十四朗亭の出納帳

アニメの感想、ゲームホビーの感想など 作品のジャンルにこだわらず書いていく予定です,SSとか書いてます

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十四朗

Author:十四朗
(じゅうしろう)と読みます
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趣味の守備範囲は日々拡大中
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嵐の最中の静けさ

アリスは一通り家事の出来る落ち着いた子。
特に料理とかはしっかりしてそうかなー
なんてイメージからアリスが出てくる話には大体食べ物が出てきます。
孤独じゃないグルメ?気づけば食事キャラ的な感じの扱いをしているような………
そんな訳で『孤食よりも誰かと』『着形師せ替え人』の続き的な話です。
台風ネタは某スレで拾ったものから。
アイディア失敬しました、天狗様。


『嵐の最中の静けさ』

アリス、霖之助




七色の魔法使いこと、アリス・マーガトロイドは、
すっかり使いなれた香霖堂の台所にある小さな窓から外の天候を見ていた。
灰色の雲と横から叩きつける様に吹く暴風。
そこに半刻ほど前から雨も混ざりだして、外は一段と混沌としていた。

まだ青さの残る木の葉が風にもぎ取られ宙を舞い、
若い木の枝は弄ばれるように風に流されている。
昨日の朝方まで穏やかだった魔法の森はすっかり表情を変えて、
外へ出歩くなと警告している。

その警告されているアリス本人の自宅はここではないと言うのに。

「自宅の事が心配なのは分かるが、今外に出るのはお勧めしないね。
 せめて風が収まるまでは此処に居た方がいい」

風が収まるまで此処にいる。
この様子だと今夜一晩は収まりそうにない。
つまりそれは、泊っていけと言う事なのだろう。

彼女の頭の中につい先程彼が言った言葉が反響する。
台風が近づいているから出かける時は早く帰った方がいい、そう考えて家を出て来たはずなのに。
その事を思い出したのは彼との話が一段落ついて店を出ようと窓の外へ目をやった時だ。
気付いた時には既に遅く、外は暴風雨が大暴れする惨状が出来上がっていた。

アリスは軽い溜息をつくとまな板の上に置いた里芋を手に持った包丁で切り始めた。
外の事なんて忘れる様に、早く帰らなかった自分のミスを忘れる様に。
自分が彼と無駄話をせずに自宅へ早く帰っていればこうはならなかったのだ。
これだからこの店は困る、分かっていても帰るタイミングを逃してしまう。
決して店主が帰ろうとするアリスを止める訳ではない、
ただ自分が話をしていたいと感じてしまうのだ。
実際店主の話は面白い、知識や教養に溢れ独自の考察力も悪くない。
人からの知識を積極的に吸収し頭の中で知識の分解と再構築を素早く行う。
前にアリスが人形を触媒とする魔術の説明をした事があったが、
その時も彼はアリスの説明の次には自分で考えた新たな理論を展開していた。

これを教えた事を自分勝手に改編するなら教えるだけ無駄だと考えるか。
自分にない考えをするから面白いと考えるかはその人次第だ。
当然アリスは面白いと感じる、意見を交わす事によって生まれる新しい考え。
そう言う事を行う機会が少ないアリスにとって他人の意見を取り入れる為の最高の人材だ。

それに彼に何かを教えるだけではない、彼女も彼から色々教わった。
日本の各地に伝わる民話、古いならわし、東洋に伝わる占い、
和食の作り方、和裁の基本、後半の二つは他愛のない事だが、
それでも様々な知識と技術を彼と共有した。

ただ、一つ疑問に思う事がある。
彼女がこの店の店主の事をただの情報交換のための人材と考えているのなら。
何故アリスはこの店に足蹴もなく通い、彼の食事の世話を焼いたりするのだろう?

