十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

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十四朗

Author:十四朗
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ロボとか好き東方も好き
趣味の守備範囲は日々拡大中
東方の霖之助SSが主流です
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愛々傘 下


やっとこさ最終章。
何だかんだで私のSSの中で一番長いです。
もうしばらく長編はおなかいっぱいだぞ!


『愛々傘 下』

小傘、霖之助、幽香、幽々子、妖夢











「霖之助、ちょっと傘のメンテをして欲しいのだけれど」

玄関に設置したドアベルを無遠慮に鳴らして入ってきた客、風見幽香の開口一番がそれだった。

その物言いはドアの開け方同様に遠慮がなく、
傘を直してもらって当然、と言った風な態度が見て取れた。

「いらっしゃいませ!」

皮肉の一つでも返してやろうと霖之助が口を開くと、横から小傘が割り込んできた。
晴れ晴れとした笑顔で幽香に入店の挨拶をする。

見ていて気持ちのいい挨拶だ。
小傘はあれ以降店に来た客にちょっかいをだす事は無くなった。

その代わり霖之助よりも早く客に挨拶をし笑顔を振りまく。
別に霖之助が頼んだ訳では無いが、何時の間にか小傘は香霖堂の看板娘になっていた。

「何この娘? 新しい店員さんかしら」

「いや、ちょっと違う。彼女は店員じゃない、勿論売り物でも無い。
 彼女は傘の付喪神でね、この店で新しいご主人を探しているんだ」

不思議そうな顔をする幽香に霖之助が補足を入れる。
すると幽香は合点が入った様子で一人で納得した。

「初めまして傘の妖怪さん。私は風見幽香、普段は花を愛でてるわ」

「お花屋さん?」

「うーん、ちょっと違うかしら。アナタの名前は?」

「わちきは多々良小傘! 普段は人間を驚かせています」

「そう、御丁寧にどうも。アナタ接客上手ね、そこで不貞不貞しい顔をしている店主よりよっぽど上手よ」

「ほっといてくれ」

小傘の笑顔に応えるように、笑顔で小傘と言葉を交わす幽香に霖之助が毒づいた。
だが霖之助と幽香の間には険悪さは感じられない。
長年付き合った友人同士が持つある種の気安さと言うものが感じ取れた。

「アナタももっと笑顔で接客したらどうなの?」

「生憎僕の笑顔は不評でね、君も知ってるだろう」

「知ってるからこそよ、このニブチン」

霖之助は小傘にお茶を淹れてくる様に頼むと、幽香に椅子を進めた。
幽香は「どうも」とだけ言い、静かに椅子へと腰掛ける。

黙ってさえいれば日傘を持った優雅な美人と言った風貌なのに、
一度霖之助と口を開けばすぐに皮肉の応酬が始まる。

霖之助と幽香らしいと言えばらしいのだが、如何せん色が少ない気もする。
かと言って幽香が、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、
と言った具合になったらなったで気味が悪い。

それ以前にこの言葉は和服を着た女性の形容詞だ。
普段から洋服派の幽香には根本から当てはまらないだろう。

「今が一番だ」そう心の中で呟いて、霖之助は椅子に座った幽香の顔を見つめた。

「また傘を痛めたのかい?」

「えぇ、この前入道を連れた尼さんと少しね。
 お陰で傘が曲がっちゃったわ」

「ほう、その傘を曲げるとは中々の力だ」

「えぇ、入道の方はかなりのパワーファイターだったわ。
 逆に尼さんの方はテクニカルファイターね」

入道を連れた尼さん、霖之助はこのフレーズに聞き覚えが有った。
ここ最近人里の近くに出来た、命蓮寺と言うお寺に確かそんな女僧が居ると小耳に挟んだことが有る。

「入道の拳を傘で受け止めたら曲がっちゃったの。まったく、柔い作りねぇ~」

「前にも言ったようにこの傘の形だと今の強度が限界なんだ。
 君が棍棒みたいな傘を持ちたいと言うのなら別だけどね」

「論外ね、優雅さに欠けるわ」

「じゃ、今のままの強度で我慢してくれ」

そう言いながら彼女の傘を手に取る。

確かに彼女の言う様に中軸が少し歪んでいる。
親骨や受け骨も少しガタが来ているようだ。
もっとも、彼女の傘を弄ったのが、
かれこれ一年以上前になるのでそろそろメンテのタイミングだったのかもしれない。

「お待たせ風見さん。お茶です」

トテトテと店の奥から足音が聞こえたかと思うと、
何時の間にかお茶が入った湯呑みを二つお盆に載せた小傘が店先に戻ってきた。

お盆に湯呑みが二つ載っているのは、霖之助の分のお茶も淹れてきたからだろう。

「ありがとう。私の事は幽香でいいわよ、私も小傘って呼ぶから」

「うん! 分かった幽香さん」

にこやかな笑顔で湯呑みを受け取る幽香に、小傘も自慢の笑みで応えた。

いつも幽香はこうだ。
弱い者には優しい、と言うよりは弱い者には猫をかぶる。

恐らく人里で彼女の本性をしる者は殆ど居ないのではないだろうか。
確かに賢い生き方ではあるが、彼女の素顔を知る者としては何処か複雑な気分だ。

「はい、店主さん」

「ありがとう小傘」

「よく出来た店員さんね、この店には勿体無いんじゃなくて」

「そりゃどうも。もしよかったらこの娘の新しいご主人になるかい?」

「へぇ、それはまた素敵な提案ね。ねぇ、小傘。アナタはどんなことが出来るの?」

どうやら幽香は小傘に興味を持ったらしい。
にやりと笑い、小傘に優しく問いかけた。

「えっと、雨の日のお供から子供の子守まで! 何でもこなせます」

「他は?」

「え、他………その、夜の」

「そこまでだ二人とも。幽香、君は彼女に何て事を言わせてるんだ」

すぐに霖之助が会話に割って入り、会話を中断させる。

「幽香、あまり小傘で遊ばないでくれよ。大体君の要件は傘の修理だろう? 
 まだしばらく掛かるんだし、一旦家にでも帰ったらどうだい」

「あら、旧友に対して随分冷たいじゃない。この薄情者」

「きゅーゆー? 幽香さんは店主さんの古いお知り合いなの?」

「一応この店が出来る前からのね。彼女の傘を作ったのも僕だよ」

「道具の製作者なら自分の作った道具のアフターケアぐらい責任をもってするものよ」
 
「道具の改造はアフターケアに入らないよ」

霖之助が溜息をつきながら湯呑みに入ったお茶を啜る。
温すぎず熱すぎず、適温で入れられたお茶は仄かな甘味を含んでいた。

「やれ弾幕を防げるようにしろだとか、やれ強度を上げろだとか、無茶な注文もいいところだよ」

「それでもちゃんとやってくれるじゃない」

「それはまぁ、道具屋の意地ってやつだよ」

悪びれる様子もなくそう言う幽香に霖之助は諦めた風にそう言った。
左右で色が違う小傘の双眸が二人の間をキョロキョロとさ迷う。

そして幽香の方を見た状態でしばらく止まると、小傘は意を決したように口を開いた。

「ねぇ、幽香さん。この傘さん少し触ってもいい?」

「えぇ、いいわよ」

同じ傘として興味があるのか、それとも霖之助作の日傘だからなのかは分からないが、
小傘は幽香の日傘に興味を持ったらしい。

幽香に許可を貰うと小傘は一言お礼を言って幽香の日傘を手に取った。

「少し重たい」

「あぁ、その通り」

「その分しっかりとした作りなのね」

「幽香が傘を痛める度に、もっと頑丈にして欲しいなんて言うもんだからね。
 普通は傘に使わないような金属なんかも使ってるよ」

「まるで私が無理を言ってるみたいじゃない」

「沢山言ってる」

キッ! っと幽香と霖之助が睨み合う。

「昔言ったわよね。この傘について何か有ったら何でも相談しろって」

「何か無くても相談してくるじゃないか。
 いや、相談すらしていない。君が一方的に僕に押し付けてくるだけだ」

「綺麗………アナタ随分と大切に扱われているのね」

今にも噛み付き合いそうな二人の雰囲気を物ともせず、小傘が幽香の傘へと語りかけた。
彼女らしいマイペースな様子で、道具という物言わぬ相手に優しく語りかける姿は、どこか浮世離れしていると言ってもいい。

