔑とも侮蔑ともつかない眼差しで見つめられるだろうから。

誰も好き好んで他人に嫌われたい訳ではない。
商売の取引云々等と言う利己的な発想と言うよりは、
純粋に円滑な人間関係を保ちたいと言う、極めて人間的な感情からこの事は秘密にしてある。

話せるからと言って、聞かれてもいない様な事を全部話すような真似を普通はしない。
人は本のページの様に、記されている事柄を、勝手に誰それに見られる事も、
カセットテープの様に、記憶していることを、ありのままに話さない。

人とは多数の秘密を内包して生きる生き物なのだから。

話を戻すと、その店と店の店主は早苗がずっと遠くへ置いてきた物、
あるいは忘れて来た物を簡単に手元に呼び出した。

携帯電話も、パソコンも、携帯音楽プレーヤーもテレも、ゲーム機も、
全部が全部、二度と手にする事も見る事も無いと確信していた道具達だ。

右も左も分からない土地に来たはずなのに、何故かその店だけは見知った様な感覚があり、
不思議と足が店の方へと動いた。

今でも彼の言う言葉の真意は理解出来無い。
それどころかその言葉を聞く度に、自分が壊してしまった目覚まし時計の事を思い出す。
早苗にとって、それは気分のいい事では無かったが、それでもその言葉に耳を塞いではいけない気がした。

きっと何時か理解できる、そう信じながら、早苗は香霖堂で彼の言葉に耳を傾ける。





どんな人間にだってついてない日、と言うのは有るものだ。
幸運を謳われる霊夢にだって、たまにはそんな日がある様に、
奇跡を起こすとされている、早苗にだってそんな日は有る。

夕食の買出しをする為に、人里へと買い物に来はいいが、
その帰りに激しい夕立に出くわしてしまった。

不幸にも雨が降り出したのは、人里をでてしばらくしてから。
早苗が魔法の森の上空を飛んでいる時の事だ。
このまま里へ戻ったところで、ずぶ濡れになるのは避けられない。
急いで神社へ向かっても、大体同じ様な結果だろう。

進む事も引く事も得策とは言えないこの状況。
早苗がそんな事を考えている内にも、雨はどんどん激しくなる。

そこで早苗は一つの光明を見つけた。
そう、確かこの近くには香霖堂が有ったはずだ。

頭の中で香霖堂へ向かう事を即決すると、早苗は高度を下げて、木々の下を飛んだ。
森の木々が天然の傘となり、ある程度の雨粒は凌いでくれる。

この方法は木々のある場所でしか使えないので、
場所が離れている魔法の森から、妖怪の山までこの方法で帰ることは出来ない。

だが香霖堂までなら十分だろう。
早苗は木々の枝に注意を払いながら、香霖堂へ向けて低く飛び続け、
四半刻もしない内に、彼女は香霖堂へと辿り着いた。

香霖堂は相変わらず、何かを主張する訳でもなく、その場所に佇んでいた。
店の前には狸の焼き物や、ポストが置かれ、その横には折れ曲がった道路標識が立て掛けられている。