以前のアリスなら人に料理を振舞う事は余り無かった。
むしろそうした事を煩わしいと感じていた節さえある。
だが今はどうだろう。
自分も一緒に食べるとはいえ他人の為に料理を作っている。
それも彼女が得意とする洋食系の料理ではなく彼が教えてくれた和食,それも煮物だ。

この煮物は態々彼が美味しいと言うまで練習を重ねた自信作で、
彼女の和食のレパートリーの中でも上位に入るものだ。

それもこれも全部この店の店主の所為だ。

アリスは心の中で苦笑すると里芋を入れた鍋に水と醤油と味醂で味を整え火に掛ける。
コトコトと煮立って来た所で蓋を落とし火を弱め他の料理へ取りかかった。



その日の森近霖之助の夕食の献立は充実していると言える。

ご飯とみそ汁は勿論の事、芋が煮崩れしない程度によく火の通った里芋の煮物。
生椎茸を遠火で焼き、好みで生姜醤油を垂らして食べる椎茸の炙り焼き。
衣が軽くサクッと揚ったレンコンの天麩羅。
盛り付けも若干霖之助の分が多い事が、整った無駄のない盛り付けだ。

「すまないね、引き止めた上に食事の用意までさせてしまって」

「別にいいわよ、それにしても今回の台風は酷いみたいね」

「あぁ、まだ直撃してないようだがそれでも凄い風だよ」

アリスが料理の支度をしている間、
霖之助は店の外側の補強をしていたのだが、それだ物凄い風だった。
お陰で作業が手間取った、おまけに雨も降り出す始末だ。
やはり厄介事は先に始末するべきだ、後にするほど余計な事がプラスされる。

「さぁ早く食べちゃいましょう」

「そうだね、いただきます」

「いただきます」

二人で同じように手を合わせる。
二人とも竹で作られたごく普通の箸を使っているが、重要なのは二人がそろって箸を使うと言う事だ。

実はつい最近までアリスは余り箸を使いたがらなかった。
使えない事もないらしいがナイフとフォークの方が使いやすいらしい。
かくいう霖之助も洋食を食べる時に箸を使うが、
彼女の勧めで最近はナイフとフォークに慣れて来たところだ。
そろそろ自分用にスプーンとフォークを置いてもいいかもしれない。
その時は彼女に自分用の箸でもプレゼントしてみよう。
デザインは上品な赤色で………

「どうしたの?口元が笑ってるけど」

「いいや、何でもない。
 それよりこのレンコンの天麩羅は上手く揚っているね。美味しいよ。
 ついこの前教えたばかりだと思っていたが、中々上達が早い」

食事の途中に思考を開始してしまった。
自分に思う所があるとすぐ考えに耽る癖は治した方がいいのかもしれない。
今は食事の真っ最中なのだ、それを楽しまなければ造り手に対して失礼にあたる。

「そんな事ないわ、まだまだ和食ではアナタに敵いそうにないもの」

「僕は時間の問題だと思うけどね」

事実彼女が初めて作った料理に食べられないほど不味い、っと言った物は一つも無かった。
アリス本人の要領や物分かりがいい事も手伝って、彼女の料理は不思議なほどに上手くいく。
勿論料理は料理は要領の良さや、物分かりがいい事で全てが決まる訳ではないが、
それらの点を抜きにしても彼女は言葉で説明するのは難しい料理の心得を知っている。



「ごちそうさま」

「はい、おそまつさまです」

ちゃぶ台の上に置かれた食器の中身はどれを見ても空だ。

「片付けは僕がするから君が先に風呂に入るといい。
 食事の前に沸かしておいたから」

「いいの?外で作業をしていたアナタの方が疲れてると思うのだけれど」

「別に構わないよ、皿でも片付けた後はのんびりしてるから」

「ふふ、食べてすぐ寝ると牛になるのよ?」

「それはそれで貴重な体験かもね」

「屁理屈言わない、それじゃ私は先にお風呂に行くわ。
 くれぐれも…」

「覗かないよ、着替えは店の方から適当に取ってきてくれて構わないよ」

「………そうさせてもらうわ」

プイっと霖之助から顔を背け廊下を歩いてゆくアリス。
突然の態度の変わり方に首を傾げるしかない霖之助だが、
とりあえずちゃぶ台の上の食器を片づける事にした。

片付けると言い切ったんだ、役割は果たさなければ。



今夜はここに泊る。
アリスは湯船に浸かりながらそんな事をぼんやりと考えていた。
ふわふわと心が宙に浮いて、考えが纏まらない。
湯船のお湯が熱いからだろう、きっとそうだ。