思わず二人の視線が小傘へと向けられる。
だが小傘はそんな視線など意に介さず、尚も幽香の日傘に語りかけた。

「とっても素敵な傘布だし他の部分も大事に使われてるのが分かるわ。
 いいご主人と出会ったのね」

「アナタ、傘の言葉が分かるの?」

「うん、わちきは付喪神だから道具の言葉は大体分かるよ。
 でもこの傘さんがよく使い込まれてるっているって言うのも理由の一つかな」

「ひん曲げたり、骨を何度も折るような使い方が大切な使い方なのかい?」

「そうだよ。だって普通は曲がったり骨が折れたりした傘は捨てちゃうもの。
 それを捨てずに壊れたら直してを繰り返しているって事は、その傘を大切にしているって事じゃない」

さも当然様に小傘が二人に対してそう言った。

余りにも当たり前の様に彼女がそう言うので、
幽香と霖之助はしばらくキョトンとした顔で見つめ合うと、
どちらからと言うでも無く笑い出した。

普段静かな店内に響く幽香と霖之助の笑い声。

馬鹿笑いと言う程品が無い訳でもなく、作り笑いの様に空っぽな物でもない。
純粋なおかしさと楽しさ、そして気恥ずかしさを含んだ本当に楽しげな笑いだ。

突然笑い出した二人に小傘はついて行けず、また二人にキョロキョロと戸惑の視線を送った。
何時もそうだ、彼女は困った事になると親鳥を見失った雛鳥の様に不安な視線を泳がせる。

それが可笑しくて、可愛らしくて、何とも彼女らしかった。

「さて、彼がうるさく言うし私はこの辺でおいとましようかしらね。
 今夜までには出来る?」

「急げば今夜までには。一応友人のよしみだし優先して作業に取り掛からせてもらうよ」

にや、っと笑って顔を合わす幽香と霖之助。
そこには先程の刺々しさは消え、友人同士の柔らかな空気に満ちていた。

幽香は小傘にバイバイと小さく手を振ると、
ここへ来た時とは違い手ぶらで店を出て行った。

客が居なくなった事を告げるドアベルの音が静かに鳴り響く。

「あ! 待って幽香さん! わちき聞きたいことが有るの!」

店から出て行った幽香を慌てふためいた様子で小傘が追った。
再び人が去った事を告げるのドアベルの音。
今度は随分とやかましく店内に響いた。

霖之助は溜息と共に窓から見える二人の背を見送った。








「幽香さーん!」

「あら、どうしたの小傘?」

店を出たばかりの幽香に小傘は走って追いつく。

「まだお日様が高いから日傘が無いと不便じゃないかと思って。
 わちきがお家まで送って行きます!」

「そう、ありがとう。っで、本音は?」

「店主さんの話を聞きたい………あっ!」

しまった、っと言った顔で口に手を当てて驚く小傘。
それがおかしいのか幽香は目を細めてクスクスと笑った。

綺麗な笑顔だ。

花が咲くように可憐で美しい。
こんな綺麗に笑えるものなのだろうか。
小傘の笑顔とは何かが違う、小傘の笑顔とは決定的に何かが違う。

霖之助もこんな笑顔が好きなのだろうか。

「いいわよ。聞かせてあげる」

「え?」

「アイツの話を聞かせてあげる」

「いいの!」

「えぇ、その代わりその傘は遠慮なく使わせてもらうわよ」

「はい!」

幽香の笑顔に負けないように小傘も満面の笑みで返した。
そして幽香へと自分の傘を渡す。


幽香の何時も使っている傘は日傘と違い、
小傘の傘は雨傘だったが、
幽香はそんな事を特に気にする様子も無く優雅に傘を開いた。

小傘の傘が青空から降り注ぐ日光を遮り、
幽香の立っている場所だけを丸型の陰が切り取った。

そして赤と布地に黒のチェックが入ったスカートを翻し、小傘と共に歩き始めた。

「さて、どこから話そうかしらね」

「出来れば、一番最初からお願いします」

「分かったわ。じゃ、そうしましょう」

ゆっくりと頷く幽香を見つめ、小傘は大きく深呼吸をした。
そうやって胸の高鳴りを抑える。
そしてこれから始まる、彼の昔話にしっかりと耳を傾けた。

「店で言ってた様に彼との付き合いは結構長いわ。と言っても妖怪の時間からしたら一瞬だけども。
 私が彼と知り合ったのは彼が独立して店を構える数年前、無縁塚での事よ」

隣を歩く小傘を横目で見ながら、幽香少しずつ霖之助との出会いを語り始めた。
口調は優しく、まるで幼い子供に童話を聞かせる母親のようだ。

「彼は無縁塚に流れ着いた道具を漁っていたわ。
 もっとも、その彼は無縁塚に有る遺体の供養だと言っていたけどね。
 確かその時は丁度夏が終わって秋に変わる頃。
 見渡す限りの彼岸花が無縁塚に咲き誇る季節だったはずよ。
 私はそれを見る為に無縁塚に足を運んでいたの」

「そこで店主さんと知り合った」

「そう、最初に言ったようにね。
 見たところ何の力もなさそうな人間が、一人で無縁塚に来ていたから注意してやったのが初まりよ。
 声を掛けたのは私の方から。ここは危ない場所だから人間は早く帰りなさいってね。
 すると彼は、僕なら平気だ、半人半妖を襲う物好きな妖怪は居ない。って言ったの。
 確かに注意深く彼を観察してみると純粋な人間でないと言う事が分かったわ」

クルリと幽香が傘を回す。

「それから私と彼は他愛の無い話を少しして、その日は別れたわ。
 そして、次に会ったのがその半年後」

「随分と間が空くんだね」

意外そうに小傘が聞いた。

「えぇ、だって出会った時はお互いの名前すら名乗っていなかったのよ。
 でも何処かで見覚えのある顔だとは思ったの。
 目立つ容姿だし、話した事は無くても何処かで見た事が有る様なら、
 中々忘れられるものじゃ無いでしょう?」

「うん、店主さんは人が沢山いてもすぐに分かるよ」

「そう、そして私の感覚は現実の物になる。
 アレは寒さの緩み始めた如月の終り頃。
 壊れてしまったクローゼットを買い換えようとして、
 里にある道具屋へ行った時の事だったわ。
 私が店の中で良さそうタンスを探していると彼から声を掛けられたの。
 その時は少し驚いたわ、まさかあの時の男が道具屋の店員だったなんてね」

「確か霧雨ってお店で修行してたんだよね?」

「そうよ、よく知ってるわね」

ずっと語りっぱなしだった幽香が初めて短い言葉を口にした。

「店主さんはあんまり昔の話はしたがらないけど、
 時々自分の昔話をわちきに話てくれるの」

「それでいいのよ。昔話があんまりにも多い男は心が老けてるから。
 アイツはああ見えて意外と子供っぽいしね」

「うん、わちきに道具の話をする時の店主さんはすっごく楽しそう」

「アナタは聞き上手だものね。私も大分気持ちよく話せたわ」
 
辺りの景色に色とりどりの花が混じり始めた。
何時の間にか花畑の中を通る小道を歩いていたらしい。
青紫や黄色い花に彩られた小道は見るものに安らぎと感動を与えてくれる。

小傘は余り花に詳しく無いので品種名が分かる花は、紫陽花ぐらいしか見つけられなかったが、
それでもこの花達がよく手入れされていると言う事は十分に理解できた。

「あと一月もすれば向日葵が見頃を迎えるのよ」

「ほへーもしかしてこのお花畑は全部幽香さんが手入れをしているの?」

小傘は背伸びをしてこの花畑全部を見渡そうとしたが、
見渡す限り花の海原が続くだけで終りがまったく見えてこない。

「えぇ、それが趣味………とはちょっと違うわね。
 そうね、それが私だから。っとでも言っておきましょうか」

「うーん、よく分かんない」

「なら私からアナタに質問よ。
 アナタが生きる上で切っても切り離せない物は何?」

キョロキョロと花畑を見渡す小傘に幽香が質問を投げかけた。
その言葉に対して小傘は一瞬首をかしげた後、
「人を驚かせる事」っと真っ直ぐに幽香の目を見据えて言った。

「だったら私にとっての花を育てると言う行為は、
 アナタの人を驚かせると言う事に相当するわ。
 花が有ってこその風見幽香だもの」

「アイデンティティーってヤツね」

「そう」

立ち止まった幽香が青紫色をした紫陽花の花をそっと撫でる。

「話が逸れたね。
 それでね、私が新しいクローゼット探しているって言うと彼は何て答えたと思う?」

小傘は首を左右にふって「さぁ」答える。

「今まで使っていたタンスは何処が悪くなったんだい?
 直せるようなら僕が直してまた使えるようにする。って言ったの。
 それが可笑しくって可笑しくって、人目も憚らずに笑っちゃったわ」