店の外壁には何の種類か分からないようなツタが、群生していて、
本当にここはお店なのかと言う印象を早苗に植えつける。

この印象は初めてこの店を訪れた時から変わっていない。
少なくとも、早苗が生きてきた十数年感の間に身に付けた常識の範疇からは外れる出で立ちであった。

少なくとも早苗の、外の世界の常識ならば。

早苗はこの地に来て一つ学んだ事が有る。
それはこの地、幻想郷では常識に縛られてはいけないと言う事。

奇々怪界が根付き、幻想が闊歩するこの幻想郷に置いて、
早苗が今まで身に付けてきた常識など何の役にも立たない。

求められるのはより柔軟に対処し、迅速にこの地に馴染む事。
郷に入っては郷に従えと言う言葉をこれ程強烈に実感した事は無かった。

それはこの地の風土や、人の性質については勿論の事。
自然現象に到るまで、幻想郷は早苗が身に付けていた常識とは違う所を歩んでいた。

早苗がこの地に来て、最初にやるべき事は、外の世界という常識の厚着を脱ぎ捨てる事からだった。

空気が生物の生命活動に必要不可欠な物だとすれば、
常識は人間が社会活動を営む上で必要不可欠な物だ。

それは勿論容易い事では無かったし、早苗自身少々痛い目を見た。
だが、今となっては、それらが必要経費だったと思える程、この幻想郷に馴染んでいる。

早苗は、香霖堂の飾りっけの無いドアノブに手を掛けると、そのままドアノブを捻り、前方へ押す。
香霖堂の扉は、何時もと同じ様にキィーと言う枯れた音を立てて開いた。

「ごめんください。東風谷早苗です。店主さんはいらっしゃいますか?」

「居るよ、何時もと変りなく」

「そうですか、それは良かったです」

扉を潜ると、そこはもうあちら側の世界だった。
古びたブラウン管テレビや、何時からそこに腰を据えているのか分からない様な冷蔵庫。
型遅れの携帯音楽プレーヤーや、二世代程前の携帯ゲーム機等が真っ先に目に入り、
その後に、壺や皿等の骨董品が目に付いた。

「急に雨が降って来たのでどうしようかと思いました」

「良かったね、僕がこの場所に店を構えていて」

「はい、本当に感謝しています」

「その態度はわざとなのかい? それとも素なのか……」

「どちらでしょうね」

早苗は買い物かごをカウンターの上へ起き、自身は近くに有ったブラウン管テレビの上に腰掛けた。

「本当に、この季節には参ったものです。少しでも気を抜けばすぐこれですから。
 外の世界なら、折りたたみ傘を携帯するだけで問題は解決しますが、幻想郷に折りたたみ傘は存在しませんしね」

「毎日傘を持って出掛けるかい?」

「私は唐傘お化けでは有りません。ですからそんな現実的で無い方法はお断りです」

「おやおや、幻想郷で現実的と言う言葉をかざすのかい?」

「それは……言葉のあやですよ」

霖之助はニヤリとした表情で早苗を見つめる。
意地の悪いその笑顔は、早苗の見慣れたもので、彼女はまたしてやられた、と言う気持ちになった。

彼は普段の言動や、外見は大人びているのに、こういうところだけは妙に子供っぽい男なのだ。
早苗がこちらに来てから知り合った人物達の例に漏れず、彼も掴みどころの無いひねくれ者だった。

「まぁ、常連客に雨宿りの場所を提供してやらない程、僕は商人として落ちぶれていないよ」

「ふふふ、やっぱりそうですよね。雨宿りの場所を提供してくれないと私が困っちゃいますよ」

「タオルはいるかい?」

「是非とも。この時期特有の温い雨粒がぐっしょりと染みて気持ちが悪いので」

「分かった」

そう言うと霖之助は、立ち上がらずにそのままの体制でカウンターからタオルを取り出すと、
早苗に投げてよこした。
この店にしてはえらく準備がいい。

恐らくこの時期になると、早苗の様に雨宿りの場所を求めてこの店に訪れる者が多いのだろう。
そしてそう言った人物は大抵、雨のせいで体がグショグショに濡れている。

そこまで考えて早苗は改めて目の前の男のひねくれっぷりにため息をつく。
最初から雨宿りの場所と体を拭く物を提供するぐらいなら、言葉と態度で暖かく迎えたらいいものを。
わざわざ彼は皮肉っぽく、来店客に言葉を二、三投げかけた後、助けの手を差し伸べるのだ。

「季節が季節だから仕方ないとは言え、災難だったね」

「まったくですよ。本当に夕立にはまいったものです。
 雨の妖精でも捕まえて懲らしめたら少しはマシになるのでしょうか?」

「自然現象が具現化したものが妖精だ。
 だから、彼女達をいじめたところで何も変わりはしないよ。
 妖精の上に自然が立って居るのではなく、自然の上に妖精が立っているのだから」

「それは分かっていますよ。マシになるのは私の気分の方です」

「弱い者いじめはどんな理由をかざしても正当化出来ないものだよ。
 君の名前が全妖精共通の敵として認知される前に、そんな行動は止めておいた方がいい」

「幻想郷で妖精は、鬱憤を晴らす為の存在だと聞きました」

「残念、君は稗田阿求に騙されている」

早苗は終始真面目な顔で受け答えをしたが、霖之助はその態度を表面だけの物だと見抜いたようで、
ハッキリと事実だけ告げた。

稗田阿求は何故か妖精に対して、異様なまでに辛辣だ。
自らの著書である幻想郷縁起でも妖精の事を「運良く捕まえる事が出来たのなら、日頃の鬱憤を晴らすといい」
なんて書いたりする程だ。