この浴室に充満している白い湯気のように、
自分の心も一床に纏まらずに彷徨っているみたいで、不思議な感じだ。
ただ嵐が治まる次の朝までここに居るだけの話だ、
それなのに自分は何を考えているのだろう。
アリスは湯気のせいでハッキリと見えない浴室の天井を見つめながらそんな事を思った。

今まで幾度も彼と食事を共にしたりお互いの意見を言い合ったりしたが、
こんな事は初めてだ。

夜おやすみを言って、朝おはようを言う。
帰るのが遅くなった時の別れ際に言うおやすみとは違う、一つ屋根の下でのおやすみ。
朝早く訪ねた時のおはようではなく、一つ屋根の下で迎える朝のおはよう。

それは交流の挨拶ではなく、暮らしの挨拶。
おはようからおやすみまで、とはよく言ったものだ。

そんな事を考えて恥ずかしくなったのかアリスは湯船へと顔を俯ける。
だが赤く湯だった顔が湯船に反射して余計に恥ずかしいだけだった。

外では相変わらず風がガタガタビュービューとやかましい。
纏まらない思考が音と共に掻き乱され何が何だか分からなくなってきた。
ここからでは外の様子は分からないが、
きっと森の木という木は横殴りの風に容赦なく叩きつけられ葉を散らしているのだろう。
折れている若い木だってあるのかもしれない。
雨は森の地面をぬかるませる、跳ね返りがスカートに着くのが気に入らない。
流れ出た水は川を濁らせ普段穏やかな小川はコーヒー牛乳を流した様になるだろう。

どう考えたって帰るのは危険だすぎる。
空を飛んで帰るにしても雨でびしょびしょ、風でまっすぐ飛べないはずだ。
歩いて帰るのは論外、語るまでもない。

だから今日ここに止まるのは一番賢い選択なのだ。
頭の中で上記の理由を踏まえ何十回とその言葉を反響させる。
それはまるで呪文を唱える様に。

ここに泊るのはなにも変な事じゃない。
そうするのが一番なのだ、他意はない。
そうするのが一番、他意はない。
それが一番、他意はない。

決して他意はない。





アリスが風呂から上がり、入れ替わる形で霖之助が浴室へ向かってから四半刻。
別段何時もと変わった様子の無い霖之助が風呂から上がってきた。
若い癖に老人の様に白い髪はやや湿気を含んでいるし、
何時も日に当たらない肌にも赤みがさしていたが、
本人の憮然とした表情はいつものままだった。

霖之助は風呂から上がった旨をアリスに伝えるとそのまま台所へ消えてしまった。
そしてアリスが「何をしているのだろう?」と不思議がる頃に一升瓶と杯を持って台所から現れた。

「二人分を用意したんだが、君を勘定に入れても良かったかな?」

最初から勘定に入れない積もりは無い癖に彼はそんな風に笑った。

「あら、私を勘定に入れてくださるのならそれでいいわよ。
 こんな日は寝付けない気がしてたからそう言うのが欲しかったの」

「見ての通り日本酒だが構わないかい?」

「構わないわ、アナタの好きにして」

そのアリスの言葉に無言で頷き彼女の分の杯に酒を注ぎ、渡す。
アリスはそれに一礼すると杯を受け取った。

それからは特に会話もなく時間が進んだ。
夕食をとった今のちゃぶ台の上にランプで明かりを灯し、
向かい合う形で二人が座っているだけ。
話題が無い訳ではない、会話が必要ないのだ。
常に聞こえる風の音と雨が屋根を叩く音。
今この場に必要な音はこれ位でいい。
相手を目の前にしてその相手の事を考えるにはその位の音が丁度いい。