「その頃から商売に向かない性格をしてたんだね」

「そうね、思えばあの頃からアイツはあんな正確だったわ。
 それで、アイツを私の家に招いて壊れたクローゼットを直してもらったの。
 手先が器用なのは昔からね。一刻もしない内にクローゼットは元通りになったわ」

二、三回紫陽花を撫でると幽香は再び歩みを進める。
小傘もそれに伴って、歩みを進めた。

「それからよ、彼との間に本格的な交流が出来たのは。
 里で会う度に話をしたり、ご飯を食べに行ったり。
 演劇や活動写真なんかも一緒に観に行ったかしら。
 そして彼が独立して自分の店を持った時、あの日傘を作ってもらったの」

そこまで聞いて小傘は自分の心の揺れに気が付いた。
霖之助の事を楽しそうに語る幽香を見ていると僅かにだが心が震える。

何となく予想はしていた事だが、もしかすると………
もしかすると幽香と霖之助は昔、恋人同士の間柄だったのかもしれない。

古い友人と言うには幽香の語り口は随分と感情が篭っているし、
店に居た時の霖之助も何処か様子が変だった。

友人として接してはいるけれど、何処かそわそわしていて落ち着きがない。
それはつまり、今でも彼女を意識していると言うことだろうか。

仮に恋人同士でなかったにせよ、幽香は霖之助の事を………

現状では全て小傘の妄想に過ぎないが、それでも小傘の胸にその考えは重くのしかかる。

「どうしたの? さっきから妙な顔をして黙り込んじゃって」

「え、その……何でもありません」

「………私と彼の関係について気になっているんでしょう?」

「そんなこと………」

考えを見透かされて慌てふためく小傘に対して幽香が続ける。

「アナタにとっては酷かもしれないけれど、
 私も正直彼との関係を古い友人だけで片付けられるのか分からないわ」

幽香のその言葉は先程よりも激しく小傘を揺さぶった。
やはり、幽香と霖之助は………

「かと言って私と彼が付き合っていたかどうかも分からないわ。
 何せ知りあってから今までそんな言葉を交わしたことが無いもの」

その言葉を聞いて小傘はホッと安堵の息をつく。
っと同時にそんな事で安心している自分に嫌悪感を抱いた。

「好きなのね、アイツの事が」

「えっ!? そ、そんなわた、私! ま、まだ何も!」

突然の発言に小傘は驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
手を胸の前に突き出してバタバタと振り回し、必死に自分の中で言葉を探し出す。

「表情が教えてくれたのよ。
 よかったこの人は自分から霖之助を盗らないなんてね」

小傘と話す上で常に口元に浮かべていた笑みを絶やさずに、幽香が小傘にそう語りかける。
そこには彼女なりの余裕が隠れること無く見えていた。

「うぅ、ゴメンなさい。その、えと………幽香さんも店主さん事を、その」

「好きなんじゃないかって?」

「………はい」

まだ顔が赤い小傘と比べて幽香は冷静だった。
波一つない水面のようにその態度は冷静で、何処に本心が有るのか分からない。

「確かに嫌いじゃないわ。何だかんだで傘の件で贔屓にしてもらってるしね。
 だったら好きなのか? 何て聞かれたら今の私は首を横に振ると思う。
 答えはどちらでもないの、しいて言うならば」

小傘はもう幽香に言葉を返さなかった。
ただ黙って彼女の言う事を一字一句聞き漏らさぬよう耳を傾ける。

「好きだった事も有ったかもしれない。
 ひょっとしたら今も意識の片隅で彼を好いているのかもしれない。
 けれど私はそれに気付いていないから、大きな声で彼の事を好きとは言えない。
 それが答えよ」

初夏の風が一陣花畑を通り抜け、小傘と幽香の髪を弄び、草花を撫でた。

小傘の頭の中で色んな事が混ぜこぜになって、目の前の幽香に掛ける言葉が見つからない。
幽香が彼と出会い何を思い過ごしてきたのか、
断片的にだが知ってしまった今の小傘にはどんな言葉も重く感じられた。

「随分とアナタを混乱させてしまったようね。
 見送りはここまででいいわ、これ以上は辛いでしょう。」

「いえ! 私なら大丈夫です」

幽香のその言葉に対して小傘はやっと口を開く事が出来た。
それでも言葉の最後は弱々しく消え入りそうな声で、殆ど何を言っているか分からなかった。

俯いて地面を見つめる小傘に幽香は優しく微笑みかけると、
自分が差していた小傘の傘を閉じて小傘へ渡した。

「紫陽花や菫みたいで綺麗な色をしているわね」

「………きれい? 私の傘が?」

「えぇ、とっても」

「あの、その、あんまりそういう事を言われた事が無いから照れるかも」

「もう少し自信を持ちなさい。もっと自分の色に自信をね。
 この畑に咲く花達……いえ、野に咲く名も無き花でさえ、
 自分の色に自信を持って咲いているのだから」

「うん」

弱々しい感じは拭いきれ無かったが、
それでも先程よりは元気を取り戻しているようだ。

それから幽香は「晩にまた傘を取りに行くわ」とだけ言い。
バイバイ、っと手を振って小傘と別れた。

小傘は幽香が見えなくなるまで手を振り返し続けた。









頭の中を整理する為にたっぷりと時間を掛けて帰路についたので、
帰って来た頃には太陽が傾き始めていた。

玄関のドアを静かに開け、店の中へと入る。
店内は何時も通り物で溢れていたが、霖之助の姿は見当たらず、
どこかがらんどうな印象を受けた。

裏に有る工房の方だろうか。

入って来たばかりの玄関から出て、裏にある工房へと向かう。
小傘が工房の引き戸を開けると、案の定霖之助が作業をしていた。

傘をバラし、傘布や中軸、親骨、受け骨等の部品に別けて、
歪んでいる部分を直しているようだ。

しばらく小傘が作業を見つめていると、
それに気付いた霖之助が「おかえり」と作業の手を止めて声を掛けてくれた。

「ただいま。店主さん」

「彼女は何時傘を取りに来るって言ってた?」

「えっと、今日の晩には取りに来るって」

「そうか。だったら急がないとね」

そう言うと霖之助は作業の手を再び動かし始めた。
金槌で打って全体の歪みを矯正し、形を整える。

だがそれは一時的な応急処置にしかならない。
本格的に修繕をするのなら中軸を新しく制作し、親骨や受け骨も全て交換してやらなければならない。

恐らくまた幽香と相談して本格的な修繕の予定でも聞くのだろう。

「まだ少し時間が掛かりそうだから先に夕食でも食べてるかい?」

「んーわちきはいいや。店主さんを待ってる」

「そうかい」

「ねぇ、店主さん。わちきもここに居て作業を見ていてもいい?」

「構わないよ、邪魔さえしなければね」

「うん。ありがとう店主さん」

霖之助から許可を貰うと、小傘は工房の隅へ腰を掛け作業をする霖之助を見つめた。

小傘の腕よりも一回りほど太いその腕で加える力を調節しながら金槌を振り下ろす。
金槌と中軸がぶつかる度にキィン! っと言う甲高い金属音が響いた。

その音はとても澄んでいて、鉄琴の音を思い出させる。

その光景をぼんやりと見つめながら、小傘は今日幽香から聞いた霖之助の話を思い出していた。
いや、正確に言えば幽香と霖之助の関係を思い出していた。

幽香自身も本当に自分達は普通の友人関係だったのか分かっていない。
そんな事を言っていた。

霖之助は彼女の事をどう思っているのだろう。
古い友人として思っているのだろうか。

それとも女性として想っているのだろうか。

ブンブンと小傘は首を左右に振って頭の中の考えを外へ追いやる。
こんな時までこんな事を考えて何になるというのだ。
もうこの話は止めにしなくては。

少なくとも第三者である自分が考えるべき事、ましてや介入すべき事ではない。

小傘は再び視線を霖之助に戻すと、彼の作業の見物を再開する。
もう今日は余計な詮索をするのは止めよう。

キンキンッ! カンカンッ!
工房に響く金属音に耳を傾けそれだけに集中する事にした。










まどろむ意識の外で、小さな灯りがチリチリと揺れている。
まだ目覚めきって居ない意識と、明かりに慣れない目で視界がぼやけた。

何時の間にか寝てしまっていたのだろう。

工房の中には霖之助は居ない。
勿論眠りにつく前に聞こえていた金属音ももう聞こえなくなっていた。

工房の天井付近に有る換気用の窓から、外がもう夜だと言う事は見て取れる。
だとしたら短くても一刻程は眠っていた事になるだろう。

小傘は寝ている間に固くなってしまった自分の体をほぐそうと、腕を伸ばして伸びをする。
そこで初めて気がついた。

自分に霖之助の上着が掛けられている事に。

微かに香る刻み煙草の葉と日陰の匂い。
彼の近くに居ると何時もするあの匂いだ。

温かくて自分の心をほぐしてくれる彼の匂い。
この上着が小傘に掛けられていると言う事は、霖之助が掛けてくれたと言う事なのだろう。

小傘は彼に感謝すると共に、行き場の無くなった彼への感情を込めて上着を抱きしめた。

先程よりも強く香る彼の香り。
この香りを嗅いでいたら、以前自分が彼の胸の中で泣いていた事を思い出してしまった。

あの時の事を思い出すとまだ少し恥ずかしい。
自分が勝手に嫉妬して、自分が勝手に泣き出して彼に迷惑を掛けてしまった。
それでも彼は優しく小傘を抱きしめ、そっと泣き止ませてくれた。