以前妖精に酷い悪戯でもされたのか、それとも単に妖精嫌いなだけなのか、
それは早苗の知るところでは無いが、恐らくはその二つに一つだろう。

早苗は髪に染み込んだ雨水もしっかりとタオルで拭き取る。
濡れたままだと、髪そのものに悪いし、
なにより何時までも雨水を髪に染み込ませたままで居るのは気持ちが悪い。

ゆっくりと時間を掛けて丁寧に髪を拭く事によって、早苗はようやく一息つく事が出来た。

「最近、特にお変わりありませんか?」

「見ての通りだよ。何時も通りお客は余り来ない。雨の日だと殆ど絶望的だと言っていい」

「あらやだ、私が居るじゃありませんか」

「最近君が客なのかそうじゃないのか判断に困っているところだよ」

「それではあんまりにも酷い扱いです。
 私はこの店にちゃんと買い物目的で訪れますよ?
 茶菓子や、お茶葉を勝手に飲んだり食べたりしませんし、
 商品を借りると言って無断で持って行く事もありません。
 そうした、客ならざる来訪者達に比べれば、私の雨宿りなんて可愛いものですよ」

「そうなんだけどね。何と言うか、君も大分染まってきたなと思って」

霖之助は懐から煙管を取り出し、そこに刻み煙草を入れて火を付けようとしたが、
その動作を早苗が無言で止めた。

掌を霖之助の方へ突き出して、ただ何も言わずに静止させた。
その姿はまるで、門に近づく不審者を止める憲兵の様な威圧感が有った。

「そうか、君は煙草の煙が苦手だったね」

「いいえ、苦手ではありません。嫌いなのです」

そう、早苗が言う通り、早苗は煙草の煙が嫌いだった。
別に喫煙者を恨んでいる訳でも、嫌悪している訳でもない。
吸いたければ吸えばいいし、それでその人物の気が晴れるのなら吸うべきなのだろう。

だが、それは出来る事なら自分に煙が届かない範囲で行われて欲しい行為だ。
早苗にとって喫煙とは、自分の居ない場所で行われる行為でなくてはならない。
テレビで報道される名前しか聞いた事のないような国で行われている戦争みたいに、
それは認知さえしても、手が届かない場所で行われている行為でなくてはならない。

忍耐力は人並みに有ると自負している早苗だが、
そんな彼女が許せない数少ない事の一つが煙草の煙だ。

「美味しい空気吸う権利は誰にでも与えられて当然の事です。
 それを空気的にも権利的にも汚すのは、いけない事でしょう?」

「分かったよ、君の主張は理解した」

「そうでしょう、そうでしょう」

「多分外の世界では君の様な主張を持った人が多く居て、
 喫煙者は肩身の狭い思いをしているのだと言う事をね」

「あら、そう言って私の主張を皮肉りますか」

「皮肉ってないさ。ただ本当にそう思っただけだよ」

「いいですか、店主さん? 煙草を吸わない事は辛いかも知れませんが、我慢できる事です。
 ですが呼吸をすると言う事は我慢が出来無い事です。呼吸を我慢すると死んでしまいますから」

「なるほど、君が言いたい事は大体分かった」

「そうですか。ご理解いただけて幸いです」

霖之助は早苗の主張を理解したようで、そのまま煙管を懐へと戻す。
それから二人は無言だった。

決まりきった沈黙が波の様に押し寄せ、砂浜に描かれた会話の記憶を消し去ってゆく。
聞こえてくる音と言えば雨が窓を叩く音と、瓦に雨粒がぶつかる音ぐらいだ。

早苗も、霖之助も、何も話を切り出さなかったし、特に他の行動を起こそうともしなかった。
何だか早苗が、霖之助の喫煙を止めたせいで、会話の流れが塞き止められてしまったみたいだ。

流れが停滞していしまって、淀み、沈んで行く。

そろそろ帰るべきなのかもしれない。
いつまでもここにいて、彼と沈黙を重ねるより、
神社に帰って夕食の支度や、風呂の用意をした方が実りある行動だろうし、それが早苗の仕事だ。