杯の酒が無くなっては片方がお酌をし、お酌をされたらお酌をし返す。
言葉は多く語らない、自然体のままの静けさがそこにあった。

「ねぇ、アナタは今日みたいな日をどう感じるの?」

不意にその静けさをアリスが破った。
必要ないと思われた会話を彼女から切り出した。

「そうだね、別に何も」

「何もって、本当に何も感じなのいの?
 瓦が飛びそうだとか、雨漏りしそうだとか、なんだか今日はいつもと違うなぁ、だとか」

「あぁ何も感じない」

「………前から思ってたけどアナタってとことん変わってるわね」

呆れながらもアリスが空になった霖之助の杯へ酒を注ぐ。

「別にそこまで変わってるとは思わないね。
 これも自然現象なんだし、そう言う風に出来てるものさ」

「そう言う物なのかしらね。
 自然の環境に身を任せるか、アナタって植物みたい」

呆れていたアリスがにっこりと優しげに笑う。
笑顔の時の笑窪がランプの淡いオレンジ色に照らされハッキリと分かる。
それを見て霖之助は美しいと思ったが、すぐにハッとした。
霖之助自身彼女を人形の様な整った顔立ちだと思った事は何度かあるが、
血の通った生き物として彼女を美しいと思ったのは初めてかもしれない。

朱色の杯を持つ彼女の白い手。
繊細な陶器の様に混じり気がなく、絵筆の様にしなやかだ。
彼女が杯を傾ける度に揺れる細い金髪。
長さは肩に掛るか程度でそれが顔の動きと一緒に彼女の首筋を撫でていた。

「アナタの半分って実は植物の妖怪なのかもね。
 雪柳なんてアナタらしいと思わない?」

「雪柳か、中々面白い選択だね。
 でも残念ながら僕の体に植物的な思い出は無いな。」

「そうかしら?アナタって植物と一緒で滅多に動かないじゃない」

「植物は動けないんだ、僕は動ける」

「あら?植物だって種を飛ばしたり綿毛を飛ばしたりして動くわよ」

「はたして自分と同じものをよそへやる事が動くと言えるのかな」

「印が残ればそれは道しるべになるわ」

「だったらなおさらだよ。僕の印はここで止まれの表示になったままだ」

今度は霖之助がアリスの杯へ酒を注ぐ。
ここまで語った所で会話が切れ再び静かになった。
ただしお互いにお互いの顔を見合ったままだ。

そしてこのまま歯切れの悪い晩酌は日付が変わる前にお開きとなった。
二人が飲んだ酒と杯はちゃぶ台の上に置いておく。
明日の朝片付けるのだろう。
霖之助は自分がいつも使っている寝室へ。
アリスの布団はその隣の生じ一枚隔てた部屋に敷いてある。

晩酌を終えランプの明かりを消し、暗さに目が慣れる頃。
二人は就寝の挨拶を交しそれぞれの部屋へと入っていった。



隣で彼が寝ている。
薄い襖一枚隔てた隣でだ。
よく耳を澄ませば彼が寝返りを打ったかどうか分かるぐらい彼との距離は近い。
彼が隣の部屋で動く度に胸が跳ね上がる。

もしかしてこっちに来るのではないかと。

普段の霖之助の性格と態度からしてそれはありえない。
彼が夜這いまがいの事をするなど、説明不要な程にありえない事だ。
だからアリスはそんな事にドキドキしている訳ではない。
今のこの状況そのものにドキドキしているのだ。

薄い襖一枚隔てただけのこの空間で自分と彼が寝ている。
お互いが隣へ行きたいと思えば何時でも行けるような。
お互いが隣へ意識を向ければ大体の事は分かるような。
そんな状況が堪らなくアリスの気持を中へ浮かせるのだ。