それが温かくて、心地よくて、今でもその感触を覚えている。

上着の感触と匂いをひとしきり堪能した小傘は、立ち上がって霖之助の上着を上から羽織る。
初夏とは言え日が沈むと空気が冷たくなり、それなりに冷える。

小傘は行灯の灯りを息で吹き消し、工房の引き戸から外へと出る。

初夏の夜風が工房から出た小傘を撫で、服の隙間から冷気が入った。
小傘は少し駆け足になって工房の戸から香霖堂の裏口へ向かう。

裏口は小傘が入ってくる事を考慮してか鍵が開いていた。
上着の襟をぎゅ、っと握った小傘は香霖堂へ入ると、
裏口の鍵をしめそのまま彼が居るであろう店先へ足を運んだ。

店先へと続く廊下の先から灯りが漏れている。
やはり霖之助は店先に居るようだ。
そして灯りと共に霖之助と幽香の話し声も聞こえた。

その声を聞いて思わず小傘は立ち止まる。
何を話しているのだろうか。

傘についてか………それとも今日幽香と話した事についてか。

小傘は息を殺して、廊下と店先を仕切る暖簾越に聴こえてくる二人の会話に耳を傾けた。

「応急処置程度の事はしておいたよ」

「ありがとう。毎回お世話様ね」

「…………よしてくれ、君らしくもない」

「あら酷い。たまには労ってあげないと拗ねて傘の修理をしてくれないと思ったから、
 わざわざお礼を言ってあげたっていうのに」

「子供じゃないんだから、そんな事でいちいち腹を立てたりはしないよ。
 それにこの店では遠慮を知らない客………客以外も珍しくはない。
 そんな事に目くじらを立てていたらここでの商売なんて出来ないさ」

「それもそうね。忘れてちょうだい」

それから短い沈黙が走った後、再び幽香が口を開いた。

「そう言えば今日の昼間、あの娘からアナタの話をして欲しいとせがまれたわ」

ビクン! と小傘の肩が震える。
どうしてこのタイミングでその話をするのかと不思議に思うも、
そんな小傘の意志が伝わる訳もなく、幽香は言葉を続けた。

「小傘が僕の?」

「えぇ、アナタがあんまりにも自分の昔話をしてくれないそうだから、私が代わりにしてあげたの」

「しなくてもいい事を………」

「私の知っている範囲での話をしてあげたわ。
 だからアナタの話と言うよりはアナタと私の話だけれどね」

「君が正しく情報を彼女に伝えてくれていれば幸いだ」

「正しいも何も今とあんまり変わらないじゃない」

「違いない」

呆れた様に笑う声が暖簾の向こう側から聞こえた。
きっと昼間に店先で見せた笑顔と同じ様な顔をして笑い合っているのだろう。
二人のそう言った関係が少し羨ましく感じるが、それは二人にしか出来無い事だ。
羨ましがっても仕方がない。

「それじゃあ、私はそろそろ帰るわ。改めて傘の修繕ご苦労様」

「修繕と言う程のものでもないよ。
 その傘も大分ガタが来ているから近い内に本格的に直す事を勧めするよ」

「あらそう。ならその時はお願いね」

「はいはい。喜んで承りまわらせてもらうよ」

足音と共に、ドアが開く音とドアベルが鳴る音がする。

「あぁ、そ帰る前に一言。中々の曲者だと思うけど諦めずに頑張ってね」

「ん? 頑張るって何をだい?」

「………何でも無いわよ、このニブチン」

そう言うと、今度こそ幽香は店から出て行った。
ドアが閉まり、ドアベルがまたカランコロンと音をたてる。

霖之助には幽香が言った最後の言葉の意味が理解できなかったらしい。

それもそうだ。
あの言葉は初めから小傘に向けられた言葉だったのだから。

幽香のその言葉を小傘は何度も頭の中で繰り返し、
彼女への感謝の気持ちと共に胸の奥へと大切にしまいこむ。
それから彼女が残して行ったドアベルの余韻に深々と頭を下げた。

目頭が熱くなり温い液体が頬を一線伝ってゆく。

悔しい気持ちからくる涙でも、悲しい気持ちから来る涙でも無かった。
こんな涙は初めてだ。
高揚する感情が目から涙になって直に流れ落ちる。

嬉しくても涙は出ると聞いた事が有ったが、実際嬉しさで涙を流したのは初めてだ。

涙を見せる事にネガティブな感情しか抱いていなかったが、
この涙は悪くないかもしれない。

声ではなく、心が涙を流して歓喜の意を示す。
幽香が鳴らしたドアベルの音が消え、再び香霖堂に無音が戻り始めた頃。
小傘は霖之助の上着の袖で涙を拭い、霖之助の前へ出る決心を固めた。

その顔は何時もの笑顔よりも明るかった。








「店主さん」

たった今幽香が出て行ったドアを見つめていると、不意に小傘が後ろから声を掛けてきた。
霖之助はゆっくりと振り向いて小傘を見つめる。

小傘は霖之助が工房から出る時に、上から掛けた霖之助の上着を何時もの衣服の上に羽織り、
こっちを見つめていた。

先程まで寝ていたせいで左右で色が違うその瞳は開ききっておらず、
欠伸をした時に出た涙をゴシゴシと拭ったせいなのか目元が赤かった。

「やぁ、目が覚めたみたいだね」

「うん、上着ありがとう店主さん」

礼を言いつつ、小傘は霖之助の上着を脱いで霖之助へと渡す。

「どういたしまして」

霖之助は小傘から上着を受け取るとそのまま上に羽織った。
何時も付けている小物入れが付いた胴当てを着けるのが煩わしかったので、
前は留めず袖を当すだけの格好で着た。