彼から傘でも借りて、ゆっくりと雨に気を付けながら飛んで帰ろう。
そう思って、早苗が腰を上げた時、彼女はある物を見つけた。

そこには壊れた道具が木箱に入れられて、山が出来る程に積まれていた。
アンテナが折れたラジオだとか、液晶の割れた携帯電話だとか、ジャックの無いヘッドフォンだとか、
一目見て壊れていると分かる物が大半だったが、中には外見的には特に問題の無さそうな物も有った。

外の世界では売れ残った物を『処分品』として安値で叩き売りしている事が有る。
ただそうして売られる物はちゃんと動くし、一応は新品だ。

普通こうした物は『ジャンク品』としてタダ同然の値段で売り買いされる。

ちゃんと使えそうな物でも外の世界の道具は買い手の付かないのに、
それのジャンク品など買う物が居るのだろうか?

多分居ないだろう。
余程の物好きか、彼の狂言に乗せられるような人物でなければこんな物は買わない。
ただ彼も商人としての良心という物は弁えている様なので、
こんな物を無知な者に売りつけたりはしないだろう。

恐らく売り物ではないはずだ。

そして早苗が見つけたのはそのジャンクの山と言うよりは、ジャンクの中に有る一つの道具だった。

それは壊れた目覚まし時計だった。
文字盤を保護するガラスは割れていて、長針と短針がそれぞれあらぬ方向を向いている。
ベルの部分は、金属がひしゃげて折れ曲がっている。

そんな凄惨極まりない状態になっても、文字盤に描かれたカエルのマスコットキャラクターはニッコリと笑顔を浮かべていた。

そのカエルと目が合った時、早苗の時間は一瞬にして凍りついてしまった。
時間と言う絶えず流れ続ける流水が、想像を絶するような寒気に教われ凍りついたのだ。

何故、この時計がここに有る。
アレは確か捨てられて、とっくの昔にゴミとして処理されたはずだ。
それが何故今更になって早苗の目の前に現れるのか。

早苗の凍りついた時間が溶け出すと同時に、
彼女は壊れた道具達の山へ駆け寄り、その目覚まし時計を手に取った。

冷たくて固い、金属の感触が手に伝わる。
この時計がまだ動いいた時と何ら変りない、あの時のままの感触。

そんな物はもう忘れている物だと思っていたが、
体はその事を簡単には忘れないらしい。

数年ぶりの再会だと言うのに、それは早苗の感覚に丁度良くフィットした。

「店主さん、これは?」

「ん、君はその道具の名称と用途を聞きたいのかい?
 それともどうしてそんな風に積んであるのかと聞きたいのかい?
 それか、その道具がどうして香霖堂へやって来たのかを聞きたいのかな?」

「最初以外全部聞きたいです」

「いいだろう」

霖之助は軽く咳払いをすると、すぐに話しを続けた。

「それらの道具はね、直接香霖堂へ来たものなんだ」

「直接?」

「そう、直接ね。僕が無縁塚で拾った訳でも、誰かがその道具達をここに持ってきた訳でもない。
 本当に、言葉のまま、その道具達は直接香霖堂へやって来たんだ」

早苗は霖之助のその言葉にしばし沈黙した。
小骨が多い魚を食べているみたいに、喉につかえて中々飲み込めない。

彼は比喩的な表現をする事は有っても、詩的な表現をする事はない。
そして、今彼が言うその言葉に比喩的な意味は混じっていない。

「長い事こうしてこの地で道具屋をやっているとね、稀にこういう事が有るんだ。
 僕は何も道具を拾ったり、貰ったりしていないのに勝手に道具が増えている。
 それもその道具の大半が壊れてもう二度と使えそうにない物ばかりだ」

「誰かがこっそりと置いていっているのでは? 
 山の中にこっそりと不法投棄をするみたいに」

「その可能性も無くはない。
 でもね、そうした現象が起こる時は大抵何日もお客が来て居ない時なんだ。
 僕が単純に見逃しているだけかもしれないけど、そう何度もそんな行為を見逃すと思うかい?」