先程の浴室でのアリスの頭の中となんら変わらない。
纏まらない思考。
バラバラの考えが頭の中でとぐろを巻き、意地悪気に舌をベーっと出している。
眼を閉じて耳を塞いでも消えない。
当然だ自分の考えなのだから。

襖の向こうの彼に「まだ起きてる?」なんて言葉を掛けられるはずもなく。
ただ悶々とした時間だけが過ぎてゆく。
時々思い出したように、風で家が揺れ音が聞こえるだけだ。




気だるげな声と共に霖之助は今宵何度目になるか分からない寝返りを打った。

眠れない。

今の霖之助の状態はその一言に尽きる。

何時もなら寝ようと思って床に就けば半刻もしない内に眠り付けるはずなのに。
それに今日は色々あったので疲れているはずだ、なのに眠れない。

何故か襖の向こうの部屋に意識が行くからだ。

やはり自分は居間で寝るべきだったのだと思う。
そうすれば余計な事を考えずに済む。
彼女はお客だ、それも貴重なお金を落とす常連客。
なにか粗相があれば困るのは自分なのだ。
良客との商いぐらい気持ち良く行いたい。

霖之助はまた寝返りを打つ、今度はアリスの寝ている部屋の反対方向へ。
そしてこんな考えはこれで終りだと言わんばかりに「こほん」と一つ小さな咳払いをした。

だが瞼を閉じると少なからず意識ししまう。
彼女の白い手、細い首筋、小さな笑窪、深いブルーの瞳。
それらの一つ一つが切り取った写真の様に霖之助の頭の中を浮かんでは消える。

今日こうしてアリスと一夜を過ごす事で霖之助の中でアリスの立ち位置が変わった。
単なるお客から一人の女性へ。今日の彼女の仕草の一つ一つが霖之助にそれを実感させる。

霖之助はまた寝返りを打つ、今度は仰向けになって天井を見つめる形だ。
この自分の心境は非常に困ったものだと思う。
これでは彼女の作る料理を純粋に楽しめない。

きっと一時の気の迷いだ、眠り付いて朝になればこんな感覚はなくなっているはずだ。
朝になればまた客と店主の関係に戻れる。





結局その夜はお互、満足に眠る事が出来なかった。
夜が明け雨と風が過ぎ去った頃に二人が合わせた顔は酷い物だった。
睨むような目付きと眼の下の大きな隈。
朝二人が顔を合わせた時、まずはにお互いの顔に驚いた。

そしてお互いに何も追及せずに顔を洗った。
ここでお互いが追及し合うのは得策ではないと判断したようだ。

顔を洗って着替えるとアリスは朝食の用意、霖之助は雨戸を片付け始めた。
そのついでに家や店の方で破損している部分が無いかどうかも調べる。
幸いな事に店の方の雨樋が外れていること以外に目立った破損部分は無かった。
それからはアリスが作る朝食の匂いとまな板で食材をきざむ音を背景に作業をこなす。
縁側の雨戸を開けるとそこには小さな雲が斑に残った青空があった。
昨夜の猛りを忘れたように穏やかなその空に胸がすくような気持ちだ。

霖之助はひとしきり雨戸を開けて回ると最初に雨戸を開けた縁側に戻ってきて大きく伸びをした。
湿気を含んだ空気に土の匂い、朝の冷えた空気で肺が満たされ、肺が水洗いされている様だ。

そんな風に嵐の後の朝を楽しんでいる内に朝食が出来たと呼ばれた。
呼びに来た彼女に対してちゃんと振り向いて「分かったよ」っと言う。
白い割烹着に明るい金の髪、何時も通り整った容姿だが彼女の青い眼の下には大きな隈がある。
霖之助は昨夜の事を思い出して目を背けかけたがちゃんと彼女の目を見て「わかったよ」と返した。