「さて、少し遅くなってしまったが夕食にでもしようか」

「うん。ねぇ、店主さん」

台所に向かおうと立ち上がった霖之助を小傘が呼び止める。

「ん? なんだい小傘?」

「えっと、その………や、やっぱり何でもないの!
 ゴメンなさい、呼び止めちゃって」

小傘は何かを言おうとして顔を上げたが、すぐに俯いてしまった。
その姿に霖之助は何が言いたかったのだろうか? っと疑問を抱く。

だが言い出さなかった以上何か訳でも有るのだろう。
ここは深く詮索しない方がいいに違いない。

「いや、別に構わないよ。
 それじゃあ、僕は台所に居るから」

小傘は霖之助に大して目線だけで返事をした。
それが何故かとても寂しく感じられた。










チャンスを逃したと言う悔しさと、機会が有りながら言い出せなかった自分の意志の弱さに、
小傘は胸を押しつぶされる思いだった。

せっかく幽香が背中を押してくれたのに。
弱い自分のせいでその好意を台無しにしてしまった。

どうして言わなかったのだろうか。
小傘は彼が座っていた椅子へ腰掛けると膝を抱えてそこへ顔を埋める。

もう上着は返してしまったので、彼の匂いはしない。
それが余計に小傘を虚しくさせた。

背中を押してもらってもまだ足りなかった。
初めて訪れる場所で道に迷う様に、
自分の胸中を伝える為にどう言った手順を踏めばいいのか分からない。

そんな自分が情けなく、みっともない。
人気が無くなった店内では、先程までの工房と同じ様にちりちりと行灯の灯りが揺れていた。

そんな光景が、小傘の心の迷路をより一層複雑なものへと変化させてゆく。

チクチクと痛む胸と出口のない迷路が広がる心の中。
どれも暗く小傘にのしかかって、彼女を一人にさせる。

もう一人は嫌なのに、何故か自分から一人へ近づいている。
自分に迷いがあったから、踏み出す勇気を貰っても進むべき道が分からない。

出来るなら今すぐにでもこの迷いを断ち切り、
心の中に広がる迷宮の壁を取り壊して彼に想いを伝えたい。

でも小傘にはそうする方法が分からなかった。
元々理屈で物を考えるのが苦手な質だ。
そんな自分がどうして理屈で解決出来ない心の迷いと言う物を断ち切れるのか。

小傘にはその答えすらも先の見えない迷路の様に思えた。
いっそ、誰かがこの迷いを断ってくれればいいのに。

辛い時や行き詰まった時、すぐに誰かに頼るのは良くない事かもしれないが、
今の小傘にはどうやっても自分の中の迷いを断ち切る方法が思い浮かばなかった。

また誰かに相談するのもいいかもしれない。
幽香には十分助けてもらった。

もし相談をするとしたら幽香以外の者にしよう。









翌日、小傘は冥界にあるお屋敷『白玉楼』へと続く長い長い石段を登っていた。
飛んでいけば楽だろうし、時間も掛からないのだろうが、
小傘には今、一秒でもじっくりと一人で考える時間が欲しかった。

昨日はあれから遅めの夕食をとり、お風呂へ行き、
殆ど霖之助と言葉を交わさぬまま床に就いた。

勿論考え事で頭が一杯だったので眠る事は出来ず、気が付いたら朝になっていた。

一晩悩んだものの結局、迷路の出口は見つからなかった。

明け方にはもう相談をする人物を考えていたぐらいだ。
と言ってもそう言った相談に乗ってくれる者を探すには、
小傘の知り合い関係は余りにも狭すぎた。

よく香霖堂に来る紅白と白黒とメイドと名無しは余り期待できない。
そもそも余り仲がよろしくない。

そんな訳で小傘が選んだ相談相手は妖夢だった。
少々不安が残る人選だが、その他に思い当たる人物が居なかったので彼女で我慢する。

一応、突然押しかけるのは無礼だと思い、
里のお菓子屋で購入したシュークリームを片手に冥界までやってきたという訳だ。

白玉楼の場所は知らなかったが、その辺りにいる幽霊に道を尋ねると身振りで教えてくれた。
全身を使って一生懸命道を教えてくれる姿はどこか間が抜けているようで、可愛らしく、
お礼を言う時に思わず抱きしめてしまった。

抱き心地は柔らかい綿が入ったぬいぐるみの様にやわらかくふかふかで、
よく冷えたスイカのようにひんやりとしていた。

初夏の熱さが漂うこの時期にこの涼はとても気持がよく、
抱きしめたまま白玉楼へ向かおうとしたが、胸の中でいやいやと暴れたので仕方なく解放した。
胸から離れた幽霊は、顔(?)がほんのりピンクに色付き、
二、三度ぶんぶんと首を振ってすぐにどこかへ飛んで行った。

「息苦しかったのかな?」と呟いて考えてみたが、
幽霊は息をするのか? と言う別の疑問が出てきたのでもうこの事について考えるのは止めにした。

小傘が抱えている唐傘が何かを言いたそうにしていたが、どうせ言葉を話さないので放置しておく。

そんな出来事がおよそ半刻ほど前の事。
それから小傘は何度か迷いながらも、白玉楼へと続く長い長い石段へと辿り着いた。

冥界特有の霧がかった気候の為か、石段の頂上は下から見えず、どこまで続いているのか分からない。
そこを小傘は一つ一つ自分の足で踏みしめながら登った。

そして小傘の顔に汗が滲み、頬を伝う様になった頃、ようやく白玉楼の門へと辿り着いた。

年季の入った木製の大きな門で、守衛らしき幽霊が二対門の前にふよふよ浮いていた。
小傘が「ここに居る魂魄妖夢って娘に用があるのだけど入れてくれないかしら?」
と言うと、幽霊はあっさり首を縦に振り了承の旨を伝えると、門を開けた。

そんなにあっさりとした警備体制でいいのかと疑問に思ったが、
入れる分に文句は無い。

彼、もしくは彼女達がいいと言っているのだ、素直にその言葉に従おう。

門を抜けると、まず白い玉石が敷き詰められた庭が目に入った。
白い水面の上からは丁度一歩間隔で飛び石が顔を出しており、屋敷の方へと続いている。

小傘は飛び石を渡りながら屋敷の方へと向かった。

ふと、小傘は屋敷へ続く飛び石から幾らか離れた場所で、
庭の木々を見つめながら庭を散策している人物を見つけた。

桜に似た色をしている女性で、服装は大分アレンジされた和装を身につけていた。
手にはセンスを持ち、何匹かの幽霊がその女性に従う様に飛んでいる。

この距離だと顔立ちまではハッキリと分からないが、
きっと美人なのだろう、何故か小傘にはそう確信出来た。

少し見つめた後、小傘はその女性の元へと足を進めていた。
妖夢から白玉楼の主の話については聞いていたが、
もしかすると今目線の先にいる人がそうなのかもしれない。

名前は確か西行………駄目だ思い出せない。
名前の響きがとても優雅だと言う事は覚えているのだが、それ以上が出てこなかった。

小傘は名前も思い出せないまま、女性へと声を掛ける。

「こんにちは」

「あら、こんにちは。まだ生きているお客さんで顔の知らない人は久しぶり」

「初めまして、付喪神の多々良小傘と申します。
 魂魄妖夢さんに御用があって、訪ねてまいりました」

「あらあら、あの娘にわざわざ? 顕界からは遠かったでしょう」

女性は着物の袖で口元を隠すと、にこやかに笑った。
笑顔がとても美しく、思わず小傘も笑顔を返してしまった。

美人だと予想はしていたが、案の定女性は美人で、
笑顔はそのままでも絵になりそうだ。

余裕を含んだその笑みは幽香にも通じるところが有る。

「申し遅れたわね。私は西行寺幽々子、亡霊よ。
 一応ここ、白玉楼の主をしているわ」

やはり彼女がこの白玉楼の主らしい。
名前を忘れていたのが少々恥ずかしいが、表情には出さず、
ペコリと一礼して挨拶を済ませた。

「妖夢に用事があるんでしょう?」

「はい、彼女に少し話がありまして」

「あらそう、あの娘の部屋は、っきゃ!」

幽々子が小傘に妖夢の部屋の場所を教えようとした時、
突然小傘の傘がその大きな舌で幽々子の顔を舐めた。

「あぁ!? 何してるのアナタ! ご、ごめんなさい幽々子さん!
 すぐに引き離しますから」

「いいのよ、よく見たら可愛いじゃないこの唐傘。
 ねぇ、ちょっと抱かせてもらってもいい?」

幽々子の反応は小傘の予想とは正反対のものだった。
その反応にキョトンとしつつも小傘は幽々子へ傘を渡した。

趣味が悪いとよく言われる小傘の唐傘を抱き、
笑顔を浮かべる幽々子はとても楽しそうで、見ているこっちも楽しくなる。

「妖夢に用事があるんだったわね。ついていらっしゃい、あの娘の部屋まで案内してあげるから」

笑顔のまま小傘の唐傘を抱いた幽々子は、そう言って踵を返すと玄関の方へ歩き出した。
小傘もそれに続いた。









幽々子に道案内をされ、屋敷の中を進む。
長い長い廊下を右へ左へ進みようやく妖夢の部屋へと着いた。

「妖夢、居るかしら妖夢」

「幽々子様? どうかされましたか」

「貴女にお客様よ。とっても可愛いね」

ススーっと障子が横へ流れる。

「こんにちは、妖夢」

「小傘さん! 突然どうしたんですか?」

驚いた様子で、妖夢が読みかけの教本を閉じ立ち上がって言葉を発する。

「あら妖夢。せっかくお友達が来てくれたって言うのにその態度は何なの?」

礼儀のなっていない子供を叱るように、幽々子が妖夢を窘めたる。
だが小傘の唐傘を胸に抱いた常態だと何ともしまらない。

「す、すいません。少し驚いてしまって。まさか小傘さんがわざわざ冥界まで訪ねてくるとは思わず………」

幽々子の口調にしゅんとしながらも、妖夢は小傘達の方へ歩み寄ってきた。

「ごめんね、突然来ちゃって。お勉強の最中だった?」

「いえ、座学の勉強は何時でも出来ますから。
 それより顕界からここまで遠かったでしょう」

「それはさっき私が言ったわ。妖夢」

幽々子のその言葉に妖夢はコホンと短い咳払いをすると。
部屋の真中に座布団をふたつ敷き、妖夢に座るよう促した。

「それじゃ、私はこの辺りで退席させてもらうわ。
 ゆっくりしていってね、小傘ちゃん」

「おかまいなく、幽々子さん」

「唐傘ちゃんもゆっくりしていってね。」

そう言って二人に手を振ると幽々子は障子を閉めて部屋から去っていった。
幽々子が居なくなったことにより、部屋の中が静かになる。

妖夢は何をするのか分からないようで、
何をして良いのか分からない、と言った顔をして小傘を見つめていた。
この沈黙を破る為に小傘は持参したシュークリームを自分と妖夢の前に出す。