「確かに。店主さんは変な人ですけど、間の抜けた人ではありません。
 そう何度も何度も見逃す訳がありませんね」

「あえて何も言わないでおくよ。
 とにかく、彼らはこの店に勝手にやってくる。
 自分の最期の場所を求めるみたいにね」

「それを店主さんはどうするのですか?」

「供養してきちんと保管しておく。
 幸い倉庫の空きには困っていない。そうして役目を終えた道具達を眠らせておくスペースぐらいは十分にあるよ。
 今日はどうした道具達の量が増えてきたから、種類別に分けて保管しておこうと思って、そこへ出しておいたんだ」

早苗はもう一度手に取った目覚まし時計を見つめた。
そしてひしゃげてもう二度とその役目を果たす事の無い、ベルの部分を優しく撫でる。

彼の言う事が本当なら、この道具は自分の意志でこの地に来たと言う事になる。
早苗に愛想を尽かして、この地に来た事に。

もしこの道具に口が有るのなら、早苗はこの道具から直接道具の意志と言う物を聞いてみたかった。
この時計は早苗に何と言うのだろうか。

「久しぶりだね」と再会を懐かしんでくれるのか「よくも壊してくれたな」と早苗を責めるのか。
少なくとも早苗には後者の可能性の方が強く思えた。

当然だろう、何の理由も無しに床に叩きつけられ、今の様な姿になったのだ。
早苗を恨む道理こそ有れど、恨まない理由など見当たらない。

「その目覚まし時計が気になるのかい?」

「ん、えぇ……まぁ」

「見ての通り壊れて動かないよ。
 ベルはひしゃげて歪んでいるし、時計の針はそれぞれ使い物にならない。
 文字盤を保護するガラスだって割れているしね。
 疑いの余地なく、その時計は壊れている」

「分かっています。この時計はもう二度と動きません、二度と。
 もう時を刻む事も、決まった時間に持ち主を起こす事もないのです」

「そういう物を君達はガラクタと言って捨てるのじゃ無いのかい?」

「捨てません!」

早苗がピシャリと言い切った。
今日香霖堂に来て一番強い口調で、声を少し荒げて言った。

彼の「捨てる」と言う言葉を振りきりたくて、そんな風に言ってしまった。
普段の彼女からは想像もつかない態度に、霖之助は瞬きをしないで早苗を見つめた。

「すみません、急に声を荒らげて」

「いや、何だか僕が言ってはいけない事を言ったみたいだね。謝ろう」

彼は早苗にもう一度腰を降ろすように言うと、早苗もそれに従った。
胸にはあの目覚まし時計を抱いたままだ。

「その道具が君にとってどんな意味を持つのか、
 僕はおおよそ予測を付いたつもりで居る。
 だから深くは聞かないでおこう、君もそうしておいて欲しいのだろう?」

「はい……余り詳しく聞かれてもお答えすることが出来ません。 
 正確には、答えたくありません」

「結構結構、それで構わない。
 別に僕はその道具と君とについてどうこう聞こうって訳ではないんだ。
 ただ純粋に話でもして気分を落ち着けようってだけだよ」

早苗は俯いたまま、自分のつま先と香霖堂の床を見つめて、少し黙った。
何と切り出そうか迷ってしまう。
そんな早苗を見かねて、再び霖之助の方から会話を切り出した。

「生き物が、ただ生きて死ぬ為だけに存在しているのではない様に、
 彼らもただ作られて朽ちてゆく為だけに作られた訳ではないのだよ」

ハッとなって早苗は面を上げて霖之助の顔を見つめる。
それは何度となく聞いた言葉で、前々からその言葉の意味が気にはなっていたが、
まさかここで彼が使うとは思わなかった。

堪らず早苗は「それってどういう意味です?」と聞き返した。
何故だか今日だけはその答えを彼の口から聞いておきたい。

もしかしたら、その答えが今早苗の抱えている問題を解決する糸口になってくれるかもしれなかったからだ。
早苗にとって、本当に微かで、本当に拙いものでは有ったが。

「おっと、君にはまだ説明していなかったね。
 すまない、霊夢や魔理沙には何度もしている話だから、つい説明した気になっていた」

霖之助は眼鏡を中指で上げて、位置を少しだけ修正する。
それからじっと早苗の目を見つめて、話を続けた。

「僕はね、生き物や道具は巡り会う為に生まれて来るのだと思うんだ」

「巡り会う?」

「そう、広くて長い世界と時の中をぐるりぐるりと巡りながら、
 ずっと相手を探し続けるんだ」

「探し続ける」

早苗は小さく復唱した。

「幾らか陳腐な文句に聞こえたかもしれないが、そういう事だよ」
 
早苗は霖之助を見つめたまま、黙って何も言わない。
一方の霖之助には、感情の揺らぎというものは見られなかった。
ただ黙って、静かな湖の水面を見つめるみたいに、早苗を見ているだけだ。