「さっき店の周りを見て回ってたみたいだけれど、どこもおかしい場所は無かったの?」

霖之助が朝食の卵焼に手を付けていると、アリスが心配そうに聞いて来た

「雨戸を開けるついでに見て来たけれど、
 店の方の雨樋が外れてる以外には特に目立った損害はなかったよ」

「そう、よかった」

アリスは心底安心したと言う表情だ。
こういう風に心配されると悪い気はしない。

「気に掛けてくれてありがとう」

「別にそんなんじゃないわ。
 この店が利用不可能になると人形の素材の買い物が面倒になるだけよ」

霖之助が礼を言うと、そう素っ気なく返された。
そんなアリスを見て「あぁこれだ、僕達はこう言うものだ」なんて事を霖之助は考えた。




朝食が終わると昨日の夕食と同じく、
後片付けは自分がやると霖之助が言ったので、
アリスは雨戸が開けられた縁側から外を眺める事にした。

豪雨によてぬかるんだ地面、泥色の水溜り、どこから飛んできたのか分からない木の枝。
騒がしい台風の後は騒がしい連中がどんちゃん騒ぎした後の様に散らかして、
どこかへ行ってしまったらしい。はた迷惑な話だと思う。
自然現象に言っても無駄な事だが、自分で散らかしたら片付けて欲しい。

そんな事を考えていると背後から霖之助に「お茶が入ったよ」と声を掛けられた。
声を掛けられた時に心臓が跳ね上がる。

「ありがとう」

「緑茶だけどいいかな?」

「えぇアナタの好きなのでいいわ」

そういって霖之助の持ってきたお盆から湯呑を受け取る。
アリスは日常的に紅茶を飲むが霖之助はあまり飲まない。
そのせいなのか初めて飲んだ彼の紅茶は酷い物だった。
せっかく道具があるのにもったいないと思ってアリスが教えてみたところ、
最近はメキメキ伸びて来た。
だが今日は朝食の後と言う事もあり手早く入れられる方を選んだのだろう。
これがアリスの作ったお菓子をつまむ様な状況なら少し変わっていたかもしれない。

「気持ちがいい空ね」

「あぁ本当に昨日までが嘘の様だ」

「部屋の中に居ても風の強さが分かるぐらいだったわね。
 この店が吹き飛んじゃうんじゃないかって不安だったのよ。
 お陰で余り眠れなかったわ」

嘘だ、昨日アリスが中々寝付けなかった理由はそんな事ではない。

「ご心配どうも、僕も少し不安でね。
 瓦の数枚は覚悟していたんだが、少しの破損だけですんだから後片付けが楽だ」

「私も家の方が心配ね、大した被害はないと思うけれど」

「何かあったら僕が手伝おうか?」

「なぁにそれ?アナタにしては気味が悪いくらい優しいわね」

あやしい、なんて風にアリスがジト目で睨む。
その視線を受けても霖之助はどこ吹く風だ、人からの視線にタフな男だ。

「いやぁ大切なお客様だからさ」

「でもありがとう、家の事について何か入用になったらアナタに言うわ」

親切心か商売目的かは分からないが少なくても彼の好意ではあるのだ、受けない訳にもいかない。
そしてそんな会話を続けること半刻、アリスは帰宅する事にした。

そろそろ帰ると霖之助に言うと彼は玄関まで彼女を送った。
そして二人ともがそれぞれ別れの挨拶を交し、アリスは香霖堂から去って行った。



アリスが帰った後の香霖堂は静かだった。
いやアリスが居た時も静かだったがそれとはまた違う静けさ。
彼女は決して騒がしい方ではないが、気がつけば話をしていた気がする。
その全ては取り留めのない様な事だったが実に充実していた。

だから今の香霖堂の店内は何かが物足りない。

今お茶を飲みたいと思っても自分でいれなくてはいけないし、
自分の頭の中の意見を誰かに聞いて貰う事も出来ない。
いやそんな具体的な理由ではない、もっと根本的な事が霖之助の胸中にあった。

まるで火が消えた様だと霖之助は思う。

その火は燃え盛るような大きな日ではなく焚火の様に温かいもの。
手をかざして冷えた体を温める様に寄り添いたくなる。
心地の良い温かさ、そんな物は久しく忘れていた気がする。