「あの、お土産に里でシュークリームを買ってきたの。よかったら食べてね」

「わぁ、ありがとうございます。
 そうだ、お茶がまだでしたね。私早速………」

「ねぇ、妖夢。私相談したいことがあるの」

お茶を淹れるために立ち上がろうとした妖夢を小傘の言葉が静止させた。
目線で再び座るように求める。

「私ね、妖夢。店主さんの事が好きなの」

妖夢は答えない。
真一文字に結んだ口が動く気配はなく、
それが決まり事の様に上唇と下唇は一緒になったままだった。

「どうして私に。なんて妖夢は思ってるかもしれないけど、
 私には相談出来る人が妖夢しか居なかったの」

尚も沈黙を守る妖夢に小傘が続けた。

「ある人に勇気を貰ったの。でも………結局ダメだった。
 一歩踏み出そうとしたけれど道が分からないの。
 店主さんの心へたどり着く道が。
 多分………迷っているんだと思う」

「迷いですか」

小傘が口にした「迷い」と言う単語に妖夢が口を開く。

「うん、迷ってるの」

「それは小傘さんの心がでしょうか? 
 それとも店主さんの心へ近づく手段がでしょうか?」

その問に小傘は力なく首を振る。

「分からないの。ただ先が見えないだけ。
 何て店主さんに声を掛けて、何て言って私の気持ちを伝えたらいいのか」

また二人の間に沈黙が走った。
今度はその沈黙を破る手段が小傘には無く、
やり場に困った視線が落ち着ける場所を求めて上下左右へとさ迷う。

妖夢より少し背が高いぐらいの桐箪笥に、
剣術や造園に関しての教本が並べられた小さな本棚。
その近くには先程妖夢が読書をする為に使っていた、
小さな机と読みかけの教本が置いてある。
その横には小さな行灯。

目立つ家財道具はこれだけだ。
畳もよく手入れされていて目立った痛みを少ない。

生真面目な彼女の気質を的確に表した部屋だと思う。
霖之助の寝室によく似ているが、
彼の部屋には独特の気怠さの様なものがあるのに対して、妖夢の部屋にはそれが無かった。

まるで張り詰めた弓の弦にも似た緊張感がある。
やはり半人前とは言え一応は剣の道に生きる者。
それ相当に武の精神を意識した暮らしをしていると言う事か。

「私のお爺ちゃ、師匠が言っていた言葉ですが」

今度は妖夢の方から沈黙を破った。

「物事の本質は斬って見極めろ、っだそうです」

「斬って?」

「えぇ、斬れば物事の本質を理解出来る。そう私は解釈しています」

「妖夢は私を斬るの?」

「いえ、そういう訳では。私が言いたいのは貴女の迷いを斬る必要があると言う事です」

「迷いを………斬る」

首を傾げる小傘に、妖夢はあくまで真っ直ぐな目線を送る。

「少しお庭の方にでも行きますか? 
 言っては何ですがこの部屋は余り客人をもてなすのに適していませんし」

「そんな事無いと思うの。しっかり片付いているし綺麗なお部屋だと思うのだけれど」

「余りにもこざっぱりし過ぎています。
 それにお庭を散策しながらだと何かいい案が浮かぶと思いますよ」

小傘はその意見に余り肯定的な感情を持てなかったが、
妖夢がそうした気な表情をしていたので、軽く頷き立ち上がる。

座っている間は話に夢中で余り気が回らなかったが、足が少し痺れていた。
少しよろけながらも、部屋を出て廊下を先導して歩く妖夢に後ろからついて行く。

妖夢の部屋へ来た時と同じ様に、長い長い廊下を右へ左へ歩いた。
同じ様な襖と廊下が続いているだけなので、小傘にはどこがどの部屋なのかさっぱり分からない。
もう妖夢の部屋への行き方さえ覚えていない程だ。

ここで円滑な生活を送るには、まず建物の内部構造を覚える必要があるのだろう。
小傘は霖之助が「広い倉庫が欲しい」と日頃からこぼしているのを思い出した。
でももし彼が言っているような広い倉庫が出来たら、
何処に何を置いたのか忘れてしまいそうでかえって不便に感じられた。

長い廊下もようやく終り、屋敷の玄関へとたどり着く。
そこで妖夢は靴を、小傘は下駄を履いて外へと出る。

再び爽やかな初夏の日差しと暖かい空気が一辺にやって来て、すこし感覚がボケた。

小傘は首を左右に軽く振り、ボケた感覚を手繰り寄せる。
それから、前を歩く妖夢の横に並び同じ速さで庭の方へ歩いた。

少し歩くと松の木や苔の生えた岩、灯篭等が視界の脇に目立つようになってきた。
小傘には庭の詳しい用語や作法について余り知らなかったが、
それでもこの庭が、和の美意識によって形作られているものだと言う事は理解出来た。

剣士としての印象が強いとは言え、やはり庭師は庭師。
よく手入れされた庭は歩きながら横目で追ってもしっかりとした美を伝えてくれる。

玄関を出てから二人は無言だった。
考える互いが時間を必要としている為なのか、
妖夢が小傘に庭を楽しむ時間を与えてくれたからなのか、
そのどちらかは不明だが、今回の沈黙はどちらとも破ることは無かった。

やがて二人は巨大な木の前に辿り着いた。
緑色の葉が優雅に生い茂るその木はしっかりと地面に根をおろし、
デンと動かずに静かに佇んでいる。

時折、そよ風が静かに吹きつけると青い葉がカサカサ揺れた。
小傘が数人係で取り囲んで、
やっと一周出来るか出来ないかぐらいの太さをしたその木の幹は、
年季を含んだ黒っぽい茶色をしていて、このお屋敷が出来た当初からここにある様な気がした。

「あらあら、二人して西行妖をじーっと見つめちゃって。
 満開にならなくなった今だからいいけれど、昔だったら死に誘われちゃうわよ」

突然後ろから掛けられた声に、二人は同じタイミングで振り向いた。
聞き覚えのある声だ、それもついさっき。

「幽々子さん」

「はぁい、さっきぶりね。小傘ちゃんに唐傘ちゃん」

振り向いてみると案の定、幽々子が背後に立っていた。
幽々子は蝶々が書かれた扇子をひらひらと振って小傘達に応える。

「二人して西行妖の方へ行くのが縁側から見えたから、気になって着いてきたの」

「西行妖、それがこの木の名前ですか?」

「えぇ、ずーっと昔からこの白玉楼と共にある古い古い桜の木。
 この桜が満開になる時、この桜は生きている者を死に誘う………らしいわ。
 実際のところ私も話で聞いただけなの。紫がそんな話をしていただけだから」

語り終えると同時に幽々子が開いていた扇子をパタン! っと閉じた。
そして小傘と妖夢の方へと足音も立てずに歩み寄る。

「そんな危険なものを幽々子様は私を使って咲かせようとしたんですね」

「だから謝ったじゃないの。あの後紫にも閻魔様にもこってり絞られたんだから」

「はぁ、まあいいです。あの時の事は。今するべき話でもありませんから」

「そうそう、今するべきなのはこの娘の話よね」

二人の視線が小傘へと集中する。
その光景に、小傘は少したじろいたが、一歩踏み止まり顔を上げたままで固定した。

「最初に言っておくと、私は貴女の悩みを全く知らないわ。
 分かるのは貴方が迷っていると言う事だけ。
 それで、どんな風に貴女は迷っているのかしら?」

笑みが消え失せた幽々子の表情は何か迫るものがある。

「分からないんです。あの人の心にどうすれば近づけるのか。
 どうすればあの人が私を必要としてくれるのか」

それが、今の小傘の素直な気持ちだった。
彼の心が分からない、自分を受け入れてくれるのかどうか。
自分をどう思っていてくれているのか。

「なるほどね、その一言で大分貴女の考えていることが分かったわ」

その言葉と共に幽々子が、また小傘の方へ歩みを進める。
殆ど触れ合うぐらいの距離まで幽々子が近づき、キリリとした視線がしっかりと小傘の目線と合った。

「甘えないでちょうだい。自分の想いをぶつけてもいない癖に、相手の気持ちが分かる訳がないじゃない」

最も近い距離から、もっとも小傘を突き放す言葉が紡がれた。
胸を冷たい衝撃が伝い、胸の中を嫌な冷たさが支配した。

そうだ、そうだったのだ。

小傘は霖之助に何一つ近づいていない。
彼が自分に近づくのを待っていただけだったのだ。

森の中で倒れていた自分を広ってくれた時のように、
泣いている自分を胸に抱いて慰めてくれた時のように、
全ては彼の方から起こす行動に依存し、期待をしていただけだったのだ。