巡り会う為。

先程霖之助は早苗にそう言った。
だが、早苗はどうも腑に落ちなかった。
この道具との出会いならとっくの昔に済ませている。

両親に手を引かれて連れていかれたデパートの一角で、
この目覚まし時計に描かれたマスコットキャラクターと不意に目が合った。
一目惚れと言うヤツだろう。

そこから早苗とこの目覚まし時計の生活は始まり、数年前に突然終わりを告げた。

彼の言う通りこの時計はただ作られて壊れて行っただけではない。
その間に早苗との出会いが入り、何年もの間使われ続けた。

そして、巡り会う対象であったはずの早苗の手によって、道具としての生涯を終えている。

これが彼の言う巡り合いなのだろうか。
早苗と過ごした時間は確かに有ったが、結果的には早苗の手によって時計は破壊されている。
これでは早苗に壊される為に出会ったようなものでは無いか。

「腑に落ちない……って顔だね」

「そうですね、素直に言うならばそうです」

「よろしい。疑問を持つ事は知識を求める原動力だから。
 僕は先程巡り会うと言ったね?」

「えぇ、確かに」

「巡り会う、と言うのはね。一度で有ってそれで終じゃないんだ。
 例え別れても、何度でも何度でも再会する。
 どれだけ時間を掛けても、それは巡り巡ってその人の元へ辿り着く」

「それが……巡り会う言う事」

「そう、それが巡り会うと言う事」

澄んだ水面に石ころが投げ込まれた。
石ころはドボンと音を立てて、水面に叩きつけられると、大きな波紋を残してそのまま水底へ沈んで行った。
彼の言葉が、その意味が、そんな風に早苗の内側へと沈んでゆく。
そして船の停泊に使われる重たい碇が、水底の柔らかい泥へ半身を沈めるようにして、
早苗の心のなかにずぶりと突き刺さった。

少し都合のいい考えだとは思うが、早苗は彼の言葉を聞いて、こんな事を思った。
もしかして、この道具は自分を待っていたのではないか?
早苗がいずれ訪れるであろうこの地に先回りして、再び早苗に巡り会うために。
ずっとずっと、この薄暗い、けれども善良な心を持った道具屋の倉庫で待っていたのだろう。

そして今日のこの日、この道具は早苗と再開した。
彼が偶々整理の為に出しておいたのを、偶々店にやって来た早苗が見つけた。

いや、巡り会った。
守谷の風祝としての人生を歩んでいる彼女と、
この壊れてしまった目覚まし時計は再び巡り会った。

デパートの売り場で初めて出会った日と同じく、
だけどお互いに多くの変化を経て、再び巡り会ったのだ。

「店主さん」

「なんだい」

「この時計、お幾らでしょうか?」

「残念ながら売り物じゃないんだ。見て分かるように、それはもう道具として機能しないしね」

「…………」

「だから、お代は要らないよ。好きに持っていくといい」

「え、いいのですか?」

「そんな物でも……いや、その道具は君と共に有るべきだ。
 だったら君が持っている方が道理と言うものだよ。
 何故ならこの店は道具と人を巡り会わせる場所、香霖堂だからね」

早苗が来店した時とは違う、気持ちの良い笑顔を見せると、霖之助はそう言った。
それについて早苗は特に何も言わず、お礼を何度も述べると、
その目覚まし時計を、持ってきた買い物袋の中に入れた。

人と道具を巡り会わせる場所、香霖堂。

その言葉に、間違いや誇張は含まれていない。
人が道具を選ぶのでも、道具が人を選ぶのでもない。
その二つは運命的に巡り会うものなのだ。

それが今の早苗にはハッキリと理解出来た。
そして、それと同時にある疑問が早苗の心に到来する。

霖之助は、彼は、この運命の導きとも言える出会いを経験した事が有るのだろうか?