何時も何時も太陽の様な少女達がこの店に訪れるせいですっかり忘れていた、
この静かな温もりを。



アリスが自宅に帰ってみると別に大した被害は無かった。
香霖堂の周りと同じく木の葉や木の枝が散乱しているがそれは後日掃除をすればいいだろう。
外のチェックを終えると次は家の中のチェックを始める。
人形達や魔道書は大丈夫か、窓はしっかりしているか。
これも外と同じく大した被害は無かった。
しいて言うならリビングの窓のたて付けが悪くなっている事だろうか。
この窓はよく使う窓なので各部の消耗が激しいのだろう。
以前からその気はしていたのだが一度本格的に直すべきか。
そんな事を考えながらアリスは自分の寝室へと向かう。
流石に寝不足はきつい、今の時間帯なら夕方まで眠っても問題ないだろう。
アリスは寝室に置いてある鏡台に座るとカチューシャを外し髪を梳いた。
鏡の中の自分には相変わらず酷い隈がある。
こんな顔を彼に曝していたのかと思うと気分が重くなる。
不健康な女だと思われてしまっただろうか。
そんな不安を胸に抱きながら髪を梳き終えベットに横になる。
横になると寝不足が背中を押してくれた事もあってかすぐに眠りに落ちた。
そしてこんな夢を見た。

料理を作っている自分。
それは自分が食べる為だけの料理ではなく誰かに作っているものだ。
何となくそんな事がわかる。夢の中だからだろう。
献立はラザニアで二つ並んだラザニアの皿をオーブンへ入れる。
何故か笑顔でラザニアが焼けるのを待つ自分。
何時になく穏やかな気持ちだ、きっと幸せなのだろう。
そしてオーブンを開け二つ分のラザニアを取りだす所で目が覚めた。
外はまだ明るい、夕方まで眠るつもりだったが随分と早い起床だ。

アリスは早く目が覚めた時特有の妙に軽い体でキッチンへと向かう。
そして湯を沸かしポットに紅茶の葉を入れるとそこに沸騰したお湯を注ぐ。
そして数分むらすと熱い紅茶をカップに注ぎ砂糖も入れずに飲み干した。

紅茶を飲み干すと紅茶の熱さがまだ残る溜息を一つ付く。
静かな家の中が妙に寂しく感じられた。
アリスは数体の人形に台所の片付けと今日の夕食に使う食器の準備を命じる。
そしてアリスは人形達が動き出したのを確認すると寝室に戻り、
鏡台の上に置きっぱなしだったカチューシャを手に取り洗面台へ向かった。
洗面台に辿り着くと寝癖を直し頭にカチューシャを付ける。
これで何時ものアリスが出来上がりだ。

その他の身だしなみをそろえると再びキッチンへと戻る。
キッチンでは人形達がアリスから与えられた作業をせっせとこなしていた。
ある人形はティーカップを洗いあるものは食器の準備を。
この人形達は全てアリスが操っているがどうやって操るかは企業秘密だそうだ。
彼女は手品のタネを明かすのを好まない主義らしい。

そんな人形達を視界の隅にアリスは食材の確認をする。
確認してみたところ足りない食材は挽肉とトマトぐらいだ。
幸い早目に目が覚めたのでまだ日は高い。
人里まで買い物へ行って帰ってくるまでの時間は十分にある。
アリスは買い物袋と財布を持つと玄関から出てゆっくりと地面から飛び立つ。

目的地は人里、買い求めるものはラザニア二人分の挽肉とトマト。
最近こうして彼に夕食を作るのが日課になりつつある気がする。
だが別にいいだろう、昨夜の宿代も兼ねて今日は彼に御馳走するのだ。

Comment

#No title
付き合ったばかりのカップルのような
初々しさとエロスを感じるSSでした。
誤字が二つありました。
芋が荷崩れ→煮崩れ
晩酌を覆え→終え
  • by:
  •  | 2009/10/18/09:44:02
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