何と消極的で、何と自分本意な考えなのだろう。

今まで一度だって小傘は霖之助の為に動いた事等無かった。
そんな自分が、どうして彼の心を理解してやれるのだろうか。

「私、私……店主さんに何にもしてあげてない。
 私、ずっと店主さんに甘えて………」

事実を突きつけられた心の揺れは大きく。
小傘は知らず知らずのうちに涙を流していた。

「どちらか一方が与え続ける関係は長続きしないわ。
 大切なのはね、お互いが与え合う事なのよ」

小傘の頬を流れる涙を幽々子が自身の着物の袖で拭ってやった。
それでも赤く色づいた目頭からは次から次へ涙が溢れ出してくる。

嗚咽混じりのその涙を幽々子はただ黙って拭い続けた。

やがて小傘の嗚咽も小さくなり、流れ出る涙が止まる頃、
幽々子は袖で涙を拭うのを止め、数歩後ろへと下がった。

「ごめんなさいね。少しきつく言っちゃったかしら」

「ううん。ありがとうございました幽々子さん。
 多分、ああ言って貰えないと私は気付かなかったと思うから」

泣き腫らした顔で小傘はにへら、と笑った。
幽々子もそれに応じて、出会った時のあのにこやかな笑顔で返した。

「あのー幽々子様」

「あら、どうしたの妖夢? 今大事なところなのだけれど」

「私が、私がこの場にいる意味って有るんですか?」

随分と久しぶりに発言した妖夢が、困り果てた様子で幽々子にそう質問した。

「あら、妖夢ったら我慢の出来ない娘ね。
 もう少しで貴女にも素敵な役割を与えてあげるって言うのに」

「本当ですかー? 何だか私には幽々子様がその場凌ぎで適当な事を言っているようにしか」

「もう、しょうがないわね。少し耳を貸しなさいな」

そう言うと幽々子は妖夢の耳へ口を近づけ、何かを妖夢へ伝えた。
その言葉を聞いた妖夢の顔が驚きの表情に染まる。

「ほ、本当にそれでいいんですか?」

「えぇ、いいわよ。どうせその刀じゃ斬っても体は傷つかないしね」

「妖怪にも効果があるのでしょうか?」

「さぁ、でも大事なのは斬るという事なのよ。
 ほらほら、ちゃっちゃと斬っちゃいなさいな」

「むぅ、分かりました幽々子様」

後ろへ下がった幽々子の代わりに、今度は妖夢が小傘の前へと立つ。

そして静かに背中に差した短い方の刀を左手に持ち、居合の構えを取り、そのまま姿勢を固定した。

「動かないで下さいね、小傘さん」

「え、ちょっと妖夢。まさか」

小傘の質問には答えず妖夢が張り裂けそうな程大きな掛け声と共に、刀を抜いた。
いや、恐らく刀を抜いたのだろう。

小傘には抜刀から振り切るまでの速度が速すぎて全てを目で追うことは出来ず、
ビュゥ! っと言う風切り音と、素早く振り切られた刃が巻き起こす風以外に、
小傘が妖夢の居合を確認する手段はなかった。

パラパラと小傘の青い髪の毛が数本宙を舞う。

「貴女の迷いを斬りました」

妖夢はそう告げると、自身の剣を鞘に納め一礼した。

妖夢が小傘にみせた居合はただの儀式に過ぎないだろう。
相手との距離感やブレの無い太刀筋等の高度な技術を必要とするが、それでも彼女の行った行動は形だけだ。

だがそれでも、小傘の脳裏にあった迷路の様な景色は崩れ去り、
今は心地よい初夏の草原の向こうに、一番愛しい存在が自分を手招きしている光景が目に浮かんだ。

半ば放心状態で固まったままの小傘を二人は不思議に思ったのか、
小傘の側へかけより、肩を左右へ揺さぶった。

「小傘さん? 大丈夫ですか小傘さん?」

「妖夢、貴女少し本気でやりすぎよ………」

「そ、そんなぁ! 元はと言えば幽々子様が」

「私誰かに責任を擦り付ける事はとてもいけないことだと思うの」

「ゆ、幽々子様! 貴女と言う方は!」

「ありがとうございました!」

その言葉と共に勢い良く振り下ろされた小傘の頭と、
近くにあった妖夢のおでこがぶつかり、硬い物がぶつかり合う鈍い音をたてた。

すぐに頭を押さえて「痛たた」とうずくまる二人を見て、
幽々子はクスクスと笑いながらも優しく両者の頭を撫でてやった。

「もう大丈夫ね?」

「は、はい!」

「それじゃお行きなさいな。少しでも早く想いを伝えたい人のところへね」

お互いに手を振り合って別れの意を交わすと、小傘は勢い良く地面を蹴って宙へ飛び上がた。
もう考える為の時間は必要ない。

むしろ一刻も早く香霖堂へと行き胸の想いを伝える事が最優先だった。
速度と高度を上げながらも、小傘は庭先に居る二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

彼女達が居なければこの考えには至らなかっただろうし、
妖夢が迷いを斬ってくれたおかげで、今までのどんな時よりも早く飛べそうだ。

傘と共に伝えたい言葉を抱きしめながら、小傘は冥界から顕界まで最高速で飛び続けた。












豆粒よりも小さくなり、空の向こうへその姿を消した小傘の姿を見送ると、
妖夢は肩の力が抜けたかのように小さく溜息をついて、肩をすくめた。

「少しカッコつけすぎでしたかね? 私達」

「あら、カッコつけてたのは妖夢じゃないの?
 『貴女の迷いを斬りました』だって、ふふ」

「だ、だから幽々子様の発案でしょ!」

何時も通りのすっとぼけた主の言葉に、
妖夢は本気で顔を赤くし反論した。

その姿がまた主のいたずら心をくすぐり、
余計にちょっかいを出させている事に、妖夢はまだ気づいていないようだ。

「そんな事言って~妖夢もノリノリだったじゃない」

「それは、まぁ………友達の為ですから」

照れを隠すために妖夢は小傘が飛んで行った方向の空を見上げる。
先程まで雲が少なかった空には、
何時の間にか大きな雲の塊が青空のキャンバスを占拠しており、夕立を予想させた。

「一雨来そうね。洗濯物は大丈夫?」

「お昼の内に取り込んでおきましたよ。そうだ幽々子様。
 小傘さんがシュークリームをお土産に持ってきてくれましたし、
 お茶の時間にでもしましょうか」

「本当? やったぁ! 協力してあげた甲斐があったと言うものね」

嬉しそうにはしゃぐ主を横目に、妖夢はまだ空を見続ける。
大きな雲の塊は風と共にゆっくりと流れ、その巨体をどんどんキャンバスへ押し込んでゆく。

もし、この雲が雨を降らせる雲だったとしたら。
その雨はあの二人に何をもたらすのだろうか。

妖夢には分からない。
偏屈な店主と素直な唐傘お化け、
何とも奇妙なこの組み合わせの明日が全くと言っていい程、想像出来なかった。

だが不思議と暗い未来は頭の中に浮かんでこなかった。
きっと小傘は上手くやるだろう。

そして香霖堂は霖之助と小傘の経営するお店になる。
新しい店員の評判は上々で、僅かだが里からのお客も増える。
二人の歩む道には障害物など何も無く、ただ緩やかな道が続いてゆくのだ。