一般的に考えれば、彼はこの運命の導きを経験して、その経験を元に、
それを証明する証人として、この説を唱えているのだろう。

だが、早苗にはきっとそうだと力強く肯定する事が出来なかった。
何故かは分からない。
目に見えない何かが早苗の顔をガッチリと固定して、上下へ動かす事を出来なくしているのだ。

「どうかしたのかい?」

「いえ、少し思う事が有って……ねぇ、店主さん」

「何だい?」

すぐさま確かめるべき事でもないし、それを絶対に知っていなくてはいけない事でもない。
だが何故か早苗はそれを聞かずにはいれなかった、古い蟠りが無くなって、安心しているところに、
また新しい蟠りの種を残しておきたくなかったのだ。

「店主さんも、そうした人と道具の、もしくは人と人の巡り合いを体験した事が有るのですか?」

その問に霖之助は沈黙した。
ただ、彼の目は戸惑いや、気不味さと言ったものは感じられない。
よく頭の中で言葉と、語るべき事柄を選び、それを自分の口から伝えやすいに再構成しているのだろう。

やがて霖之助はたっぷりの沈黙の後に、その口を開いた。

「正直に言うなら、僕もそうした巡り会いと言うのは経験したことが有る。 
 それも何度か、色々な形でね。
 そして……今でもその巡り会いを探している」

「今でも?」

「そう、今でもある人と……ある人と同一の存在に再び巡り会うえる事を期待して、僕はこの場所で店を開いている」

ある人物……その言葉が気に掛かる。
早苗はその言葉の続きを期待したが、霖之助はそれ以上何も言わなかった。

再び巡り会う、そう彼は言った。
ある人物が誰なのか、早苗には皆目見当がつかない。

彼にとってその人物は、親だったのか、兄弟だったのか、
友人だったのか、師匠だったのか、恋人だったのか、妻だったのか、それもともっと他の存在だったのか。
そしてその人物が男性なのか女性なのか、一度目の出会いは何時だったのか。
生きているのか、死んでいるのか、それすらも分からない。

ただ分かった事といえば、彼は今も尚この場所でその人物を待っていると言う事。
ただそれだけだ。

早苗にはそんな彼が待ち人に会える確率はとても低く思えた。
森の中に落としてしまった木の葉を探し出すよりも難しいのかもしれない。

分の悪い掛けを通り越して、それは起こりっこない奇跡、でもそんな物に彼は賭けているのだろう。

随分と気の長い話だ。
普通ならそんな賭けは放り出して、記憶の中から消してしまうのが無難なはずなのに、
霖之助はそんな奇跡、彼の言うところの巡り会いを信じているのだろう。

「会えるといいですね。その方と」

「あぁ、そうだね。会えるといいね……」

彼は口元を緩めて応えたが、その笑顔には明らかに陰りが見えた。
その陰りが意味する事を、早苗は知らない。

それからはまた沈黙が重く店内を圧迫した。
外は相変わらず雨が降っている。

このままだと夜まで降り続くだろう。
何時までもここで足踏みしていても仕方がない。

早苗は霖之助に「傘を貸してもらえませんか?」と聞くと、彼は二つ返事でそれを許可した。
お礼と別れの挨拶を言いながら、香霖堂のドアを開けて外へと出る。

雨がシトシトと早苗の肌を濡らすが、すぐに傘を差して雨を遮る。
二、三歩ぬかるんだ地面を歩いて、外の空気をたっぷりと吸い込み、吐き出す。

湿気を含んだ生緩い空気は相変わらず不快だが、今の早苗には然程気にならなかった。
それよりも長年欠けていた体の一部が返って来たみたいで、とても調子がいい。
帰ったら真っ先にこの目覚まし時計を枕元に置きに行こう。

もう針は動かないし、ベルも鳴らない目覚まし時計だが、それが存在する事に意味があるのだ。

一方早苗はまた別の事を考えていた。

彼の待ち人、もう一度巡り会う事を信じている人物……
どの様な形であれ、その人物は現れるのだろうか?

早苗には分からない。
どんよりとした鉛色の雨雲が、その行方を隠しているのだ。
暗く、そして不透明に。

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