などと言うのは上手く行き過ぎだろうか。
いや、アレだけ恥ずかしい台詞を言ったのだ、これぐらい幸せになってもらわなければ困る。

見ているこっちが恥ずかしくなる程の生活を。
聞いているこっちが嬉しくなるような惚気話を。

早く見たり聞いたりしたい。
降り続いた後の雨があがった時に見せる太陽によく似た友人の笑顔と共に。















早る気持ちと、高なる胸を抑え、小傘は香霖堂の玄関前に立っていた。
冥界からここまでを行きの半分以下で文字通り飛んで帰ったのだ。

まず大きく深呼吸。そして思いっきり息を吐き出す。
それで落ち着かない気持ちと鼓動は、彼への想いの強さが現れていると言う事だろうか。

化傘を抱いた腕に入れる力を一層強くする。
化傘は苦しそうに舌をじたばたさせたが、小傘はお構いなしだった。

勇気をくれた幽香。
お互いを思う心を教えてくれた幽々子。
迷いを斬ってくれた妖夢。

今この胸の中で燃え続ける想いは小傘一人の物ではなかった。
小傘一人だけでは決して辿り着けない覚悟、考え、心境。
彼女達が与えてくれた。
これ以上無い応援。

小傘は霖之助と出会った事と同じぐらい、彼女達と出会えた事に感謝している。

臆病な自分を奮い立たせ、求めてばかりの自分を一括し、迷う自分を導いてくれた。
もう十分だ、これだけ有れば他は何もいらない。

今までで一番長い深呼吸を最後に小傘はドアの取っ手に手を掛け、
そのまま捻ると勢い良く前へと押した。

聴き慣れたドアベルの音。
来る者を迎え入れ、出て行く者を見送り続けたこのベルの音色。
その余韻が残っている内に、小傘は何時も通りカウンターへ座っている霖之助に目を向けた。

「ただいま。店主さん」

「おかえり小傘。どこへ行っていたのかはしらないが………」

「お話があるの店主さん。私の大切な、大切な話が」

霖之助の言葉を遮り小傘が会話を続けた。
少し怪訝な顔をした霖之助だったが、
小傘の表情から何かを察したのか、黙ってそれに応じた。

「店主さんにとっては突然かもしれないけれど、
 私にとってはずっとずっと前から言おうとしていた事なの」

「続けるといい」

小傘のただならぬ決意を感じ取ったのか、
霖之助は短く簡潔に小傘に続きを促した。

「店主さん………わたしの、わたしの」

今だ! と言わんばかりのタイミングで、
小傘は自身の胸の内に押さえ込んでいた感情の蓋を開けた。

「私のご主人になってください」

言った、言ってしまった。
溢れ出る感情に言葉を任せ、気持ちのままに小傘はそう伝えた。

じわじわと時間を掛けて顔に熱が登っていくのが感じられる。
自分は今、告白をしたのだ。
色んな事を跳ばし過ぎたかもしれないが、
この言葉が近道と言える程、小傘は真っ直ぐな道を歩いていた訳ではない。

「ずっとずっと側に置いてください。雨が降れば貴方と一緒にどこへでも行きます。
 雨が降らなくても、私は貴方と一緒に居ます。
 朝も昼も夜も、ずっとずっと貴方と一緒に居たいです」

小傘の胸の内を全て吐き出したこの告白を、霖之助はただ黙って聞いていた。
姿勢や表情は普段と何一つ変わらないのに、目だけがじっと小傘を捉え続けている。

言葉はない。
無言が肌にピリピリと刺さったが、それに構わず小傘は続けた。

「だから私のご主人になってください。
 家事も人並みに以上にこなします、お店の仕事だってきっと上手くやってみせます。
 だから、だから………」

「君が何を言いたいのかは分かった。君の思っていることもね」

小傘の言葉を遮るように、霖之助が言葉を発した。
全てを言い切る前に言葉が遮られたせいで、どこか歯切れが悪い。

「正直言ってかなり驚いている。君の口からそんな言葉が聞けるとはね。
 僕の中での君は、無邪気で何時も笑っていて、底抜けて明るく、
 でも本当に言いたい事は言えずに胸の中にしまい込み、そっと一人で泣いている。
 そんな印象だったからね」

顔が熱い。
自分でも分かっていた事だが、改めてそう言われると恥ずかしくてたまらない。
焼けるような顔の熱が鼓動を早め、どうにも心が落ち着かなかった。

「そして君の言葉にもね。ありがとう、とても嬉しいよ。
 でも僕は誰かに好かれることに慣れていない、
 そして僕自身も誰かを愛する事もね。
 他人の愛情と言う物に出会うのが少し遅すぎたせいなのかもしれない。
 だから僕はそういう事にとても不慣れなんだ」

「あの、それってつまり………」

「だから僕に教えて欲しい。愛情をね」

今、彼は何と言ったのだろうか。
教えて欲しい? 愛情を………

それはつまり、小傘の言葉に対する答え。
世界で一番優しく、今の小傘が何よりも求めていた答えだった。

「僕でよければ君の主人にならせて欲しい」

「てん……しゅさぁん! うぅ、うぁぁぁ」

溢れる感情が止まらず、言葉にならない声が喉から漏れ、
歓喜の涙が言葉よりも多くこぼれ落ちた。

心が言葉にならない声を叫び続ける。
ずっとずっと言いたかった事を言えた開放感と、受け入れてもらえた嬉しさ。
そして嬉し泣きの気持ちよさ。

「まったく、やっぱり君は泣くんだね」
 
「だって、だって!」

「あーはいはい、分かった分かった」

霖之助はそう言いながら立ち上がると、泣きじゃくる小傘の前に立ち、
覆い被さるように彼女の体をしっかりと抱きしめた。

小傘もそれに応える様に、出来る限りの力を腕に込めて抱きしめる。

「変わらないな、前に君をこうして胸に抱いた時と」

「大分違うよ。あの時は悲しかったけど今は嬉しいの。
 今まで辛い事がたくさんあったけど、そんなのが全部気にならないくらいに」

「僕は、君にとってのいいご主人になれると思うかい?」

「きっと店主さんならなれるよ。私が保障するから」

彼の温かい胸に頬をすり寄せる。
彼からは何時も通り香る、刻み煙草と日陰の匂い。
小傘が大好きな人の大好きな匂い。

「小傘」

「なぁに店主さん」

「外を見てみるといい。雨が降っているよ」

霖之助がそう言うので、小傘は名残惜しそうに霖之助の胸から顔を上げると窓から外の景色を見つめた。

彼が言う様に先程まで晴れていた空は、鉛色の雲に覆われ、大きな雨粒が外を濡らしていた。

「この後、散歩に行こうか。君と二人で」

「こんな天気なのに?」

「早く新しい傘を使ってみたいんだ」

子供っぽく顔を背けてそう言う霖之助に小傘はまた抱きついた。
何時までもこうしていたい気も確かに有るが、彼の言う雨の日の散歩も中々素敵だ。

初めて通い合った心を存分に味わうかのように小傘は霖之助に擦り寄り続けた。

始めは感謝から。
次は優しさに。
最後は彼の全てに。
小傘の感情はそうして傾いていった。

もう、小傘は一人ぼっちで膝を抱えて泣かなくていい。
嬉しくても、悲しくても。

もう、小傘は一人ぼっちで過ごさなくていい。
雨の日も、晴れの日も。

大きな傘の下、二人で肩を寄り添いながら生きてゆくのだから。

それが愛々傘。

Comment

告白の仕方に驚きましたw
おもしろかったです。これからも頑張って下さい
  • by:A
  •  | 2010/04/18/02:17:56
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#No title
霖之助すきーの心に導かれてこの作品にたどり着かせてもらいました。

とても面白かったです、小傘の気持ちにキュンキュンしましたw

妖夢の迷いをたつ刀の設定を生かせてたのでぉぉ!と思ってしまいました、すっかり忘れてたのでw

この作品にタグをつけられるなら自分はこうつけるでしょう。
「もっと評価されるべき」とね。

大変ごちそうさまでした。
  • by:GIA
  •  | 2010/05/24/13:58:07
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#No title
読んでる最中にリアルで悶え苦しんだのは久々ですw

いつも霊夢で星蓮船をやっていたので小傘は余り印象深くなかったのですが…しばらく忘れられなくなりそうw
  • by:鯉
  •  | 2010/06/06/05:29:37
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#No title
まずは、良き感動をありがとう。

霖之助らしさと小傘らしさにあふれる物語でした。


他の作品にも言えることですが、
多くの東方Projectを知る人に「こういう○○(キャラ)はありだよな」と
思わせる文学的に評価されるものがあると私は感じます。
  • by:弾幕小会1代目
  •  | 2010/09/25/04:17:46
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